さあ、2002年のツアーのはじまり、はじまり。
昨年の12月22日にライブをして以来だから24日間もライブをしなかったことになる。
あんまり家でごろごろするのにもいいかげん飽きてしまった。
今年は新しい武器(ニューギター)も初ならしで心うきうきで福山市に向かったのだ。
今年最初がハイダウェイというのは気が楽だ。
もう何回もやっているのでブランクも気にならない。
4時過ぎにハイダウェイに着いてトクさんのあの人なつっこい笑顔に出会う。ほっとする。
お客の入りはいまいちだったが、ええ気分でライブはやることが出来た。
しゃべりの方もろれつがまだ少しまわらなかったが、これから徐々にエンジンもかかってくるだろう。
お客さんの中にモーガンズバーの井山のファンの女の子がいて
その娘を相手に打ち上げは盛り上がった。ニューギターもええ音してた。
次回はその「みほちゃん」が必ず倍々理論を実行してくれると言う、楽しみがまた増えた。
朝起きると、福山はえらい霧だった。今日は博多までの移動。
昨日は初日なのにずいぶんと飲んでしまった。頭がすこし痛い。
8時に福山を出る。朝飯もまだだったので2号線を走りながらお店を探す。
尾道バイパスのパーキングエリアで朝飯。当然朝定食。どうも御飯でないと気が済まない。
バイパスをしばらく走ってから山陽自動車道へ。
釣りが早くしたい。でも今日は移動だけで終わりそうだ。
下関の手前で高速を降りてお目当ての「みちしお」で昼飯。
ここの貝汁が食べたくて降りてしまった。ツアーの楽しみはなんといってもめしなのだ。
通り慣れた関門海峡トンネルを抜けて九州へ。
いつも釣りをしている門司の埠頭を横目でにらみながら通過。博多に着いたのは4時だった。
GEN×2と書いて「ゲンゲン」と読むこの店は2回目。
マスターの「げんさん」のニックネームから名付けたらしい。
ストラトキャスターの大ファンでカウンターまでギターのネックにしてある。
ところがこの日げんさんの体調が最悪みたいで
リハはお手伝いのかずみさんと二人でああでもないこうでもないとやってなんとかましな音にした。
現れたげんさんは今にも倒れそうで気の毒なくらいだった。
「しばらく車の中で寝てくる」とげんさんは言って出たきり戻ってこなかった。
小さな店なのでライブの方はギターを生取りしてそれがよかった。
ニューギター(木のドブロ)の音がよくひびいて気持ちよかった。
来てくれたお客さんの中にギター教室に通っていて、いまギターに夢中な二人組がいて
えらい気に入ってくれて明日のドリームボートでのライブにも来てくれると言う。
その他にもライブに間に合わなかったお医者さんも僕のCDすべて買ってくれて
明日はぜひ行きますと。
店を出てかずみちゃんに教えてもらった済生会病院裏の姫ちゃんという屋台のラーメン屋さんへ。
やはり博多はラーメンを食べずにいられない。豚骨の香りがいっぱいのラーメン。うまかった。
ついでに有山君に聞いていた「なべや」へ行ってみた。
じつはこの2日後に有山君がここでライブをやるらしい。
小さな店なのだが木村君がやったときは46人も入ったらしい。すごい。
マスターの「なべちゃん」はもともとは大阪の出身で親しみを憶える人だった。
なんと年まで一緒だった。またいつかやらせていただける事をお願いして店を出た。
泊まったホテルからわずか一分ほどの距離だった。
さあ、九州まで来たからには釣りをしなくてはと朝8時にはホテルを出て、
去年アジが爆釣だった、箱崎埠頭へ。餌屋の場所も解っていて、慣れたものだ。
しかしこの日は天候が悪く、昨日まですごく温かかったのに今日は雨は降るわ、風は吹くわで大変な天気だったが
それにもめげず、釣り人は竿を出す。冬場の釣りは秋のようには釣れない。
投げ釣りでカレイを狙ってみた。竿の先を眺めながら車の中で待つ。
すぐに小さなあたり。あげてみるとハゼで、その後すぐにまたあたり。
今度はなんと渡り蟹。えらいもんが釣れる。はさみで手を捕まれないように慎重に針をはずす。
しかし、さすが玄界灘である。その後はシャコまで釣れた。
十分に釣りを堪能していざ天神のドリームボートへ。ここは昨日のげんさんが紹介してくれた。
出来て5年くらいだというこの店は40人は楽に入れる。
イサトさんとかまっすんとか知り合いの人はみんなやっているというこの店は全体に木造で音も良く、
じつにやりやすかった。マスターの「淳平さん」はウエストコーストサウンドが大好きな人で、
オープニングアクトを務めてくれた。ファーマーズという四人のバンドで
ハーモニーがじつにうまいバンドだった。曲は全曲僕の知っている曲で
テキーラサーキットやセンチメンタルシティロマンスが大好きだと言うのがうなずけた。
さて僕の番であるが初めての店で、そこそこ緊張感があった。
みんな音楽大好き人間が注視する中で「流れ者」からはじめた。
終わってみたらファーマーズの人達も喜んでくれたみたいだった。
アンコールは打ち合わせも無しに淳平さんとマンドリンの方に入って貰って
「グッナイトアイリーン」。いい気分だった。
やっと博多の本線にたどり着いた感じがした。
バンドの方々からほんとにありがたいお褒め言葉をいただいた。
昨日来てくれていた人達もみんなきてくれて、いい盛り上がりだった。
そうそう、淳平さんは釣りが好きでテレビ番組に出演するほどの腕前で、
今度来たときはぜひ一緒に釣りに行こうと約束するのであった。
福岡から北九州まではまともに3号線を走ると1時間と少し。
もちろん途中釣りをしながら向かった。前日淳平さんにいろいろ場所を聞いていたのだ。
まず、鐘崎漁港。しかしこの日はぜんぜんアタリもなく他の釣り人が何を釣っているのかのぞいてみたら
みんなメバル釣りだった。型は小さいがたくさん釣っていた。しかし僕はメバル用の餌がない。
この辺はみんな浮き釣りで、餌はアミえび。今度来たときはメバル釣りだと言い聞かすのだった。
移動して他の港でもやってみたが釣果は。新年早々ボウズの日だった。なんか悪い予感がした。
Heagesは太宰府の津田さんの紹介で実現した。
いつも北九州はフォークビレッジでやっているのだが、年に一回にしようと決めて他の店を探していた。
電話で話した感じはすごくよかった。お客も少しは来てくれそうだった。
小倉駅の近くの繁華街の中にその店はあった。
手作りで仕上げたらしいその店はエスニックな感じで、細長い造りだった。
リハを簡単に済ましてお客を待った。しかし、一人は来てくれたが後はぜんぜんこない。
友達の田邑君も来てくれて見た感じお客は二人。
時間も来たのではじめた。途中もしかしてまだ来るかもしれないというので休憩を入れてみた。
やっと一人来てくれた。田邑君はノーチャージなので実質二人のお客だった。
まあ、こんなこともある。しかし、この店にこれ以上は望めそうにもなかった。
しかし、今ジンクスになりつつある。魚が釣れないときはお客さんも少ないと。
田村君所でお世話になり、しっかりと朝食をいただいて別府に向かった。
この日は休みで一日中釣りが出来る。天気も良くうきうき気分だった。
3時間ほどで別府に到着。さっそく釣具店に入り情報収集。
聞くとやはりメバルが今の本命みたいだ。アミえびを買って亀川漁港ではじめてのメバル釣り。
しかしアタリはぜんぜん無く、他の釣り人も同様で天気のいいのだけが救いであった。
夕方には淳平さんの言っていた大分川でスズキを狙ってみたがこれも釣果は。
寒さにも耐えかねて今日は温泉にと別府の大きな公衆温泉浴場へ。入浴料350円、安い。
打たせ湯で肩の凝りをほぐして翌日に備えた。
次の日は場所を変えて朝から日出漁港で釣り。
やっと本命のメバルが釣れたのだが足場が悪く生け簀に入れようとしたときにメバルが暴れて
手元が狂い、海の中にポチャン。ああ、煮付けにしたらうまかったのにと思うのだった。
その後は小さなハゼが釣れるだけで釣果はいまいち。少し不安になるのであった。
2時頃に納竿して九重郡に向かった。別府からなつかしい山並みハイウエイで湯布院を通り、
210号線に合流。湯布院の湯煙を眺めつつ、九重町に入る。
この日もあいにくの天気で眺めはもうひとつだった。
210号線から町道に入り地図を見ながら川沿いにしばらく行くと倉庫の52ndはぽつんとあった。
ほんとに人里離れた場所だった。まだこの店はオープンしていなくて
その前祝いという感じで僕を呼んでくれた。
中にはいるとまだPA機材が段ボールにはいったままだった。
マスターの由見さんは30大半ばか。素朴な感じの青年だった。
店内は彼が手作りで去年の10月頃からこつこつと仕上げていったらしい。
ログハウス風に仕上げた内装は素人にしては良くできていた。
ステージもちゃんと作ってあり、彼の意気込みが感じられた。
あわただしくPAのセッティングを済ませてリハをした。
まだ、なんにもPAの事は解らないと言う由見さんで音が出るのか心配したがなんとか出してくれた。
前日に近所の人達でパーティをやったらしくこの日はお客の入りがいまいちだったが
ほんとに気に入ってくれた人もいて、次回に希望がもてそうだった。
しかし、終わってからが大変だった。この日は由見さんのお宅に泊めて貰うことになって、
彼の家に向かったのだがなんと標高800mの所に彼の家はあるらしい。
途中温泉に入りましょうと宝前寺温泉に寄り道をしたのだがあいにく休みで
それから霧のかかった山道を20分ほど登ると彼の家はあった。
いったいどこに来ているのか皆目見当がつかなかった。
しかし、彼の奥さんがもてなしてくれて出してくれたのは馬刺と鹿肉の生。
馬刺は霜降りでこれがほんとにうまかった。鹿肉も臭みが全然無くこりこりしてうまかった。
いろんな話をしたが彼の本業は牛飼。しかしいろんな事情でライブレストランをはじめることになったらしい。
まだまだこれからの52ndだが本当にがんばってほしい。
翌日再開を約して帰りの途に着いた。