9月3日(金)晴れ 広島市《K's Shot》
前日から広島入りして朝から釣り。
この時期もうサヨリは来てるかとまずは大野浦で竿を出す。
しかし時たま釣れる程度で釣果はいまいち。
廿日市大橋の方に行ってみると小型だがサヨリはちゃんといた。
夕方まで釣ってから出勤。
K's Shotは広島の歓楽街流川にある。最近出来たばかりの東横インにチェックイン。
ところがわずかの差で車が入らない。2cmくらい低ければ入るのに。
こういうときでかい車は大変である。無理を言って駐車場の脇に置かせてもらう。
最近広島でやる店は2件になりクレメンタインとこのバーになったがクレメンの方がどうも良くない。
また探さなければと思う。
6時にK'sに入る。ここでやるのはもう4回目だろうか。
マスターは金村さん。脱サラしてバーを始めたフォークの好きな青年である。
少し押し気味でライブを始めた。
初めて聞く女性のお客も多く、いい感じだったがあまりに2ステージ目が遅れたので電車の時間が無くなり
途中退席する人がいたりして尻すぼみになってしまった。
初日広島の夜は少し早く秋が来たようなそんな気分だった。
9月4日(土)曇りのち雨 芸北《正直村》
午前中、またまた廿日市大橋の袂でサヨリ釣りをしてから芸北に向かう。
西広島バイパスから433号線で湯来温泉を通り186号線に出て戸河内からさらに191号線で聖湖を目指す。
ほんまに何度来てもすごいところだ。
途中にはスキー場もあったりなんかして、始めてきたときは広島県にスキー場があるなんてとびっくりしたもんだ。
聖湖に向かう道には聖湖マラソンの幟がはためいていた。
後で聞いた話だが2000人以上もの参加者がある大マラソン大会が日曜日にあるそうなのだ。
とにかく一年ぶりに正直村に着いた。明子さんに村長の藤本さんが温かく迎えてくれる。
ぱらぱらと雨の降るような天気だったが今回はちゃんと(今まで2回はPA無し)PAも用意してくれていた。
場所も拡張したログハウス下のバーベキューコーナー?でやることになった。
僕の釣りの師匠の一人はっちゃんも元気そうだったが明日の釣りにはマラソン大会の為行けないとのこと。
まあとにかくセッティングをしてリハをする。誰もPAの事は分からないので自分でする。
これもいい。外に出る音だけは誰でも解るので早めに来ていたコウセイさんに手伝ってもらう。
ぼちぼち各地からお客が集まり始め、外人の方やら5月に加計の主催をしてくれた中島君達や小松さんも来てくれた。
毎度の事ながらここのステーキライブは最高なのだが一応私は仕事なのでほとんど食べることが出来ない。
夕闇迫り、みんなのお腹が膨れたところでライブ。PAがあるおかげで僕の唄が湖に響き最高の気分でライブは終えた。
やっぱりPAある方がええな。とみなさんおっしゃってました。
そのままヒンヤリとする湖畔で打ち上げというか皆さんは出来上がってしまっているので僕のお酒のピッチも
一気に早めてやっとお肉にもありつけ、いつもの露天風呂に入り爽やかな気分で湖畔の夜は更けてゆくのであった。
9月5日(日)曇り
朝、昨日のお客さん達が次々と再会を約して去ってゆく。
その中の一人に前に述べたこうせいさんという方がいて、
広島市に楽座といういいライブ場所があるので一度やってみたらと勧められた。
また広島へ行く機会があればやりたいものだ。
今日着いたお客もいてその人達が手打ち蕎麦をやるというでごちそうになることにした。
いい水で打った打ち立ての蕎麦はほんまに旨かった。
はっちゃんが今回は釣りに行けないので
聖湖で最近異常繁殖しているというバスを釣ることにしたのだがあっという間にルアーが木に釣られておしまい。
持っていたミノーはわずか2時間ほどの間に全滅。やはりキャスティングはへただ。
お客はみんな帰り、この日は昨日のお肉でステーキ定食。最高。
9月6日(月)曇り後集中豪雨
藤本さんに「山陰周りでゆっくり行ったら」と勧められて九州へは山陰周りで行くことにした。
またの再会を約して11時頃正直村を後にした。途中はっちゃん達の仕事現場に遭遇。
来年はマラソンを避けて来てくださいと。
191号線で匹見町を通り、益田に出る。
ところがラジオのニュースを聞くとどうも台風18号の進路がまともにこちらに向かってるらしい。
萩やら長門に行きたかったのだが迷った末断念する。これが後で考えると大正解だった。
本当は休みが二日もあるのでゆっくりと山陰釣り三昧の予定で8日に博多に着けばいいのであったが
7日には広島で瞬間風速60mを記録したのだから背の高い僕の車はきっとひっくり返っていたに違いない。
この日9号線でいつもの『ドライブインみちしお』に着く頃土砂降りの雨になっていた。
ラジオでは時間雨量54mmを記録したと言っていたがその雨にまともに遭遇してしまった。
50mmを越える雨とは道が川になる事であった。目の前10mくらいしか視界がきかず、
対向車のはねる水をまともにくらい、少しどころかかなり怖かった。
みちしおの駐車場で一泊と考えていたが露天でもあり一気に博多まで移動することに決めた。
これも正解だった。いつもの天神湯ノ花温泉ホテルは7階建ての駐車場完備。
翌日の台風に釘付けになるのはやむを得ないことだった。
9月7日(火)台風18号
ラジオのニュースにかじりつきでこの日は一歩も動けず過ごした。
福岡市の最大瞬間風速は34mだったからたいしたこともなかったのだが
山口や広島では相当な被害が出ているみたいだった。
昼は温泉にでもゆっくり入ってと思っていたら台風の為営業は午後6時から。
温泉のテレビを見て初めてこの台風のすごさを見た。
いたるところで木がなぎ倒されて広島ではこの日瞬間風速60mを記録し、
改めて博多に移動して正解だったと思った。
9月8日(水)晴れ 福岡市西中洲《TUPELO》NEW
台風一過というがその通りの天気になった。
久しぶりに箱崎で釣りでもと天神湯ノ花ホテルを三日ぶりに出た。
箱崎で竿を出していたらドリームボートのジュンペイから電話。
「五十一さんどこで竿出してるんですか」箱崎と答えると「一緒に唐泊まで行きません?」というお誘い。
もちろん二つ返事で唐泊に向かう。途中のコンビニで待ち合わせて唐泊に着いた。
昨日の台風で海は濁っていた。ジュンペイはフライでカマスねらいで僕はとりあえずサヨリ。
しかしフライでカマスを狙うとはこんな釣り方もあったんや。
しばらくするとサヨリ独特のアタリ。広島よりもサイズは大きく、天ぷらにしたら丁度良いサイズだった。
結局、30匹近いサヨリを釣って『TUPELO(テュペロ)』に向かった。
テュペロは西中洲の繁華街の中にある。ジュンペイの紹介で実現した。
飲み屋が集まっているビルの4階に入るとウッディなインテリアでアメリカンパブそのものだった。
マスターの藤城さんは30台後半と言ったところか。
アメリカンミュージックが大好きな人であった。
設備も音も良くキャパは50人は入れそうだつた。店はまだ出来て1年くらいだそうだ。
お客もドリームボートの時に来てくれるお客さんがみんな来てくれた。
オープニングをジュンペイと藤城さんのユニットがやってくれたのだがほんまに僕の大好きな曲ばかりだった。
こちらも後半はジュンペイに参加してもらいいいライブになった。
これからも是非やりたい場所の一つになった。
打ち上げは今日釣った唐泊のサヨリの天ぷら。ジュンペイがキッチンにこもりきりで作ってくれた力作である。
みんな旨いとあっという間に30匹近いサヨリはみんなの胃袋に消えていた。
いい音楽にいいお客さん。気が付けば2時をまわっていた。
9月9日(木)晴れ 福岡市西中洲《おとぼけコースケ》
夕べの打ち上げのお酒がまだ抜けず朝風呂でさっぱりとする。
今日は箱崎に向かう。昨日は唐泊まりで良い型のサヨリを釣ったので博多湾にもサヨリは入っているだろうと思った。
案の定サヨリのアタリ。しかし唐泊の方が数は多いようだ。
ぎりぎりまでサヨリ釣り。結局20匹ほど釣った。
『おとぼけコースケ』は昨日のテュペロからわずか100mほどのところにある。
西中洲ツアーといってもよい。これで2回目となるのとコースケさん自体は前から知っていたから気安いもんだった。
狭い店内は20人も入れば超満員だ。
そんな中、前のツアーでおきよで知り合った田中さん夫妻が息子さんも連れて来てくれた。
お客はほぼ満員。西中洲に二日連続の五十一の声が響く。
田中さんなんか次回のツアーでは知り合いの飲み屋でもやってほしいとご機嫌で
帰りにサヨリのお土産。しかし博多はいい。こんなノリのいい街は他にはない。
ご機嫌でいつもの天神湯ノ花ホテルに帰るのだった。
9月10日(金)曇り
この日は移動日。朝から雨で釣る気もしないので徳山まで移動。
9月11日(土)晴れ 徳山市《ブギーハウス》
徳山港にはまだサヨリの陰はなかった。というより三日前の台風でそこかしこに爪痕が残る。
港にはひっくり返ったままトラックが放置されていた。
港の松並木も軒並み折れたらしく初めてあの台風のすごさを感じた。
水も濁っていて仕方なしにアジ釣り。久しぶりのアジ釣りだったがたまにお造りサイズも混じってお土産にはなった。
ブギーハウスはもう何度も来ているのでやりやすい。今回も『よたよた』がオープニングをやってくれた。
ギターの吉田君はしゃべりも旨くなっていた。一年に一度しか会わない彼らだが進歩がよく解る。
こちらも初めてのお客が多いのでというより女性客が多いので力が入る。
終わった後、カウンターのお客さんから「すごい良かったよ」と言ってくれた。
その人も音楽をやっているらしいのだが建設会社の支店長なのだ。
ところが音楽にのめり込んで僕の生き方をうらやましいという。
出来れば僕と同じような生き方をしたいとしきりに言っていた。
もう一組のお客さんはわざわざ広島から息子さん達と来てくれた森沢さん。
話をしてみると昔、元ツイストのドラマーでその後まっすんのバックでドラムを叩いていたらしい。
更に大阪芸大卒業で共通の知り合いがいっぱいいてびっくりした。
どこかですれ違っていたかもしれない。その人も広島でやるなら楽座がいいと勧めてくれた。
打ち上げは今日のアジの唐揚げ。
そして最後は徳山名物の屋台に繰り出して3時頃まで飲んでいた。
9月17日(金)曇り 四日市市《前田屋》
いったん大阪に帰り、またすぐツアー。
早めに四日市について港で竿を出す。期待もしてなかったが案の定なんにも釣れなかった。
しかし前田屋は目と鼻の先。5分で行ける距離なのだ。
4時過ぎに前田屋に着いてゆっくりと準備をした。
欄光さん夫妻も到着してリハをはじめる。しかし今回PAの調子が悪くいい音が出ない。
あんまり音にはこだわらない僕だが今回は少し焦った。
前回は一発でOKだっただけに不思議である。
しかし試行錯誤の末やっと満足とまでは行かないがやれるようになった。
リハが押したので時間がなかったが欄光さん達と近くのうどん屋へ。
おいしいうどんだったが量が多い。残してはもったいないと全部食べた。
これが大失敗。本番まで1時間しかなく、消化しきれない。
本番では最初の5曲くらいまで頭がボーとして集中できなかった。
51歳最後のライブ。お客も前回よりも多く、わざわざ鈴鹿から楠野さんご夫婦も来てくれてうれしかったのだが。
でもまあお客さんは喜んでくれたみたいだ。
打ち上げは南野さん達も交えてこちらもええ気分で終えた。
欄光さんの息子さん宅におじゃましてさらに酒宴は続く。
そうそう2時をまわっていたからもう52歳になっていたのだ。
9月18日(土)曇り時々雨 名古屋《アート&ミュージックスペース源》
朝、奥さん手作りの朝食をいただき、前田屋に行く。
昨日は機材もギターもそのままにしていたので片づけなければいけない。
でも酔って片づけるのはいつも大変なのだ。忘れ物も当然多くなる。
だから翌日に片づけるのは落ち着いて出来るのでいい。
片づけを終わって機材を車に積み込み、今度は昼飯にみんなでラーメン。
欄光さん達とはこれでお別れと思いきや鈴鹿のライブも来てくれるそうな。
次に前田さんが連れて行ってくれたのは『ガリバー』というライブハウス。
四日市にこんな立派なライブハウスがあるなんて知らなかった。
そこで珈琲をいただき四日市を後にした。
釣りをするにも名古屋と四日市の間ではその気にもならず、ゆっくりと走って名古屋入り。
5時前に源に着いた。最近名古屋の音楽事情は厳しいみたいでマスターの山下さんは嘆いていた。
精一杯宣伝してくれたのだろうが開けてみると少ないお客。
でもみんないつもほんとに好きで来てくれる人達ばかりでうれしかった。
この日は誕生日。みんなで祝ってくれて打ち上げは盛り上がる。ほんといつも楽しい打ち上げだ。
おおきにみなさん。52歳になりました。これからは五十二と名前変える?
9月19日(日)曇り 犬山市《喫茶 ふう》
名古屋から犬山へは1時間くらい。昼過ぎに源を後にして41号線を北に。
ほとんど一本道だ。途中釣具屋で時間つぶし。これがいけない。
釣具屋にはいるとなにか買ってしまう。この日も時間は十分にあったのでまた竿一本買ってしまった。
それも渓流用の延べ竿。五十一さん渓流もやるの?と誰かから声が聞こえてきそうだった。
どこかで遅い昼食を食べようと物色していたらざ・めしやがあったのでそこにする。
ところが犬山に向けて走り出したらなんとあの『半田屋』があるではないか。
僕の大好きな仙台の半田屋がこんなところに店を出していたのだ。
なにせ量と安さだけは東の横綱と僕は呼んでも良いくらいに思っているのだ。
心の中で「しまった」と思った。お腹はいっぱい。
犬山の街に入り、駅前を抜けてすぐに左にはいるとそこは閑静な昔の町並み。
所々昔の町屋は壊されて普通の住宅になっているが、まだ趣のある町屋がそこかしこに残っている。
その中の町屋に『ふう』はある。主人は小川さん。でもほとんど奥さんがやっているみたいだけど。
1年半ぶりのふうである。珈琲をいただきながら半田屋の話をする。
今日は中津川で8耐(花の湖畔であるコンサート)があって来る予定だったお客さんがそれに何人か行くという。
まあしかたがない。佐伯さんというギターコレクターの方や大深さん、
それに名古屋から沢田さんという僕の共通の友達が多い人も来てくれた。
なんと京都からも駆けつけてくれた松浦君もいた。
彼は2時間もかけて来てくれてライブが終わると直ぐに帰っていった。
打ち上げはいつも奥さんの手作りの料理。時間を忘れて飲んでしまった。
9月20日(月)曇り後晴れ 名古屋守山区《Sunny
Side》
さすがに3日間連ちゃんはこたえる。今回は無謀な4連ちゃん。
昔5連ちゃんというのを北海道でやったことがあるのだが5つ目のライブでは声が出なかった。
それ以来最高3連ちゃんでやめようと思っていたのだがスケジュールの都合でこうなってしまった。
小川さんところでおいしい朝ご飯に珈琲をいただいて守山に向かう。
今日はライブの始まりが昼の2時という前代未聞の早いスタート。
まだ目が覚めていない。1時間半ほどで守山に着く。
『Sunny Side』は閑静な住宅街にある中古楽器屋さん。
知らない人ならきっと迷ってしまうに違いないようなところにある。
福井さんという八竜リバティバンドのメンバーの一人のお家の地下?に店はある。
店主は山口さん。僕と同じ年なのだ。
しばらく体を休めてからリハをして午後2時を迎えた。
これが終われば休みだと言い聞かせてがんばった。
お客は思ったよりも多く、初めてのお客さんも多かったが
気に入ってくれたお客もいてそれはそれでよかった。
店の前が庭になっていてそこで話をするのだが、ギャラリーをやっている女性から
「素晴らしかったわ。でもいい生活ねえ。言うこと無いでしょ」なんて言われたが
そう見えるのだろうか。それはそれでしんどいのにね。
9月21日(火)晴れ
この日は久しぶりに朝から晴天であった。
常滑の方に行ってみようと思い車を走らせる。しかしこれといった釣り場もなく、
釣り公園はお金がかかるからいやだしと場所探し。
知多半島の方に行けば釣り場はあるのだろうが疲れが貯まっていてこの日は釣り中止。
23号線沿いの長島温泉で疲れを取ろうとまた走る。
長良川、木曽川の鉄橋を渡ったところに24時間営業の温泉がある。
ここの風呂にはいるのは初めてだった。入浴料は500円。正解と思い風呂場にはいるとシャンプーも石けんも無い。
早く言ってよと言いたかった。こっちはもうすっぽんぽんになっている。
どうしたって?仕方なしに他人が置いていったのを使ったのよ。
ああ、はずかしい。
9月22日(水)晴れ 鈴鹿市《神月座》NEW
朝早くから鈴鹿に向かう。地図を見てどこで釣ろうか考えてとにかく海沿いに出ようと思った。
すぐに千代崎港という看板が目に入りそこに行く。
駐車場もあり、肝心のトイレもあったのでここに決めた。
小さな波止場がせり出していて少し歩かなければならなかったが釣り人もたくさんいた。
準備をして釣り始めようかと思ったときなにやら見たことある人が……。
なんと今日のライブを主催してくれる楠野さんだった。こんな偶然てある?
家が近くらしく朝の散歩がてら釣りを見に来たのだろう。そんなに近くに家があったのだとは。
お昼を一緒に食べる約束をして楠野さんは帰っていった。
肝心の釣りの方はママカリにセイゴの小さいのばかり。数だけ釣れたが。
昼前に納竿して楠野さんに電話を入れる。
5分くらいで楠野さんはやってきた。ほんまに近い。
楠野さんが連れて行ってくれたのはアナゴの有名ななにやら高そうな料理屋だった。
そこでお昼のおいしい定食をいただいて楠野さん宅で今日のつまらない釣果を持って
彼の経営する『肉のくすのき』に行く。一族でやっているお肉やさんで結構大きかった。
家族のみなさんに挨拶をして釣果を渡す。ほんまに渡せるようなものではないのだが。
みなさんは今日のライブの準備におおわらわみたいだった。
家に戻り少し昼寝をさせてもらった。初めてのお家なのにずうずうしいもんだ。
1時間くらい寝ることが出来てすっかり気分もいい。
教えてもらったとおりに行くと直ぐに神月座は解った。
外観は古い少し汚れた木造の倉庫で不安になったが楠野さんの案内で裏に回ると中はなかなか雰囲気のある場所だった。
昭和30年代に建てられたというがもっとたっているように思えた。
元々ここは酒屋の倉庫として使っていたらしい。
オーナーの佐藤さんを紹介される。今は公務員をやりながら音楽をやっているという。
大塚まさじさんや加川良さんなどもここでやったみたいで僕の次はなんとマンドリンの宮崎さん。
みんな良く知る人達ばかりだ。楠野さんもいいところを知っているなと思った。
音も良く、いうことなかった。欄光さんも駆けつけてくれた。
今日のオープニングはその佐藤さんがかって出てくれた。
お客はこのツアーで一番の入り。こちらも力が入る。結局2時間近くやってしまった。
楠野さんのご家族はこの日の為におにぎりやら飲み物やらいろんな物を作って持ち込んでくれていた。
ライブの方はみなさん喜んでくれたみたいで楠野さんもほっとされた事だろう。
打ち上げは楠野邸で。欄光さんやら市会議員の先生やらたくさんいた。
最後に欄光さんとセッション。ギターが無いと思っていたらなんと楠野さんは左利き。
ギターはみんな左用に改造されていた。時間も忘れて鈴鹿の夜は更けてゆくのであった。
9月23日(木)晴れ
朝、奥さんのおいしいボリュームたっぷりの朝食をいただき更にお弁当まで作ってくれて
名残惜しいがまたの再会を約して鈴鹿を後にした。
地図を見て最初は大津周りがいいかと思ったがえらい遠回りであることに気が付く。
最短距離はとよく見ると国道365号線が近道のようだ。ところがこの道がくせ者だった。
途中で消えているようなとてもこれが国道とは思えないような狭い道になり、
引き返したりでやっとの事で関ヶ原に着き、そこからは琵琶湖の山沿いにやがて長浜に出た。
たぶん1時間はロスがあっただろう。知らない道は大変なときがある。
敦賀について海を見ながら心づくしのお弁当をいただく。おいしかった。
敦賀で少し竿を出してみるがあまり良くない感じで三国まで移動しようと決めた。
走り慣れた8号線を北に向かう。
9月24日(金)曇り後大雨 金沢市《クイーンズコート》NEW
道の駅みくにで一夜を明かし、朝から釣りだ。福井港は釣る場所が限られていてすぐに釣りポイントは解った。
サヨリでも釣れるかなと竿を出してみると直ぐにアタリ。
やっぱり日本海はいい。小型だがほぼ入れ食いになる。サヨリは沸いているようだった。
ところがお昼前になると一天にわかに空がかき曇り大粒の雨が降り出した。
すぐに土砂降りの雨に変わった。釣り竿を放りだしたまま車の中に避難。
止む様子もなく、しばらく昼寝。2時頃やっと小降りになったので片づけて金沢に向かった。
途中片山津温泉とか山中温泉とかを通るのだが道が雨で川のようになっていた。
金沢の8号線沿いで今日の主催者『テリー君』と待ち合わせていた。
しかしうっかり僕が通り過ぎてしまい。彼に電話を入れて迎えに来てもらう。
テリー君は大阪でライブをしたときにわざわざ金沢から来てくれて
僕の出しているCDみんな買い、「ぜひ金沢でもライブをしてください」とのラブコールに応えて今日の日となった。
今日のライブ場所『クイーンズコート』は8号線から直ぐ近くの所にあった。
中にはいると思わず「広い。お客入るんかいな」と思った。
たぶんつめれば100は入るだろう。2階席まであり、設備も当然良く、リハも言うことはなかった。
マスターの金子さんを紹介してもらう。まだ30過ぎの若者だった。ちなみにテリー君も同じくらいだ。
何にも今日のプログラムを聞いてなかったのだが僕の前に二組やってくれることになっていた。
その一つはバンドで5人編成のその日だけのセッションバンド。
懐かしいアメリカンミュージックだったがその一人がなんとマーチンD-45を弾いていたのだ。
初めてライブで聞くD-45の音。曲は当然とも言うべきニールヤング。
楽しいバンドだった。ボーカルの方は小さなライブハウスをやっていて
今度金沢に来たらぜひやってくださいと言ってくれた。
もう一人は埼玉から来てくれたkei君。地元のハーピストでテリー君の師匠と言われる谷さんとのセッション。
ブルージーなのだが関東の臭いがした。
そして私。ツアーも最後と言うこともあり気合いを入れてやった。
お客さんは幅広い年齢層だったが終わるとマスターのお母さんという人が
「すごく良かった。こんなに良いとはおもわなかった」とほんまに喜んでくれた。
D-45を弾いていた坂本さんという方もえらい気に入ってくれたみたいだ。
打ち上げは近所の焼肉屋。
目の前に座った坂本さんはこの間大阪の宮里ひろしさんの店『ヘブンヒル』でライブをやったという。
彼は心の師匠と宮里さんをあがめているそうだ。
プルコギを囲み金沢の夜は深々と更けてゆくのであった。
9月25日(土)曇り
テリー君が取ってくれたホテルがとても良くて、2階に温泉があり目覚めと同時に入った。
露天風呂が面白くホテルの2階部分の上にあり、誰もがのぞけるお風呂だった。
やがてテリー君から連絡が有り、ホテルまで迎えに来てもらった。
僕が回転寿司が食べたいというと8号線沿いの回転寿司に入ったが満員で時間待ちなのでやめた。
とりあえず釣りに行こうということになり金沢港まで行く途中にまた回転寿司がありそこで食べたのだが結構旨かった。
やはり北陸の魚は旨い。特にイカがいい。安くて何皿も食べた。
金沢港に着くと風が強くあまり釣り日よりでは無かったが土曜日と言うことで家族連れの釣り客が多い。
テリー君にサヨリ釣りの手ほどきをしてから釣り出す。
いきなりテリー君にサヨリが釣れて彼もびっくりしていた。
結局30匹ほどのサヨリを釣ってクイーンズコートに向かった。
テリー君も10匹は釣っただろう。本人は釣れるなんて思っていなかっただけにほんまに喜んでいた。
やっぱり師匠がええのやろな。
この日の夜はマスターの金子さんとテリー君とで金子さんのお母さんがやっている韓国料理の店に行く。
高級な店構えでいきなり僕の曲がかかっていた。お母さんは夕べ僕のアルバム3枚をすべて買ってくれたのだ。
そのお母さんとは前の日、泉ピン子が主役で放送されたドラマのモデルになった人だったのだ。
他にもお母さんは昔メジャーからデビューした元歌手だったり、
韓国の有名歌手の日本デビューをさせたりと驚きの連続であった。
そのお母さんにめちゃくちゃ気に入っていただき更には後援会の話まで持ち上がっていた。
まあとにかくおいしいチゲ鍋をいただき他にもいっぱい出してくれたのだがお腹には限度があり、
いっぱい残して申し訳なかった。別れ際、お母さんが「クリスマスに催し物をやるから来てください」と
言ってくれてありがたいことだった。テリー君のおかげで実現した金沢初ライブ。
いい出会いがあり、充実の金沢二日間だった。
あとがき
今回の9月場所も初めての場所がいくつかあって良い出会いがありました。
博多の『TUPELO』の藤城さん。鈴鹿の楠野さんに佐藤さん。
そして金沢のテリー君&金子さん&お母さん。みなさん五十一応援団に顔を連ねてくれそうです。
ほんまにお世話になりました。心より御礼申し上げます。