The Best of DE10 Gallery

特別企画:東亜石油DE10最終出荷への道ver1.2

最後のDE10が側線へ入って来た

 

最後に実現した2号DL、DE101101、1号DLの並び

 

 2010年2月16日、名古屋港駅でDE10を撮影していた私の携帯に入電が。「東亜石油扇町工場 来年9月末で閉鎖!」

 現場で働いている私が全く知らない。「またまたご冗談を・・・」と最初は思ったが、翌日職場へ行くと製油所内の協力会社の皆さん口々に「あの報道マジ?」「どうなるんだ俺?まだマンションのローンが・・・」「水江(工場)に食い込めるかな〜?」と頭を抱えたりヒソヒソ話をしている始末。まあそれはそうだ。事業所廃止で転勤くらいならまだよいが、下手すりゃ解雇だ。皆深刻な顔をするのも無理は無い。しかし、そんな中で不謹慎にもある企み(?)がある男の頭の中で閃いた。「どうせ無くなるなら最終列車のDE10にヘッドマーク付けてやろう!」そう、何を隠そう私だ!(笑)

 

 当初は誰もそんな企画やる気もなかったようなので、ならば俺がやってやろうと当初は企んでいた。時間もあるし、まずはヘッドマークを作成するに当たってDE10の手すりの寸法を図る事にした。通常、側線に入って来る列車はDE10による推進運転なのだが、朝の入換便(入71)だけは例外でDE10先頭の牽引スタイルで入線し、1日1回しか使用しない一番奥の6号ポイントを使用して機回し後、神奈川臨海鉄道と打ち合わせ後に単機で入72として帰って行くので、その打ち合わせをしている際に背後からメジャーで寸法を測る。何回か実測した結果、前面部の手すり(鎖がぶら下がっている部分)の間の長さを測るとちょうど80cm。ならばHMを取付ける金具のスペースも考慮して横90cm×縦60cm位が妥当ではないかとの結論に達した。

 続いてヘッドマークの図案作成にとりかかる。あんまりイラストやら何やら入れると大変だし、文字が小さいと写真撮影した際に何が書いてあるのか分からんので、ここはシンプルに文字だけ・文字は大きく・日付と工場名・最終出荷列車と分かる文言は最低限入れる。丸形HMだと取付け方と前後の管理が大変なのでHMは四角形にする事とし、とりあえず原案として保管しておく事にした。

 

初期のラフデザイン画

 

 2011年9月に入り、そろそろヘッドマークの工作を始めようとした頃、日本石油輸送の所長さんが「最終日は何かセレモニーとかやるの?」と東亜石油に働きかけたところ、バックの昭和シェル石油が乗り気となり何とヘッドマーク作成費を出してくれる事となった。デザインだけ考えてくれとの事だったので、密かに暖めていた私のデザインをベースにヘッドマークを作成してくれる事となった。本来は自作してひっそりやろうかと考えていたので、これは頼もしい援護射撃となったが、段取りが決まって行くうちに段々と事が大きくなっていくのを実感。最終的には昭和シェルを始め、関係各所の人間が参加してのセレモニー開催という規模になった

 で、9月後半に入り、発注していたヘッドマークが納品された。おお〜、凄い。今回はDE10のみならず、構内の入換機関車の分まで費用を出してくれたので、入換機関車2両とDE10を並ばせる事となった。早速、構内に入って来たDE10に試験装着してみる。いいね〜、ピッタシ似合います。

 

完成したヘッドマーク

 

DE101750に装着

 最終日に備え、私は2週間前から最終出荷セレモニーを開催する地点を中心に大掛かりな除草作業を実施。通常の入換作業終了後に炎天下の中、毎日1時間ほど除草作業を地道に続けた結果、当日は殆ど雑草が無い状態で撮影が可能となりました。タンク車もタキ1000-1やタキ143645等、ネタ車両を中心にアース磨き出しや拭き上げを実施。また最終日当日午前と前日にはJR貨物の有志により手製ヘッドマークが先行してDE10に掲出された。当日朝まで徹夜で作成作業していたようで頭がさがります。

 そして迎えた最終日。いつものようにいつもの列車が入出線していく。午前中最後の入76便で最終出荷列車に掲出するヘッドマークをDE101101に積み込んでもらい、浜川崎駅で装着となりお膳立ては揃った。こちらも2番線へ最終出荷となる宇都宮タ行7581〜5581レと郡山行8986〜1075レ、そして浜五井へ回送する2両を併結した17両編成を留置し準備は完了。あと1両分の所に入換機関車2両を挟むように並べる。

 14時過ぎ、入77としてDE101101が東亜石油側線へ単機で入線してきた。1エンド側にはJR貨物手製HM、2エンド側には私のデザインしたHMが装着されている。連結してブレーキ試験終了後、停止位置を合わせる為、少し前進して3両の機関車が並ぶ。セレモニーまでしばらく時間があるので、関係者の皆様で記念撮影を行った。こんな大人数での記念撮影はさすがに迫力があります。これでエキサイトしない奴は鉄道マニヤじゃねえ!私も戦列に加わるが、興奮のあまりフィルムもデジカメも容量使い切る寸前までシャッターを切ってしまった。

 

 

DE101101にとっては晴れ舞台

 

 そして14時30分から最終出荷セレモニーが挙行され、昭和シェルや東亜石油関係者の皆様のスピーチの後、運転士に花束贈呈が行われ、14時45分過ぎに長い汽笛と共に最後の入78便がゆっくりと出発。皆、拍手したり敬礼したりして見送る。私は前日まで草刈りをして障害物が全くない順光側に陣取る。フィルムは先ほどまで撮影しまくったおかげで残数は2コマ。午後の日差しがDE101101に当り最高のシチュエーション。私のNikon F6は高速でフィルムを切り取り打ち止め。後打ちをD200で仕留める。普段は入換便なので付かないが、今回は関係者のご尽力により後部標識が掲出されていた。全てにおいて皆様の働きかけやセッティングのおかげで最高の列車となった。踏切で安全確認の為一旦停止した後、長い汽笛と共に構内から出て行った。私だけでなく、皆踏切から見えなくなるまで列車を見送っていたのが印象的だった。

 

長年の労をねぎらい昭和シェルグループの皆様による記念撮影

 

 

大勢の関係者の拍手の中、最後の出発

 セレモニー終了後、興奮から冷めた我々は最終出荷関連の伝票データの作成やら事務所の片付けに入り現実へ引き戻された。全てが終わり、勤務終了時間まで現場の詰所で一息ついていると、窓の外に1960年製の1号機関車が見えた。2号機関車のHMは会社の上司が記念に持って行ってしまったが、1号のはまだ付けっぱなしで放置されていた。この機関車はエンジンがDMH17Cと超年代ものの老朽機で買い手も付かず解体されてしまうとの事。多分マトモな姿で見るのはコレが最後になるだろうと思った。ヘッドマークは持って帰る気は無かったのだが「餞別だ、持って行けよ!」と、何だか機関車に言われているような気がしたので、外して持って帰る事にした。さっきまであれほどの青空だったのに空は専用線の廃止を惜しむかのように曇に覆われていた。

 

 こうしてまた一つ、DE10の出入りする専用線が役目を終えた・・・。

 

 

最終日データ

入71 5762〜8985レ 11両

入72 単機

入73 1074〜8987レ 4両

入74 7077〜4077レ 7両

入75 8582レ 1両

入76 7763〜5763レ 11両

入77 単機

入78 浜五井行8986レ回送2両+8986〜1075レ4両+7581〜5581レ11両

入79〜82 運休

 

入74組成順:DE101101+タキ1000-333+タキ1000-653+タキ1000-652+タキ1000-662+タキ1000-277+タキ1000-334+タキ1000-887

 

入76組成順:DE101101+タキ43575+タキ43030+タキ44019+タキ43332+タキ243821+タキ43403+タキ43462+タキ1000-243+タキ1000-461+タキ1000-16+タキ1000-1

 

入78組成順:DE101101+タキ1000-279+タキ1000-273+タキ1000-736+タキ1000-718+タキ1000-708+タキ1000-703+タキ243829+タキ1000-280+タキ1000-278+タキ1000-460+タキ143645+タキ1000-444+タキ1000-658+タキ243875+タキ43448+タキ243801+タキ1000-276

 

管理人注:当日は構内撮影許可済みですが、工場構内・危険物製造所等が存在するなど諸般の事情により最小限の写真のみ掲載とさせて頂きます。

 

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