さまよえる聲(日記)

2001-07-18(水)

#01 お決まりの結末

つまるところ,本を買わないなどという目標を設定して,一瞬でも実現可能だと思い込んでしまったところが,わたしの愚かさなのだ。

それはそれとして,古凡君は,レジ前に積んであるコミケカタログを指さしてニヤニヤしながらこっちに流し目を送ったりするのはやめてください。死ぬほど恥ずかしいです。

2001-07-18に買った本

#02

《小説すばる》8月号の特集は異世界への誘い。梅原克文,倉阪鬼一郎,牧野修,田中啓文,小林泰三の短編を収録している。小林泰三の「予め決定されている明日」は「計算」がテーマの仮想現実SF。《SFマガジン》のインタビューの計算云々のくだりに反応した覚えのある人はなにがあっても読むべきでしょう。

ところで梅原克文の「科幻月輪〜サイファイ・ムーン」はサイファイ・ホラーと銘打っているのだけれど,科幻といえばSFの中国語訳であり,サイファイとは何の関係もないはずだが,梅原サイファイ構想の文脈ではどのように解釈されるべきなのだろうか。

#03

SFセミナー2001・瀬名秀明氏講演録を読みながら,あれこれ考えてみたりしている。特に講演録後半の提言について,どうしてSFを売れるようにすることが"外部"とのコミュニケーションに役立つのか,そこのところの筋道がよくわからない。前半と後半が乖離しているように思える。たとえばかつてのSFブームにおいて,"外部"とのコミュニケーションがうまく行ったという実績はあるといえるだろうか。実はそれ以前にSFの内部・外部という言い方もよくわからなかったりするんだけど。

SFファンであるわたしは,SFが売れることやSFブームを必ずしも望んではいない。また,売れなくてもいいとも格別思わない。望んでいるのは才能のある作家による個性豊かで実りある仕事のみであって,SFを変える事ができるのはそうした営為以外にはありえないと思う。売れる売れないと言う次元の話とはまるっきり無関係でないにしろイコールでもないだろう。と,するならば,一連の提言には賛成も反対もできないということになる。

全部の文書に目を通したわけではないのでこれ以上大きなことは言えない。一通り読んだらまた何か書くかも。

#04

それにしても,PDFは読みづらいなあ。きれいに印刷できないし。うちの環境が貧しいだけ?

#05 ブックオフ東中野店

この店,ひょっとして,元は従来型古本屋だったのか?

2001年 07月 中旬:Alisato's 本買い日誌

ブックオフができる前に何があったかは覚えてませんが本屋でなかったことは確実です。

例の「ほんをうーるならぶっくおふ」っていう脳みそが腐りそうな歌がかからない快適な店舗。一時期,棚の片隅にサンリオ文庫が4,5冊あったりしてびっくりしたことがあった。1冊1000円くらいだった。

#06 桑田真澄

約3カ月ぶりに先発のマウンドに上がった桑田の姿を食い入るように見る。わたしはPL高校時代からの桑田ファンなのだ。6回裏逆転されて降板した時点で今日の試合は終わった。終わっちまったんだ〜。今日の登板が復活のきっかけになりますように。ああっ神様〜。

2001-07-19(木)

#01

懸案のぷちbk1作成に決意。朝まで奮戦して,中身を作る前に力尽きました。コンセプトは"黒いbk1"。CSSだけで頑張ってます。

MacIE5でレイアウトを確認。ほかのブラウザではそんな按配になってるのか,まったく自信がありません。

とりあえずこんな感じでBlack bk1。完成時期は未定。

2001-07-20(金)

#01 瀬名秀明氏の意見

青木みやさんの日記(01-7-19付け)から,瀬名秀明の博物館18日の日記が引用されていたことを知った。読んでみたが,正直言って,脱力した。腹も立った。

以下の引用の中で,藤井の判断で文脈に応じて適宜マークアップを施しています。その意味では原文ママではありませんが,ご諒承ください。

「正直なところよくわからない」という意見もありました。SFファンであるわたしは,SFが売れることやSFブームを必ずしも望んでいない。また,売れなくてもいいとも格別思わない。望んでいるのは才能のある作家による個性豊かで実りある仕事のみという意見もありましたが,多くの作家が個性豊かで実りある仕事をするためには,少なくともひとりのジャンルベストセラー作家が必要ということがわからないのか。

引用は原文ママだけれども,引用元が銘記されていない。ということは,これはわたし個人への意見というよりは,わたしを含む読者一般あるいはSFの内部へのわからないのかであると考えるのが妥当でしょうか。しかし,そんなこと言われてもわたし以外の多くの読者は困ってしまうでしょう。

ちなみに,藤井は多くの作家がとは書いていません。そもそも,才能のある作家すなわち作家をなりわいとする人たちの中でも特に際立った才能を持った作家が,多くいる,などとは初めから考えていないわけです。したがって,全然前提が違うわけですが,それでも多くの作家が個性豊かで実りある仕事をすることと少なくともひとりのジャンルベストセラー作家が必要ということが即座に結びついてしまうのは,よくわかりません。説明の必要もないほど自明なことなんでしょうか。

編集者がこういう意見を見たら,SFを取り上げようという気力すらなくなるぞ。

瀬名氏は,SFの出版状況を人質にして藤井あるいは瀬名氏の提言に賛成できない人たちを恫喝しているのではないか。「黙れ」と。というか素直に読めばそう考えるしかないようです。SFやSFファンを理解したい,という人にこういうことを言われると,何を信用していいのかわからなくなってきます。

おたがいの違和感をぶつけあう,というのはこういうことだったのですか。

#02

ところで,ある集団はその外部によって規定される,という考え方がある。それに従うなら,"SFの内部"を規定してきたのはSFの外部だということになる。

#03

などと書いているところで,bk1から瀬名秀明『ロボット20世紀』(文春文庫)が届いたよ。

2001-07-20に買った本

2001-07-20(金)

#04

たしかにここ数年の間,SFのベストセラーは出ていないし,ベストセラー作家もいない(瀬名秀明が"外部"であるならば,と書いておいたほうがいいかもしれないが),と,とりあえず言ってもいいようだ。しかし,その中からも,北野勇作『かめくん』小林泰三『AΩ』(超・ハード・SF・ホラーだが),野尻抱介『ピニェルの振り子』秋山瑞人『猫の地球儀』菅浩江『博物館惑星』などなど,才能ある作家による個性豊かな実りある仕事は,確実に生まれている。少なくとも一人のジャンルベストセラー作家が必要という主張に納得がいかない,というのは,こうした成果を踏まえてのことだ。

2001-07-20(金)

#05 SFセミナー2001・瀬名秀明氏講演録について

まだアンケート資料(面白い)を読みかけたところで止まっているが,途中経過として簡単に感想を書いておく。

まず,「これはSFではない」という言い方が外部の読者に脅威を与えるのではないか,という点だが,このレポートでの論の展開は著者自身の体験に引き寄せすぎているように思う。個人的な経験では,ある特定のジャンルにこだわっている人は,趣味を共有していない人に対してあまり積極的に自分の趣味性を明らかにしようとはしない傾向がある。たとえば,ちょっと前までは「俺SFよく読むんだよね」「え,UFOとか超能力とか信じてるわけ?」「い,いや,そうじゃなくてね」などという会話が日本のあちこちで繰り広げられていたものとおもわれるが,そういう疲れるばかりで実りの少ない経験を経て人は学ぶものである。なにしろ一通り自説を述べても「ふ〜ん」とだけ言われるのが判で押したようについてまわるオチなのだ。だから,いくらかでも話が通じるはずだ,と思える相手でなければ(その思いが時としてゆがんでたりすることはあっても,だ)面と向かっていきなり「君の好きなアレはSFじゃない」などとはなかなか言わないものだ。SFファン特有の冷やかしや攻撃的な物言いが"外部"に漏れるのは,めったにないことなんじゃないのかと思う。そんな警戒心の裏返しがとてつもない攻撃性に転化することはありえるし,事実あった。もちろん互いにとって不幸なことで反省を要することではあるかもしれないが,ようするに特殊な状況なのだ。"外部の読者"を遠ざけているということが一般論として常に適用できるかというのは疑問だ。

各作家・出版社が垣根を超えてキャンペーンを展開しよう,という提案は,それ自体としては夢があってなかなか良いんじゃないかと思う。しかし,それがSFのネガティブイメージを払拭するための荒療治として提案されることには,違和感を覚える。

読み進めるにつけ,提案の前提となるSFのネガティブイメージ(SFは売れない,とかSFファンはひでえ物言いをするとか,とにかく一切合切)といったって,その多くはSFなりSFファンなりについて本気で理解しようとしているわけではない"外部"が,それぞれ勝手に抱いている誤解と無理解と無関心にすぎないことが立証されつつあるだけじゃないのか,という印象が強まるばかりで,それをSF側の問題(「SFじゃない」という物言いとか)だ,SF界は今のままでいいのか,外部の提言を受け入れる気はないのか,といわれたってますます納得できない。SF側に問題がないわけでもないのは言うまでもないが。

ところでこの"外部"とか"内部"とか"SF側"いう言い方は講演録のなかで特に説明もなく頻繁に出てくるんだけど,その区別はそんなに自明なものではないはずだ。そういう言葉を便利に使われているという印象がある。たとえば,大学SF研出身で同人誌を作ったりWEBページを作ったりするのが好きでSF系と自ら規定する日記の書き手であり,ありがたいことにSF系日記更新時刻の末席に加えられてはいるがここに名を連ねている人たちのうち大学の後輩以外に顔見知りは皆無で,サークルのOB以外にSF関係者との面識もない,出不精で人見知りする質で,あまりお金もない上に誘ってくれるような知り合いもなく,SFファンのコミュニティに漠然とした不信感を抱いていたこともあって(わたし自身もさほど根拠のないネガティブイメージを抱いていた,というだけのことである),SFのコンベンションにも参加したことはないがSFファンを自称する,もちろん《SFマガジン》と《SF Japan》《小松左京マガジン》はかかさず買う,というわたしのような人間はどうか。"内部"なのか,"外部"なのか。

こんなところで。

#06

誤解を招くような言い方をした覚えはないし,言うまでもないことだとは思うが,念のために。SFが売れたり売れなかったりすることや,SFブームの到来を仮定して,これを歓迎するかしないか,ということに関して,藤井の立場は単にニュートラルだ,というだけのことで,そういうことより個々の作品の内容に,より強い関心がある。またはよい消費者ではなくてよい読者になりたいだけだ(もっとも,SFに関しては,わたしはまあまあよい消費者に近いのではないかという気はしている)。そう言っただけでなぜ編集者がSFを取り上げる気を無くさなきゃいけないのだろう。そりゃ本当に俺のせいか? 仮にそういう編集者が多いという現実があるのだとしても(もう一つ信じがたいが),そりゃ俺が間違ってるんじゃなくて現実の方が間違ってんではないですか。

もちろん,敬愛する作家の本が売れれば,わたしも素直に「それはよいことだねえ」と思うし,よい本は売れればいいという希望はある。自分と価値観や趣味性を共有できる人が増えるのは嬉しいことだという感覚は人並みにある。

2001-07-21(土)

#01

ツッコミだなんてそんなつもりでは。

私はあのCMは慣れちゃったのでなんとも思わないけど,店内放送される曲(最近のヒット曲が多い)の中に聴くのが耐えられないほど嫌いな曲があったりするのが憂鬱。

2001年 07月 中旬:Alisato's 本買い日誌

たしかにそういうことはありますねぃ。でも,それを気にしてたら街を歩けなくなるんで,わたしゃそっちの方に慣れることにしましたよ。

実は勤め先の古本屋でも有線のBGMを流してるんだけど,ごっつい専門書が天井までぎっしり並んでる店ではどのチャンネルにあわせても全然ダメ。店員にも不評なんだけど,上からの「音鳴らせ」てなお達しには逆らうわけにも行かない。BGMが本当に必要かなんてことは関係ないんだよな〜。

2001-07-22(日)

#01 SFを離れる話

瀬名氏は本当に反響が少なかったからSFを離れるのでしょうか。あの文章はそう読むのが正しいんでしょうかねえ。しかし,それってあんまりにもケツの穴がちいせえのでは。わたしは,反響が少ない件とは別に他にやりたいことがあるから離れるんだろうなあと思ったんだけど。

……だとしたらその文章の前に自分の日記が引用されてたってのは,出来れば知らずに済ませたかったような……(苦笑)。

#02

引用はスズキトモユさん ひびのくわだて(01-7-20)から。

このような意見の食い違いが生じた原因は,(これはあくまで僕の想像です)瀬名氏の「SF作家が個性豊かで実りある仕事をするためにはその作品の出来と見合った収入が得られるだけの土壌作りが必要である,そのためにはSF購買層を広げるだけのベストセラーSF作家の存在が必要不可欠」という考えと,ふぢーさんの「そんなことより個々の作家が頑張って良い仕事すればいいんじゃないの?」という考えの相違にあるのだと感じた。つまり,SF作家がおかれている現在の状況をなんとかしようとしている瀬名氏に対して,「そんなこと,してもしなくてもどっちでもいいよ」とSFファンから返事が来たという感じかな。

そこまで気を使って裏読みする必要はないのではないでしょうか。また,わたしは思うんですが,仕事に対して十分な報酬が与えられるべきだ,というのは雇われ人的発想ではないでしょうか。作家の発想と雇われ人の発想が同じでは夢が無さ過ぎるので……。

わたしとしては,そんなことより個々の作家が頑張って良い仕事すればいいんじゃないの?というよりも「それ以外に無い」という部分に比重があります。付け加えるなら,一人でも多くの読者が「よい読者」としてその仕事にこたえなくてはならない(これはわたし自身の目標)。また,そんなこと,してもしなくてもどっちでもいいよ,というよりは「"荒療治"というわりにはあんまり効きそうにないし,そもそも症状を誤認してるんじゃないのか」と「派手に動いてみるのもたまにはいいかもしれないけど。少なくとも夢はあるし」です。

#03 雑感箇条書き

#04 検索語

トップページのアクセス解析にて。"まんぐり返し"ってなによ。

#04 プロ野球オールスター

昨日の入来兄弟リレーも良かったけど,今日の盛田(大阪近鉄)の登板にも胸が熱くなったス。札幌でも登板が予定されてるらしい。見逃すまい。

2001-07-23(月)

#01

瀬名氏は本当にSF界の反応が気にくわないからSFを離れるらしい。例によって単なる不幸な行き違いがあったというたいして面白くもない結末となったわけか。頭の堅い閉鎖的なSFファンがいつでも一方的に悪いんです。ええそうでしょうとも。コミュニケーションなんぞ犬にでも食わせてしまえ。

なにやらわたしは「叱られていた」らしいが,大体「才能ある作家が」と「多くの作家が」との間には何の関係もない。勝手に変な言葉に言い換えられて,それで叱られたって反省して考え直そうなんて気分になれるわけが無い。はっきりいえば訳がわからない。

瀬名リポートはそもそも,1から10まで「SFを売れるジャンルにするには」って話だったのではなく(そういう話なら,わたしの発言は自覚せずにおかしなことをやっていることにもなるだろうし,まあ,叱られてもしかたないような気もするが),その前にSFとは,SFファンとは,って話があったわけだ。で,問題はそこの部分と「売れるジャンルにするには」という部分とがつながっていく展開とか必然性がよくわからない。と。ここんとこ毎日書いているわけなんだけど。

そういう瀬名リポートの性質を踏まえたうえで,売れるとか売れないとか言うことはわたしという一人のSFファンのありかたにはあんまり関係ないことなんだ,いい作品が読みたいだけなんだ,という当たり前のこと(そりゃ陳腐ですわね)で,それは,後半のつながりに違和感があると表明するうえで言っておいたほうがいいのでは,と思ったから書いたまでのことだ。本読みとしてはわりと自然な感覚だと思ってたんだけど,違ったのか。それともSFファン固有の感覚だと?

まあ,どのみち,お互いに読みたいところしか読んでない,という訳なんだろう。これもまた,面白くもない結論だ。

瀬名リポートのSFファン像についてもうちょっと書いておく。SFファンは○○だ,という外側からの言い方には,やっぱり「俺はそうじゃないよ勝手な事言うな」と反応したくなることはあるし,その時,個人個人にとっては「そうじゃない」ものはまさしく「そうじゃない」はずだ。いくらアンケートをとったって絶対それは避けられない。わたしが「内部/外部」という言い方を変だと言っているのは,ひとつには"外部"からもっともな事を言おうとすれば,"内部"に属する人たち一人ひとりの「そうじゃない」部分を全部切り捨ててしまうことになる,それでSFファンをわかったつもりになられても困りますよ,ということがある。"内部"からみれば「そういうふうに見られることもあるんだなあ」#02 ドメイン変更といえば

freewebがインフォシークに統合されるとか言うことで,ドメインが変わるんだそうな。BBSその他,freewebに置いてあるファイルのURLは2001年8月1日以降,http://isweb4.infoseek.co.jp/〜〜からhttp://isweb4.infoseek.co.jp/〜〜に変更されるんだそうです。面倒だなあ。

#03 ロケットガールアニメ化

祝。

#03 ヤクルト-巨人

なんちゃって首位対隠れ首位の3連戦はは2勝1敗でヤクルトが勝ち越し。巨人の自力優勝が消えました。消化試合数がこんなに開いていてしまっては,もはやこれまでか,という気が。シクシク。個人タイトルも期待薄だし……。

2001-07-30(月)

#01 『猿の惑星』見る

人間が奴隷同然に迫害されている猿の惑星に不時着した主人公は,抵抗のシンボルとして戦うのだった,という,いってみれば多少アレな話なんだけど,ティム・バートンの映画の屈折したギャグで笑えない人でも安心の派手な展開で,なかなかいい。ギャグに気付かないまま見てても一応楽しく見られるというか。ただ,人種問題がもう一つリアルに感じられない日本人にとってはちょっと辛い部分もあるような。

最後のシーンはダジャレということでよろしいんですね?

2001-07-31

#01

久しぶりに長文のメールを書いたら疲れた。一日に書ける文章の量は決まっているのだ。極めて低いラインで(嘆息)。寝るぜ。

Copyright: 2001-07, 藤井幸介(ふぢー)
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