九州お月見ツアー日記

9月11日(水)晴れ 北九州八幡《オーホール》NEW
今年なんと3度目の九州ツアー。9時前に大阪を出て阪神高速から第2神明を走り、
姫路バイパスから太子バイパス経由で山陽自動車道の竜野西から乗った。
これが今のところ一番安上がりの方法だろう。なにせ一気に九州まで行かなければならず、高速代は高すぎる。
今日は小倉の友人のブルースシンガー『田邑孝之』との久しぶりのジョイントだ。
彼は小倉を中心に活動を続けているシンガーでライトニンを信奉する生粋のブルーズマンだ。
なかなか渋い歌を歌うのだ。年も一緒だった。
6時間半走りっぱなしで北九州に着いた。そのまま彼の家に寄ってから八幡のオーホールに向かった。
オーホールと言うぐらいだから、広いのかと思ったら20人も入ればいっぱいのライブハウスだった。
着いてみて聞いたらまだもう一組出るという。『赤間町ブルースバンド』というらしい。
なかなか礼儀正しい若者のバンドだった。
リハを済ませてほっと一息ついてみて思った。しんどい。初めて思うことだった。
7時間近く大阪から走ってきて普通はしんどいのが当たり前だろうが、いままで不思議に思わなかった。
後一週間で50歳なのだ。やはり年なのか。お客はほぼいっぱいだった。
この間フォークビレッジでオープニングを努めてくれた瀬川君や、いつも来てくれる保井さんも居た。
でも僕の本番はぼろぼろだった。集中力が無いというかミストーンがあったり歌詞を間違えたりでさんざんだった。
久しぶりのボロボロライブであった。
ライブの後、保井さんが一席設けてくれて、そこで食べた馬刺がうまかったので救われた。(なんのこっちゃ)
北九州のライトニン¥。田邑孝之
赤間町ブルースバンドの面々
9月12日(木)快晴 宗像市《ぶどうの木》
10時過ぎに田邑邸を後にして、3号線で宗像にいや、そこを通り過ぎて津屋崎に向かった。
もちろん、釣りをするため。7月に北海道で竿を出して以来だから実に2ヶ月ぶりなのだ。
いつもの釣具屋によって情報収集をした。こちらでいう『バリ(アイゴのこと)』が釣れているという。
バリ釣りにはこちらではエサはみんな手作りの団子を使う。
もちろんそんなものは持ってないのでカゴ釣りをすることにした。
これが大正解で30cm級のが2枚釣れた。しかしバリはよく引く。最後のは引きが強すぎてこんな時に限って玉網をもっていない。
隣の人に「すみません玉網持ってませんか」と大声で訪ねたが、だれも持っていなかった。逃がした獲物は大きい。手元でばれてしまった。
これが九州初日の釣果、アイゴはよく引く。

宗像でやるのは6月に続いて2度目だ。「また、9月にくる予定なのですが、どうですか」と久野さんご夫婦に訊ねたら、
二つ返事でOKしてくれた。ご夫婦で僕の大ファンになってくれたのだからうれしい。
今回も同じぶどうの樹でやることになった。ぶどうの樹は大きなユリックスという施設の隣にある。
大きなレストランだ。スタッフの方とももう顔見知りだ。しかし今回は前回と少し様子が違う。
タイトルは『五十一チャリティコンサート』。
いろんな施設をやっている久野さんご夫婦が山口県の身よりのない施設に行ったとき、
資金が足りないと聞いて今回の僕のコンサートになったらしい。
集まってくれたのは50人以上。しかも食事の後、会場は暗くなり各テーブルにはキャンドルライト。
これってあのディナーショーではおまへんか。
ということで老若男女織り交ぜたディナーショーになってしまった。
もちろん力が入る。昨日の疲れなんぞなんのその。見事に歌いきった五十一でありました。
終わった後はCDのサイン会&僕を入れて撮影会。少し有名になった気分の五十一でありました。
泊まりはもちろんあの小さな森の美術館横のキャンピングトレーラー。
おいしいラーメンまで出前してくれて大満足の一日であった。
ライブ前の食事のひととき。僕はほとんど食べられなかった。
キャンドルライトが揺れる。ディナーショー
9月13日(金)薄曇り
10時過ぎに久野さん宅を後にして、目指すは宮崎。しかし、車のエンジンのかかりがいまいち。
前からもうバッテリーが限界ですよと言われていた。
しかたない。こんな時便利なのがイエローハット。
久野さんところから3号線に出たらすぐにあった。家の近所にもあるので会員になっている。
しかも安い。4年前に変えたバッテリーでたしか3万円近くしたと思うが、一万五千円くらいであった。
車も快調になり、九州道をひた走る。しかし宮崎は遠い。
僕はなぜか高速を走っているとき、トンネルの長さを気にしてしまう。
長いトンネルに入る前に左側に書いてあるトンネルの長さの表示を気にしてしまう。
トンネルフェチとでも言ったらいいか。ついに僕が生涯通ったトンネルの中で一番長いトンネルがありました。
その名も『肥後トンネル』。長さは6500m 以上。もしかして高速のトンネルの中では一番長いんじゃない?
まあそんなことはどうでもええのですが、九州道は熊本の南で鹿児島と宮崎とに分かれる。
表示を見たらなんと鹿児島より宮崎の方が遠い。
ゆっくり行ったので宮崎に着いたのは午後4時前だった。
霧島連峰

9月14日(土)晴れ 宮崎市《ブルースマーケット》NEW
宮崎市はさすが南国。街路樹はみんな椰子の木でというよりフェニックスと言ったほうがいいのか。
しかし朝早くから宮崎港で釣りをしたがさっぱりだった。ものすごい期待していただけに落胆も大きい。
遠くにあのスティングのCMで有名なホテルが望めた。まあ、こんな風景の中で釣りをするのもいい。
午後3時過ぎまで釣りをして釣れたのは小さな木っ端グレが2枚にアジが一匹。惨憺たる結果であった。

気を取り直してブルースマーケットに向かう。
宮崎市の繁華街はびっくりするほど大きい。大阪のミナミも顔負けである。
九州人は大酒のみが多いのでこんなに大きい繁華街があるのだろうかと思いながら店を探した。
店はすぐに解った。綺麗なビルの4階にブルースマーケットはあった。
綺麗なバーで30人くらいは入れそうか。
この店はアンズファクトリーというイベント企画会社が運営しているらしい。社長はヒキさん。
そのヒキさんが笑顔で迎えてくれた。
まずはホテルへチェックインすることになりホテルへ向かう。歩いていける距離にオープンしたばかりの綺麗なホテルがあった。
その値段がまた安い。3,330円。部屋に入ってまたびっくり。広い部屋にダブルサイズのベッドにトイレと風呂が別々。
テレビはワイドスクリーンの大型。今まで泊まったホテルの中で値段といい、設備といいNo.1であった。
まあこれはホテルのオーナーとヒキさんが友達だかららしいが。
店に戻りリハを済ませる。いい音であった。ヒキさんは僕と同世代で優歌団の時代から彼らを世話してきたという。
内田勘太郎さんなども今でもつき合いがある。僕もよく知っているので親しみが増す。
飯を食べようと繁華街に出た。もう6時を回っていた。中華でもと歩いていたら何か知っている顔が歩いている。
その後ろにも知っている女性が・・・。「雑賀君やないか」声を掛けると彼らはびっくりして
こちらを向く。「ああ、ばれてしもた」「なんでこんなとこ歩いてんの」
「五十一さんに内緒でこっそりライブ見に行って驚かそうとおもたのに」と。彼らはいつも大阪の僕のライブには来てくれる。
しかしこの遠い宮崎で会うなんて。ほんまにびっくりした。
相棒の佳子ちゃんは見つかってしまってふてくされている。
大笑いしながら、せっかく宮崎に来たのだから地鶏でも食べようということになった。
彼らは僕のライブを見てそれから九州旅行をする計画らしい。今日朝フェリーで大阪から着いたのだ。
僕は朝そのフェリーを見ながら釣りをしていた。
彼らと地鶏を食べながら大きな声の大阪弁で話しているとなんか南国宮崎まで来た気がしない。
彼らは以前にも飛騨高山まで来てくれたことがあったが。
でもほんとここまで追っかけて来てくれるとは。ほんとにありがたいことだ。
そんなこんなでライブの方も楽しいものとなった。そして以外にも宮崎にこんなにブルースファンがいるとは・・・。
休憩を挟んでたっぷりやってしまった。
ヒキさんも楽しんでくれたみたいで、顔がほころんでいた。
宮崎港。雑賀君たちはこのフェリーで大阪からやってきた。
マスターのヒキさん。年も僕と同じらしい。
ブルースマーケットの店内。
大阪から駆けつけてくれた雑賀君に佳子ちゃん。左のおっさんは地元の人。
9月15日(日)晴れ
今日は移動日。時間はたっぷりあるので、下道を走ることにした。
国道10号線周りで行くことにしたがこれがすごい距離だった。
朝9時過ぎに宮崎を出て北九州に着いたのは午後5時頃だったろうか。
釣りどころではなかった。
9月16日(月)雨どしゃぶり 福岡市《居酒屋みのる》NEW
朝から箱崎あたりの埠頭で釣りをしていた。風が強く、あたりも解らないような風だった。
ぽつりぽつりと大粒の雨。これはいかんとしまいかけているときに本降りになってきた。
片づけが終わったとたんものすごい雨。こんな時は寝るにかぎる。
ツアー中の睡眠不足をしっかり補ったと思う。

しかしこの日の雨はすごかった。移動中道が冠水していて、テレビで大雨の時水をかき分け走っている車を見ることがあるが
まさにあれ状態で、大雨洪水警報が出ていたみたいだった。
とにかく天神の『居酒屋みのる』に向かった。博多でライブをする場所はこれが5件目だ。
6月に『なべや』でやったときにみのるの店主のみのるさんが来てくれて、そのとき「うちでやりませんか」と声をかけていただいた。
僕の友人の増田俊郎さんの古い知り合いで、名前だけは彼から聞いていたのだ。
でも僕らのような音楽をやっていて思うのは蛇の道は蛇で、自然にみのるさんところにたどり着いたような気がする。
居酒屋みのるは天神の大名という場所にある。すぐに解った。
もうPAの方も来ていてギタースタンドも5本も用意してくれていた。
さらにDI BOX(ギターのシールドをつなぐ箱)も4個も用意してくれていて、申し分なかった。
みのるさんは長身で髪は短く、まさに居酒屋の大将という感じで男気が伝わってくるような人だ。
店はほんまに居酒屋そのもので10人くらい座れるカウンターの後ろはお座敷になっていて
まっすんのときはここに40人以上も入ったそうだ。
奥のお座敷の隅がステージ。久しぶりだお座敷ライブは。
でも僕のスタイルに合わせて畳の上にゴムマットを敷いてくれてブーツでやれるようにしてくれた。
リハの後近所のラーメン屋に連れていってもらったのだがあいにくスープが切れたとかで閉店。
残念、臭いでうまそうだとおもった。今度はここに食べにこよう。
しかしこんな大雨の中お客が入ってくれるかどうか心配だったが20人以上は来てくれた。
宗像の久野さんご夫婦も来てくれて、初めての場所は緊張するものだがいい感じでやることができた。
お客の乗りも音もよく大阪でライブをしているみたいだった。お客がいいと乗せられる。
打ち上げの席も別の店に用意してくれていて大盛り上がりの博多の夜だった。
あっ忘れていた。写真を撮るのを。カメラはホテル駐車場の僕の車の中だった。
9月17日(火)雨のち曇り
ホテルを出て福間の久野さんちに向かった。
3号線から10分も行けばあのなつかしい森の美術館の久野さんたくがある。
明日は北九州でライブなので久野さんところに泊めてもらうことにしていた。
いったん顔を出してから釣りをしたくて津屋崎に向かった。
久野さん宅からたぶん15分もあれば津屋崎に着く。便利なところだ。
あのアイゴの引きが忘れられず行ってみたが外海は大荒れで仕方なく港内で釣ってみたがいまいちで
昨日の疲れもあり、帰って寝ることにした。
夕方、久野さんやらお子さんたち、スタッフの方と幼稚園で食事。
食べ終わった後、出てきたのはなんと「五十一さん誕生日おめでとう」と書いたケーキ。
これには驚いた。ちゃんと明日僕が誕生日だということを憶えていてくれて用意していてくれたのだ。
この心遣いに涙がでそうになった。みんなでハッピバースディを歌ってくれてほんとにうれしい誕生日会になった。
とうとう僕も50になるのだ。異国で迎える誕生日。久野さんたちのご厚意に感慨もひとしおだった。
お誕生日会の様子。前列一番右が久野明美さん。撮影、久野哲也さん
こんな素晴らしいケーキを用意していてくれた。

9月18日(水)晴れ 北九州門司《Dady's Cafe》NEW
今日は本当の誕生日。とうとう50歳になった。爽やかな秋晴れだった。
朝、久野さんの奥さん、明美さんから祝福を受けみんなに見送られて福間を後にした。
1時間半ほどで門司に着いた。
50歳のこの日もいつものように釣りだ。釣具屋で聞いてみるとサヨリが釣れているという。
門司港のレトロという場所のはずれで久しぶりのサヨリ釣り。
型は小さかったがサヨリ釣りは面白い。20匹ほど釣った。

『Dady's Cafe』はこの門司港のすぐそばにあった。
ひなびたアーケードの商店街を抜けたところにこぢんまりと店はあった。
20人も入ればいっぱいの店でマスターの津田さんは前から電話で知っていた。
あの玖珠町の52ndは実は津田さんが始めた店で、その後を由見君が引き継いだのだ。
津田さんは僕より二つ上の52歳。奥さんは18歳も年下。うらやましい。
今日のオープニングアクトは以前にフォークビレッジでやってくれた乱太郎さん。
しかし待てど暮らせどお客は来ない。
途中元レオナルド熊さんの弟子だった芸人で今はフォークシンガーと名乗る人が引き延ばしてくれたが
田邑君も来てくれてやっとお客が6人になったところでスタート。
50歳になったこの日。少し寂しいライブだった。
9月19日(木)晴れ
田邑君が門司まで送ってくれてそこで別れた。彼はいつか大阪に唄いにくるだろう。
僕は昨日の場所でまたまたサヨリ釣り。
若者が一人僕の側で釣りを見ている。
話をしてみたら、今まで野球一筋でやってきて全国でも珍しい野球部のある専門学校に入ったが、
レベルの高さに頭を打たれ、もうすぐ卒業なのだが自分がこれから何をしていいか解らないという。
就職もする気が起こらず、門司の港で一人考え込んでいたらしい。
「就職して社会を経験するのもいい方法だと思うよ。
目的のないフリーターになって時間を潰すより、自分のやりたいことが見つかったときに辞めてもいいんじゃないか」
「野球をやってハードな練習にも耐えたことがきっと役に立つと思うけどな」
なにげなく話してみたら彼は「いい話を聞かせてくれてありがとうございます。なんか吹っ切れました。」と言って去っていった。
あの若者はどうしただろう。僕はまるで寅さんのような気分だった。
夕方まで釣って九州を後にした。夕食はあの貝汁の「みちしお」だ。
いつもここで食べるのが楽しみのひとつだ。
夜そのまま徳山まで走った。月がとっても綺麗だった。
9月20日(金)晴れ 徳山市《ブギーハウス》
朝から徳山港で釣り。ここでもサヨリが釣れると聞いたので竿を出してみたら釣れるのはエンピツといわれる小さなサヨリばかり。
得意のカゴ釣りに変えてアジを狙ってみたら、そこそこの大きさのアジが釣れだしたので後はアジ釣りに変えた。

夕方まで釣りをして『ブギーハウス』に向かった。
オープニングアクトは去年と同じヨタヨタの面々。なんか新潟の豆っこによく似ている気がする。
去年よりうまくなっていた。
マスターの森永さんも元気そうだった。
打ち上げは僕の釣ったサヨリとアジの唐揚げ。魚嫌いのお客さんがいたが新鮮な魚にみんなうまいと言って食べてくれた。
マスターの森永さん。
一緒にやった「よたよた」の二人

9月21日(土)晴れ 広島県芸北郡《正直村》
去年、寒さに震えながらやった野外ライブ。今回は内輪の人達だけの集まり。
でもあの高原の空気は旅の疲れを癒すのにいい。ということで早めに徳山を出て釣りもせず3時頃に正直村に着いた。
今年は雨が少なかったのか湖の水量が少なく、去年より5メートル以上も下に水面があった。
藤本さんと明子さんがこつこつと建てたログハウス。標高は800メートルぐらいあるらしい。
途中ちゃんとユニクロでヤッケを買っていった。
夕方ぼちぼちと人が集まり始めた。顔見知りの人も何人かいた。
でもこんな山奥にわざわざ広島市内から大勢駆けつけてくれた。
今日もディナーとライブ。山奥なのでディナーショーとは行かなかったがそんなものだ。
しかも今日のメインディッシュは特上のフィレステーキを炭火でこんがり焼いたもの。
僕はライブ前なので少ししか食べることが出来なかったが、めちゃくちゃうまかった。
PAもなしのライブ。しかしこれがいい。山の澄み切った空気に僕のだみ声が響き渡る。
みんなしーんとして聞いてくれた。終わろうと思ったら「じゃあ1stステージはこれで終わりにして少し休憩」なんて声が飛び出して
またまた休憩の後ライブ。たっぷり2時間半ほどやってしまった。
加計の中島君もいつの間にか来ていた。
ライブの後はみんなであの露天風呂。しかし今回は女性陣は入ってこなかった。
見上げれば満月。僕のねぐらはいつものあの貨車。ホーボーズララバイが聞こえていた。
このベランダがステージ
ライブ後の盛り上がり。
湯煙ヌードシリーズ

9月22日(日)曇り 岡山県井原市《チャンプルー》
芸北町から井原市まではどうしても高速を使うしかない。
戸河内インターから中国道山陽道で笠岡で降りる。そこから井原市までは20分ほどだった。
『チャンプルー』ここは山本きよっさんの紹介で実現した。
以前にも井原市に来たことがあったので店はすぐにわかった。
マスターのカズヤさんは39歳。沖縄が大好きでこの名前にしたという。
僕は最初ラーメン屋と思いこんでいたら実はお好み焼き&居酒屋だったのだ。
ちゃんとステージまであり、30人くらいは入れそうだ。年に一度は野外コンサートも企画している。
お客は少し少なかったが力を振り絞って唄った。しかし反応はいまいち。
みんな若い人達ばかりだった。なんでだろうと思いながらライブは終わってしまった。
でもちゃんとアンコールももらった。不思議なのりのライブだった。
チャンプルーの外観
マスターのカズヤさん。

こうして九州、中国ツアーは無事終了いたしました。
今回は初めてのところが多く、緊張感も多い旅でした。
でもまた繋がったと思います。宮崎のヒキさん。博多のみのるさん。みんなよくしていただきました。
そして旅の途中50歳になってしまいました。ケーキをプレゼントしてくれた久野さんご夫婦にあらためて御礼申し上げます。
さらに精進を重ねて実り多い50代にしたいと思います。
みなさん応援よろしくお願いします。