3.前立腺肥大症の治療

 

 前立腺肥大症は悪性腫瘍ではありませんので,症状のないうちから治療を開始する必要はありません.患者様は自分の生活の質(QOL)が悪いと感じてから医師の診断を受け適当な治療法のアドバイスを受けられれば良いのです.但し,尿が全く出なくなる尿閉や明らかに前立腺肥大症に関連した合併症があれば、その時は外科治療が最も適切な治療法となります.

 現時点で選択される治療法としては、無治療経過観察、薬物療法、低侵襲治療(手術)、外科治療および尿道カテーテル法などがあります.以下に個々の治療法を簡単に説明しましょう.

1) 無治療経過観察

 排尿を含めた日常生活指導のみで、排尿状態が改善する症例が約1/4に認められることから、軽症と診断された患者様にとっては無治療経過観察も治療の選択肢となりえます。症状悪化や合併症がみられたときは速やかに適切な治療を選択することはいうまでもありません.

日常注意する点については以下のようなことに注意してください.

・適度な運動をして筋力の低下や骨盤内の鬱血を予防して下さい.

・水分は夕食後を除き十分に摂取して下さい.

・規則正しい食事をして便秘は避けて下さい.

・アルコールは,リラックスするための少量ならかまいませんが,酩酊するようなことは絶対に避けて下さい.

・他に極端に辛い物など刺激物も避けて下さい.

・尿は我慢せず早めにトイレに行って下さい.

・一般的に使用される感冒薬などでも前立腺肥大症の方が服用すると排尿障害が悪化する場合があります.他にも精神安定剤,抗不整脈剤,抗圧剤,抗ヒスタミン剤,鎮痛剤などでも排尿障害を強くする薬がありますので心配な方は医師にご相談下さい.

以上のようなことに注意して生活し,順調でも1年に最低1度は,簡単な診察を受けられることをお勧めします.

2) 薬物療法

全般重症度が軽症から中等症の患者が対象となります.以下代表的な薬剤について説明します.

a.α遮断薬

 α遮断薬は膀胱の出口および前立腺にある平滑筋を弛緩させ、尿道の抵抗を低下させるため排尿障害の改善が得られます.比較的効果の発現が早く、長く使用しても効果が持続することより、薬物療法の標準的治療剤です.
 副作用として、起立性低血圧、めまいなどがみられる場合がありますが、前立腺により選択性の高い薬剤ではその頻度が低いことが報告されています.

 代表的な薬品としては,ハルナールフリバス(アビショット),ユリーフ,ハイトラシン(バソメット),ミニプレス,エブランチルなどがあります.

b.抗男性ホルモン薬

   本薬剤は前立腺の容積を収縮させ、下部尿路通過障害を改善し症状を軽減させます.効果発現には時間を要し、中断により前立腺の容積は再度増大します.副作用は性欲減退、勃起障害など、主に性機能に関連するものです.
 なお、本薬剤は血清
PSA値(前立腺癌マーカー)を低下させることから、潜在する前立腺癌の早期診断を困難にする場合があるので注意が必要です.

 現在,女性ホルモン作用のない薬剤が開発されています.現時点での代表的な薬品としては,プロスタール,パーセリンなどがあります.

c.その他の薬剤


 植物エキス製剤、アミノ酸製剤、漢方薬などが古くから処方されてきましたが、その作用機序や有用性については十分に検討されていません.
薬品としては,エビプロスタット、パラプロスト,セルニルトン,八味地黄丸などがあります.
 また頻尿が症状の主体の場合は頻尿治療剤が併用される場合があります.副作用は口渇感などです.薬品としてはポラキス,バップフォー,ブラダロンなどがあります.

3) 低侵襲治療

 この分野に分類される前立腺肥大症治療に対する先端医療としては、レーザー、ステント、高温度治療(thermal therapy)などがあります.通常、低侵襲治療の多くには、即時的な前立腺肥大症の縮小効果は見られません.これらの治療法に関しては、現時点では低侵襲性と安全性に関しては幾つかの報告がありますが,他療法と比較した有用性ならびに長期成績に関する十分なデータはなく、標準的な治療法となるにはまだ時期尚早の感があります.

 社会保険中京病院では,半身麻酔による手術さえ危険と判断される方へのステント留置術(前立腺部尿道に尿道を拡張する目的の金属メッシュを永久留置する方法),抗凝固剤を使用中の方や,1週間以上の休業の困難な方に対してのレーザー治療(前立腺に内視鏡観察下にレーザーを照射し前立腺が縮小するのを待つ方法)に限定して,患者様の希望に応じた低侵襲治療を行っています.

ステント留置  レーザー治療

  4) カテーテル法

自己導尿


 尿閉といって自力で排尿できない状態に陥った人で,薬が十分な効果を示さない場合,自分で尿道にカテーテルを挿入して排尿する方法です.膀胱までカテーテルを確実に挿入できれば,尿閉に悩まされることはありません.しかし,いつも道具を携帯する必要があり,多少の痛みも感じる方法です.手術までの応急処置と考えた方が良いでしょう.また,手先の不自由な人ではこの方法はつかえません.

フォーリーカテーテル(バルーンカテーテル)留置


 尿閉をおこした人に行う処置です.導尿のために使うカテーテルが抜けないように,膀胱内でバルーンを膨らませておく方法です.尿はカテーテルの出口を開放すると流れ出ます.急性の尿閉時によく行われる方法です.長期的に留置すると,膀胱炎などの尿路感染を合併したり,膀胱結石が出来たりする副作用があります.カテーテルの違和感を訴えられる方も少なくありません.ほかに重大な疾患があり,手術できない人に行う場合を除けば,やはり応急処置といえましょう.落ち着いたら低侵襲治療を含めた適切な治療法を選択することが望まれます.

       5)手術

 尿閉や前立腺肥大症に起因する合併症のある患者様と総合評価で中等症から重症と診断された前立腺肥大症患者様が対象となります.

 前立腺肥大症において、あらゆる治療選択肢のうち手術は最も侵襲的ですが,排尿障害の改善が最も効果的に得られる方法です.開放性前立腺摘出術は通常、前立腺が極度に肥大した患者に施行されるますが、TURPに比較して合併症の発現頻度が高く、回復期間も長いので最近は極稀にしか行われません.より低侵襲である経尿道的前立腺切除術(TURP)は最も普及しており、前立腺肥大症の外科手術として標準的な方法です.では経尿道的前立腺切除術(TURP)についてもう少し説明いたしましょう.

経尿道的前立腺切除術
 前立腺肥大症に対する最も基本的な手術方法です.尿道から前立腺切除用の内視鏡を挿入し,腫大した前立腺を電気メスで少しずつ削り出す方法です.お腹を切る必要も無く,前立腺も残らず切除できますので確実かつ安全な手術です.ただし,あまりにも大きい前立腺では手術の時間が長くなり,輸血を必要とする場合もあります.また,まだ性生活を活動的に行っている方では,前立腺を削った跡に精液が溜まるために,射精する感じはしても実際には射精せず,精液が排尿時に尿と一緒に排出される逆行性射精という現象が現れることが知られていますので,手術が必要だが,この問題が心配な方は医師に御相談ください.この手術の一番怖い合併症は術後の尿失禁です.手術による尿道括約筋の損傷が原因になって発生しますが,機器が発達し技術的にも安定した最近ではまず起こり得ない合併症です.ただ,急に排尿障害がとれたために,それまで弛緩していた尿道括約筋の緊張がそれに追いつかない場合にも,一時的に尿失禁が現れますが,この場合は退院する頃には消失します.なお,この手術を行ってから退院までの日数は10日が標準的ですが,比較的若年(65歳以下)で合併症のない方に対しては5日程度の入院期間で治療を完了するコースも適用しています.

     切除鏡で腫大した前立腺を削っているところ  

         

切除手術中の内視鏡の観察像(切除前→切除中→切除後)

前立腺部尿道の左右からの圧迫が解消されるのが理解できると思います

 

6)治療後の通院について

薬物療法の場合

 前立腺肥大症は年齢とともに進行するのが普通ですので,一度薬物療法を開始すると,多くの方はそのまま薬を継続的に服用する必要があります.勿論,前立腺肥大症の初期は一時的な排尿障害のみで薬で落ち着くと,薬を中止しても数年間治療不要になる場合もあります.
 検査を行った後,通院にて継続的な薬物療法が必要と診断された方は,1ヶ月に1回の通院をしていただきます.
 上に述べた日常生活の注意点は,薬を飲んでいても守る必要があります.
 通院中,徐々に排尿障害が強くなれば経尿道的前立腺切除術などの手術療法に切り替える必要が出てくるかもしれません.

    手術療法の場合

 経尿道的前立腺切除術を受けられた患者さんは,手術後,2週間毎の通院を2〜3ヶ月していただきますが,その後は特に問題無ければ定期的な通院は不要となります.
 レーザー治療など低侵襲治療を受けられた方は,これらの治療を受けてから長期を経過して,その効果がどこまで続くのかまだ不明な点があります.調子が良くても3〜6ヶ月毎の通院による経過観察を受けられることをお勧めします.