去年の10月に東北ツアーをしたときにいろんなお誘いがあり、今年は早々と東北ツアーだ。
その第一弾が前回新潟のWOODYで知り合った一美さんのお誘いを受けて、初めての新発田市でのライブとなった。
もちろん共演は「豆っこ兄弟」。彼らはメジャーからもお誘いがある若手の二人組だ。
大阪から新潟まで北陸道を7時間のロングドライブ。
着いたのは3時半頃だった。白山神社の前でその一人、匠君と待ち合わせをした。
半年ぶりに会う匠君はまたまたワイルドになった感じだ。
今日から2日間、彼の家にお世話になる。とりあえず彼の家に行き、ギターを彼の車に積み替えて
途中、相棒のコウスケ君を拾って新発田に向かった。
新潟から新発田までは1時間ほど。7号線を北に。
新発田市はこじんまりした町だった。大きな建物もなく正面には新潟の山々がそびえていた。
ナイツブリッジはそんな小さな町の一角にあった。
以前は新潟で僕に声をかけてくれた一美さんが経営していたのだが最近になって
店で働いていた楠見さんに経営を譲ったらしい。
とにかく落ちついた感じのいいバーだった。店にはいると左手奥が一段低くなっており、そこがステージになる。
お客は見下ろす感じになってこうゆうのもいい。
リハでは豆っこのギターが4台。僕のギターが4台。並べてみるとギターの展示会のようだ。
しかしちゃんと音響が揃っているにも関わらず、みんな接触が悪い。
どうにかこうにか音は出た。まあ、あんまり気にしない。
豆っこ、僕の順でライブは始まったが一美さんの尽力でお客はほぼいっぱいになっていた。
新発田には大学があるらしく外人も多かった。
匠君とコウスケ君のユニットのライブを見るのは2回目だったが今日は彼らのいつものキレがない。
会場もざわついていて最後までお客をつかむことが出来なかった。彼らには不満足なライブだったに違いない。
僕の方はそこはそれでうまくいってみんな静かに聞いてくれた。
終わった後、一美さんもマスターの楠見君も「また新発田でやってください」と言ってくれて
また一つ、僕のライブ場所が増えたとうれしかった。FM新発田の人も来てくれていて
「今度やるときはしっかり宣伝します。」とCDを買っていってくれた。
とにかく初の新発田ライブはまずまずの成果であった。
帰る途中、匠君達は落ち込んでいたがやはりステージングにも問題があるのかな。
少しだけだが僕が言えるアドバイスに二人とも耳を傾けていた。
匠君の家に帰ってから少し飲みながらいろんな話をしたが気がつくと4時半。
おじさんには辛い時間だ。もう寝ようと切り上げさせて貰った。

新発田での豆っこ兄弟。左からコウスケ、匠

この方が仲野一美さん
翌日、4時半に寝たにもかかわらずおじさんの朝は早い。7時半には目が覚めた。
階下におりると匠君は起きてギターを弾いている。なんと徹夜したみたいだった。
彼は一軒家で一人暮らし。当然朝飯は外食。僕は朝飯を食べないと気が済まない。
そこで近所の弁当屋でのりべん買ってきて二人で食べた。
この日、釣りに行こうと決めていたのだがあいにくの天気で11時頃までごろごろして
少し天気が良くなったみたいだったので行くことにした。
彼の家から海までは5分もかからない。いいところに住んでいる。
しかし釣りだした途端、強風に雨。ところが匠君の竿にヒット。まずまずの型のアイナメだった。
はやりビギナーズラックはあった。僕の方にもヒットしたが小さなアイナメだった。
釣りは人を選ばない。でももう天気は限界に来ていてそうそうと退散することにした。
ああ、なんてこったい。せっかく新潟まで来ていながら・・・。
しかたなしに二人とも昼寝。
コウスケ君からの電話で彼は直接WOODYに向かうとのこと。僕らも4時半にWOODYに入った。
入ってみて知ったのだが今日は僕を含めて4組も出るらしい。
東京から来た「いりやままゆみさん」のユニット、豆っこ、それにどうやら小川君(新潟で最初に一緒になった)達。
まあたくさん出ればお客もたくさん入るだろう。
案の定、蓋を開けてみるとほぼ満員。しかし小川君達のシティブレンドが仕事で遅くなるらしく
ほんとは最初だったのが僕の前になってしまった。
いりやままゆみさんは豆っこと東京で知り合ったらしく今回は彼女たちを豆っこが迎える形になったらしい。
アコーディオンにベース、唄とギターはいりやまさん。
なにかいい雰囲気で大阪にはこんな音を出すバンドはいないだろうなと思った。
豆っこも今回は昨日の反省もあったらしくいい感じだ、あとはボーカルをみがくのとオリジナルだな。
遅れていたシティブレンドも到着して、いきなりシカゴブルース。
ちょっと今日のお客にはきつかったかな。僕は相変わらずリラックスして最後は豆っこと2曲。
しかし打ち上げを別の店ではじめてからがすごかった。
みんな若い。2次会にまで発展して匠君の家になだれ込み、またまた寝たのは朝の4時半だった。
僕は8時頃には起き出して、みんな椅子やそんなところでごろ寝している中を通り抜け、
匠君に再会を約してそっと新潟を後にした。
さあ、目指すは鼠ヶ関。

いりやままゆみさんのユニット。真ん中がいりやまさん。

小川君のシティブレンド
18日の日、憧れの?鼠ヶ関でお昼頃から釣りをしたが海も荒れていて濁りもあり
みんな大型アジを狙っているみたいだったがぜんぜん釣れていないみたいだ。
しかたなしに穴釣りでもしようかと竿を出したが小さなメバルが2匹のみ。
あきらめて鶴岡に向かうことにした。
実は前日に入って「大松庵」のオーナー漆山さんのやっているゴスペルグループ「ゴスペルスクワイヤ」の練習に参加して
一曲一緒にやろうということになっていた。コンサートのタイトルは「五十一桜前線ツアーアット大松庵」
しかし今年は鶴岡の桜も散ってしまっていた。大松庵の駐車場に桜の木があるのだがわずかに花が残っていた。
去年にも紹介したが大松庵は築200年くらい経つ武家屋敷を国道側に移築してあり、素晴らしい雰囲気の場所だ。
3時過ぎに着いた。着くとなにやらTVの取材をやっていて聞くと秋田放送のお昼の番組に紹介されるらしい。
とにかく再会を喜び合った。漆山さんの奥さんのひとみさんは大阪の人でなんか鶴岡にいるのに大阪にいるようで・・・。
今日は別に宿を取っていてくれて名前は「鶴岡ユースホステル」。
4時頃に迎えに来てくれると言う。そしてわざわざ迎えに来てくれたのはマネージャーの菊池さん。
「温泉にでも案内しましょう」と連れて行ってくれたのは湯田川温泉。
車で10分くらいのところにあり、これがまたひなびた感じのいい温泉だった。
新潟で若者を相手に無理をしてきたのでいい疲れ取りになった。
僕が温泉を出るまで菊池さんは待っていてくれて鶴岡ユースに案内してくれた。
小高い山の中腹に鶴岡ユースはあり、以前閉められていたのを菊池さん達がリニューアルしてやりだしたという。
実はユースホステルに泊まるのはこれがはじめてであった。
すごい吹き抜けの一階ロビー、斜めに配置された各部屋。僕が思っていたユースホステルとはぜんぜんイメージが違っていた。
部屋に荷物を置いてお茶をごちそうになり再び大松庵へ。
名物の10割蕎麦をごちそうになり、ぼちぼちゴスペルグループも集まりだした。
この日のためにPAもちゃんと用意されていて入口のところがステージになるらしい。
そしてあの山形支部長「斉藤君」も来ていた。ブルーストーンの山口君もメンバーに入っている。
総勢20人。すごい人数だ。僕と一緒にやろうとしていたのはロッドスチュアートでおなじみの「ピープル・ゲット・レディ」
しかしキーが高いのと転調があるのでむつかしい。
これは斉藤君にギターを弾いてもらってボーカルに専念した方がいいだろうと彼も加えてやってみた。
以外に声も出る。そしてしっかりと練習もしたはずだったのだが・・・。
ユースに戻ったのは10時頃だったろうか、お礼にとスタッフの方々に(といっても3人)
僕のスライドギターを聞いて貰った。たぶんみんな初めての音だったろう。
山の中の静けさの中に響くスライドギターはもの悲しかった。
でもおかげで熟睡できた。
翌朝、菊池さんの朝取ってきたタラの芽の天ぷらに玄米ごはんをいただき、お別れを言ってすぐ側の由良港で釣り。
しかしこの日も天気は良かったのだが海は荒れていてまたまた穴釣り。
アイナメを一匹釣ったところで納竿。おみやげにもならないがとにかく大松庵に持っていった。
お昼を一緒にと誘ってくれていたのだ。鶴岡市内にある小さな洋食屋を予約していてくれてありがたいもてなしだった。
店の名前は忘れたがマスターも音楽が好きで来たがっていてくれたのだが夜予約が入っていてむりだったらしい。
その後鶴岡市内の築100年も経つ重要文化財の教会にも案内してくれた。素晴らしい教会だった。
僕の場合、全国を旅していても観光名所みたいなところにはあんまり行ったことがない。
鶴岡の町もこれで3回目なのにぜんぜん知らなかった。これからはもう少しその町を知ろうと思うのだった。
今日は漆山さんちで泊まりの予定なので荷物を運び、ギターの弦も替えた。漆山家は大松庵の並びに建っている。
インテリアも骨董品がさりげなく置いてあり、窓の向こうは庄内平野。しばしの休息であった。
大松庵の方では準備も整い、リハも済ませた。ゴスペルスクワイヤの人達はみんな働いているので集まりは7時頃。
スタートが7時半だから少しあわただしい。漆山さんも頭がいっぱいになっているみたいだったので
僕もそっと会場の椅子が詰まっているところを直したりして。そしてもう一度ピープル・ゲット・レディも練習して本番を迎えた。
お客の入りは50人以上は入っている。ありがたいことだった。
そしてゴスペルスクワイアの登場。みんな少し緊張気味。2曲唄ったところで、僕が紹介されステージへ。
マイクの位置を直して、ギターを弾き出したところで気がついた。斉藤君がまだ客席にいるのを。
でももう止められない。みんなのコーラスも入ってきている。しかたなしに続けたのだがもう、頭の中は真っ白。
なにせ唄のウエイトが高すぎるものだからギターがお留守になる。斉藤君が弾くはずだったものが僕が弾かなくてはいけない。
進行も転調もめちゃくちゃでみんなどうしていいか解らない。
ということでめちゃくちゃなピープル・ゲット・レディになってしまったのでありました。
ゴスペルスクワイヤのみなさんほんまにご迷惑をおかけしました。
久々に味わう、冷や汗でした。
ということで僕の方の本番はというとその失敗を取り戻すのに必死で、とにかく僕の唄は勝手に手も動く。
なんとか取り戻せただろうか。それは客席の方々の判断にまかせよう。
最後は打ち合わせどうりアンコールに「ユーアーマイ・サンシャイン」と「グッナイト・アイリーン」で
斉藤君もちゃんと参加して終わらせる事はできたが・・・。
打ち上げでは平謝り。CDもそこそこ売れてよかったのだが救いは漆山さんの「成功でした」という言葉につきるのであった。
そして「また来年もやりましょう」と言ってくれたのにはほんとほっとした。
漆山家に帰って少しお酒をいただきながらいろんな話をしたと思うのだが憶えていない。
朝、気がつくとふとんがやけに重い。みると漆山家の猫達がふとんの上ですっかりくつろいでいた。
朝風呂を贅沢にもいただき、後かたづけを少し手伝って、ほんとおいしい雑煮もよばれ別れの時。
来年、また会いましょう。お嬢ちゃん達も見送ってくれて、名残惜しい別れだった。
奥さんのひとみさんが海岸沿いの道が素晴らしいので薦めてくれたのでそちらから行こうと
道に入ったのだが、迷ってしまい、結局7号線を行くことにした。

これが湯田川温泉の公衆浴場。いい感じだ。

コンサート前の大松庵。奥手がステージ。

ゴスペルクワイヤのみなさん。この後とんでもない出来事が待っていようとは。

別れの朝。左からあかねちゃん、ゆりのちゃん、ひとみさん、漆山さん
鳥海山を右手に見ながら天気もこのツアー最高で素晴らしいドライブだった。
途中、本庄市の河口で釣りをしてみたがアイナメが2匹の情けない釣果。
でもとにかく酒田市よりも北上するのははじめてなので楽しかった。
秋田市に近くなったところで「パワーハウス」の斉藤さんに電話した。
丁寧に道を教えてくれておかげで迷うことなく待ち合わせの秋田大学の正門前に着いた。
斉藤さんはほんと気さくな方だった。以前は有山君とか木村君を呼んでコンサートを開いていたらしいが
最近は動員も大変なのでやめているらしい。
この店を教えてくれたのはいつも行く酒田市のブルースヒロのお客さんで工藤さんと言う方が
「秋田にも出来るところがあるから電話してみな」と言われ電話してみたら快くOKの返事をいただき
この日を迎えた。でも電話で「とても狭いところだけど了解してね」と念を押されていたのだが
こちらはそんなことは気にしない。と思いつつ案内された店を見てびっくり。
ああ、写真に撮ってないのが悔やまれる。それは想像を絶する店だった。ドアは何十年も風雨にさらされた感じで
なにせ10人しか座れない店内にレコードが山積みになってあり、どこでライブをやるのかといえばカウンターの中。
それはいいのだがギターを置く場所もままならない。これでは4台使うのは無理だと判断して今回は3台でやることにした。
もちろんPAなど無い。座るところも壊れた椅子の上。しかし斉藤さんの人の良さがいいライブをさせてくれそうだった。
ライブは7時過ぎにはじめた。丁度秋田は花見の季節で花見帰りのお客もいた。
といっても10人しか入れないお店に最初は8人のお客。
カウンターから見下ろされるような感じでお尻も壊れた椅子のおかげで痛い。
なにか昨日の事も引きずって最初はぎこちなかったがだんだん調子が出てきた。
話をしながら1時間半。斉藤さんも気に入ってくれたみたいだ。
お客も久々のライブに酔いもすすみ、アンコールも留まることがない。
なんせ斉藤さんが終わらせてくれない。なんとか終わらせることが出来てこちらもお客と飲むようになった。
若いギタリストで道君とフォーク中年の菅さん。すごい気に入ってくれたみたいで話がはずんだ。
斉藤さんがライブには間に合わないがぜひ聞きたいというお客が来るのでまたやってくれないかと言われていたので
11時過ぎにまたやることにした。
ところがここからである。同じ曲もなんなのでスライド中心にして30分ほどで終わらせる予定にしていた。
ところが最初はよかったのだが斉藤さんの酔いはかなりなものになっていた。
お客も女同士が突然喧嘩をはじめたり、こちらがやめようと思っても斉藤さんがやめさせてくれない。
ここで初めてこの店に危機感を感じた。ついには斉藤さんが酔ったあまり、ギターを倒してしまった。
もうこの状態ではライブは無理だと判断して店の外に逃げるように出た。
ギターもそそくさと片付け、道君や菅さんも手伝ってくれた。
これ以上書けないこともあり〜ので秋田の夜はめちゃくちゃになりながら更けゆくのであった。
最後に道君が「これに懲りずに秋田にまたぜひ来てください。他にやれる場所もありますので、
来ることがあったら必ず電話ください。」と言ってくれたのが唯一の救いだった。
斉藤さんも酔わなければいい人だったのだが・・・。

鳥海山の見事な景色

秋田港での釣果。ハゼは大きかった。
朝秋田港で釣り糸を垂れた。夕べの後味の悪さが少し残りながら。
秋田港ではみんなサビキの仕掛けでなんとホッケを釣っている。
それも釣ったのを見せてもらったが50cmくらいあるやつなのだ。これには驚いた。
地方地方で釣れるものが違う。これだから全国を回っていて面白いのだが。
しかし僕にはサビキの仕掛けはあるもののアミエビを準備していない。
しかたなしに投げ釣りでやってみた。いきなり大きなハゼが釣れた。
これはと思いつつ期待したが後が続かない。またこの日は強風で車の中に待避するしかなかった。
午前中やってみたが釣果は写真のとおり。でもまあ仙台へのみやげにはなりそうである。
秋田道を走り、途中温泉もある大きなサービスエリアで仮眠。2時間以上も寝てしまった。
東北自動車道に入り5時頃仙台着。なにか仙台のハムジョイントに着いたときにほっとした。
ここは以前にもやったことがある場所。ケンさんやらともちゃんが温かく迎えてくれた。
新しい店員の加藤君も親しみを憶える人だった。
後で解ったことだが加藤君は釣り大好き人間なのだ。
とにかく珈琲をすすりながらセッティングをした。ともちゃんも僕の唄が大好きになってくれてときどきメールをくれる。
8時半頃からライブをはじめた。今日は2ステージ。前回来てくれたよねちゃんや亮君も来てくれた。
1ステージ目が終わるとお客の女性が「はじめて聞いたけどすごくいい。なんかほっとする」といって一緒に飲みはじめた。
そして2ステージ目に入るとお客もそこそこになっていた。
気分良くはじめたのだが目の前の(1mも離れていない。)男が唄の間中しゃべるのだ。
ときどきこんなことがある。唄を唄っている人間は誰しも経験することなのだが、今日のはひどかった。
途中、やめようかなとまで思ったがよねちゃんの知り合いらしいのと昨日のこともあり、
黙ってステージを終えた。ケンさんはいつ僕が切れるか歯がゆい思いで厨房で見守っていたらしい。
こんな時は切れたらいいのかどうか迷う。しかしちゃんと聞いてくれているお客もいる。むつかしいところだ。
でもさっきの女性はまたまた「ほんと琴線にふれました」と言ってお酒をおごってくれた。
打ち上げもその話になってケンさんはほんとにすまなさそうに言ってくれた。
後で聞いた話だがその男も音楽をやっているという。それならなおさらだ。
そんな男がいい音楽が出来るはずがない。と思った。そんな男に人の痛みとか解るはずがないからだ。
さらに、ジェフマルダーが来たときにもその男はべらべらしゃべってお客中の反感をかったらしい。
まあとにかくこの日はケンさんも加藤君も交えて向かいの居酒屋で釣りの話やらで盛り上がった。
気がつけば朝5時になっていた。加藤君も次回は釣り好き人間集めときます。といって別れた。
でもいい人間関係はずっと続く。今回も新しいファンも増えた。
急ぐことはない、いつか仙台でいいラブが出来るだろう。

塩釜港でのアイナメ。これが今回釣れた最大のアイナメだった。
22日は、以前にも行ったことのある奥松島に向かった。
オフの日はもちろん釣り。この日は天気はよかったのだが海は荒れていた。
奥松島の室浜に行くと以前には車が入れていた漁港が入れないようになっていた。
仕方無しに測道に車を止めて荷物を担いで200mくらい歩いて漁港に行ってみたがなんのアタリも無し。
朝5時まで飲んでいたので車に戻って昼寝。
後で釣り人に聞いた話だが若いやつらが漁港に入って設備を壊したりしたらしい。
それにゴミを放りっぱなしにしてとうとう漁港には車が入れなくなってしまったらしい。
そういう心ない人達のおかげで善良な釣り人まで迷惑をこうむる事になる。
僕の場合、自分で持っていったゴミは当然持ち帰る。さらに半径2mくらいの目に付くゴミは拾って帰る。
埠頭で釣っているのだから漁師さんには迷惑のかからないようにするのが当たり前だと思う。
あまりにも最近の日本人にはモラルが無くなっていると痛感する。
昨日のライブ中にべらべらしゃべる人も同じように思えてならない。
個人主義と自分勝手をはき違えてる人達のなんと多いことか。
気を取り直して別の埠頭に向かう。そこでおじさんが(僕もおじさん)一人だけ釣っていた。
やはり釣れていない。「メバルはたくさんいるみたいなので、メバル釣りにしたら釣れるよ」と僕にアドバイスをくれて
メバル釣りに変更したらすぐにアタリ。あとは面白いように釣れた。
そのおじさんは親切にも「針を少し小さいのに替えたらもっと釣れる」と
仕掛けの準備までしてくれた。「もう帰るのでがんばってな」と言い残しておじさんは帰っていった。
ところがしばらくして気がつくとそのおじさんは道具箱をみんな忘れて埠頭に置いたままになっている。
気がついたら戻ってくるだろうと釣りを続けたが戻ってこない。
中を見てみたら使い込んだなつかしい肥後の守のナイフやら浮きやらが入っている。どうしたものかと考えた。
このまま置いておくと他の釣り人達がきっと持ち帰るだろう。
それなら少しでも縁のある僕が持ち帰った方がいいのじゃないかと勝手な論理を作って持ち帰らせていただくことにした。
「おじさん、ごめんなさい。大事に使わせていただきます」と心の中で言いながら。
翌日は午前中塩釜港で釣り。ハムジョイントで会った女性から電話がかかってきて場所を言うと彼女の仕事場のすぐ近くだった。
彼女はすぐにやってきてなんとお弁当の差し入れ。これは嬉しかった。
ツアー中は野菜が不足しがちなのだが野菜いっぱいのお弁当だった。なんてやさしい人だと感謝感謝であった。
彼女に10月にまた会いましょうと別れを告げて山形市に向かう。
4号線を少し南下して286号線で山形へ行くはずが曲がるところを間違えてしまい思わぬ時間のロス。
途中秋保温泉につかろうと思ったがそんなことで入れなかった。でもまた秋に来るしと思いながら。
山形市はこれで3回目になる。今まではフランクロイドライトという店でライブをしていたのだが
去年来てくれたお客さんが蔵を改造した店をやっていて「ぜひ一度うちの店でライブをやってください」と言ってくれて
今回の実現となった。店の名前はそのまま「蔵」。着いてみると立派な蔵である。中に入るといい感じだ。
今まで蔵を改造したお店で何度となくやったがみんないい雰囲気である。
お店の経営者は「明子さん」。明るい楽しい人だ。
僕以外にライブはやったことがないのかなと思っていたら石井明夫さんがやったみたいでポスターが張ってあった。
少し時間があったので近所の温泉を教えて貰い行くことにした。名前は「八百坊」。いいお湯でした。
蔵に戻ってリハ。PA等無いのかなと思っていたらちゃんと準備してくれていた。僕にはもうこれで充分である。
なつかしい、人達も来てくれていいライブであった。
打ち上げには明子さんの豪華な料理の他に、お客さんの中に板前さんもいて僕の釣ったメバルとアイナメを料理してくれて
楽しいものとなった。今まで山形市であんまりいい思いがなかったのでやっと落ちつけるところが出来たと嬉しかった。
秋にも来たいというと快くOKしてくれた。明子さんは店の裏手にマンションも経営していて
そのマンションの空き部屋が僕のホテル替わりになった。おかげで熟睡出来た。
翌朝、豪華な朝御飯をごちそうになり、明子さん、それに娘さんの「はなこちゃん」に見送られて11時頃山形市を後にした。
その日は休みだったのだが、僕の釣り好きはよく解ってくれていて「どうせ釣りにいきたいんでしょ」と
快く送り出してくれた。また来ますと言い残して。

蔵の全景。最初は道路際にあったのを明子さんが引っ張って?ここに持ってきた。

蔵の内部。

別れの朝2。はなちゃんと明子さん。
13号線をひた走り、米沢から福島市へ。途中山桜が満開でいい景色だった。
今日はとにかく太平洋に出ようと決めていたので、福島市から114号線で相馬の南へ。
でもこれが結構な距離で6号線に出たのは2時頃だった。
さらに南下。途中大阪ペーニャの大作君から電話が入り以前務めていた「カロール」の訃報を知る。
彼女は僕と同郷で愛らしい素敵な娘さんだった。みんなのアイドルになっていたのに。
僕はどうすることもできない。こうして旅の空で僕は彼女の事を思い出していた。
僕は旅を続ける。悲しいことも嬉しいことも乗り越えて。
6号線をひた走る。出来たばかりの道の駅があり、行ってみると嬉しいことに温泉付であった。
僕の地図には載っていない。もちろん温泉いただきました。
今日行こうと決めていた小名浜港に着いたのは4時頃だった。
大きな港だった。さっそく近所の釣具屋探し。すぐに見つかり情報収集。
やはりメバルとアイナメみたいだった。餌のアオイソメを買い港に戻る。
でも小名浜港は広い。どこで釣ろうかなと迷ったが感で漁港がいいのじゃないかと思い行ってみると数人の釣りがいた。
投げ釣りをしているカップルがいたので見せてもらったが、カニ釣りの仕掛けで大きな見たこともないカニが釣れていた。
クリガニというらしいのだが、ごつごつしていて毛ガニに近いカニだ。
僕は苦手のウキ釣りをしようと心に決めていた。
ウキ釣りのポイントはタナを知ること。今まであんまりいい釣果が無かったのはこのタナ取りにあったような気がする。
重りを落として水深を測る。3ヒロ(1ヒロは約1.5m)くらいあった。
他に置き竿でアイナメを狙う。6時頃だったろうか。置き竿に大きなアタリ。すごい引きであげてみると巨大アナゴ。
以前にも釣ったことがあったがこれはさらにでかい。計ってみたら64cmあった。
さらにアタリが続く。久しぶりの忙しい釣りになった。
ウキ釣りの方もメバルが釣れはじめ、やはり夕まずめは釣りには絶好の時間帯だと思うのだった。
この日は夜10時頃まで釣りをしていた。なかなか夜釣りはライブのこともあり僕には出来ないので久しぶりに堪能した。
翌日も同じ波止場で朝から釣り。釣り人に聞いてみるとこの波止場では50cmを越えるカレイが釣れるという。
あわてて僕も投げ釣りにしてみたが、夕方までに釣れたのは小さなカレイ一匹だった。
場所も悪かったみたいだ。夕方になり昨日釣れたところに移動してみたら、いきなりメバルが釣れ出して
場所も大事な釣りの要素だとまたまた勉強するのであった。
とにかく小名浜港は良い釣り場だ。2日間釣りっぱなし。ぼちぼち東京に向けて移動しなくては。
6号線を更に南下して茨城県に入り、日立港で釣りをしようとしたが強風と寒さでやめにした。
しかし日立港の埠頭には立入禁止の埠頭が多い。理由はやはりマナーの悪い釣り人が多すぎてゴミだらけになり、
とうとう立入禁止になったという事を近くで釣っていた釣り人に聞いた。悲しいことだ。
今は釣りブームらしいのだが、マナーも一緒に教えるべきである。
たちの悪い釣具屋などは池や沼にブラックバスを密かに放流しているという。釣り具を売るためにである。
みなさんご存じのとおりだがブラックバスを入れることにより日本古来の生態系が破壊されようとしている。
大人たちがこんなことをしていては子供たちのマナーが良くなるはずがない。
それに僕はゲームフィッシングがきらいだ。釣りは魚と人間との戦いである。
勝った人間はその魚をきっちりと食べてあげなければいけないと思う。釣りは基本的には漁なのだ。
釣りをこの日は辞めたので時間は十分にあった。高速で東京に行こうと思っていたがゆっくりと6号線で向かうことにした。
途中100円ショップに寄ったりしながら向かったのだが、最近の100円ショップはすごいの一言だ。
思わず買ってしまった。望遠鏡、バッグ、コーヒーカップに釣り道具。
こんなものまで売っていた。なんとラジオ。それも20cmくらいの大きさなのだ。どこで作っているのかと思ってしまう。
とにかく時間つぶしをしながら東京に向かった。江戸川を越え、6号線から環七に入り高円寺を目指した。
最近ようやく東京の全体図が解りかけてきた。環七から早稲田通りへ。
少し探すのに手間取ったが、「稲生座」はレンタルビデオショップの2階にあった。
ビルの奥側で薄暗く、えも言われぬ雰囲気をかもしだしていた。店内は歳月がしみこんだ落ちついた雰囲気で
「道、解りましたか」と愛想良くお店の方が迎えてくれた。僕は最初この人がマスターだと思いこんでいた。
こじんまりしたライブハウスで30人も入ればいっぱいの店だがリハをしてみていい音なのに驚いた。
よく音楽のことを解ってくれているなと思った。ステージが一段と高くなっていて芝居のセットのようだった。
リハの途中ミキサーにいろいろアドバイスしている方がいて
後で最初に会った方に紹介された、「こちらがマスターのシバさんです」と。
僕の友人や少ないファンの方達もぼちぼち来てくれた。
今日は僕が最初にやり、テルさんという若い方がマスターと一緒にバンドでやった。
45分ほどしか時間は無かったが、終わってからマスターのシバさんが「いい音出している。今度ぜひナミさんを紹介するよ」
とごきげんになって言ってくれた。テルさんのバンドは東京を感じさせてくれた。なによりマスターのギターがいい。
そうそう、シバさんは長いこと南正人さんのギターを弾いていたのだ。
お客もそこそこ入ってくれたのだが、
大阪から出てきてバンドをやっている人やら、この店はミュージシャンの溜まり場になっているみたいだ。
奥さんのエミさんも「なんかほっとする音で良かった」とまた一つ東京で出来る場所が増えた。
前日から古い知り合いであるコピーライターのT君の家にお世話になっていたのだが、もちろんお魚のみやげを持って。
彼がこの日打ち合わせがあるので一緒に出ようということになり、「もしかしたらジャリージェフってめちゃ近いのと違います?」
と差し出された名刺の住所をみたらほとんど近所であった。
行ってみてそのT君が打ち合わせのあるビルに車を止めてジェリージェフを探したら、なんと20mだった。
少し入りの時間には早かったが中から音楽が聞こえてきたのでドアを開けてみた。
丁度今日一緒にやってくれる「3丁目ジャグバンド」の人達がセッティングをしていた。
店内はほんと昔大阪にもこんな店があったなあと思わせるようなウッディで懐かしい感じがした。
ママさんの阿波崎さん一人でこの店をやっているらしい。豊田ゆうぞうさんのホームページでこの店を知り、
資料を送って電話してみたらOKが出て、今日この日となった。
20人も入れば一杯になる店だったがリハの後、聞いてみるとあの「テキーラサーキット」の本拠地という。
博多のドリームボートのジュンペイさんも来たらしい。
さらに3丁目のウオッシュタブベースの満井君は以前神戸にいて、中村よお君やら神田しゅうさく君と親しく
世の中は狭いなあと思うのだった。
今日は3丁目、僕の順番でライブは始まった。3丁目ジャグバンドは4人編成でジャグバンドらしく
賑やかな曲もあれば、しんみりと聞かせる曲もあり、楽しくいいバンドだった。
僕もツアーの最後ということもあり、気力を振り絞ってのライブだった。
昨日も来てくれた「まじさん」がラップスチールを持ってきていたので1曲参加して貰った。
アンコールは3丁目の人達と一緒に2曲やった。みんな聞いてくれていいライブができた。
3丁目の人達もとても気に入ってくれたみたいだ。帰り際ママさんが、「今度はもっと人を集めておきます」
と言ってくれて、今回の東京は収穫の多いツアーとなった。
帰り、高円寺を通るので忘れてきたハーモニカと、今日は「生田敬太郎さん」が稲生座でやっているはずなので寄ってみたら
丁度帰り際に間にあって、久しぶりに敬太郎さんと抱擁?。
いつか一緒にやろうと敬太郎さんも大喜びで帰っていった。
今日はマスターはいなかったがエミさんが「今度はお魚持ってきてね。」と漁の話題で大盛り上がりだった。
ファッションもそのうちゴム長に手ぬぐいのはちまきになったりして。
翌日上野で佐渡山豊さんが野外音楽堂でコンサートをやっているので挨拶に行った。
「また、沖縄に来てよ」と言ってくれて、大阪までのおやつにとあの沖縄ドーナッツ(なんかややこしい名前のやつ)
やらバナナを持たせてくれた。大阪には夜の10時頃帰り着いた。

3丁目ジャグバンドの面々。

ジェリージェフ、ママさんの阿波崎さん。

稲生座で生田敬太郎さんと。
こうして長いツアーも無事終わった。しんどい事もあったが最終的にはいいツアーだった。
今回も新しいいい出会いがあった。みなさんまた10月にお会いしましょう。