みちのく桜前線ツアー日記

4月2日(金)晴れ
なぜだか大阪を旅立つときふと「国道1号線を全部走ってみよう」と思ってしまった。
大阪の桜は8分咲きだった。朝10時に家を出た。
1号線は梅新の交差点より始まる。それから市内を出るまでが大変なのだ。
京都を通り抜け、琵琶湖の側をかすめて鈴鹿峠を越えると四日市に出る。
そこからは平坦な道で名古屋を通り、浜松の手前からは有料のバイパスが続く。
浜名バイパス、磐田、掛川バイパス、島田バイパスと各200円。
面倒くさいがバイパスは使うことにした。
なぜこんな料金の取り方をするのだろうかと疑問に思いながら。
島田を通るときはトシさんやあずささんの顔が浮かんだ。
しかし先を急ぐ旅、寄り道はしていられない。
夕闇迫る頃、富士山が見えた。いつみても感動的な山だ。
まだ雪がずいぶんと残っていてそれが夕日に映えてほんとうに綺麗だった。
沼津市に着いた時刻は8時を回っていた。
腹が空いたので国道沿いにいい感じの店を探す。長年走っていると少しは勘が働く。
あっと思う店があった。しかし急には止まれない。
行き過ぎてしまいまたUターン。その店はおばちゃんが二人でやっていて地元の車やらトラックやらが
ぎっしりと狭い駐車場に並んでいた。うまいこと一台空いたので滑り込む。
店内はカウンターと椅子席が3つの小さな店なのだがメニューを見ると『アジフライ定食500円、マグロ鎌焼き定食600円』
など、食欲をそそるメニューが並んでいた。
やはり沼津は有名な漁港。マグロかなとメニューを見たら横に15分くらいかかりますと書いてあった。
それではやはり沼津と言えばアジ。アジフライ定食をたのんだ。
大きなアジが2尾に山盛りのキャベツ、みそ汁もおいしかった。
これで500円はほんとにお得な気がした。旅先でのささやかな喜びであった。
そうそう店の名前は『お食事処たぬき』。次回もここに寄ろうと思うのだった。
すっかり満足して箱根に向かう。箱根の峠の付近に道の駅があったからだ。
箱根は1号線最大の難所と聞くが通るのは実は初めてだった。
ぐるぐる回る急な坂道を登る。沼津の夜景がとても綺麗だった。
間違えて箱根新道の方に行ってしまいどうもおかしいと思い引き返す。
分かれ道の直ぐ側に道の駅はあったのだ。看板なんかみえなかったけどなあ。
箱根の道の駅は小さな道の駅で何台かの先客が居た。
適当なところに滑り込む。月が綺麗だった。
4月3日(土)曇り 東村山市《ジュークジョイント》NEW
朝方少し冷えて目が覚めた。さすが箱根峠だ。箱根の市街にはいる前に芦ノ湖が見えた。
箱根駅伝でも見たことのある風景。さらに行くとあの銭湯の壁の絵でも有名な風景があった。
ここかと写真を撮る。富士山に湖に鳥居。まさにそのものであった。
やがて下り坂に入るとすごい急なのに驚いた。
この道をあの大学生達はすごいスピードで走り抜けていったんだなと改めて感心した。
小田原に出てエサを買う。何か釣れているかと店主に聞くとあまり芳しい答えは返ってこなかった。
1号線を少しはずれて大磯港に着く。ここでしばらく釣り、いや時間つぶし。
土曜日で家族連れが多く竿を出す隙間もないほどだった。
予想通り何も釣れなかった。昼過ぎに大磯を出る。

まるで風呂屋の絵です。

1号線を走破するつもりだったが地図を見ると東京都内に入るより129号線で平塚から厚木、
16号線から八王子を抜けていく道の方が近いように思え1号線走破は断念する。
時間つぶしをしながら八王子で20号線に入り、立川から東村山に出ようとしたのだが
立川の駅をくぐったところから大渋滞。ゆとりを見て出たはずなのに着いたら5時を回っていた。
これがツアーの終盤だったら疲れ切っていただろうが初日でよかった。
店に着いたときまだ今日久しぶりに共演する『チープチーパーズ』の面々は着いていなかった。
渋滞に彼らも巻き込まれているらしい。
ジュークジョイントは20人も入ればいっぱいになる小さな店だった。
マスターの三上さんは30代半ばといったところか。
店内は落ち着いた感じでドラムセットも置いてあり、よくライブをやっている感じがした。
やがてチープチーパーズの到着。何年ぶりだろう彼らと会うのは。
リーダーのあおやぎ君は大阪八尾出身で再会を喜び合った。
今日のセッティングをしてくれた『竹久さん』も奥さんの『わたりべふみさん』と来てくれた。
わたりべふみさんは、30年以上も昔、大阪でよく一緒にライブをやった仲だ。
今はジミー矢島さんらと『からまつ楽団』というラグタイム風のバンドをやっている。
そして会うのも30年ぶりだった。でも全然変わっていない。こちらは白髪頭になったちゅうのに。
そしてもう一人会いたかった人がいる。『小野アキラさん』。
彼は僕のホームページにも時々来てくれてそれよりもあの『中塚正人』と同郷で
大昔、福生で一緒に暮らしていた人なのだ。なんと姫路のアツシ君とも親しい。
今はこのジュークジョイントを中心に音楽活動を続けている。
リハを済ませてさあ本番。チープチーパーズからだったがいい音してた。
僕はくみこさんのアコーディオンが大好きでいい夜になった。
僕の方は初めての店は国道152号線物語に始まりだいぶんうけているようだった。
その夜は終わってからもチーパーズとのセッションが始まり、懐かしのロック名曲シリーズで盛り上がる。
気が付けば2時は回っていただろう。

解りにくいと思いますがチープチーパーズです。
4月4日(日)雨
この日は休み。久しぶりにシバさんの家でお世話になることになった。
シバさんはその日というか深夜、
あの高田渡さんの映画『タカダワタル的』のオープニングライブで出演してきたばかり。
お疲れの処すまないなと思いつつも大阪の人間。ずうずうしくお世話になることになった。
西八王子の駅前で待ち合わせをしてアルカディアの関係者の女の子がやってるカレー屋で昼食。
もっもしかしてアルカディアよりもいいかも。
そしてシバさんちへ。彼の家は八王子と言ってもほんと山の中にあり、
途中雨の中、墓場を通るのだが東京は一足早く桜吹雪だった。
4月5日(月)晴れ
朝、シバさん特製の納豆うどん(これは結構いける)をごちそうになり、久しぶりに八王子の街に出てみる。
30年も前に八王子にジプシーという店があり、そこでライブをやったのを憶えているが
今は駅前もすっかり様変わりしてその痕跡すらない。
30年前はひなびた街だったのだ。
4月6日(火)晴れ 国立市《かけこみ亭》
すっかりシバさんちでお世話になり別れを告げて国立に向かう。
この日は天気も良くてまだ桜吹雪の中を20号線に向かった。

かけこみ亭は谷保駅の直ぐ近所。20号線を神社のところで左に曲がるとすぐだ。
ここでやるのは2回目である。前回は理都達が来てくれて盛り上がったが今回は不安である。
地下に降りて店にはいるとあの生活サーカスの踊るおっちゃんが迎えてくれた。
日曜日にライブをしたらしい。久しぶりの再会を喜んだ。
おっちゃんも僕も大阪西成区。でも僕の方は高級住宅地だけどね。?
ぼけまるさんがお茶を入れてくれてセッティング&リハ。
お客は予想通りだったが、組木絵作家の『中村道雄さん』が何人か連れて来てくれた。
中村さんは青梅の方で古い郵便局を改装して喫茶店もやっているらしい。
ライブの後すごく気に入ってくれたみたいで次回は中村さんがどこかセッティングしてくれそうだ。
PAを担当してくれた『花&フェノミナン』の方も次回はぜひ一緒にやろうと言ってくれた。
4月7日(水)晴れ 西早稲田《ジェリージェフ》
ぼけまるさんちを後にしてまたゆっくり都心に向かう。
東京へ来たらいつも一度は寿司を食べたい気持ちになる。
寿司はやっぱり東京である。関西の比ではない。
ということで20号線沿いにある回転寿司にはいる。
寿司を食べると言ってもこの程度だけどね。
僕はコハダが大好き。関西にはコノシロというコハダの大きなやつしか無く大味なのだ。
それに東京の回転寿司はほとんどが注文すると目の前で握ってくれシャリも人肌なのがうれしい。
すっかり満足してまた走り出す。

新宿駅を過ぎて明治通に入り早稲田通りを右折。ジェリージェフは懐かしい臭いのする喫茶店?だ。
今日のオープニングは『中川君』という失業中の若者。彼は釣り好きで話は盛り上がった。
最初お客が札幌から来てくれた前坂氏と巣鴨の佐藤さんという寂しさだったが
理都達も来てくれて最後はなんとか格好がついた。
テキーラサーキットの奥沢さんに勧められてきたというお客も喜んでくれた。
この日は東京には泊まらず土浦辺りまで走ろうと決めていた。
みなさん「タフですねえ」と言ってくれたがまだツアーも3本終わったばかり。
まだまだ元気だ。6号線を深夜東京の街を北に向かうのであった。
4月8日(木)曇り強風
6号線をひた走り、途中釣りエサを買おうと釣具店で活きエビを買おうとしたらなんと一匹30円。
大阪だと0.5合升に山盛りで300円だ。たぶん100匹は入っているだろうからなんと大阪の10倍。
しかし目当てのメバルは昼釣りなら活きエビにしか食ってこない。渋々買うことにする。
昼過ぎに小名浜に着く。
ほんのわずかの違いであの朝日屋食堂は閉まっていた。残念。
港は強風で釣りにならない。諦めて温泉に入ろうと『道の駅ならは』まで走る。
温泉に浸かり疲れが取れた。
最初はここに泊まろうかと考えていたが明日の釣りのことを考えて相馬まで走る。
4月9日(金)晴れ
この日も休みなので一日中釣りが出来る。大阪を出て一週間。一度も釣り竿を出していないのだ。
またもや桜並木の中をしかし相馬港に行ってみて驚いた。1号埠頭から立ち入り禁止。フェンスにゲートまで出来ていた。
なぜだろうと地元の人に聞いてみるとやはりゴミのポイ捨てが一因であるらしい。
ほんとに釣り人のマナーの悪さが自らを追い込んでいる。悲しい現実である。
全国のいたるところでこのようなことが起こっている。釣り人よゴミは持って帰れ!
4月10日(土)晴れ 仙台市《Hum Joint》
昨日地元の人に釣りポイントを教えてもらってそこに行く。
大潮だったと思うが釣り公園の手前が広い捨て石が敷いてあってそこで竿を出すことにした。
北に来ればほとんどが投げ竿になってしまう。2本の投げ竿を並べてアタリを待つ。
すぐに小さなアタリ。カレイだった。久しぶりに拝むカレイの顔。
さすが地元の人のポイントだ。正午に近くなると潮がかなりひいていた。
投げ竿にアタリがないので穴釣りをする。ふと岩の割れ目を見るとなにやらアワビらしい姿。
水深50cmくらいなので頑張って手を伸ばせば採れる距離だ。
近くでワカメ取りをしていたおじさんに手鍵か何か持ってないかと聞くとうまいぐあいに持っていた。
それを借りてやっとこさでアワビをゲット。15cmくらいの立派なアワビだった。
そのおじさんも「これは2500円はするな」と言っていた。
おかげでいい土産が出来た。穴釣りでもソイにアイナメが釣れてまあまあの釣果。

見てください、このアワビにソイ、カレイ。

『Hum Joint』は仙台の一番町という繁華街のアーケードの中にある。
ここでやるのは何回目だろうか。お馴染みの面々が来てくれてうれしい。
今回は打ち上げをケンちゃんの店でやろうということになり移動。
ああ、店の名前忘れた。そこに着くと若者の二人組がライブをやっていた。
なんとビーチボーイズオンパレード。若者がそれもハーモニーもいい。
こちらも飛び入り。彼らも喜ぶ。アワビの造りも出てきた。しかし肝心の肝が無い。
どうしたのかとケンちゃんに聞くと「さっきの店のおばさんが捨ててしまった」という。
ああ何たることを・・・。でもまあ久しぶりのアワビに舌鼓を打った。
ケンちゃんの提案で次回からはこの店でライブをしようということになった。
なるほどここの方が落ち着くな。仙台の深い夜は更けてゆくのであった。
それから来てくれたお客さんの中に釣り雑誌『Shizen Club』の編集長と親しい人が居て
「五十一さん、ぜひShizen Clubに投稿して欲しい。
五十一さんのように全国を釣りして歩いている人はそういない」。
とのことで一度電話入れてみようと思う。

ハムジョイントでのライブの様子。
4月11日(日)曇り 仙台市《サテンドール2000》
朝、仙台に来れば決まっていくところがある。それは半田屋という飯屋。
500円も出せば食べきれないほどのボリュームがある店なのだ。
そこで350円でみそ汁ご飯(ここのご飯は普通の人ならミニを頼む)鮭の塩焼きに他一品の朝食。
ほんまに満足である。仙台港で竿を出す。なんのアタリもなかった。
突然『まちゃみ』から電話。「おにいちゃん今どこにいてんの?」「仙台や」「ええなあ」
たわいもない会話。妹の朋子がDVDを出すらしくて時間があったら行って欲しいとのことだったがこちらは仙台。
まさか釣りをしているとは想像できへんやろな。

結局坊主でサテンドールに入る。昼飯も半田屋で食べるが少し食べ過ぎた。胸焼けがひどい。情けない。
今回は前回にやったときスタッフの広岡君のお兄さんが感動してくれて
「次回はきっといっぱいにして見せます」という力強いお言葉をいただいたので
少しは期待して入ったのだが・・・。オープニングは会津から来た菊池君と飯野さんのデュオ。
若いのに選曲がいい。でも僕のライブを見て「ぜひ会津でもやってください」と言ってくれて
秋に来るときは会津でも出来そうだ。でもまあお客もそこそこ入ってくれて
マスターの岡崎さんを始め何よりここのお客の質がいい。
音もぴかいちでいい。後はお客の数だけだ。

菊池君に飯野さん。秋に会津で会いましょう

満員の約束をしてくれた広岡兄
4月12日(月)晴れ
今日は休み。いろいろと考えたあげく、石巻まで移動することにした。
石巻は大きな港だ。地図を見ながら漁港の方に行ってみる。
せり出している波止場があり、そこにちらほら釣り人が見える。
そこに行ってみることにした。
投げ竿をセットしてメバルでも釣れないかなとさぐりを入れてみたが何にもアタリ無し。
ここも干潮でいろんな貝が顔をのぞかせている。貝採りのおじさんが「ちょっとあげる」と
クーラーボックスいっぱいのムール貝やら、カキ、小さなつぶがいなどをくれた。
しかしハゼが投げ竿にはかかっていた。
夕方までに10匹ほどのハゼを釣り釣果というかいっぱいのお土産が出来た。
4月13日(火)晴れ 北上市《ランタン》NEW
津山の道の駅で一泊した。札幌ナンバーの車の人が声を掛けてくれた。
やはり定年退職したご夫婦で東北一周の旅の最中だった。
紅茶をごちそうになり話をしていると奥さんが記念にとCDまで買ってくれた。
45号線を気仙沼まで走る。気仙沼港ではみんなチカというワカサギ系の小魚を釣っていた。
それではとこちらも竿を出した。持っている一番小さい針をつけてやってみたのだが
なにやら稚鮎によく似た魚が入れ食いになる。
後で聞いたらこれは放流した鮭の子供だと言うことだった。まあ唐揚げにでもすれば旨そうだ。
何にも釣れないよりはましだといっぱい釣った。

気仙沼を後にして284号線で一関まで、そこから4号線に入り北上市に着いたのは3時過ぎだった。
北上市は整備された街で駅前にはホテルがいっぱいあった。聞いていたホテルにチェックインして昼寝。
5時前に欄燈(ランタン)の巴さんに電話を入れて迎えに来てもらった。
巴さんは若く想像していた人とは全然違った。きっと向こうも思っているだろう。
駅からすぐのところにランタンはあった。喫茶店そのもので以前に営業していたのをそのまま使っている感じだ。
不安だったPAもちゃんと用意してくれていた。今日のオープニングアクトは『やなぎさん』という
秋田の菅さんが師匠と呼んでいる人だった。僕はそれを菅さんから聞いていて会うのを楽しみにしていた。
すでにやなぎさんがリハをやっていてその音楽は懐かしいアメリカンルーツミュージックの臭いがした。
彼は横浜育ち。しかし田舎に憧れて一家で岩手に移住してきたそうだ。
こちらも簡単にリハを済ませる。本番は最初お客が少なかったがぼちぼち増えてそこそこの入りになった。
きっと北上時間なのだろう。巴君のお父さんも来ていて喜んでくれたみいだ。
打ち上げはあの魚介類。ちょっと多すぎたかも。でもみんなおいしいと言って食べてくれた。
だいたいやね、打ち上げで魚介類がいっぱい出てくるライブなんてそう無いよ。
お客さんの中に花巻から来たというカップルが居てえらく感動してくれて
次回は花巻でもぜひというお誘いをいただき秋には花巻でやろうということになった。
こうして臭い優しい北国の夜は更けてゆくのであった。

マスターの巴さんとみやちゃん。

菅さんが尊敬するやなぎさん。

秋は花巻でもぜひと言ってくれた宮沢さんにみっちゃん。
4月14日(水)曇り時々雨 宮古市《カントリーズカフェ》NEW
宮古市へ行くのに盛岡周りで行くか遠野周りで行くか迷ったが
地元の釣具店で聞くと盛岡周りで行く方が近いというのでそうした。
これが後で後悔の元となる。4号線を北上し、盛岡市の手前で106号線にはいる。
ここからは一本道で宮古まで。車も空いていたがスピード違反の可能性があるので慎重に走った。
途中道の駅を過ぎた辺りから高原地帯になっていて周りは牧場だった。残雪が残りいい風景だった。
緩やかな下り道でその風景に少しアクセルも油断したのがいけなかった。
突然おまわりが飛び出してきて、事態を悟った。
あれだけ用心していたのに・・・。18kmオーバー。罰金12000円也。
おまわりは僕のナンバーを見て「大阪から、すごいねえ。旅行中?」口を聞く気もなかった。
スピード違反の最低料金だから不幸中の幸いだと言い聞かせて宮古に向かった。

宮古市はまったく漁港そのもので、深く切れ込んだ湾内にはたくさんの漁船が停泊していた。
まだ時間があったので少し竿を出してみる。ここは陸中海岸のど真ん中なのだ。
少し期待したが魚信は全くなし。しかし水のきれいなこと。底まできれいに見える。
時間が来たので『カントリーズカフェ』のマスター『伊東さん』に電話を入れる。
宮古は小さな町だ。すぐに待ち合わせの場所は解った。
伊東さんは細身で物静かな人だった。握手を交わし店に案内してもらう。
古いビルの2階にカントリーズカフェはあり、店内は伊東さんの好きなカントリー風だった。
バンジョーやらマンドリンが壁にかけてある。グランドピアノが狭い店内をドンと占領していた。
後で聞くとアメリカを自転車で5年間も放浪していたらしい。
こんなところにもこんな人が居たんだと思った。
ニュースで宮古市の桜が満開なのを知る。
本場には予想以上の人が来てくれたが年輩の人も多かった。
伝わるか心配したがその人達が音楽に詳しいのに驚いた。
宮古はほんとに住みやすい町らしく小さな町なのに人口もほとんど減っていないという。
少し疲れが出てきた体に宮古の夜の温かい空気が沁みるのだった。
4月15日(木)晴れ
さあ、今日からは3日間の休み。陸中海岸釣り三昧の日々だ。
天気も最高でどこへ行こうかと考える。浄土ヶ浜という景勝地があるので見てみようと向かったが
駐車場に車を止めてしばらく歩かなければならないので止めにした。
この時期いくら釣り人憧れの地、陸中と言っても港ではかんばしい釣果は得られないと思い
思い切って半島の先端に向かう。ところがこれがすごい道で断崖の上をひやひやしながら走った。
そんな道だったので帰りのことを考えると一番近い小さな漁港にするしかなった。
なんて言う漁港か知らない場所に降りてみる。
ワカメの出荷をしているらしく10人ほどの人達が作業していた。
僕が降りていくとなにわナンバーを見て驚いていた。
そりゃそうやわな。こんなところになにわナンバーの車なんて来るわけ無いもんね。
作業のじゃまにならないように漁師さんに聞きながら防波堤に車を止めてさあ陸中海岸の釣り開始だ。
周りはみんな磯で期待が膨らむ。投げ釣りと穴釣りの2本立てでやることにする。
やっと投げ竿にアタリがあり、あげてみるとカレイだった。
サイズは小さいがやはりここまでこないと釣れないなと実感した。
結局カレイ2枚にアイナメ1匹というかんばしくない釣果。
諦めて移動。陸中海岸は小さな半島が無数にあり、どれにしてよいか解らない。
もう少し南に下ろうと最後は陸前高田まで移動してしまった。
4月16日(金)晴れ
陸前高田の道の駅で一夜を明かし、近くの碁石海岸がある小さな半島で竿を出すがさっぱり。
気仙沼を越えて道の駅大谷海岸がある天が沢という小さな漁港に行ってみる。
北上に行く途中この漁港が目に入って気になっていた。なぜなら波止場の先端まで車で行けるからだ。
行ってみると沢山の釣り人が居てみんな『チカ』というワカサギ科の魚を釣っていた。
何にも釣れないのでこちらもアミエビ無しでアジサビキで参戦。
体長10cmくらいのチカが50匹ほど釣れた。しかし地元の人達はバケツ一杯も釣っている。
やはりチカ専用の仕掛けでないとだめだと思った。まあこれでやっと土産が出来た。
4月17日(土)晴れ
道の駅大谷海岸で一泊してまたチカ釣りをしようと思ったが、明日の移動のことを考えてまた移動。
結局、また津山の道の駅で一泊した。またまた石巻港でハゼを狙うがこの日は全く釣れず。
天が沢で居ればよかったかなと少し後悔。10時過ぎに納竿していよいよ日本列島横断。
108号線で古川市に出てそこから47号線で酒田に向かう。
土曜日と言うことで鳴子温泉には観光客が多かった。温泉に入りたかったが混んでいたので止めにする。
鳴子を越えてしばらく行くと周りは雪景色だった。何気なく通り過ぎた小さな温泉宿が気になり引き返す。
琵琶沢温泉と書いてあった。入るとマスクをしたおばさんが居て入浴料を聞くと350円。
ここに決めたとカメラを持って中にはいる。お客は僕以外に一人だけでゆっくりと入れそうだ。
温泉のいい臭いがする。先に入っていたおじさんが外の方がもっといいよと言うので外に出てみる。
露天風呂があり、周りは残雪の残った山々。なんて素晴らしい風景なんだ。大正解だと思った。
そのおじさんは仙台からの観光客でこの温泉がいかに素晴らしいか説明してくれた。
最近の温泉は元湯は少なくあんまりよくないと言う。
でもこの辺はすべて元湯で湧出量も多くこの琵琶沢温泉は中でもぴかいちという話だった。
僕が大阪から釣りをしに旅をしているというとそのおじさんは
「実は私は東北カレイ釣りクラブの元会長をしていたことがあるんです」。僕「!!!」。
こんなことってある?僕は大阪を出るとき陸中海岸の巨大カレイを釣ろうと思い描いていたのだ。
それを言うと、そのおじさんの言うには「今の時期、陸からじゃあ釣れませんよ。
船釣りでないと大きなのは釣れません」だと。それからそのおじさんにいろいろ教えてもらった。
すっかり旅のあかを落としてまた走り出す。琵琶沢温泉は赤倉温泉の直ぐ近くだった。

琵琶沢温泉のこの素晴らしい風景に露天風呂
新庄から最上川沿いに酒田に出る。3時頃だったかな。友人の長島君を訪ねてみる。
彼は元気でやっていたが最近の不景気に参っていた。
そして7号線を鶴岡に移動。懐かしい『大松庵』が見えてくる。
この日の夜は漆山家で五十一水産産地直送陸中海岸の海の幸をみんなで堪能?しましたとさ。
4月18日(日)晴れ 鶴岡市《欅ホール》
さあ、この旅のメインイベント欅ホールでのコンサートだ。
11時頃、漆山家にあの五十一ファンクラブ山形支部会長の斉藤君がシタールを持って現れる。
彼はこの間インドに行ったらしくて衣装までインドになっていた。
インドでシタールを手に入れてそれからはまりまくっているらしい。
なんと仙台までシタールを習いに行っているという入れ込みようだ。
大松庵でおいしい十割蕎麦をごちそうになり、斉藤君と欅ホールに向かう。
斉藤君が先導してくれたはずなのに彼の車はさっさと欅ホールの入り口を通りすぎてしまう。
僕の方はちゃんと憶えていたので無事到着。5分ほどして「すみません間違えちゃった」と斉藤君は戻ってきた。
欅ホールは一抱えもある欅の梁が屋根を支えていて丸岡家にあった醤油倉を建築家の鎌田氏がここに移築した。
まだ内装は完成してはいなくて、まるでガウディのサクラダファミリア教会のように緩やかな時間をかけて造っている。
もちろん細かいところが残っているだけでコンサートには支障はない。僕は昨年来2度目のコンサートになる。
150人は有に入れる大きさでここでやれるのはほんとにうれしい。
PAの方は午前中からセッティングをしていて僕が着いたときにはほとんど終わっていた。
PAの方もこのホールは初めてらしくてこのホールに着いたとき、
このスケールを見てやはりスピーカーに少し不安があるようだった。
リハをやってみたがたいした問題はなかった。
この日は酒田、鶴岡合同のゴスペルグループに
『生蕎麦楽団』という鶴岡のブルーグラスバンドがオープニングを飾ってくれた。
彼らも交えてラストはやろうと言うことになり、2曲ほど練習する。
そして本番。なんと秋田から『菅さん(きよかん1950さん)』が駆けつけてくれた。
声を掛けられたときはびっくりした。
彼らはこの欅ホールの場所が解らずに何時間も鶴岡市内をうろうろしていたらしい。
でもよく間に合ってくれたものだ。お客の入りも上々でこちらも気合いが入る。
ステージのバックの壁には亀井さんの描いた観音様。得も言われぬ雰囲気の中で僕のライブは始まった。
漆山さんが8時半には終わりたいと言っていたのでその通りにしたのだが最後に漆山さんが僕の処に来て
「休憩しよう」という。休憩は打ち合わせに無かったので漆山さんとちゃんとしといた方がよかったと反省。
結局、最後にみんなで『永遠の絆とユーアーマイサンシャイン』の大合唱。
さらにアンコールが続き、1級建築士になったばかりの山口君と『ありがとママとチキン』。
しかし良いライブになったと思う。CDもよく売れていた。
更に打ち上げはどこに行くのかと思えば、鶴岡公園の桜の木の下。
これは何にも聞いてなかったので大感激だった。
桜は大阪を出てからずっと見てきたがこの風情のある深夜の花見打ち上げはほんとに素晴らしかった。
思わずこちらも乗ってしまって詩吟まで歌ってしまった。
さらに打ち上げは別の店に移動して続き酔いが幻想のように鶴岡の町を駆けめぐるのだった。

欅ホールの入り口で手前主催者の漆山さんと生蕎麦楽団の面々

酒田、鶴岡合同ゴスペルグループ

生蕎麦楽団。後ろには亀井さんの描いた観音様。

鶴岡公園での花見。素晴らしかった。
4月19日(月)雨
昨夜の飲み過ぎ騒ぎすぎで目覚めたときは二日酔いだった。
外は雨の音。釣りに行く気にもならず、漆山さんも配慮してくれてこの日は休養日。
おかげでずっと寝不足だったのが少しすっきりした。
夕食はバーベキュー。
一人少なくなった(おねえちゃんは今年から新発田の高校生)漆山家ででも楽しい夕食だった。
4月20日(火)雨 新発田市《ナイツブリッジ》
3日間も漆山家でお世話になり、心残りだが行かねばならない。
水を汲みたかったので旧7号線にある湧水まで漆山さんに案内してもらう。
小さな峠のなにげない道路の壁から水は湧き出ていた。
いつも良い水があると大阪のお土産に汲んで帰る。20lのタンクに満々と水を入れた。
そして漆山さんとの別れ。まるでうるるん滞在記のようだ。
バックミラーに映る漆山さんの姿。ありがとう、また秋に来ますと心の中でつぶやいた。
この日は天気が悪くいつも寄る鼠ヶ関は風が強かった。時間もあるので温海温泉に向かう。
温海温泉には二つの公衆浴場が有り、きれいな方の上ノ湯は清掃中で閉まっていた。
仕方なく下の湯に行くと丁度清掃が終わり入れるようになっていた。
中にはいると誰も入っていない。浸かろうと掛かり湯をしようとしたらめちゃくちゃ熱かった。
水道水でしばらく埋める。でもたった一人で温泉にはいるのはめちゃくちゃ心地よい。
出ようとしたときにおじいさんが一人入ってきた。倶利伽藍悶々の入れ墨。退散退散。

雨も止み鼠ヶ関で竿を出したが釣れる気配なし。
仕方なしに新発田に向かう。
途中トワイライトエキスプレスと思われる寝台列車とすれ違った。
村上市にはいるとまだ桜が残っていてまたまた桜吹雪の中を走るのだった。
これでこのツアーずっと桜を見てきたことになる。こんな事は初めてだった。
『ナイツブリッジ』は新発田市の市役所の近所にあり少し狭い路地を引っ込んだところにあり解りにくい。
でもここでやるのは何度目だろう。毎年春と秋には来ている。
和歌山出身の楠見君がやっていて気心も知れている。
常連客が来てくれるのでいいのだが今回は少なかったなあ。
やはり平日というのは難しい。
でもわざわざ遠くから来てくれたお客もいて助かった。
その遠くから来てくれたお客というのは二宮君と田村君。
二宮君は秋に新潟でやったときも来てくれて憶えていた。
なんと明日の新潟市のライブも来てくれるという。ありがたいことだ。
4月21日(水)晴れ 新潟市《WOODY》
朝から東港に出かけ釣りをしたがアイナメ一匹という惨憺たる釣果。
昼飯を機に西港に移動。なにやら人だかりがしている。
パトカーが2台に水上警察の船。隣のタクシーの運ちゃんに「何があったんですか?」と聞くと
「上がったんだよ、水死体」「ひぇ〜」そこで釣りをしようと思っていただけに
とたんに釣り気分が失せてしまった。
やけくそで昼寝するしかなかった。

WOODYも10回近くやってるだろうな。
車を止めて荷物を運ぼうとしたら昨日の二宮君と田村君がいるではないか。
ここ幸いとばかりに彼らに手伝ってもらった。
なにせウッディは3階までエレベーターも無しで運ばなくてはならない。
僕の場合は機材が多く3往復もしなくてはならない。
これがツアーの後半になるとつらいのだ。ほんと助かった。
ライブの方は名前も忘れたオ=プニングアクトの兄ちゃんがいて
ストリート特有のジャカジャカギターを掻き鳴らすだけの唄で早く終わって欲しい気分だった。
おまけに彼が呼んだお客は一人。それも多分彼女なのだろう。
一応こちらはプロの端くれである。それに対する敬意も何もない。無駄なオープニングアクトだった。
二宮君達に加えて妙子さんも来てくれたので何とかライブになった。
終わった後みんなで寿司を食べに行く。
今まで豆っこの匠君達と一緒にやってお客はいっぱいになっていただけに
彼らがメジャーデビュー(今年4月、東芝EMIから『ブーガルーブ』というバンド名でデビュー)
したのは喜ぶべき事なのだが新潟のお客さんとの接点がいったんとぎれていた。
今回も匠君は来たがっていたのだが電話で来れないと言うことだった。
そんなとき二宮君達に出会った。彼らは去年僕がウッディでやったとき
アコースティックの弾き語りと店の前で見て、訳も解らず入ってきたらしい。
そこで僕のライブを偶然見てえらい気に入ってくれてそれからずっと来てくれるようになった。
そんな話に彼らはこれからも僕のこと応援してくれるそうでほんとにうれしかった。
のっぺいという新潟の郷土料理を食べながら
のっぺいパワーで少しずつ新潟にお客を増やそうと誓い合うのだった。
4月22日(木)晴れ
前夜、二宮君に聞いた116号線を走り、能生ぐらいまで走ろうと思ったがさすがに疲れで眠くなり
道の駅良寛の郷で眠る。しかし今までこの116号線の存在は知らなかった。バカの一つ覚えのように
8号線ばかり走っていたがこの道は柏崎から8号線に出るのに最短距離で道も整備されていて良かった。
さあ、また釣りの日々。これから二日をかけて京都に行けばよい。
当初の目的地、能生で竿を出すが全くアタリ無し。まだ北の日本海は水温が低いのだ。
糸魚川港でも竿を出すがここもだめだった。糸魚川港ではみんなタモを持って何かすくっている。
聞くとホタルイカをすくっているのだそうだ。所変わればいろんなものが採れるものだ。
仕方なしに思い切って能登半島を越えて敦賀辺りまで移動しようと決めた。
高岡市でいつも入る国道沿いの温泉に入る。
それから延々と8号線を走り、敦賀の近所の道の駅河野に着いたのは夜10時をまわっていた。
4月23日(金)曇り後雨強風
休みもこれが最後だ。ツアーの疲れもピークに来ていた。
でも釣り人はそれでも釣りをする。
ここまで来れば水温も少しは高いだろうと釣具屋に行って情報収集。
やはりメバルが釣れている。アジも釣れているそうだ。活きエビにアオイソメを買う。
旧港の白灯台がいいというので行ってみることにした。
しかしその白灯台の遠いこと。ぜえぜえいいながら重い荷物を担いで着いたのだがメバルが一匹釣れたところで
風向きが怪しくなってきた。その辺は経験があるので直ぐに荷物をしまい波止場に戻る。
すると強風が吹き始め、白灯台に行く波止は波をかぶるようになっていた。くわばらくわばら。
よく釣り人が波にさらわれたニュースを聞くがこのような時に起こるのだ。
しんどい思いをして多分10分近く歩いたと思うが正解だった。
公園のある旧港の岸壁でじっくりと竿を出す。直ぐにアタリ。小さいがメバルだった。
それからはぽつぽつと釣れた。こんなことならあんな白灯台まで行くんじゃなかったと思った。
でも久しぶりに釣れるメバルは引きも面白く周りのアジ釣りの人もおもしろがって見ていた。
結局20匹ほど釣れて納竿。久しぶりの釣果だ。
4月24日(土)晴れ 京都市《SLOW HAND》NEW
さあ、ツアー最終日。朝、エサの整理にとまた同じ岸壁に行くが土曜日と言うことで釣り人は多い。
ようやく隙間を見つけて入れてもらう。
僕の隣の人など岐阜市から来ていた。8時過ぎだったと思うが僕は相変わらずメバル釣り。
直ぐにウキが消えてゆく。これが浮き釣り好きにはたまらない。
隣の岐阜の人達も僕だけが釣っているのに感心してずっと見ていた。釣れる魚を釣る。これが一番。
昼前に納竿してツアーで散らかった車内を片づけて敦賀を後にした。

8号線から湖西周りで京都に向かう。
さすがに疲れが出てどこかいい風景の処はないだろうかと物色しながら走ると
琵琶湖バレイを過ぎた辺りで広い駐車場のコンビニがあった。琵琶湖を眺めながら眠ったのだが
気がつけば2時間以上眠ってしまったみたいで慌てて京都に向かう。
堅田の辺りはいつも混んでいる。湖西道路から西大津バイパスで1号線に入りやっと京都に着いた。
『Slow Hand』は今年2月に博多の『なべや』という店をやっているなべちゃんが墓参りで京都に来たので
一緒にやろうということになり少しだけ唄わせてもらった事がある。
それで僕単独のライブもやらせてもらうことになり今日になった。
店は烏丸通りと丸太町通りの南東角にあり解りやすい。
今日のライブは神戸長田出身のシンガーソングライター??さん(ああ、名前忘れたごめんなさい。)と
大阪西成から来た僕と言うことでなにか下町対決のようなライブになった。
しかしお客は少なかった。松浦君や美野ちゃんが来てくれてよかったが・・・。
でもツアー最後のライブ。残るエネルギーを振り絞ってのライブになった。
二日もかけて京都に来たのだがやはり京都は好きになれない。
そんな思いで京都を後にして一路大阪へ。
1号線を深夜走りながら思いはあのみちのくに飛んでゆくのであった。

あとがき
今回のツアーは桜の花をほんとずっと見てきたようなツアーだった。
仙台で満開。宮古市で満開、そして鶴岡市で花見と桜ずくめだった。
初めての所も多く、良い出会いもあった。
国立で出会った組木絵作家の中村さん、仙台で会った広岡兄さんに菊池君達。
北上で会った巴君に宮沢さん達。新潟で出会った二宮君達。秋が楽しみになる出会いであった。
次回の東北ツアーは10月から11月にかけてです。
みなさんまた会いましょう。