2004東海道旅烏ツアー日記春編

3月19日(金)晴れ 名張市《Bar レフトアローン》
ほぼ一月ぶりのツアーで一発目が名張市だから時間的には2時間もかからないので楽だった。
天気も良く、行きつけの釣具屋さんでしらさえびとアオイソメを買う。
東海地方はエサが高いのだ。この時期だとアオイソメも5日間くらいは保つし、
しらさえびはブクブク(エアポンプのこと)で1週間は保つ。
まあ、完全に釣りモードである。目当てはメバルだ。
そしていざ名張へと思ったら忘れ物を思い出してまた家に帰る。
こんなことでいい時間になってしまった。
西名阪で伊賀上野インターから名張市へ。
これで名張は4回目になる。バー・レフトアローンもすっかり馴染みになってしまった。
ディスカウントストアーの隣のビルの2階にあるこの店は、落ち着いた感じで僕はとても好きな店のひとつだ。
いつもここでのブッキングは栗林君。PAもすべて彼が用意してくれる。
今回は特に音が良かった。リハを済ませて近所の居酒屋へ。
ここですっかり出来上がってしまい、いいライブになった。?
バンビーノではカウンターの女性達はみんな泣いていたそうだ。
ギターを片づけようと車に戻ったらなんと、フロントのサブミラーのポールが折り曲げられていた。
戻そうとしたらポキリと根本から折れてしまった。
なんでもさっきまで中学生くらいの子供達がたむろしていたらしい。
頭に来るが彼らはもう消え去っていなかった。
名張のような田舎町でもこんな事が起こる。なんか情けなかった。
3月20日(土)曇り 名古屋市《アート&ミュージックスペース・源》
朝早く起きて国道165号線で津市に出る。
そこから23号線で北に向かい、白子という漁港で竿を出す。
あいにくの干潮で釣れる気配が全くしない。
無理して竿を出してみたが買ったばかりの0.5号のウキと高いスイベル(ウキを滑らせる道具)が根がかりでパー。
またまた頭にくるが沈めて時間つぶしの釣り。結局何にも釣れなかった。

2時過ぎに白子港を後にして23号線を名古屋に向かう。
ゆっくりと時間つぶしをしながらの移動。4時過ぎに『源』についた。
源でやるのは1年ぶりだ。家のリビングでやっているような感じのこのスペースは妙に落ち着く。
今回はオープニングアクトも無く、ほんとに僕の唄が好きな人達だけがお客だった。
犬山の小川さん達も来てくれた。
そんなライブだったのでとても気持ちよくできた。
ほとんどの人達がすでにCDを買ってくれているので2枚しか売れなかったが
打ち上げで近所のお好み焼き屋に移動したらお客さんの全員が来てくれてうれしかった。
気持ちの良い名古屋の夜だった。
3月21日(日)晴れ 島田市《ブルースバー》
源の山下さんに別れを告げて当初は直ぐに東名に乗るつもりであったがそこは国道フェチ。
思い直して23号線に出てそこから1号線に入り、音羽蒲郡からしぶしぶ東名に乗った。
やはり島田は遠い。1号線をずっと走っても時間には間に合うだろうが疲れてしまう。
しかし、掛川を過ぎた辺りで事故らしく大渋滞。結局菊川で降りてややこしい道を吉田港に向かう。
こんな事なら高速なんかに乗るのではなかったと後悔。
後でビッグムーンカフェのスタッフに良く解りましたねえと言われた。
渋滞のおかげで釣りの時間は少ししかなくこれで2年連続坊主。
いつも釣果を期待してくれる島田の皆さんに合わす顔が無かった。
周りではコハダが釣れていたのだが・・・。来年はコハダ釣りをしよう。

少し早めに『ブルースバー』に着いた。丁度五十一ファンクラブの田畑君がえらい早く来ていた。
島田駅前にあるこの店は1階が『ブルースバー』というバーで2階が『ビッグムーンカフェ』という
アジアンテイストな店になっている。マスターのトシさんと再会を喜び合った。
あずさちゃんの入れてくれたおいしい珈琲で一段落。みんな気さくないい人達だ。
いつものようにタイカレーをいただいてからリハ。今回は大介君がPA担当。
でもいい音になって問題なし。お客も満員になってくれて新作『国道388号線』がはじける飛ぶ。
大受けであった。トシさんもえらい喜んでいた。
2階に上がっていつものオヤジさんとトシさんを交えて沖縄料理で乾杯。
最近沖縄料理にスタッフのひとみちゃんは凝っているらしい。
なんと沖縄蕎麦まであった。もちろん泡盛でいい機嫌になってしまった。
こうして年に一度の島田の夜はほんまにええ機嫌で更けてゆくのであった。
3月22日(月)強風&大雨 浜松市《ポルカドットスリム》
ビッグムーンカフェでこれまた僕が注文したポークと炒り卵の朝食をいただいて
またまたいつものようにあの饅頭屋の幸恵ちゃんが柏餅を作って持ってきてくれて
島田の皆さんに別れを告げた。目指すは御前崎。
道がややこしいのでトシさんがわざわざ途中まで見送ってくれた。
前回はしばらく行ったところでバッグを忘れていたのに気づきUターンしたのだが
今回は忘れ物はないだろう。
御前崎に近づくとものすごい雨と強風になり、これではとても釣りどころではない。
仕方なしにコンビニで御前崎温泉の割引券をもらって温泉に浸かることにした。
勝手知ったるものだ。去年はここで一泊したのだがこの日は移動だけなのでそんなに時間もない。
温泉はがらがらで入っている人は2〜3人だった。
サウナに入って汗を流していたら入れ墨のおじさんがサウナに入ってきた。
そのおじさんに話しかけられてしばらく動けず・・・。
僕が大阪から来たというとその入れ墨おじさんも大阪にいたことがあるらしく、
しばらく話し相手をするしかなかった。おかげで10分もいれば汗だくになるサウナに15分以上は居た。
温泉を出て浜松に向かおうとしたときトシさんから電話。
「五十一さん、歌詞カード忘れてますよ。」ちゃんちゃん。
トシさんはえらい忘れ物だと思ったらしく少し興奮していたが
僕の方は最近歌詞カード使うことも無かったので宅急便で送ってもらうことにした。
ごめんね、トシさん、またまたやってしまった。

ゆっくりと浜松に向かい、釣り道具屋でショッピングをしてポルカドットスリムに入った。
なぜか浜松ではお客が入らない。というより店も努力してくれない。
こちらは知りうる限りの浜松のファンの方に声を掛けた。予想通りお客は少なかった。
でもコアなファンは来てくれた。その中の一人横田君は「これに懲りずに浜松にも来てください」と
言ってくれたが、そのポルカも店じまいするそうだ。何でもビルが建て替えになるそうで
これで浜松に来ることはもう無いだろう。と思った。
3月23日(火)晴れ
4連ちゃんはさすがにこたえる。この日は久しぶりの休みだ。
前日浜松から思い切って42号線を走り、渥美半島の田原にある道の駅まで移動した。
去年もここで泊まったと思う。
もちろんずっと坊主だっただけにこの日は気合いが入っていた。
最初は福江港で竿出したが気配がないので伊良湖岬まで移動。
ここまで来たらなんとかなるだろう。港を見渡してどこで釣ろうか考える。
伊良湖港はフェリーが行き来するので水深はそこそこ有ると踏んで白灯台に向かう。
しかし昼間は何の反応もなかった。若者が二人竿を出していたので聞いてみると彼も初めて来たという。
少し絶望的になりかけていたら地元のおじいさんがやって来て夜ならここでメバルが釣れるという。
さすがに地元の人に聞くのが一番だ。夜釣りは滅多にしないのだがこう坊主ばかりではやるしかない。
そのおじいさんと二人で夜釣りをすることになった。
おじいさんは僕のことをかなりの年輩と見ているらしく、話の節々にそれを感じられた。
時々僕は悪いと思いながらいろんな人に化ける。
この日僕は息子に会社を任せて全国を旅してまわる釣り人になった。
おじいさんと身の上話がはずむ。そのおじいさんは78歳。若い頃ずいぶんと遊んだそうだ。
親に勘当されて伊豆の伊東で旅館の仲居さんと出来た話とか武勇伝がいっぱいだった。
今は孫に囲まれて悠々と釣りをしながら暮らしているそうだ。
こんな話を全国で聞く。いい夜だった。
えっ釣果はって、おじいさんがメバル6匹。僕がメバル5匹だった。
3月24日(水)曇り後雨 豊川市《Tinga Tinga》
この日も朝早くから伊良湖港で釣り。
しかし明るくなるととたんに釣れなくなる。
思い切って赤灯台まで歩く。長い防波堤の先端に赤灯台はある。
しかしここで釣れているのは稚鮎ばかりでメバルさんは顔を出してくれない。
雨も強くなり仕方なしに納竿。この日釣れたのはメバル2匹だけだった。

伊良湖岬から豊川までは2時間もかからない。
ゆっくりと259号線を移動。
『Tinga Tinga』は豊川稲荷の真ん前にある。
店内はアフリカムード一色で壁にはイラストが一面に描かれていてジャンベやらコンガが置いてある。
マスターの伊東さんは物静かでひょうきんな面もある楽しい人だ。
この日は同じ月にもう一つライブがあってお客の入りは少なかったがリラックスしたライブになった。
打ち上げは伊良湖港直送のメバルの煮付けで一杯。マスターの料理は旨い。
来てくれたお客さんはラッキーだ。
お客さんの確か結城さんと言ったかなとマスターの自宅に移動。
新築したと聞いていたがペンションのような豪邸だった。
3時過ぎまで話し込んでい草の香りいっぱいの客間で就寝。
3月25日(木)曇りのち雨
10時頃伊東家をおいとまして蒲郡に向かう。
どこで釣ろうかと考えていると吉良温泉という文字の目がとまる。
宮崎港という港もあり温泉にでも浸かって釣りをしようと決めた。
蒲郡から吉良温泉までは20分もかからない。
吉良温泉に着き綺麗なホテルで日帰り入浴が出来るか聞くとOKだったのだが入浴料が1000円もするので止めにする。
だいたい東海地方はなんでも高すぎる。
宮崎港は綺麗な港だった。駐車場は広々としていて綺麗なトイレも完備していた。
防波堤には釣り人の為と思われる転落防止の柵まで作ってあった。
しかし釣りはまったく反応無しで夜釣りしかここも釣れないだろうと思った。
小雨が降ってきたが釣りを続行する。日が暮れてからやっと竿に反応。
小さなメバルだったがキープ。こう釣れないと何でもキープしてしまいそうだ。
結局2匹しか釣れず、三河湾の手強さを知る。
3月26日(金)晴れ 四日市市《前田屋》NEW
朝から四日市を目指し移動。9時頃には四日市港に着いた。
ここで釣れるとはまったく思っていない。潮風に吹かれて時間つぶしだ。
お昼過ぎに今日のライブを主催してくれる『欄光さん』ご夫婦が波止場まで来てくれた。
昨年暮れ京都で『佐渡山豊&三上寛』というライブがあり佐渡山さんのサポートとして僕は参加して
1曲だけ唄わせてもらったのだがそれを聴いていた欄光さんが「ぜひ四日市でやってください」と言ってくれたので
今日の実現となった。ほんとたった一曲でライブが実現したのだからびっくりする。
それほど僕を気にいってくれたみたいだ。
波止場で3人で珈琲を飲み釣れ気もしないのでそそくさと片づけて2時過ぎに前田屋に向かうことにした。
その前田屋とはなんと僕が釣っていた波止場から2分くらいで着いてしまった。
四日市港の中にあると言っても過言でない場所にあったのだ。

『前田屋』は着く直前まで居酒屋だと思っていた。座敷の上でやるライブもたまにある。
それを想像していたら中に入って驚いた。入ると直ぐにうち合わせというか応接スペースがあり、
のれんをくぐり格子戸を開けるとそこはまぎれもなくバーでライブスペースだった。
手作りの感じがそこかしことしたがマスターの『前田さん』の思いれがずいぶんと感じられる店だった。
着くと直ぐに今日のオープニングアクトをやってくれる南野さんも到着。
早速セッティングに入る。前田屋は元は船舶エンジンの会社で前田さんの代になり
4駆専門店を経て現在の形になったそうだ。直ぐ側に運河があり当時を忍ばせる。
初めてやる場所は期待と緊張感がある。リハの時などなおさらそうだ。
欄光さん以外僕の音を生で聞いたことがない。静かにリハを始める。
みんなしーんと聞いていた。いつもなら曲も途中で辞めたりするのだが聴いているのが解るので最後までやる。
前田さんがなにやら慌てて電話していた。
後で聞くとこんな音だとは思ってなかったので常連の人達に来るように電話していたのだそうだ。
リハの後タバコを買いがてら外を散歩したのだがこんなシュチュエーションは初めてだと言っていい。
草むす線路、遠くに見えるサイロ、運河の向こうには古い倉庫街。カメラを持ってきたら良かったと思った。
本番は南野さんから、お客もそこそこ入ってくれた。
南野さんは50年代のマーチンD-18を使いニールヤングやボブディランの曲をやっていた。
後で聞くと年は一つぐらいしか離れてなかった。実は前田さん、欄光さんは僕と同い年であった。
僕の方は国道152号線物語が冴え渡る、いいライブになった。
お客さんはずいぶんと喜んでくれたみたいで欄光さんもほっとしていた。
打ち上げの席で南野さんも感激しましたと言ってくれた。
前田さんもぜひ次回もやろうと言ってくれた。
こうして四日市の初ライブはええ機嫌の中で終わった。
宿は欄光さんの息子さんのマンション。帰ってから祝杯をあげる。欄光さんは一曲で僕を四日市に連れてきた。
それが期待通りだったとほんとに喜んでくれたのだった。

翌日前田屋に戻り欄光さんとはお別れをする。
前田さんがおいしいラーメン屋に連れてってくれてラーメンと餃子で腹一杯になる。
次回が楽しみな四日市であった。

あとがき
毎年続けている春の東海地方ツアー。忘れ物をした島田のビッグムーンカフェから歌詞カードと一緒に手紙が届いた。
「五十一さんが来ると春が一緒にやってきたと感じます。」と書いてあった。
今度は秋に東海地方を旅する予定。今度は秋を釣れていや連れて行きます。