このページは、スタイルシートを使用してます。上手く表示されなかったら、こちらへどうぞ。
最新の日記日記インデックス今月最初の日記
トップページに戻る INTRODUCESFBBSLINKSMAIL

2000年2月15日 火曜日

 実家から物資の配給があったので,久しぶりに電話をかけてみる。
 母親が電話に出た。ひどい風邪にやられているらしくて,いつもは「何喰ってるのか」とか「掃除洗濯はちゃんとやってるのか」とか,まあいろいろうるさい,おっとっと,心配してくれるのに,こちらが荷物が着いたことを告げると,今日は「他に用事あるの?」と来たもんだ。あまりにもダルそーなのでさっさと切り上げた。その間30秒。


2000年2月14日 月曜日

 バレンタインデー。ふうん?
 日本全国の婦女子の皆様はご苦労さまでございました。難儀な風習ですな。
 とまあ,そういう感じ?


2000年2月13日 日曜日

 いやあ,いけないいけない。うっかりつまらないゲームにハマっていたら日記の更新もおぼつかなくなってしまった。こんなことでは。毎日更新ペースにもどさねば。
 つまらないってのは先日の『ヴァンピール』ではなくて,スパロボシリーズ中最低との悪評も高い『新スーパーロボット大戦』だったりするのだった。
 しかしこれは,ゲームの進行もなっちゃいないが,それ以上に苛々するのは,インターフェース上の不備が多すぎるって事だったんだなー。久しぶりだから忘れてたけど。どれだけのダメージをあたえたか,ってのが数字を表示しないもんだから直感的にわからない(ゲージが減るだけ),とか,クリティカルヒット時になんらかの表示をするとか,そんなごく基本的な部分が抜けてるので,イレギュラーな事態が発生すると一瞬何が起こったかわからないのだよね。ま,いまさらそんなことを言ってもしょうがないんだけどさあ。
 とかなんとかいいつつ,2周目に突入。われながらよーやるよ。
 なんでこんなのをはじめたかってぇと,スパロボ3のCDがおしゃかになっちゃって,どうにも収まらない気分だったから。新しいゲームを買うのはお金がもったいないから,古いのを引っ張り出してきたわけで。
 で,『ヴァンピール』のほうも2周目開始。1周目をクリアすると敵ヴァンパイアの視点で遊べるのであった。これもなかなかグー。うーん,大人のゲームだにゃー。
 とまあ,2本のゲームを同時進行してると,生活のパターンがめちゃくちゃになります。よい子はまねしちゃ駄目。

 ゲームの合間にじりじりと,A.v.フォイエルバッハ『カスパー・ハウザー』(福武文庫フ1201)を読んだ。
 カスパー・ハウザーは,まあ,ここを読みに来ているような人にはほとんど説明の必要もないだろうが(とはいえ,わたしは大ざっぱな知識しかない)ヨーロッパでもっとも有名な,いわゆる“野生児”だ。ただ,カスパーの場合は,青年になるまで人間の手で監禁・幽閉されていたらしいという点が,狼少女アマラとカマラのような例とは違う。
 訳者による序文によると,著者フォイエルバッハは,19世紀のドイツの刑法学者で,罪刑法定主義の基礎を固めた「近代刑法学の父」。晩年にアンスバッハ控訴院長を務め,その時期にカスパーと公私にわたって交流を持った。本書は,カスパー出現から彼の死の前年までの,観察記録だ。
 カスパーは,1828年,ニュルンベルクに忽然と現れた。見かけは16歳くらいだが言葉も動作もまったく不自由で,浮浪者のような襤褸をまとい,手にしているのは謎めいた紹介状のみ。その後,曲折のすえ,一教師の手に保護されるところとなった。1829年,家の中で血まみれで倒れている所を発見され,このときは一命を取り留めたが,1833年,何者かに殺され(自殺説もある),奇妙で短い人生を終えた。
 発見から「秘密にみちた」死にいたるまで,カスパーのエピソードはなんともいえない戦慄を誘う。とくに本書の表紙や41ページに掲載されているニュルンベルク出現当時のカスパーの有名な肖像画は,これは怖い。怖いとしか表現できない不思議な迫力がある。
 だが,本書の特徴は,カスパー事件の当事者の目から,カスパーの人となりをかなり詳細に記録している事であり,当然ではあるが「奇妙な事件」として興味を引こうというものではない。
 はじめは赤児同然の反応しか示さなかったカスパーが,周囲の教育と,なにより本人の努力によって,言葉を習得し,自我を確立し,世界認識を形成し,そして将来への夢や失われた幼少期について語る。そんなカスパーの愚直なまでに誠実な姿に,事件への興味とはまた別の感慨を覚える。そう、感動的、といってもいい。
 日本におけるカスパー・ハウザー受容史を完結にまとめた解説が付いてて,これは親切。
 ところで,これは余談にあたるが,丸山圭三郎が,言語習得と世界認識の形成にふれて(すいません,書名は失念しました。たしか講談社現代新書の二冊のうちのどちらかです),カスパーの例ではないが“野生児”のケースについて論じている。そうした角度からも興味深い示唆を与えてくれる本だといえるだろう。

 おっとっと。2/11の日記。『タンブラーの人形使い』なんて書いてたよ。はずかしー。正確には『タンブーラの人形使い』。訂正しておきました。汗。


2000年2月11日 金曜日 ■竹本健治『タンブーラの人形使い パーミリオンのネコ2』■

 竹本健治『タンブーラの人形使い パーミリオンのネコ2(ハルク文庫た9-2)。R:★★★★ C:★★★★ I:★★★ L:★★★
 《パーミリオンのネコ》1巻はずいぶん前に徳間文庫版を読んだのだが,2巻以降は文庫にならなかったので読めなかったのだ。ノベルズ版も見つからないし,こりゃだめかと思っていたシリーズの一つ。ありがとーハルキ文庫。
 ,YA系のシリーズから出ていたもの。だけど,この作品の感触は,ふつうのYA小説とは全く違う。とりあえず目に付くのは,バイオレンスシーンの派手さだろう。いまどきのYAはそこまでやらない。たぶん(最近のは読んでないけど)ブギーポップなんか問題にならないような激しさだ。とにかく人がバンバン死ぬ。たぶん最後まで生きているだろうと思っていたキャラクターでさえ,中盤であらかた死ぬ。ああ,もったいないって言いたくなるけど,死ぬ。
 そんななかで強大な暴力を目の前にして無力な人の怒りや思惑が入り交じって,硬質で力強い物語になっている。
 ハードなダーティペアってところかな。ちがうか。

 あまりの眠さに日記の更新をさぼって一日飛ばしてしまった。
 で,今日は(というか11日は)昼まで寝て,一時間ほど起きてたらまた眠くなったので,五時間ほど寝て……,暗くなるとまたしっかり眠くなるではないか!
 で,ちょっと寝てから日記を書こうと思ったら,朝。うーん。どうなってるんだ。

 伝統芸能続きですじゃ!
 うーん。SFの左右の話というと,わたしは,面白がって右とか左とか言うことはあります。ありますが,単に面白がってるだけで,それで何かを言い当てられるという感じはしていないのであった。ちなみに,わたし,どっちかというと左系かな。SFMのアルジャーノンになんとか特集に苛々したりしたけど。
 科学的な想像力から導かれる世界とか,人間を描く(とりあえず字じゃなくてもいいから)物語としてのSFを保護(というか推進)しないとね,って話であれば,よくわかります。やっぱりそういうものってのは少数派になりがちだし。

 んで,若い衆向けのアンケートに「月何冊本を読んでるか」なんて予備設問を入れたら,ますます悲しい結果になりそうな気もします。実際,2,3人にやらせたところで既にへこんでますのよ,わたくし。
 ある意味面白くなるのは予想できますけど。


2000年2月9日 水曜日

 アートディンクの「ヴァンピール」というゲームに小ハマり中。
 よいヴァンパイアと悪いヴァンパイアが,町の人の血を吸ってしもべを増やし勢力争いをするという,アイデアだけ聞けばばかばかしくて笑うしかないような話。仲のいい人には吸血効果が高い点と,一度に吸血できる「血流量」に制限があるというのがミソである。昼間は町の住人と交流を深め,夜は寝静まった街を徘徊して目星を付けた住人を襲う。
 キャラクタの数が膨大で,町の全体像を把握するのは大変だが,それぞれの住人が持ってる小ストーリーが,さりげないかんじでちょっといいのである。
 世間的にはほとんど話題にならなかったみたいだし,売れそうにないってのもわかるんだけどね,こういう渋い存在感のあるゲームにもちゃんと目配りして欲しいなあ,ってだれに言ってるのよ。


2000年2月8日 火曜日

 ハリイ・ハリスン『銀河遊撃隊』(ハヤカワ文庫SF415) R:★★★★ C:★★★★ I:★★★ L:★★★
 『宇宙兵ブルース』とある種の対をなすハリスンのパロディSFだが,『銀河遊撃隊』のパロディの対象は,E.E.スミスの「スカイラーク」や「レンズマン」をはじめとするスペースオペラ。
 マッチョな天才科学者,ジェリーとチャックが実験中に偶然に瞬間移動装置を発明してしまうのは「スカイラーク」と同じ。おつむの空っぽな女の子や,ソ連のスパイを巻き込んで,物語はひたすらスラップスティックに進行する。
 『宇宙兵ブルース』は笑いの中にも,どこか重苦しい雰囲気があったのだが,この作品では,マッチョなヒーロー物語の視野狭窄を無邪気に笑い飛ばすといった色合いが強い。それでも,ハリスンの一流の鋭い視線は随所に感じられる。
 ストーリーは,スペオペの定石をしっかり抑えていて,後半はなかなかの大技も見せてくれる。
 いいです。


2000年2月7日 月曜日

 今日は久しぶりにメールとか掲示板とか頑張って書いたよ。あ,もうお釣りがのこってないや。うわあ,もう5時だ。
 ハリスンの『銀河遊撃隊』の感想を書こうかなーなんて思ってたんだけど,あー,もうだめちゅう。寝るちゅう。
 で,明日になったら忘れてるのですね。と,忘れないように書いておく。

 あれ? 手持ちのお金が300円しかないじょ。へんだにゃー。


2000年2月6日 日曜日

 ちびちびと二周目をやっていたスパロボ3PS版が動かなくなり,うちのPSもいよいよおしゃかであるか,ごくろーさん,BOX備え付けのPSでもって続きをやろうと,日曜だというのにいさんで家を出る。いざCDを突っ込んでみると,やっぱりこっちでも動かず,これといって傷も見当たらないのに,どうやらCDのほうが壊れてたらしい。ちぇっ。K林君が「冷やせば動く」と強硬に主張するので,まあそれで気が済むのなら,てんで冷蔵庫でギンギンに冷やしてみるも,当然動くわきゃないよね。でも,たしかにCDは冷やすと音がよくなるとか,端を削ると(以下略)などと,そんな話は聞いたことがあるなあ。どういうこっちゃ。

 たまたまBOXでだべってたK林君,うしPくんらと,例のアンケートのことなど,雑談。SFの事なんて知らなくても,SF研に入ってくるからには興味ゼロってわけじゃないと思うんだけどなあ,ってなわたしのつぶやきに,うしP君曰く「ふぢーさん,現状が何もわかっていらっしゃらないのですね」
 ガガーン。
 いやー,うすうす感づいてはいたんだけどさー。文字になってはっきり目の前に突き付けられるとね。
 自称顧問(笑)として,なにか強力なテコ入れが必要なんではないかと,かなり本気で思いはじめている今日この頃(いやだけど)
 アンケートといえば,大森なんでも伝言板経由で,なるほどね,こういう手があったか。わたしのやり方では大ざっぱすぎるのだよなあ。もちろん,わざと大ざっぱにした,ってことはあるんだけど。

 現在,書面にて23人,メールにて2人から解答を得た。そろそろ集計をはじめる時期かもしれない。

 SF伝統芸能説。なるほど,そういうことですか,と思いつつ,わたしが一方的に受け取っていた語感・ニュアンスとはちと違うみたい,かな。
 伝統芸能って,多少なりとも素養とか基礎知識がないと楽しめないってとこがあるし,それを身に付けて行く過程もまた愉し。ちょっと勘違いすると,閉鎖性と受け止められてしまうし,古いファンが閉鎖的になってしまうこともままある。ちかごろの若いもんは勉強がたりん,とか。で,そこで開き直っちゃう若いもんの図。
 そんなこんなでSFって伝統芸能に似たとこあるよなあ,と思ってしまったのだった。


2000年2月5日 土曜日

 SF研の追い出しコンパに顔を出してみる。
 時期和泉支部幹部および,多少はくわしいということになっている部員から例のアンケートを回収する。
 わたしが大学のSF研究会に入って約1年のコドモたちに期待している基本的な教養のレベルは,そんなに高いものではないつもり,だった。
 多少具体的に言うと,
 1)SF作家の名前を和洋含めて20人くらい,数分で思い出せる(SFの範囲はどこまで広げてもいいことにする)
 2)SF読みじゃなくても,本を読む習慣がある人なら自然に耳に入ってくるようなメジャー作家の作品を,最低一つは言えること。たとえばウエルズ,アシモフ,クラーク,ハインライン,ブラッドベリ,ダニエル・キイス,バラード,ディック,ヴォネガット,ル・グイン,ギブスン,星新一,小松左京,筒井康隆などなど。
 このへんは大学生の基礎教養だよね。感覚が古いのかもしれないけど,ちょっと気の利いた本読み(ジャンルを問わず)なら,読んだことがなくたってディックぐらいは知っている,ものじゃないかなあ。
 こんなこと,どうでもいいじゃないか,と思う人もいるかもしれない,たしかにそうだ,どうでもいいことだ。
 しかし,数年後には,彼らも就職活動を始める。サークル活動について面接で訊かれたりすることもあるだろう(そういう例を何件か聞いている)。だから,サークルの機能として,基礎的な教養を伝えていくのは,やっぱり必要なことなんだ。すごく通読的な話だけど,それが世の中ってやつだよね。
 しかしねえ,わらえませんよ,これは。解答用紙が文字通り真っ白だもの。再利用できちゃうもの。
 ウェルズの作品を一つも知らない文系学生って。筒井康隆の作品を一つも言えない本読みって。
 ウェルズって,大学受験の参考書に出てきたりしませんか?
 もはやSF研だからああだこうだ,って問題じゃないね。深刻だなあ。


2000年2月4日 金曜日

 わたしの勤め先は,本来かなり敷居が高めに設定された古本屋なのだが(変な日本語),基本的な常識がないと敷居の高さもはかれない。それは,一言で迷惑って言えるような事ではなくて,わたしだって他所の業界ではやっちゃうことはありそうなことで,ある程度は仕方のないことであるわけなんだけど。
 しかし,「初版」の概念を知らないお客さんには,ちょっと驚きましたよ。ええ。事の発端は,「漱石の古い本があるんだが,いくらで買い取れるのか」という電話であった。電話に出たのは店長夫人である。
 ちなみに,「ハイブリッド新辞林」(三省堂)によると,
 しょはん【初版】出版された書籍の最初の版。第1版。
 とあるが,こんな説明ではわかるはずもない。漢字ってのはなかなかに便利にできているもんで「版」という概念を理解していれば,「初版」というのは「ああ,最初の「版」のことだな」と自動的にわかる仕組みになっている。つまるところ,このお客さんは「版」を理解していないのである。そこで
 はん【版】[2](接尾)出版物の刊行回数を数える語。
 を説明しなくてはならない。これはなんとか飲み込んでもらえたようなのだが,今度は古本は版によって値段が違うこともある,というのが理解できないようだ。ま,これはわたしにもよくわからないことがありますけどね。版によって本文に異同があったり,刊行当初の形態を研究するひともいたりするから,なんだけど,要は「はじめて」という言葉の醸し出す幻惑が大きいんでしょう。
 で,こういうすっとぼけたお客さんが,「奥付」の概念を理解していると少しでも期待したわけではないのだろうが(あ,余談だが,「奥付」は「おくづけ」と読む。通常は「おくふ」とは読まない)
 「とにかくお持ちの本が何年に発行されたものか教えてください」
 「知りません」
 「奥付をみればわかるんですけど……」
 「奥付?」
 おくづけ【奥付】書籍・雑誌などの巻末にある,著者・書名・発行者・印刷者・発行日・定価などを記載した部分。
 ここからがまあ大変な押し問答だったのだが,再構成するのは控えておこう。
 しかし,なんでそんな人が漱石なんて物を持ってるのか,ってのが,謎といえば謎だなあ。


2000年2月3日 木曜日

 昼寝してるときに変な夢を見た。
 いちどに4つのくだらない犯罪の容疑者にさせられてしまうんである。ふぢー大ピンチ。
 普段からほとんど夢を覚えてない質で,ざんねんながら詳細は不明だが,4つのうち1つだけは覚えている。
 その名も「魚類殴打事件」
 神奈川新聞にも載るほどの大事件らしい。
 夢の中で「あ,これは日記のネタになる」と思ってしまったことまで,しっかり覚えているのだった。

 洗濯しようとして,ふとジーパンの尻に穴が開いてしまっているのを発見した。これが最後の一本だったのに。しかも来週まで服を買う余裕はないのだった。何食わぬ顔をして穿き続けることに決定賞。はあ。わびしい人生じゃ。


2000年2月2日 水曜日 ■グレッグ・イーガン『順列都市』■

 グレッグ・イーガン『順列都市』(ハヤカワ文庫SF1289/1290) R:★★★★ C:★★★★ I:★★★★★ L:★★★★★
 やっと読み終わりました。イーガンてのは,とんでもない大物である事はまちがいない。ちょっとびっくりしてしまって,まとまらないんだけど,とにかく,感想。
 イーガンの『順列都市』では,とんでもないアイデアや,そこから演繹される論理的なアクロバットや,登場人物達の議論が,いちいち,《現実》のわたしたちの問題として跳ね返ってくる(この本について書こうとすると,現実という字にはカッコを付けないわけにはいかない)。こういうことをたぶん「文学的」というんじゃないか。それだけを指すのではないにしても。
 読書共同体などからいくつか書評をたどってみたんだけど,やはりイーガンは小説としては問題がある,という事になってしまっているみたい。
 そうした意見を代表するのが,S-Fマガジン99年12月号クロスレビューページの瀬名秀明の書評だ。実を言うと,この書評を読んでも,瀬名が,いったいどのあたりを小説の技術的な問題としているのかはよくわからない。ごく短い文章だから,それはそれで仕方がない。だから瀬名の小説観に文句があるってわけではない。けど,結果的に「小説が下手」というイメージだけが先行してしまう可能性があるというのは,やはりちょっとまずいんではないか,とは言っておきたい。
 それにしても,小説の上手さって,なんなんだろう。よくわからない。
 わたしはイーガンが小説が下手だとはどうしても思えない。文体はキリっと引き締まっているし,登場人物のセリフもキマっている。『順列都市』の,章ごとに視点が変わっていく入り組んだ構成も成功している(基本的なアイデアが持っているポテンシャルを生かせるスタイルをちゃんと選択している上,本書全体の構成がテーマと絶妙に響きあうような形になっている)と思うし,人物描写もいわれてるほど薄っぺらなものではなくて,充分に一定のレベルは超えていると思うのだけど。
 もちろん,わたし以外にも違和感はない,と言っている人はちゃんといるし,そもそもそんなことを問題にしてない人もいる。だけど,ネガティブイメージのほうが,はるかに広がりやすいからね。あえて,「んなこたない」と書いておきますわ。
 実際,わたしだって,読みはじめる前には,ずいぶん覚悟を決めていたのだった。けど,全然問題ないじゃん。
 ああ,「本の感想」を全然書いてないな。
 うーん,実はいま,かなり幸福な失語症状態に陥ってるんだよね。おもうところが多少まとまったら,なにか書くかもしれない。それは,またこんど。


2000年2月1日 火曜日

 昨日,ひとりでキムチ鍋なんぞやって,辛すぎたのか食べ過ぎたのか,一日お腹ゴロゴロ。しかも眠い(これはいつものこと)
 材料が余ったので,性懲りもなく今日もキムチ鍋。ああ,うまい。安上がりだし。明日も地獄か。

 アンケートは,回答そのものにもそれぞれ味があるんですが,回答者が悶え苦しむ様を観察するのもまた,いいのであります。
 苦しんでるそばから,「書かないと約束するなら教えてやってもいいぞ,ケケケ」などといたぶるのも最高です。よしなさいって。

 たまおさんからもメールで回答が。おお,これは見事な。

 てなことでもう駄目。寝る寝る寝る。



トップページに戻る INTRODUCELINKSMAIL||最新の日記過去の日記