1974年5月23日 - Jewel-Jewel Kilcher(ジュエル・キルヒャー)はutahでシンガーソングライターの両親のもとに
生まれるがアラスカのホーマーという人口500人くらいの町にすぐ移り住む。
1980年 - 6歳になり両親と一緒にステージに立つようになり、祖父がスイスからの
移住者だったことからヨーデルを覚え、詩などにも興味を抱くようになる。
1982年 〜 - 両親が離婚し、父親とともにアラスカにのこる。父親と一緒にバー、ホテルやエスキ
モー村などを回りシンガーとしての活動をして音楽に制限が無いことに興味を持つ。
一時期ハワイに住むことになる。
1991年 - 高校の後半2年間をミシガン州にあるInterrochen
Fine Arts Academy に進み、
Vo.を専門として進学し、ブルースを勉強したかったがオペラを勉強することになり
むずかしいアリアを練習し彼女の歌の能力が上達する。彫刻や演技することにも興味を
持ったが学校の政策であまりさせてもらえなかったが彼女の粘り強さと熱意が認められ
「Spoon River Antholozy」の主役を演じることになる。それはとても印象的でdrama
program
も専攻することになる。
1992年〜 - この年の夏、高校を卒業し、母親の住むサンディエゴに移り住み、ウエイトレスなどのいろいろ
な仕事を経験し、母親の献身的なサポートにより無限の夢を追い求めようと決める。お金を節約
するために家を引越し、バンで生活するようになり、曲と詩を書くようになる。その詩は楽しみ、
悲しみ、痛みなどを書き分かち合ってほしかった。そこでthe
rugburnsという2人と出会いが、いろ
いろな影響を受ける。そのなかのSteve
PoltzはJewelとは元恋人でYou were meant for
meを
共作し、PVにも出てくるのが彼である。後に有名になるCoffee
house 巡りが始まったのもその
頃である。口コミで有名になりアトランティックレコードと契約することになる。
1994年 - Ben Keith(Neil youngやJames
teylorのプロデューサー)と出会い
1st album「pieces of you」のプロデューサーとして迎えることになる。
1995年〜 - 2月28日「pieces of you」が発売される。地道なプロモーションにより発売後1年が経過しよう
とした時1st single「Who
will save your soul」がスマッシュヒットし人気に火がつく。
1996年〜 - 2nd single「You were meant
for me」が発売されbilboard single hot 100において
歴代最長ランクイン(65週)し、アルバムが1000万枚突破する。97年度のAmerican Music Award
ではBest new artistを受賞しほかのいろいろな賞も受賞している。アメリカ人歌手にとっての
名誉であるスーパーボウルでの国家斉唱やLilith fair、MTV unpluggedなどへの出演
などもある。
1997年10月 - 大阪、東京で初来日公演(10/6大阪Heat
beat 10/7原宿ラフォーレミュージアム)。ちなみに料金5000円。
1998年5月 - 詩集"A night without Armor"を発売。35万部を売りベストセラーになる。
1998年11月 - 待望の2nd album「spirit」を発売。1st
single「Hands」も同時発売。
1999年4月 - 2回目の日本公演。今回は3ヶ所4公演を予定し、大成功をおさめる。6500円
1999年7月 - 30周年記念のWoodstockに出演
1999年9月 - アメリカで12月公開予定の映画「Ride with the devil」に出演(Sue Lee Sherry役)
2000年10月3日 - Jewel自身2冊目の本、Chasing
Down the Dawn発売。(CDとカセットも同時発売)
2001年10月27日 - ワールドシリーズ第一戦ダイアモンドバックス−ヤンキース戦で国歌斉唱
2001年10月31日 - オリジナルアルバムとしての3rd「This
Way」2週間早く日本で先行発売
2002年2月2日 - NHLオールスターで国歌斉唱。"Standing
still"も演奏
2002年3、4月 - 3年ぶり3回目の来日公演。東京(中野サンプラザ)、大阪(厚生年金会館)、2ヶ所3公演。
2002年5月〜 - 落馬で肩などケガするが1ヶ月足らずでステージに復帰。その後ヨーロッパ、全米ツアーを回る。
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