2003年(第43巻)

1月号

いわゆるひとつの工事中

2月号 特集 スティーブン・バクスター

「SFマガジン読者賞」が発表された。翻訳部門1位はテッド・チャン「七十二文字」、国内部門1位は秋山瑞人「おれはミサイル」で、どちらもほぼ「これしかない」というところに落ち着いてよかったよかった、という感じ。ほぼと書いたのはわたしが+3とした「ゴッテスマン教授とインドサイ」が2位どまりだったということ。テッド・チャンの方は途中まではもの凄いんだけど、完成度がいまいちで+2にとどめていたのだ。まあ、SFらしさでいえばチャンだけどさ。

バクスター特集の方だが、これが意外にもなかなか面白かったのであった。これまでバクスターの作品は積極的には読んでいなかったのだが、ちょっとファンになっちゃいそうな気さえしてきた。ジーリーものは小説としてはごく単純で、子供っぽいSFマインドには溢れているがまとめて読むとどうしても飽きが来てしまう。が、今回の特集に掲載された作品のいくつかはどちらかと云えば技巧的である。私が知らなかっただけかもしれないがこの作家にこんな側面があるとは。

スティーブン・バクスター「グラスアース・インク」中原尚哉訳

+2

この作品の未来像は、情報化社会の発達は管理社会の発達を招く、というやや古典的な(と言っても現実的でないと言う意味ではない)認識を押し進めたものだ。一日に視聴すべき広告の数まできっちり決められていたりするのである。また、人々は守護天使と呼ばれるAIインターフェースを身に着け、情報の洪水から身を守っている。現実は人間にとってあまりに情報過剰で、そして生々し過ぎる。この技術が守護天使と呼ばれるのは、現実から人間を守るためだ。ようするに守護天使は現実にフィルタをかけてしまうのである。それは端的に云って嘘であるわけだが、はたして人を狂わせないための嘘は許されるべきなのか。いや、それ以前に人間が把握する現実とは何か。この作品はある殺人事件の顛末を刑事ロブ・モーハイムの守護天使の一人称で描いているのだが、彼はこう語っている。

人間は非論理的な世界に住みながら、論理や物語を必要としている。

人間の認識にはもともと論理や物語というフィルタがかかっているというのである。これは一考に値する指摘である。

ちょっと長くなって来たので大幅に端折るが、ようするに、根底にあるのは、この不条理な世界をどうやって生きて行くのか、という問題である。そしてまた、今見ているものが「ほんとう」ではない、というとき、そこに辛過ぎる真実があるのが明白であるならば、人にはどのような選択がありえるか(真実を見るべきなのか)、という問題でもある。

本当はもう少し書きたいこともあるのだがこれ以上散漫になるのも気が進まないのでやめておく。やや「痛み」の感覚が弱いので+3にはしないが、なかなかのもの。バクスターという作家のイメージがずいぶん変わった。

スティーブン・バクスター「シルヴァー・ゴースト」岡田靖史訳

+1

ジーリーもの。宇宙には人間に敵意を抱く異星種族で溢れており、人類は強くなければならない、というマッチョな思想に骨の随まで浸り切った地球人の少女とシルヴァーゴーストなる異星種族のファーストコンタクトのエピソード。ゴーストとの対話がなかなかチャーミングに描かれている。

スティーブン・バクスター「重力鉱庫の記憶」矢口悟訳

0

超遠未来の宇宙空間を彷徨う人類の末裔の話。といっても、人間が出てこないSFのバリエーションともいえるほど、現実とかけはなれている。イメージをつかむのに失敗するともうダメなタイプの短篇で、私は見事に失敗した。評価外としたいところだが……ゴメンナサイ。

スティーブン・バクスター「月その六」中村 融訳

+1

アポロ12をモデルにしたとおぼしき(間違ってたらごめん)月面探査ミッションの途中で宇宙飛行士(名前は架空)が六つの並行世界に転移してしまうという話。六つめの世界ではアポロ計画そのものが存在しないのだが、そこで「いまごろ元の世界では火星に人が行ってるんだろうなー」なんて思いをめぐらせたりするのが切ない。

平谷美樹「若き洗礼者の肖像」(ことのはの海、カタシロノ庭piece14)

-1

オチはどこだ?

草上 仁「この日のために」

-1

いつもどおり。

3月号 特集 2002年度英米SF受賞作特集

テッド・チャン「地獄とは神の不在なり」古沢嘉通訳

+2

ケリー・リンク「ルイーズのゴースト」金子ゆきこ訳

+1

アンディ・ダンカン「主任設計者」中村 融訳

+3

深堀骨「さいざんす」

-2

フォントいじり系。

6月号 特集 拡がりゆく小説スプロール・フィクション特集

わたしはてっきり最近英語圏ではスプロール・フィクションと呼ばれる作品群やその作家のムーブメントがあるのか、と思っていたのだが、どうもそうではなく、今回の特集のための造語なのだった。ようするにべつにこれといった方向性もなく、作家同士の連帯もなく、中心を持たない時代の雰囲気というようなものを一口で言ってみたかった、ということらしい。

掲載された作品はニール・ゲイマンの物をのぞいていわゆる「ジャンル小説」の臭いがほとんど感じられず、日本風に言うなら「純文学系の幻想小説」(純文学というものは日本固有のものだから)、というようなものにちかい。一つ一つの作品はたまに読む分にはそれほど悪くないのだが、まにしろ新しさというものがまるでない。そりゃSF作家がこう言うのを書くということは新鮮、といえなくもないけど、それこそジャンルに縛られた視点と言うもので、そこんところを取り外せばたんに「ふつーの小説」というだけの話だと思う。

アーサー・ブラッドフォード「ドッグズ」小川 隆訳

0

気が利いた書き出しの奇想小説。飼い犬とセックスすると、何故か人の子が生まれてしまい、そいつはとてもきれいな声で歌うのだった。考えてみればけっこうエグい話なのだが、さらっと書いてしまうところが当世風。

ポール・パーク「ブレイクスルー」小川 隆訳

0

例の『奇跡の詩人』騒動で有名になったFCを題材にしたもの。ビターな結末だが、全体にリアリズムを重視して淡々と描いている。希望と絶望の間の振幅をもう少し劇的に描いても良いと思うのだが。当世風、なんだろうか。

ケリー・リンク「私の友人はたいてい三分のニが水でできている」金子 ゆき子訳

+1

俗ないいかたでいうと「友人以上恋人未満」の男女の間の、シュールな与太話めいた会話から現在の関係性の在り方を描こうとする短篇。ディックへのオマージュにもなっている。この作品の男はブロンドの女に奇妙な執着を持っている。ディックは黒髪の女への執着が有名。

ブルース・ホランド・ロジャース「死んだ少年はあなたの窓辺に」小川 隆訳

0

3ページのとても短い奇想小説。

ニール・ゲイマン「十月が椅子に座る」柳下 毅一郎訳

+1

ブラッドベリへオマージュを捧げた幻想小説。

それぞれの月が森にあつまって、自分の月におきた人間達のエピソードを語り合う。誰からも承認を得られない孤独な魂にとって、死は優しいイマージュであるかもしれない。という話。少年の孤独に11月のさびしさを重ねる結末の余韻がいい。そういってくれればこっちの気もやすまる。自分たちではどうしようもないことだからな。

林 巧「栄曜邸の娘の魂が抜けた話」

-2

偽中華風ファンタジー。

この作家のことはなにも知らないのだが、本作を読む限りちょっと異世界ファンタジーの書き方がわかってないんじゃないかと思う。難しい漢字を良く知っているのは分かったからもう少し小説の書き方を勉強してもらいたい。

たとえば、未来を舞台にしたSFで、小錦何人分の重量などとやるのはご法度である。まあ、こういうことを本当にやってしまう人が大きな顔をしてプロをやっているのだから困るわけだが。異世界ファンタジーでも屋台の裸電球のようなと描写したいのであればその世界に屋台と裸電球が実在するのでなければならない。異世界を描く作家は、自分が定めたその世界のリアリズムに徹底的に厳格に従うべきである。まず第一にその世界に無いものを叙述に導入することは出来ない。

こんなことはちょっと気をつけていれば子供にだって直せることで、才能なんてひとかけらも必要としない、純粋に作法上の問題である。ようするに無作法、無神経なわけで、ちょっとつきあい切れないな、ということになるわけだ。

草上 仁「青銅の人形」

+1

上記のような原則を踏まえつつ本作を読めば、RPG風世界にありそうもない言葉をジョークとしてさらりと織り込んでしまう草上仁の巧みさがより際立つと言うものであろう。匠の技である。なお、本作はいつぞやのテッド・チャンの短篇のパロディになっている、ような気もするのだが、そこへ行き着くまでが少々くどい。

小林泰三「単純な形」(ことのはの海、カタシロノ庭piece18)

+1

この企画の中では出色。イラストと小説が互いに不可分な関係を築いており、いまのところ唯一の成功作というべきかもしれず、だとしたらもう少し良い点を付けても良さそうなものだが、オチの一言で醒めてしまったので。

7月号 特集 ぼくたちのリアル・フィクション

ぼくたちのと来た時点でSPA!かよ、という突っ込みのひとつも入れたくなるのだが、ようするに、こりゃどうも俺とは世界が違うな、という気がしてしまう。

何のことはないライトノベル特集である。わたしとしてはある時期いくらか集中的にライトノベルを読んでみて、ここから新しい「表現」だの「リアリズム」なんてもう生まれようがない、とまで断言するには多少遠慮があるものの単に飽きているのでほとんど興味がもてない特集であった。

どの作家もSFM向けにかなり力んだ調子で欠いているように見えるが、多少力んだくらいでは、「ライトノベル」から「小説」になるわけでも無いので、かえって痛々しい物になっている。

冲方 丁「マルドゥック・スクランブル“104”」

0

それなりにテンポよく読ませるアクションもの。デザイナーズベビーとかクローン薬のなんとかとかの最近のSFにありがちな題材を織り込んではいるもののその扱いは通り一遍。単にドンパチの口実にしかなってない。

長谷 敏司「地には豊穣」

-1

日本の良さは日本人には分らないけどヤンキーには分るんだぜー、とか、日本人らしさは技術的に回復するしかないんだぜーとかいう話。《特徴的日本人》に ミフネなんていうルビが打ってあるズッコケ感はお役所には良くあるズッコケネーミングとおもえばある意味リアルかもという気もする……。主人公の同僚のアメリカ人が、日本の心を学ぶのに「書道」に打ち込むというのはなんだかなあ、であったりする。ま、書道の話は全然出てこないところをみると何の必然性も無かったわけで、別段「何道」でも良かったんだろうと思われる。こういう脇の甘さは何とかして欲しい。で、その書道の先生の描写もちょっとばかげていて、ぜんぜんリアルさがない。

元長 柾木「デイドリーム、鳥のように」

-3

嫌悪しか感じないので思い切って-3とした。自覚的に書いているのかどうか知らないが、描写も登場人物同士の関係の図式も会話も、なにもかもエロゲー(やったことないけど)。小説に手を出すのは以後控えた方がいいと思う。SFの文脈で言うと、世界の均衡を維持する為に裏機関が暗躍、という発想は何世代も前のものだ。いまさらこのアイデアを、この程度の展開で読まされても。

吉川 良太郎「ぼくが紳士と呼ばれるわけ」

+2

著者が言うにはワルノリ小説ということだが、この人にはどんどんワルノリしてもらいたいと思っていたので、大歓迎。「もうひとつの19世紀のパリ」を舞台に、歴史上の人物と物語上の人物が入り混じって<ウェルズ理論 >という時間を超える技術を追うという趣向。情報量の多さとスピード感が気持ち良い。この作家の得意とする、人体改造テクノロジーにより出現する怪物も健在。

8月号 リアリティ・クライシスの行方

冬木蛉の特集評論「SF流〈現実使い〉たちの忍法帖」はなぜヴォクトをすっとばしていきなりベスターやディックから話をはじめてしまうのだろう?

そりゃ、ベスターやディックとは違って、ヴォクトには今読むと相当辛いのもあるけどさ。

グレッグ・イーガン「決断者」山岸 真訳

+2

マーヴィン・ミンスキー他の認識モデルに着想した物とのこと。「わたし」がある行動を選択したとき、可能な他の全ての行為を選択しなかった原因は何か。主人公は、そのプロセスをどこまでもたどって行けば、完全に自律的で、それ自身にのみ責任を負う、人間の自由の根源にたどり着くに違いないと考える。そこにはモラルや感傷、愛や共感をも乗り越えた絶対不可侵の「わたし自身」が立ち現れるはずだ、と。凄い発想だ! しかし、選択のプロセスは、事実上無限で、最終的な第一原因まで遡ることは不可能だ。で、あるならば、自由意志による行為に個人が責任を持ちえないのではないか。これは不条理である。もちろんイーガンははじめから自由意志など信じてないし、徹底的に論理的に考えぬけば不条理に行き着くという背理に取り付かれた作家でもある。さて、凡庸なSF作家なら、このあたりまで詰めたところで陳腐な神概念を持ち出して、神SFどうじゃ? なんて事になりかねないのだが、あくまで論理的に、かつ徹底して個人の問題として展開するのがイーガンの新しさだ。ボリュームとしては小品だが、インパクトは強い。

ブルース・スターリング「楽園では」小川 隆訳

+2

スターリングの政治SFにはしっくりこないものを感じているのだが(いや、基本的に偉い作家だとは思うのだが、日本人の目から見ると、ちょっと共有できないものがあると思う)、これには泣きそうになってしまった。政治(言語、人種、国家そのほか諸々)、あるいは自分の「現実」に一切関わりの無い誰かが個人の関係を規定するという現実(これも不条理としかいいようがない)をロマンティックに描いた小品。いい話だ……。

ニール・スティーヴンスン「『太平洋沿岸の<部族>』第三巻(最終巻)よりの抜粋」日暮 雅通訳

-1

『ダイヤモンド・エイジ』の外伝だとか。これだけ読んでもよくわからない。というか、普通につまらない。最後の口論は都市か農村か、とかいう陳腐な話にしか見えなかった。スターリングの後にこれではつらい。

パトリック・オリアリー「いまは眠りたいだけ」中原 尚哉訳

0

暗く閉塞感のある未来のスケッチ、と言った感じのショートショート。

チャールズ・ストロス「ロブスター」酒井 昭伸訳

0

だらだらした話。主人公はオープンソースの伝導士だとか。オープンソース界の議論にはそんなに詳しくないけど、私が理解している範囲でも、おいおい大丈夫か? という部分が散見される。たとえば、オープンソース主義者=「利他主義者」ではない、というのが定説であると思っていたのだが……。ひょっとして作者はオープンソースに全然共感して無い人なんじゃないのかなあ、とか思った。むしろオープンソース界に対する嫌味なのかも。

小川 一水「老ヴォールの惑星」

+1

ホットジュピターに生命を仮構するハードSF。セリフ無しなら傑作になったと思う(いや、せめてこの半分まで切り詰めてくれれば……)。セリフだとか、個体の性格付けだとかに頼ることで、言い方は悪いが描写をさぼっているように思うのだ。説明ではなく、描写をすべきだ。結末にもちょっと不満。とはいえ、力のこもった作品だとは思うのでおまけして+1。

9月号 彼女達のセクシュアリティ 女性作家特集

サボりました。

10月号 異境からの物語 非英語圏sf特集

ロシア、フランス、ドイツ、スペイン(スペイン語圏と言うことでアルゼンチンの作家だが)、中国の5作家5作品が掲載されている。もっといろいろあるかと思ったんだけど、ロシアのエヴゲーニィ・ユーリエヴィッチ・ルキーン以外は、(英語圏SFを基準として)いつもと変わり映えしない印象だった。

別に、非英語圏SFだからエキセントリックでなくちゃいかんという規律があるわけでもないのだが、印象だけで言うと、昔読んだヨーロッパSFやらなんやらは、もっとこう、違ったと思うのよ。訳のせいかもしれないけどSFもグローバライズされちゃってきてるのかなあ、なんてなことを感じたりもしたけど、気のせいかも知れない、というかもともとこんなもんなのかも知れない。

次はアフリカSFなんてのを読んでみたいですね。そういうものがあるんならば、ですが。とか勝手なことを言う。

エヴゲーニイ・ユーリエヴィッチ・ルキーン「日の沈む国で」佐藤由叶子訳

0

ロシア。特集の中では唯一「らしさ」を感じた作品。「らしさ」と言ったって、日本人からみた「ロシアらしさ」の記号にうまくはまっているという意味で、わたしがロシアを良く知っているというようなことでは一切無いわけだが。仕事中毒者は法の取り決めによって矯正される世界で、いかにもなロシア風の官僚主義が揶揄されているブラックユーモア。とりあえず笑えたので、まあ良しとするけれども。仕事中毒患者の仕事への執着をあと二、三ページ余分に過剰に書き込めば面白くなったと思う。

ナターシャ・ボリュー「クレ」金子ゆき子訳

1

フランス。もっとエロくても良いと思うが、なかなかいい感じに退廃している奇想小説。鍵穴のある男とセックスすると云うのは良いんだが、脱日常のイメージとして鳥を持ち出すのは陳腐だと思った。鳥には鳥のつまんない日常があるんだと思うんである。

マルクス・ハマーシュミット「暴風監視官」識名章喜訳

1

ドイツ。退廃している。ダルである。ソラリスみたいな設定の話。主人公はもっとくどくどくだらん事を考えまくってしまう方が面白い。教会がどうこう、なんて記述から、なにやら裏設定がありそうなんだが、この作品ではほとんど印象に残らない扱い。他の話もありそうな。

遥控「アッシャ」林久之訳

1

中国。退廃ダル系。こんなんばっかりだなー。ロシア人のバイタリティを我々も見習うべきであろう。クローン技術によって何度でも生まれ変わることが出来るようになった世界では、何度生まれ変わっても同じカップル同士で愛し合うことになっている。SFらしい設定だが、あくまで個人のというか対幻想の範囲だけで話が終わっているところが当世風と云うか。林さんは「わたし」を男と読んだそうだが、わたしは同性愛の話だと思った(そこが中国では「危ない」とこなのかな、と言う気が)。2003年10月11日追記:林さんからの御指摘(2003年10月9日付日記参照)で、これは私の単なる読み落しだった可能性が非常に大きくなった。たしかに、話者をすんなり「女」と読んでしまうと、「写真の男」は誰なんだと言う話になる。普通に読めば、「わたし」とおなじクローンと言うことになるのだが……。謎。

アンヘリカ・ゴロディッシャー「或る王朝の最後、もしくはフェレットの博物誌」井上知訳

0

アルゼンチン(スペイン語圏)。普通につまんない架空の王朝物。どこが独自の語り口マジカル・リアリズムなのか無学なわたしにはさっぱりであった。ノーマルなリアリズムなんじゃ……。まあ、普通なので0点。こういうのが好きな人は常に一定数居るんじゃないですかねえ(他人事)。最近ラテン物のスペイン語の歌ばかり聴いてるので「o」で「もしくは」なのかー、と、勉強になって良かったです。まる。

深堀骨「夫と妻の小粋な会話」

0

日本。キン肉マン消しゴムなど持ち出さずに、単に消しゴムとしたほうが面白いと思うのだが、これはわたしの感覚で深堀骨の感覚ではないのだろうと思う。とすると、私の感覚とこの人の感覚はほとんど接点が無いみたいなんだな。

11月号 宇宙SF特集

宇宙と言えばSFのテーマとしてはコアな領域ではあるのだが、今回の特集の作品はどれも薄味。読み終わったら2秒後にはなにもかもわすれてしまうような話。まあそういうのもたまには悪くは無いが……。

ポール・J・マコーリイ「有機礁」嶋田洋一訳

0

小惑星を改造して古の超巨大宇宙船よろしく宇宙空間を旅しているわけなんです。で、その小惑星の一角でなんか新種の生命体を育てたりしてるわけです。理窟はいろいろ考えてるのは解るんですが、想像力と言うものがほとんど見いだせません。世界設定もストーリーもキャラクターも、まったくありきたり、どこかで見かけたようなものばかりです。日本のアニメを観るのはやめたほうが……いや、観てるかどうか知らんけど。新鮮さがひとかけらも無いぶん安心して読めますけどね。

ジェフリー・A・ランディス「ドラド・ワームホールで」小野田和子

0

昔ながらの宇宙船乗りの男と帰りを待つ女を描いた小品。それなりにひねってあるし、なかなかチャーミングにまとまってます。まあ、いいんじゃないでしょうか(投げやり)。

アレステア・レナルズ「火星の長上」中原尚哉訳

0

2002年9月号の「スパイリーと漂流塊の女王」同様、一見なにやら目新しげなものをあれこれ詰めこんではいるんですけど、新しげなだけです。火星に人造のサンドウォームがうようよいるなんて設定はしょーもないと思うなー。まあ、話としてはまとまってます。

草上仁「セキュリティ・プロフェッショナル」

-1

オチが無いのはなにか思うところあってのことなんでしょうが、空振りでしょう。ふつーにつまらなく仕上がっています。

林巧「レン・ヤップ号の最後の夜明け」

-2

はあ、6月号の「栄曜邸の娘の魂が抜けた話」ってシリーズものだったんですねえ。いまごろそんなこと言われてもなあ。まあ、どっちにしてもつまんねーんですが。気分だけで書いてるんじゃないんですか、これは。意味ありげな挿入部分が苛々をつのらせます。

神指――ゴッズ・フィンガーズあるいは接続されたおやぢ(ことのはの海、カタシロノ庭)

-3

やれやれ、なんなんですか、これは。

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