俺を喜ばすのは難しくない。気難しいのは世間の方だ。
形容詞の語幹に附けて名詞を作る「さ」に「過ぎる」を附けるのが妥當かどうかも疑問ですけど。
自分で言うのもなんですが、同感です……。
一晩中『グラン・ヴァカンス』の文章が如何に美しくないかを実証的に説明する文章を書いていたのだが、やたら長くなってしまった事やら、プロの書いた小説をアマが添削すると言う行為のむなしさやら、書いてもどうせ世間にゃ理解されねえやという徒労感やら(わたしは気にしませんが、とかいう反応が帰って来るだけなんだ、どうせ)ですっかり疲れ果ててしまって没にした。で、一点だけ。
わたしは、「破壊」に「こわ」とルビを振って、「された」とおくりがなを付けて「こわされた」なんて読ませる言葉を平気で使う文章は絶対に認めません。
これで通じる人には通じるだろう。
2002年10月号 考課表は、思ったより厳しい結果になっている。わたしの感覚としては、腹も立たないものにマイナスを使うのは勿体ない、という変な心理が働いていて。単につまんないものにはマイナスを付けていない。
最近は今月号くらいのものではまるっきり腹も立たなくなっている。怒りのボルテージが下がるのは生命力の危機であるような気もする。元気を出そう! というのが今月の教訓ということで。
うう、また一人……。引退試合は17日の広島戦になるとか。
深沢七郎の「東京のプリンスたち」のなかに「母親」に「チャンバー」とルビを振っている用例があるらしい。
Phoenix0.2を試してみた。単にMozillaからNavigatorだけを分離した機能縮小版というだけのものではなく、独自の機能がいろいろあって、これはなかなかいいんじゃないでしょうか。
Phoenix ExtentiosでOperaっぽいマウスジェスチャーも出来るようになる。適当にマウスを動かしていたら(→↓↑→↑)、とつぜんW3C HTML Validation Serviceの診断結果に飛ばされてびっくりした。なんて愉快な機能なんだ! すばらしい!
なんか、翻訳SFファン度調査をやった時と既読数が違うような気がするんですが、気にしないことにします。
属性集計
SF属性 43 (43/32.46082234=132.46%) 硬派属性 40 (40/27.86966641=143.52%) 軟派属性 15 (15/17.94103957=83.6%) 天体属性 15 (15/13.34600465=112.39%) 生物属性 18 (18/16.16834756=111.32%) ロボ属性 20 (20/13.22498061=151.22%) 時間属性 11 (11/8.467028704=129.91%) 人情属性 30 (30/27.92164469=107.44%) (略)
つまり、結論として。
貴方自身の中の比率で言うと、
貴方はSF属性で硬派属性で人情属性の人です。
(属性ポイント過半数を占めてる。)
世間との比較で言うと、
貴方はそれ程濃ゆい人ではないようです。
(平均の3倍を越えてる属性がない。)お薦めの未読本は
項目 得票数 SF属性 硬派属性 軟派属性 天体属性 生物属性 ロボ属性 時間属性 人情属性 『宇宙のランデヴー2』(91) クラーク&リー 271 3 3 0 2 1 2 0 1 『ギャラクシー』(87) ポール、グリーンバーグ&オランダー編 100 3 2 0 1 1 1 0 0 『マッカンドルー航宙記』(91) チャールズ・シェフィールド 294 3 3 0 2 0 0 0 1 『ドゥームズデイ・ブック』(95) コニー・ウィリス 139 3 3 2 0 2 0 2 3 『天の筏』(93) スティーヴン・バクスター 268 1 3 0 3 0 1 1 0 『銀河おさわがせ中隊』(92) ロバート・アスプリン 394 1 1 3 0 0 0 0 3 <スコーリア戦史>(99) キャサリン・アサロ 178 2 1 3 2 0 1 0 3 とか、でしょうか。
「SF属性」「硬派」「軟派」というのはかえって解りにくい気が。「ロボ」以外のメカ属性「宇宙戦」とか「兵器」は必要ないのだろうか。とか。「サイバー」萌えとかは。あと「ジェンダー」萌えつーのが世の中にはある気がするんですが。
いくつか全部0になっている作品の属性値をいじってみましたけど、『ノヴァ』とかは怖くてさわれませんでした。
さっき見に行ったら、結果表示がかなり更新されてました。お薦め本も昨日とは違っていて、『銀河おさわがせ』と『スコーリア』をすすめてくれなくなっています。
推薦されて気付いたんですが、『アヌビスの門』は読んでいます。凄く面白かったが、もしかして今売ってないってことはないですか?
で、属性の項目なんですけど、「硬派」=ハードSF、「軟派」=非ハードSF、ということでいくなら、単に「理系」「文系」とかにしてしまうと、良いんじゃないかと思いました。わかりやすすぎてかえってつまんないですかねえ。わたしは理系な話よりは文系よりの話にコーフンする傾向がはっきりある(ル・グインの文化人類学SFとか)ので、そういうのをお勧めしてくれるとうれしい。
お勧め判定機能をうまく生かして、ブックガイド的に使えないかなあ、というようなことを考えているんですが。
既読本の中で一番思い出したくないのは『レッドシフト・ランデブー』ですね。ハヤカワSF文庫でも1、2を争う地雷じゃないかと思うんですが。
風邪が酷いんですが薬を買うお金がもったいないので実家に帰って療養します。
正・美樹さんの日記にはどうやらタブーらしい
(強調:藤井)などの既述が見え、完全に納得して訂正したわけではないようにも読めるが、一方の姫川みかげさんは良識ある対応を取っていただき
(強調:藤井)と一方的にうれしげ。この不均衡はいったいどういうことでしょうか。ネタバレの記述を抗議者の言うとおりに訂正することが「良識」である、というようにも読めますが、とすると、このような「良識」はネタバレに関してかなり鷹揚なわたしのような人間には脅威です。
ミステリ読書界ではネタバレは犯罪であり、言論統制も辞さず、という理解で良いですか。
で、その問題のネタって、なに。そんなに驚天動地の謎があったという記憶は無いんですが。言論統制にひっかかる前に誰かこっそり教えて下さい。
風邪の方は多少毒を吐いたので大分良くなりました。
実家のそばの何の変哲もない小さな本屋に『航路』がありました。ハードカバーの翻訳のSFなんて滅多に入荷しないのに。是非読みたいと思うのですが、金が無いので買えません。働こう。それにしても、大きい本屋に行ってもちいさい本屋に行っても俺が読みたい本だけはどこをさがしても見つからない、というのは何故でしょうか?
一方その頃、家では、なぜアジア大会の中継でバスケットボールが完全無視されておるのか、と俺の妹が激怒していました。
ブックオフで、講談社文庫の『ヒューゴー・ウィナーズ 世界SF大賞傑作選6』を見つけた。当然100円。たまにこういう事があるんだよなー。三、四年前の方が拾い物は多かったような気がするけど。家に帰ってみると、6巻は既に持っていたことが判明。まあ、100円だからな……。
全然関係ないけど、いつの間にか取手駅BOX HILL内の書店が丸善からくまざわ書店に変っていました。何があったのかしら。きっと大人の事情があるんだわね。で、思い出しだけど、御茶ノ水駅前の丸善て、小説好きにとってはつまんない本屋だよな(言いっぱなし)。
やっぱりというかなんというか、全然理解されなかったようですな。わたしはいまさらネタバレの是非なんて論じる気はさらさらないのですよ。この件に関しては各宗派がたがいに絶対ゆずらない信仰を持っているからどうせまともな議論になりませんし、悪いことには「まともな議論」にも飽き飽きしている。そうじゃなくてわたしは単に不均衡
について気にしている。
ある人がある人の文言を裁いた、しかし、その根拠は明示されなかった。現象としてはそう言うことが起きた。心算があろうとなかろうと要するに小さな権力が行使されたということなんで、それを言論統制
という言い方で言ったんですが、まあ、通じなかった。そうだろうなとは思っていたけど。
昨夜旧掲示板のほうにもこの件について一言書きましたんで、よろしければご参照下さい。
ああ、わたしの宗派ですか、「ネタバレくらいで読む価値が無くなるような本は本の方が悪い。ネタバレで読む気を無くす、という本読みは単なる素人。素人は威張るな」派です。議論の余地無く明白な真理なんですがねえ。
この件で一番嫌なのは、何を書いたらタブーに触れるのか、それは書いてみないと解らない、ということです。解っている人が一方的に秘密を握っていて、「良識」の名のもとに他者を裁く。まことに隠微な戯れと申せましょう。
世間では「アカイ」という評判の『千と千尋の神隠し』を見てみた。世界最強の汚物映画だ。どいつもこいつもじゃんじゃんゲロを吐く(ちょっと誇張)。こんなもの子供にみせて良いんだろうか。
ま、ゲロはともかく。話にしても演出にしても、まったく好きではない部類で、ところどころ苛々する部分さえあった。豚が卑しさの象徴に使われてしまうというのはどうかなあ……。全世界の愛豚家はスタジオジブリに抗議すべきであろう。川の神様が大量のヘドロを吐く、なんてのも、ちょっと露骨すぎていただけない。好き嫌いはともかくとして、『ナウシカ』の「腐海=浄化」という高度な象徴のレベルからはるかに後退しているとは確実に言える。物語の作者としての宮崎駿の空想力は枯渇した。
しかし、アニメーションとしての動きとイメージの豊かさや密度は、まるで格が違う世界のもので、実にすばらしいと思った。画面のすみずみにいたるまで新鮮なアイデアと稚気で埋めつくされている。観る価値のある映像だ。映像だけは。
赤みは、初見だったのであまり気にはならなかったが、なんとなく夕暮のイメージではあったな、全体に。これはこれで雰囲気といって押せば押し切れなくもないと言うか。しかし、予告編の映像は本編に目が慣れていたせいか、あまりの白さに目が痛かった。この白さに慣れていた人には本編の色味は耐えがたかろう。
なんかわたしの名前も出ちゃったんでコメントしておきますけど、正直なところ、adramineさんが何を心配しているのかよくわからないな。地雷を踏む危険性
なんて言いだしたら、本や映画の感想なんか一言も書けなくなってしまうでしょ、という一般論でかたづく話ではないんでありますか?
それとも、どこかで罵倒合戦がはじまっているのでしょうか? お、俺は知らないよ。俺じゃないよ。
いずれにしても2chのほうが
(どうだというのだろう)というのはそれこそ地雷になり兼ねない発言かと思います。怖いこと言うなあ。
本の評価で対立して少々激烈な言い合いになるくらいのことは、別にいいんじゃないのぉ、と思いますけども。必要とあらば徹底擁護、徹底攻撃、それで良いんじゃないですかね。あたしゃ変に物分かりが良い人より好きです、そう言う人の方が。
つまんない一般論でありました。
ええと、わたし、もともと終いまで一言も文句を言わずに日本製のTVドラマを一本見る、ということができない性分なんですが……。ちょっと凄かったね。世界のSFファンのみなさま、日本でたいへんなことが起こっています。
議論を打ち切る
、とおっしゃるので、今回は、わたしにとって書きやすい「だ/である」体で、わたしの感想をまとめておくことにしよう。
姫川さんはメールできちんとおはなしした
とおっしゃる。もちろんわたしはそれは完全に文字どおりに受け取る。が、両者の間で充分なコミュニケーションがとれていたかどうかについては勝手ながら疑いを持っている。最初のところで言った両者の記述にみえる認識の不均衡がその根拠ということになる。もっとも、当然のことながらどちらに責任があるかまではわからない。
そしてまた、日記の記述をタブーらしい
とかの根拠で訂正してしまった正美樹さんの態度にも疑問を持っている。らしい
程度の納得の仕方で自分の書いた文章を伏字で汚すことができるというのはどういうことなんだ、と。よく考えずに物を書き、間違いを指摘されると「ダメらしい」といってひっこめる、それでは元の文章も修正された文章も、かわいそうだ。「たかが日記」と思われているのかも知れないが、なんであれ公開された文章なんだから、せめてそこらへんはしっかり納得してからにしてもらわなくては読む方は困る。
それに、コミュニケーションがきちんとしていたことが解りさえすれば、わたしのような狂犬が噛みつくこともなかったかもしれない。たぶん、いくら狂犬でも両者が納得していることにまで口出ししない。すくなくとも、ネタバレの記述を抗議者の言うとおりに訂正することが「良識」である、というようにも読めますが
などとは書かなかった。
まあ、今回ネタバレの単純な是非を云々しているのではない、ということはだいたい解っていただけたみたいなんで、まあいいか、という気にもなって来るのだが、しかし、ボランティアの比喩はやや不適切。
隠された「何か」があることがわたしの批判のポイントの一つで、それが「権力」という言葉が出てくる根拠でもあって、この点が完全に抜け落ちている。
その「なにか」は今回のケースではたまたま「なにがネタバレにあたるかは判然としない」という状態だった。そして、今回、知っているものが知らなかったものに抗議した。が、抗議が正当かそうでないかを判断する根拠もまた、当然隠されていて検証できない(『異邦の騎士』の問題の箇所と訂正前の文章とが推測どおりならわたしの判断では抗議は不当だが、それは批判の中心ではない、つまりこの場合は宗派
とは関係ない)。これも問題だ。なにからなにまで主観的には「良識」に基づいているらしい、というのも、「権力」の特長といえるだろう。
「問題の箇所」(あー、ええと、一説には語り手の正体、と書くだけでネタバレと言う見解があるみたいなんですがー、わっかんないなー。語り手の謎が何処かの時点で明かされるのは一行目から決まり切ってるじゃないの、主人公が記憶喪失なんだからさー。まあ全然明かされない『プリズナー』ってのもあるけどさ。あれ、明かされるんだっけ? 忘れた……) が「タブー」化するについては、なんだかニフティかなんかで歴史的な経緯があったみたいなんだけど、それはあくまでローカルなルールにすぎず、まちがっても普遍的な「良識」なんかでは無かったはず、ではないのだろうか。わたしはあいにくニフティ界のことは経験がないのでまったく何のイメージも沸かないのだが。
ほかにもいろんなところで色んなことが言われてるみたいで、ネタバレ話はもれなく混乱を招くトリガーになるんだなあということを改めて確認した。みんなほんとはこの話がしたいんだなあ。だが、最終的には何かを隠さなきゃいけないことになっているんで、このはなしは原理的にすっきりしない結論かいわゆる「宗教論争」か導きえない。けっきょく各宗派
が互いの信仰を冒涜しない程度にうまくやって行くしかない、というつまんない話にしかならない(で、わたしはそうしているつもり)。
関係ないけど、わたしは個人的には、ネタバレという言葉は音も悪いし、意味的にもおかしい気がして好きではない。せめてネタ「バラシ」であろうとおもうのだが、これもあんまり音が良くない。で、普段は「ネタを割る」、とか「ネタ割り」という言葉を妥協して使っているんだけど、だいたい「ネタ」という言葉自体があんまり美しくないのだな。
『異邦の騎士』がらみの話については、自分ではそんなつもりはまったくなかったのだけど、熱くなってもしょうがないんじゃないの
という指摘があり、まあ、いわれてみればそうかも知れない。
わたしの言ってる隠微な権力ってのは、「世間論」かなあ、と思った。「同調圧力」という言葉を使う人もいますね。わりとそういうの我慢できない質なんだよねえ。
SFファン同志にも「SF世間」があるのはたしかで、たまに苛々させられる。しかしSF世間の外にいる人からみると、わたしが苛ついてこととはまた別の次元でSFファンに対して苛つくことがあるらしくて、なんでそんなこと言われなきゃならないんだ、と思うこともある。わたしはわたしなりにSF世間のパターンにはまっているのだろう。
どうもさっきからガス臭くてたまらないのです。部屋中の(と言っても二箇所しかない)ガス栓を締め直し、寒いなか窓を開けっ放しにして空気を入れ換えているのですが、臭いは薄まりこそすれ完全には消えないのです。少々不気味です。どこかに通報すべきでしょうか。こういうときはどこに?
ネタバレの話題がどれほど人を混乱させるかと言うと、一日あたりの閲覧数が最大で普段の六倍近くまで跳ね上がったという現象からも容易に想像されよう。赤ザク二台分(計算が間違っています)。たぶん「SFではない」のときより多いです。いいのかそれで。
アイデアと粗筋だけ聞くと面白そうなんだけど読んでみるとガクッ。というのが、わたしのハードSFに対する先入観なんだが、そいつにほぼ過不足なくはまっているという印象。
この作者、もうすこし小説が上手かったらそんなに文句は無いんだけどな。
ラジオ中継も無しか……。Yahooスポーツで巨人戦の経過を追っているのだが、松井の三冠王の可能性はほぼ完全に消えたようだ。
現在の中日サイドの福留の起用法は仕方の無い部分もあるかとは思う。が、連続試合出場くらいは犠牲にしたらどうなんだとは言いたい。怪我をしているわけでもないのに守備だけの出場なんて、記録の価値を下げるようなことをあえてするのは愚かだ。美しくない。なんなら登録を抹消すれば良いのだ。福留個人のことを言えば、シビアな争いの中で現実に松井を上まわったのだから、完全に評価できる。こんなにいい選手になるとはね。あのとき巨人が奪っていれば大型内野手として……
はやっているんでしょうか。わたくしもひとつ、ということで、最新日記の冒頭に引用したブコウスキーの一節で連想検索にかけてみました。これじゃあ大したもんは出てこねえだろうと思ったんですが、ですね。
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えーと……。ストリート
を連想するあたりはかなり鋭いような気がするんですが、瀬名
って何。悠里
って誰。なぜ痔
。そしてコーモン
。いや、まあ、コーモンはあってる気がするな。
なお、日記の「ネタバレ談義」の一部を食わせてみたところ、こういう奴には文章の書き方を教えなきゃいかん、ということになってしまったようで、文章作法や小論文の書き方みたいな本を大量に推められて苦笑。
ところで、すすめる、という字の書き分けの基準が良くわからんのですが。「推める」じゃなくて「薦める」かなあ。
恒例の実家詣。
例によって犬の散歩と読書以外にすることが無い。いつもとちがうものを読もうと思って『カポーティ短編集』を手に取った。以前に買っておいたものだが、なぜこんなものを買ったのか不思議でならない。こんなお上品なのは滅多に読まないから新鮮ではあったが小説としては糞面白くもない。
帰って来て、明日までに返さなくてはならないビデオが二本もあることを思い出した。一日に映画を二本も観る元気があるかどうかだ。