6月4日(金)晴れ
九州はすでに梅雨入りしていたがこの日は晴天。
朝8時半に大阪を出発して午後からひたすら西日の中を西に向かい福岡市に夜10時半に着いた。
腹を空かせてお馴染みの『おきよ食堂』に駆け込む。
なぜか隣にいたご夫婦と話すことになりこちらがミュージシャンだと言うと驚いて
それじゃぜひ明日のライブに行きますと言ってくれてすっかり意気投合。
お酒までおごってくれて早くも博多の夜はディープになっていくのであった。
6月5日(土)晴れ 福岡市西中洲《ビーチボーイズ》NEW
『なべや』のなべちゃんの紹介で実現したこのお店は『ビーチボーイズ』という名前だが実は居酒屋。
店主は野々村さんと言って爽やかな青年である。以前にもなべちゃんに連れられて飲みに来たことがある。
特に魚が旨い。玄界灘のよか魚を出してくれる。
4時半になべちゃんとなべやで待ち合わせをしてからビーチボーイズに向かった。
なべやから徒歩3分という距離である。
ところがこの日なべちゃんは大二日酔い。なんでも朝8時まで飲んでいたそうだ。
へろへろになりながらセッティング&リハ。
ビーチボーイズには簡単なPA設備もあった。
お客はほぼ満員。昨日おきよで知り合ったご夫婦もちゃんと来てくれた。
さすが博多っこ。約束は守る。でも後でそのご夫婦がとても喜んでくれてCDまで買ってくれた。
なべちゃんが先にやったのだがもうボロボロ。いつものなべちゃんを知ってるだけに気の毒だった。
こちらは初日でなおかつ初めての店のライブ、力が入る。
でも野々村さんがバーボンが飲みたくなるいい音楽でしたと喜んでくれてほっとした。
終わってからもおいしい料理を出してくれて大満足の博多初日であった。
6月6日(日)晴れ 福岡市大名《居酒屋みのる》
いつものとおり天神湯ノ花温泉ホテルで朝風呂に入りさっぱりしてからみのるに向かった。
といっても車で5分も行けば着いた。みのるはまったくの居酒屋。
みのるでやるのはこれで3度目。PAの井上さんもすっかり僕のセッティングを解ってくれていて
ダイレクトボックスをちゃんと4台揃えてくれていた。
こうしてくれるとこちらはややこしいギターのセッティングをしないで済む。
畳の上にゴムマットを敷いてくれてこれで靴を脱がずにライブが出来る。
昨日のビーチボーイズでは靴を脱いでやった。
少し遅れてスタートしたが今までで一番のお客の入り。
新ネタ国道388号線物語が炸裂する。大受けであった。
お客さんから「今までで一番良かった」との声。
打ち上げは近所のやはり居酒屋。焼酎が体に染みこんでゆく。
いつ天神湯ノ花温泉ホテルに帰ったのか憶えていない。
6月7日(月)雨 福岡市赤坂《ドリームボート》
この日は久しぶりに雨模様。二日酔いで釣りに行く気もせずまたまた朝風呂。
おかげですっきりした。
ドリームボートは昨日のみのるの何百メートルか手前にあるだけ。
だから何日もこの辺でうろうろしていたことになる。
店に上がるとお馴染みの顔。なんか大阪でやるより博多でやる方が最近は好きになってしまった。
今日も今年の1月に続いてK介君と原口じゅんこさんのジョイント。
この日のk介君とじゅんこさんは良かったなあ。
こちらは388号線物語をやって受けていたのだが後で聞くと2度目だったらしい。
お客の入りも月曜日にも関わらず、今までで一番の入りだった。
6月8日(火)曇り
さすがに博多三連ちゃんはこたえる。
しかし九州に来てからまだ一度も竿を出していない。
これはいけないと無理矢理釣りに行くことにした。
きのうじゅんぺいさんから聞いた唐泊に行ってみようと思った。
唐泊は博多から30分ほどの糸島半島の東側にある。
駐車場もちゃんとあり、(後で300円徴収されたが)そこから近い波止に行ってみた。
若者が一組だけ釣りをしていて釣果を見ると良い型のメバルが釣れていた。
こちらは波止場の先端まで行き、久しぶりに竿を出す。
いきなりグレ(九州ではクロという)がヒット。木っ端グレだが引きがいいので面白い。
メバルも釣れたが少しだけ。いままで津屋崎で釣っていたのでこちらのほうがずっといいと思った。
6月9日(水)曇り後雨 久留米市《ヴィノテーク》NEW
昨日のメバルの感触が忘れられずこの日も唐泊まで行ってしまった。
ちゃんと途中で藻エビを買ってメバル狙い。
思った通り藻エビにメバルは食ってきた。結局午前中だけの釣りだったがメバルを10匹ほど釣った。
唐泊から一度福岡市内を抜けて3号線で久留米に向かった。
『ヴィノテーク』は通町という久留米では有名な繁華街の中にあった。
2時間ほど見ていたが思ったより早く着いたので店の前からマスターの『中瀬さん』に電話を入れてみる。
まさか店の前から電話してくるなどと思っていなかったらしく中瀬さんは驚いていた。
この店は1月になべやでやったときにひらめちゃんという久留米のお客さんが来ていて
「一度久留米でもやってください」というリクエストにもちろんOKで
ひらめちゃんがこの店を紹介してくれた。
ヴィノテークの店内は半円形のカウンター席にあと椅子席が一つという店だった。
ステージはカウンターの中。なべやと同じである。
中瀬さんは僕とほぼ一緒の年代でウッドベース奏者だった。
着くなり釣りの話で盛り上がる。
今日は『tomichu』さんというカントリーブルースの方と
中瀬さんがチョイスした『松永君』という17歳のギタリスト&謡いという変なコラボレーションだった。
まず中瀬さん&松永君から始まったが中瀬さんは唄も旨くさすが元プロミュージシャンである。
しかし17歳のギター少年松永君は本来はバイオリニストとして英才教育を受けていた?らしいのだが
ギターを弾くときの目は生き生きとして末恐ろしかった。
その後なんと謡い。知ってますかみなさんあの結婚式でやる「高砂や〜』の事でっせ。
その女性の名前は忘れたがその高砂を解説付でやってくれた。面白い。
次はtomichuさん。彼が面白く、決してギターも唄もうまくないのだがキャラクターがいい。
すべてが古いカントリーブルースで詩は自分でつけたのだそうだ。
僕の方はカウンター越しに見られていることと初めての店と言うことで少し堅かったかな。
でも音はとても良かった。松永君のご両親も来てくれていたのだが
つい2、3日前にその奥さんがやっている喫茶店でモーガンズバーをやったばかりだという。
ちょうど始まる前にピアノの井山君から電話があったばかりだった。
最後は中瀬さんに久留米ラーメンの店に連れて行ってもらったがほんまに旨かった。
この日は中瀬さんの彼女?邸泊。彼も釣りが好きで朝が来るまで話し込んでしまった。

左からマスターの中瀬さん、僕、松永君、tomichuさん。
6月10日(木)晴れ
この日は移動日。中瀬さんに市内の駐車場まで送っていただき久留米を後にした。
夕べというより朝まで話し込んでいたので天草についても釣る気はせず。
道の駅有明の温泉に浸かって就寝。
6月11日(金)雨のち晴れ
さあ天草だと思い目覚めたがあいにくの雨。
おまけに夕べ熊本で買ったエサの藻エビが乾電池切れで全滅していた。
なんてこったいと思ったがここは天草。何でも釣れると思い出発。
すると天気はだんだん良くなって晴れ間ものぞく。
一昨年にマッコイと行った港を探して本渡市から新和の方に向かう。
しかしその港が解らない。仕方なしに地図で大多尾という港に行ってみる。
しかし釣れるのは豆アジばかりで話にならない。
やがてマッコイが来てくれて五和まで移動。
途中でマッコイにエサを頼んだのだが彼は釣り音痴。
活きエビを生エビと勘違いして買ってしまったので戻って取り替えてもらう。
ここは魚影も濃くいきなり良型のグレがヒット。
あとメバルも食ってきて午後からではあったがまずまずの釣果になった。
この日はマッコイの家に泊めてもらう予定だったが彼の子供が熱を出すやら腹痛になるやらで
結局彼の友達でパーカッションの島村さんのうちに泊めてもらうことになったのだが
その島村さんの家に行くのにすごい山道でとうとう4WDに入れないと登らないような所だった。
島村さんはマッコイと同じく田舎暮らし移住派で北九州から移住してきたという。
奥さんと子供二人の4人暮らし。家はまだマッコイの家よりもずっと立派だった。
マッコイが帰った後今日の釣果で晩飯。型のいいグレはお造りにしてもらった。
後で気づいた事なのだが島村家には冷蔵庫がない。
「不便じゃないの」と聞くと奥さんは「別段不自由に思ったことはない」という。
今時あえてなのか冷蔵庫のない生活ってみなさん想像できます?
6月12日(土)晴れ 本渡市《KITTY》NEW
午前中島村家とみんなで温泉に行く。五和町からさらに南下した所の温泉施設だった。
午後から島村さんと釣り。
いい型のメバルが上がる。島村さんはアジ釣り。夕方まで釣っていた。
『キティ』は本渡市のアーケードの商店街のそばにあった。
ちゃんとしたスナックであった。マッコイが遅れて来るというので島村さんと中にはいる。
中には年齢の知れないママさんとチーフぽい人。
挨拶を済ませてセッティング。僕のギターを見てみんな驚いていた。
マッコイがマイクを忘れてきたのでそのまま店のマイクでやってみたが
以外にいい音。へたなPAよりずっとましである。
マッコイと島村さんのユニットから9時半頃スタート。
しかしいっこうにお客は増えない。遅れて杉本さんも来てくれたが。
店側はマッコイが人を呼んでくれると思っていたらしい。
マッコイ側は店が人を呼んでくれると信じてチケットやらポスターを作っておねがいしていたらしい。
まあ、いいかと僕もやる。しかしどうも乗りきれなかった。
せっかく天草まで来たのにと思いながら・・・。
6月13日(日)晴れ 人吉市《ベアーズカフェ》
杉本邸でお世話になり、杉本さんも朝早くから仕事だったので僕も一緒に家を出た。
天草から人吉までは4時間もあれば行けるだろう。
午前中五和の港でエサ整理。といいつつ釣り。カワハギ2枚ゲットして納竿。
ああ、また来年来ることが出来るのだろうかと思いながら天草を後にする。
宇土から3号線に入り八代から球磨川沿いに219号線。
去年は雨でそれはそれで風情があったが今年は晴天だった。
ベアーズカフェの吉村さんに電話を入れ彼の家まで行く。
お土産のカワハギを奥さんに渡すとき一言いおうと思ったのだがためらった。
そのためらいが後で後悔に変わるのだが。
まあとにかく再会を喜び合った。吉村さんには娘さんがいるのだが夫婦二人とも背が高い。
それを受け継いで中学生なのに168cmも身長がある。「分けてあげましょうか」なんて言われた。
休憩してから店に向かう。ベアーズカフェは大きな病院の目の前にあり解りやすい。
セッティング&リハを済ませて吉村さんに有名なラーメン屋に案内される。
店の名前は『好来』。先週モーガンズバーの連中が行ってみたがしまっていたらしい。
吉村さんはにやにやして「まあ、楽しみにしていてください」という。
ラーメンが出てきてびっくり。大きなどんぶりに山盛りのもやしにキクラゲ。
たぶん普通のラーメンの倍以上はあるだろう。これで並らしい。
ライブ前はあまり食べることが出来ない。それでも半分以上は食べただろう。
満腹になって店に戻るとなにやら懐かしい顔。
そうだ今年春一番で会った『鶴さん』だった。彼は水俣、遠くまで来てくれたのだ。
ライブは人吉時間ではじまり、去年ここから始まった国道388号線物語をする。
大受けであった。打ち上げというかそのまま飲み会になり鶴さんのサンシンまで飛び出す。
店を変えてさらに続く。たぶん寝たのは4時頃だったろう。
6月14日(月)晴れ
朝目覚めると奥さんは仕事に出ていたがちゃんと朝食の用意をしてくれていた。
昨日お土産に渡したカワハギのみそ汁まで作ってくれていた。
ふと不安になりみそ汁を覗いて見ると・・・あ〜きっ肝がない。
カワハギは肝と身で出汁がでるのにい〜。奥さんすんませんなこんな事言って。
午後から吉村さんと温泉に行く。田圃の中にあるひなびた温泉。
整備されたきれいな温泉施設より僕はこんな温泉が好きだ。お客も僕らだけ。
すっかりリラックスして店に戻り後かたづけをし吉村さんと再会を約して人吉を後にした。
今日は宮崎までの移動日。釣りに行く気もせず。
6月15日(火)晴れ 宮崎市《泰翁寺》NEW
朝起きるといい天気だったのでやはり釣りに行くことにする。
観光で有名な青島の釣具屋で情報を仕入れ内海と言うところまでいった。
グレが釣れているらしい。波止場はあまり釣れていず灯台まで行った。
いきなりグレが来たがそのまま後はアジばかり。まあでも土産になるくらいは釣れた。
宮崎市でライブをやるときはアンズファクトリーの壹岐さんがセッティングしてくれる。
今回も壹岐さんとフェリー乗り場で待ち合わせをして現場に向かった。
僕は最初前にいきさんがやっていたブルースマーケットという店でやるのかと思っていたら
もうその店は閉めたそうで今回は『泰翁寺』というお寺でやることになったのだ。
いきさんの車について行くこと30分くらいか。多分宮崎市の北部に来たのであろう。
その泰翁寺に着いた。釣鐘堂ももちゃんとあり、由緒あるお寺に見えた。
木造の本堂は真新しく3年前に新築したのだそうだ。臨済宗という禅宗の寺だった。
住職は『津房さん』と言い、実は音楽が大好きなギター青年であった。
本堂内にはすでにPAがセッティングしてありいつでもどうぞという感じだった。
こちらも準備をする。ギター好きだけあってずいぶんと僕のギターに興味を示してくれた。
初めての場所はリハから本番モードになる。
そして最初の音を出した瞬間みんなしーんと聞き入ってくれた。
リハの後、いきさんが「ずいぶんと音が良くなりましたね」といってくれた。
宮崎は2年ぶりでその時はあまりいい演奏が出来なかったのだ。
そしてこの泰翁寺はずいぶんとライブをやっているらしい。
今日のオープニングは『鬼束・有田組』という地元のフォークバンドだった。
ずいぶんと手慣れている感じで相当場数をこなしているように見えた。
こちらも初めての場所で気合いが入る。お客は少し少なかったが来たお客さんの数だけCDは売れた。
奥さん手作りの料理を囲みながら、実はこの料理はみんな無償で提供してくれているのだ。
こちらも酔ってきてなにか不思議な感じがする宮崎の夜だった。
6月16日(水)晴れ
朝、お風呂にも入れていただき朝食をいただいて泰翁寺を後にした。
10号線を北上。今日の目的地は佐伯。しかしこの町は釣りをするところもなく
方々走り回ったが断念。
6月17日(木)曇り 大分市《カンタループ2》
昨日えらい見込み違いをしたので朝早く大分港まで走ることにした。
いつも釣りをする場所。思った通り木っ端グレが湧いていた。
しかし今年の木っ端グレは手強い。すれていてなかなか食ってくれなかった。
結局4、5匹釣っただけだった。大分港ではいつも会う人達がいる。
その中の一人が植木屋の甲斐さん。ベテラン釣り師で冬に来たとき彼が90cmのスズキをかけて
それをあげるのを手伝ったことがある。
波止場で甲斐さんと話し込んでしまった。
カンタループは大分市の大繁華街都町にある。
たぶん4回目になると思うが今日は1月に一緒にやった猪俣君と竹田からわざわざ来た足立さんという
方がオープニングをやってくれた。
足立さんは大柄で唄もパワーに溢れていて、サングラスをかけて唄っているのを見ると
なにか故レイチャールズを彷彿とさせるものがあった。
対照的に猪俣君はギターもうまく今の若者という感じだった。
こちらも頑張る。最後はグレの煮付けで乾杯。
大分の夜はいい感じで更けてゆくのであった。

猪俣君

レイチャールズみたいな足立君
6月18日(金)曇り
この日は休み。待ってましたとばかり佐賀関まで行く。
ところがいつもは釣り人で溢れている波止場が人っ子一人居ない。
おまけに強風で竿を出すには出したが釣れるのは雀鯛ばかりで1時間ほどで納竿。
仕方なしに大分港まで戻り、いつもの場所で竿を出す。
この日は大分港のグレも食いが良く、
波止場で釣れるサイズとしてはまあまあの20cmオーバーが何匹か釣れた。
6月19日(土)曇り
朝から最後の大分港での釣り。土曜日と言うこともあり釣り人は多かった。
一番端が空いていたので入らせてもらう。
ギャラリーも多く、25cmオーバーのグレが僕の竿にヒットして目の前でばらした時などやんやの喝采だった。
35cmオーバーの馬面ハギが食ってきて1号のハリスで持ちこたえたときもみんなで「タモ、タモ」と
大騒ぎになったが結局ばらしてしまった。ああ、まだ修行が足りないと反省しながら大分港を後にした。
大分を後ろ髪を引かれながら後にして北九州に向かう。
フォークビレッジに5寺ジャストに着いた。
着いて店内に入るとすでに今日のオープニングをしてくれる瀬川君がリハをやっていた。
彼はついこの間結婚したばかりの新婚さん。パーティもこのフォークビレッジでやったという。
お客は瀬川君が頑張って呼んでくれてそこそこの入りになった。
途中飛び込みで入ってきた3人組のお客がえらい喜んでくれてまるで大阪でライブをやっているようなノリなった。
鍼灸師をやっているというその中の一人の女性がほんまに興奮して
もっとやってと言われこちらも乗せられて追加で何曲かやってしまった。
大漁のお土産を瀬川夫婦にプレゼントして北九州の夜は興奮さめやらぬまま更けてゆくのであった。
6月20日(日)晴れ 福間《喫茶ラブ&ピース》
朝、田邑邸にお世話になり、朝食をいただいて津屋崎に向かう。
この日は台風が来ているという情報だったのだが晴天でというよりまばゆいばかりの天気で
暑すぎた。これはいかんとそうそうに納竿。このまま釣っていたら日射病にでもかかり兼ねなかった。
福間の小さな森の美術館に早めにおじゃまして昼寝をさせてもらう。
勝手知ったところである。
7時半から下の喫茶店『ラブ&ピース』(前はカフェ・ファンと言う名前だった)でライブを始めたのだが
台風の風が強くなってきて中断して野外の看板などを横に寝かしてまたはじめなければならないような風になっていた。
翌日帰る日であったが台風がまともに来ていたので足止め。
徳島の田舎の墓に蜂が巣を作っていて通行人に迷惑になっているという事で徳島経由で大阪に戻る予定だったのだ。
この日徳島は台風の目が通ったという。
あとがき
九州から帰る途中、徳島に寄り、お墓の蜂退治。福間の久野さんの助言で意外にうまくいった。
ところが今度はぎっくり腰。久しぶりになったがまだ軽傷で歩けることは歩ける。
僕の田舎は徳島県の伊座利という太平洋に面したど田舎である。
ところが近年、都会からの移住者が増えてえらい面白くなっていた。
というのもその移住者の人達はかなりの覚悟で引っ越してきていて
その中にはバリバリ都会で仕事をしていた人が多い。
だから田舎のそれも伊座利という僻地にほんとに溶け込み生きていこうとしていた。
倶楽部イザリーノというキャンプ場が直ぐ側にあるのだが
移住者の一人、京都から来た長野さんに案内されて行くと
そこには神戸から来た和田さんというグラフィックデザイナー&絵描きがいて
このキャンプ場をなんとかしようと考えているみたいだった。
桑名晴子さんもこの伊座利にはまっているという。
何かの拍子に僕のライブをやることになって故郷で初めて唄ったのだが
自分では気づかないでいたが僕の唄の中にしっかりと故郷の風景がベースになっていることに初めて気づいた。
最後に良い経験をさせてもらった旅であった。