I talk about some books (in 2001) vol.7


痩せゆく男 リチャード・バックマン 実は スティーヴン・キング

ホラー、であるらしい。

郊外の高級住宅街に住む弁護士のウィリアムが主人公。彼は、ある日ジプシーの老婆轢き殺してしまう。

地元とのハイソ仲間がつるんだ裁判、ましてや被害者は街のやっかいものジプシー。
当然、裁判では無罪。

その後、ウィリアム、その裁判の担当判事、警察署長の3人に、ジプシーの呪いがかかる。

食べても食べても痩せてゆくウィリアム。
全身に鱗が生える判事。
吹き出物で体が膿だらけになった警察署長。

呪いが彼らの身体を蝕んでいく。

でも、あんまり怖くない。
切迫感がないんだもん。
自分の身に降りかかってきそうで、ぎりぎり交わせそうな怖さがないと、ホラーって怖くない。

身に迫ってこない最大の原因は、ウィリアムに感情移入できないこと。

だって、XXXX(伏字:猥褻自主規制だよん)しながら運転していた奴に、老婆とは言え、娘轢き殺されたら、
でいて加害者が無罪になったら、そりゃあ腹立つじゃん。
呪いたくなっても当然。呪われて当然。

でも、ウィリアムは痩せ衰えても、死に至る恐怖や、自分の娘への想いばっかり語る。
呪いをかけたジプシーと対面しても、「ツーペーだ。(どっこいどっこいの意らしい)」と言い張る。
「おたくの娘だって、車の間からいきなり飛び出してきたんだ。」と。

・・・「一言謝れよ。」って思う。
呪われて当然という人が呪われても、それはハリウッド式痛快映画であって、ホラーにはならない。


ブラック・ユーモア小説としてなら、わりと楽しめる。

飽食の社会では、食べても痩せることに憧れる人は多い。
それが恐怖になるってアイロニー。

あと、"自由と平等の国アメリカ"にある強固な社会階級についても、漫画的にカリカチュアライズして描かれている。

ウィリアムらが属する、小奇麗で、自分は正しくて綺麗だと思ってて、自分と違う存在に不寛容で。
そんな似非スノッブ気取った中流階級の胡散臭さと、ジプシーの扱いの酷さは対照的。

ジプシーは何処の街に行っても、2,3日で、街の警察やら行政やらに因縁つけて、嫌がらせされて、追い出される。
そうやって、数十年流れつづけてたら、呪う力を得ても不思議じゃないよなぁ。



初ものがたり 宮部みゆき

本所深川一帯をあずかる岡っ引きの茂七を主人公にした、江戸人情小説。

茂七だけでなく、脇役たちもそれぞれキャラが立っていて魅力的。
江戸の描写もみずみずしく、見慣れた小汚い雑居ビル街に江戸を二重写しにして楽しむことが出来そう。

登場人物の一人一人が、過去を持ち、怒涛の不幸というより、ちょっと哀しかったり、ずるかったり、
世間の大事というほどではないけれど、それなりに人に言い難い秘密を持ってたり、
そんなメンドクサイ人生を抱え込んでいて、親近感と愛着を感じた。

茂七は、警察権力とはいえ、岡っ引き。
犯罪者からお金巻き上げて、寄付金にしたてちゃったり、そんな法の外の解決方法が取れるあたりが自由でよろしい。
作者もその点は気が楽だったんじゃないかな。
楽しそうだもの。

彼女の作品は、現代を舞台にした作品だと、たまに微妙な古さを感じることがあるけど、
時代小説だとそれがいい感じに出てる。
かなり好き。



我らが隣人の犯罪 宮部みゆき

宮部みゆきのデヴュー作。人情派の短編集。

なんて言うか・・・まだ、かわいい。
人の底知れない悪意をねっちり書き込む、圧力鍋の様にどんと重い空気圧がまだ、ないから。

優しい気分になりたいな、そんなに胃にずっしりこない本が読みたいな、と思う時に丁度よい感じ。
デビュー作とはいえ、文章は上手くて、気分が途切れることもない。

ただ、"我らが隣人の犯罪"。
あれでは、主人公達は絶対捕まると思うな・・・。いくら警察がぼんくらでも。



警察はなぜ堕落したのか 黒木昭雄

元警視庁巡査部長が書いた警察暴露本。

栃木リンチ殺人事件、桶川ストーカー殺人事件、京都小学生殺人事件、バスジャック事件・・・。
まだ、記憶に新しいこれらの事件を取材し、いかに警察組織が信用なら無いかを、こんこんを述べている。

ホントなんですかね。
作者が言うには、もう警察の内部はぐずぐず。
今の行われている警察刷新計画によって、さらに状況は悪くなると思われる、と。
警察に知り合いいないし。作者が嘘並べてたって、そうとはわからない。

ホントにこんなにひどいの?
ホントだと思う。新聞に出た事件だけ読んでも、最近の警察はろくなもんじゃないって思う。
検挙率もお粗末だし。

でも、やっぱり読んでると何度もホント?と問い掛けたくなる。
別に警察を警察を信用したいわけではないの。
でも、頼りにしたい気持ちは強い。

だって、SPやガードマン、用心棒、もしくは傭兵など・・・を雇えるほどお金持ってないもの。
治安の民営化は貧民にはキツイ。

でも、そんな時代になっていくのかな。
対応策としては、
・キャリア警察官僚にコネをつくる。
・暴力団関係者と顔をつなぐ。
・そっせんして犯罪者になる。

どれも、自分の手にあまるなぁ。
結局運まかせか?先行き暗いぜ。

日本国民としての誇りを若者に!と、下手な歴史教科書を与えるより、
この手の本を教科書にして、とりあえず気分を暗くしてあげるってのは、どうかしら?と思った。

この本に出てくる警察官に比べたら、自分は立派だ!と、コンプレックス一掃!自分で自分を誉めちゃうかもしれん。



遺骨 アーロン・エルキンズ

スケルトン探偵ギデオン・オリヴァーシリーズ。

10年前にバスの事故で死んだ司法人類学会の会長の骨が、博物館に展示されることになった。
合わせて開催された人類学会のため、各地から会員が集まってきた。

ところが、遺骨は何者かに盗まれ、博物館の近くからは身元不明の白骨死体が見つかる。
一体それはだれの遺体なのか?お馴染みのFBI特別捜査官ジョン・ロウとともに、ギデオンは事態の解決に当たる。

手がかりは、親切でFAIR。解決編の説明にも納得。
シリーズの中でもかなり好きな方でした。

しかし、ギデオンくんは可哀想。
そこかしこで事件に巻き込まれるという事件体質は、推理小説界で生きていく以上しょうがない、として。
でも、襲われすぎ。
頭を殴られ、ヘビに噛まれ、猛犬に襲われ、今度は落馬。
命が幾つあっても足りません。
スケルトン探偵というと、研究室系に聞こえるけど、実際は体張ってます!って、つまり体育会系。
お笑いで言うと、爆笑問題と思ったけど、実はダチョウ倶楽部だったみたいな感じ。違うか・・・。



中村うさぎ 人生張ってます(無頼な女たちと語る) 中村うさぎ

対談集。メンツが凄い。
岩井志麻子、西原理恵子、斎藤綾子、花井愛子、マツコ・デラックス。

わぁ、動物的にカンで、生きている人ばっかりだーと思って読んだ。
読んでる途中に、その前提が間違ってることに気付いた。

彼女達は全然獣じゃない。人間の業を背負いすぎちゃった人なのだ。
(背負ってるのが、業であって、"理性"じゃないあたりがミソ。)

例えば、動物は繁殖について実に現実的である。
まずミバが宜しくなければいかん。これは自分を小奇麗に保つことの出来る実力を持っていることを示す。
強くなければならぬ。強いオスの子供でなければ、自分の子供の生存が危うくなるからである。
動物はまず、繁殖に有利な行動をとる。

これを人間に適用しよう。
動物的な人とは、卵子がまずまず若いうちに出産。
相手は、見目麗しく、背が高い。
お金持ちで、食いっぱぐれがなく、しかも子供にとって生存の武器となる教育資金がふんだんにあること。

つまり、俗に言うところの3高GETして、寿退社。
これが最も獣的行動なのだ。

この本に出てくる彼女達は、人間中の人間。

獣は、
私が面倒見てあげないとヤバイから、と夫を養ったりしない。
自己破産を申請したりもしない。
印税前借してまでも、シャネルを買いに走ったりしない。
8万円のあわびを吐いて、幸せを感じたりしない。
性転換したいとか思わない。
セックス断ったこと無いんですとは、言わない。
デブ男の乳揉みたいとも思わない。

人間の人間たるPOWERを感じられる本であった。

読み終わって思った。
私には、獣のPOWERも、人間のPOWERも無い。
小理屈言いながら、まっとうに生きよう。無頼に憧れながら。



邪馬台国の秘密 高木彬光

邪馬台国はどこですか?の本。
丁寧にロジックを建てていて、面白かった。

全然邪馬台国に詳しくないので、説についての批評は出来ない。
でも!前提となる、距離感や方角感については、???と思った。

「何といっても三世紀の人間のことだろう。方角、角度の測定にしたところで、
何度何分何秒と、天文学の計算でもするような精密な感覚を持ち合わせているはずはないし・・・」
ってのには、かなり異論。

ストーンヘンジは、夏至・冬至を割り出して設計されているし、
日本でだって、北緯34度32分の東西線上に、東の伊勢神宮から西の淡路島の伊勢の森まで、
700キロに渡って、神社とその関連史跡が並ぶという、ラインがある。

昔は未開だったんだろう。文化が遅れているんだろうって、古代の知恵を見くびることから、話を始めるのは、危険だと思う。

どっちかというと、鯨統一郎の『邪馬台国はどこですか』の方が、面白かった。



サイバラ式 西原理恵子

生き方の指針を、箇条書きで説く本がある。
ねずみの寓話で、『ぽじてぃぷ・しんきんぐ』を、擦り込もうとする本がある。

でも、生きていくって、もっとこすっからくて、ずうずうしくて、哀しくて、けっ!とか思いつつ、
愛してみたり、優しさが満ちるのを感じたり、そんな風にふわふわしたもんじゃないかなーと思った。

西原理恵子のを読むと、のさばって生きていこう!ってENERGYと、
自分の身の回り、半径30センチに起こる小事に対しての柔らかい優しさが、自分の内部に生まれる気がする。

だから好き。


新:竜の柩 高橋克彦

トルコのアララト山に埋められていたノアの箱舟(=ロケット)に乗り込んだ九鬼虹人一行は、4千年前の古代シュメールに降り立つ。

・・・荒唐無稽なSFですね。こう一文で書くと。

面白ければいいのかなー。何かもったいない気がする。
折角、傍証もそれなりに用意して、古代文明史の新説を提示しているのに。
タイムマシンとか、言葉を翻訳するヘルメットとかと、十把一絡げに、愉快なオハナシだと思われちゃうじゃん。

本編、続編と読んだけど、やっぱりテーマと提示方法の組み合わせが合っていないような気が、する。

ただ、今回は、九鬼さんと同等に議論が出来る鹿角さんがいて、九鬼さんの独壇場だけじゃないあたりが、本編よりいい。



竜の柩 高橋克彦

"竜"とは何か?
主人公九鬼虹人は、土地買収事件を端緒に東北各地に残る、竜の痕跡をたどる。
そこかしこに現れる敵の罠。
謎を追ってかれは、出雲へ、そしてさらにインド・パキスタン・トルコへ向かう。
待ち受けるローマ・バチカンの執拗な妨害。
"竜"に隠された真相とは何だろうか。超古史古代の新説が縦横無尽に展開される。

まずは、立場を明確にしておきましょう。
私は作者の説についてはさもありなんと思う。
全てを盲目的に信じる気は無いけど、でもかなり私の考えていたことに近い。つまり、
* UFOは存在する。
* 伝承の中で宇宙人の存在が伝えられている。
* 過去一度文明が滅んだことがあると思われる。
ってこのあたりは、特に賛成。
理由は長くなるから、あんまり書かないけど、まず地球外生命はいたっておかしくないし、
伝説とかを書かれている通りにそのまま解釈すると、こりゃどーもUFOだって気がするものが多すぎる。
各地の神話にことごとく洪水伝説が描かれている(日本の神話だって水だらけの世界から始まるでしょ。)のも、不思議。

だから、この本はすごく楽しかった。続編も読むぞ。

でも、小説のフォーマットには納得いかない。
冒険サスペンス小説じゃなくても良かったんじゃないのだろうか。
マシンガンぶっ放しとカーアクションで盛り上がった後に、分かり易く丁寧にかつ、ユーモアも交えて九鬼さんが語る説をとうとうと読み、
次のページでナイフで喉を切られた死体とご対面。
気分がぶつぶつ切れるんだよね。

商業的にはしょうがなかったのかもしれないが。
『書斎からの空飛ぶ円盤』式にエッセイ方式でも良かったんじゃないだろうか。
または、高木彬光氏の『邪馬台国の秘密』みたにベット・ディテクティブにしてみたりとか。

その方が、作者の説にじっくりはまれたと思う。

あと、この小説では思考の結果はわかっても過程が見えなかったのが、とっても残念。
九鬼虹人は、「前から考えていたんだけど、僕はこう思ってる。」と語るだけ。
冒険サスペンスにしたため、書くスペースやストーリーの隙間が無かったのと、小説の展開に勢いがありすぎためと思われる。

でも、迷ったり、否定したり、ばらばらのピースを組み合わせて仮説を立てては、いや違うと崩す。
もしくは、さらに飛躍する。
そんな思考の過程が読みたかった。
思考のレゴでビルを建てる。折角の大物なんだから構築の臨場感を味わいたかったな。


女の顔を覆え P.D.ジェイムズ

旧家を舞台に開かれる、教会主催の園遊会。
例年の如く盛況の内に幕を閉じるかと思われたその時、突然の驚愕が一家を襲う。

新しく雇い入れた小間使いが、こともあろうに当の旧家の跡取息子と婚約すると言い出したのだ。
そして、彼女は翌朝ベットの中で死体となって発見される。
ダルグリッシュ主任警部補が、からみあった愛憎を解きほぐす。

繊細な感情描写が素晴らしい。
派手でまざりっけのない悪や善を書くのは、爽快かもしれない。簡単かもしれない。

でも、実際は、時に意地悪くなったり、人によって当たりを強くしたり、その罪悪感からことさらに優しくしてみたり、
心は始終細かく揺れている。
その揺れを丁寧に書いている。

推理小説としてより、一家やご近所という人間集団の、ちりちりと絡み合う感情を描いた文学って気がした。

謎解きとしては、特に好きなタイプの本ではなかったかな。


後鳥羽伝説殺人事件 内田康夫

ご存知、浅見光彦シリーズ。
一言でいうと、OUT。

例えば、ファッションでいうと、70年代モノは古新しい。
80年代も、この頃斬新。
でも、今どきガングロはいかんでしょう。厚底もOUT。

音楽でいうと、カルチャー・クラブはINだけど、M.C.ハマーとかはかなり恥ずかしい。

つまり、中途半端に古いのはOUT。
ファッションや、音楽では凡そ20年生き延びると再びINになるらしい。

でも、本の場合はそれらより、サイクルが長い。
戦前冒険小説とかは、荒唐無稽な浪漫って感じでカッコイイけど、30年代社会派は、 よっぽどモノが良くないと、古臭くて陳腐に思える。

で、この本は今の時代ではOUTだなあ。と思って、解説を読んでいたところ、何と昭和57年刊行だと?

「なんでですの?」  これが20代女性が本屋の立ち話で発する言葉か?
訪ねる家々では、大体お手伝いさんが応対に出てくるし。
醜女(しこめ)って、そんな単語を人物描写で目にするの、久しぶり。
華族様だの、若様だの、代々エリート官僚の家系だの、登場人物は、やたらと家柄や体面にこだわる。
登場人物の会話や行動も、妙にキレが悪い。
その頃ってそんな時代だったか?

いや、赤川次郎の幽霊列車が51年だから、そんなことはないはずだ。

この小説は、そうとは書いていないけど、"歴史小説"なんだと思う。
自分の一番輝いていた時代が、ここにあるなぁと思う人が、癒し系ミステリとして読むには、よろしいんじゃないでしょうか。
謎もそんなに緻密じゃないし。




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