4月5日(火)晴れ
新潟に向けて移動中ふと先月の氷見港のメバルのことが気になり、釣りをしようと7号線をはずれて氷見に向かう。
信号待ちをしていたら後ろからドスンと衝撃。なんとオカマされたのだ。
幸い大したこともなく当てたのが綺麗な女性だったのもあって大事にはしなかった。
しかしツアーの初日に事故とは前途が思いやられる。
そんな事で氷見港で釣りをしたものの時間が無く、釣れたのは6匹どまり。
19cmのメバルが2匹釣れたので由としよう。
当てた女性は親切に弁当まで買ってきてくれた。
4月6日(水)晴れ 新潟市《ジャムズ》NEW
氷見から新潟までの移動はかなり時間がかかった。なにせ新潟県は横に長い。
親不知を越え上越を越え8号線を海沿いにひた走る。柏崎を超えてから116号線に入り合計5時間の道のりだった。
今回予定していた新潟市の店が急に取りやめとなって憤慨していたら豆っこの渋谷君が新たな店を紹介してくれた。
それが新潟大学の南にある『ジャムズ』だった。
縦に長い店で、ライブなどやるのは初めてだという。店主の橋本さんはいかにもバーのマスターという雰囲気だった。
渋谷君が持ってきてくれたセットはとてもPAセットと呼べるものではなかったが何とか工夫をしてライブにこぎつけた。
急に決まったライブであったがお客は20人以上も来てくれて盛況であった。CDもよく売れて
マスターと渋谷君様々であった。マスターの橋本さんも気に入ってくれたみたいで次回も出来そうだ。
五泉市の二宮君もお母さんと一緒に来てくれて今夜は五泉市まで移動。
4月7日(木)晴れ 五泉市《ボブハウス》NEW
朝、氷見で釣ったメバルで朝食。二宮君のお母さんが煮付けにしてくれた。
五泉は新潟県の山側に位置しているので釣りに行くことは出来ない。
時間もあったのでお母さんの勧めで水汲み兼水芭蕉見物に行く。
五泉は五つの泉と書くだけあって湧き水が豊富なのだ。
山側に少し入ると直ぐに湧き水があった。そこから車で10分くらいの所に水芭蕉の群生地があり、
タイミングも良く、丁度見頃だった。水芭蕉の群生を見るのは初めてだった。
見物客も多く、静まりかえった林の中でツアーの途中のいい息抜きになった。

水芭蕉の群生地
4時過ぎにPAのセッティングもあるので『ボブハウス』に行く。
歴史を感じる喫茶店で二宮君達は若い時から来ていたという。
マスターは僕と同年代の人で壁に貼ってあるレコードジャケットから好みが想像できた。
二宮君の友人達がこのコンサートを手伝ってくれていた。
PAも心配したのだがちゃんとしたものを借りて来てくれて問題もなくリハを済ませる。
二宮君がオープニングをつとめてくれたのだがまさか彼がギターを弾いて歌を歌うとはまったく知らなかった。
お客は年輩の人達が多く二宮君の時はやんやの喝采。きっと彼が子供の頃から知っているのだろう。
さあ、五泉で初めての僕のライブ。でもちゃんとうけていたみたいで良かった。
マスターも気に入ってくれてCDも買ってくれた。
打ち上げは二宮邸で。男ばかりだったがまあ由としよう。

熱演する二宮君
4月8日(金)晴れ 新発田市《ナイツブリッジ》
二宮家でゆっくりとさせてもらって昼過ぎに五泉を後にした。
スタッフの若者が7号線までの案内をしてくれた。
二日間も釣りをしていないので東港へ。しかし釣れる気配がない。
防波堤を歩いて行けばサワラが釣れるのだが10分も歩く気力は無かった。
早々に切り上げて温泉にでも入ろうと何気なく7号線バイパスへ。
ところが後ろから白バイがサイレンを鳴らして追いかけて来る。
何事かと思ったら一旦停止義務違反。
なんでこんな貧乏ミュージシャンを捕まえるの許してとお願いしてみたが通じなかった。トホホ。
これで累積点数は5点になる。後3ヶ月で0になっていたのにと情けなかった。
やけ温泉とでも言うかサブーンという温泉にザブーンだった。
毎度のナイツブリッジ。年に2回はやりすぎかも知れないが快く楠見君は引き受けてくれる。
二宮君達はここにも駆けつけてくれてほんとにありがたかった。
予想以上の盛り上がりで新発田の夜は更けてゆくのであった。
4月9日(土)曇り
この日は移動日。ひたすら青森目がけて走る。
途中鶴岡の大松庵に寄りしばし休憩。お昼は十割蕎麦をいただき元気になってまた走る。
秋田市を通り越し能代に着いたのが夕方だった。
ここから102号線に入り、白神山地の海岸線を通って目的地深浦には8時過ぎに着いた。
じつに300km以上の移動。
4月10日(日)雨
雨模様の日であったが道の駅ふかうらの側にある港で竿を出してみる。しかしまったく反応無し。
後で考えてみたらホッケが釣れていたのにと反省。
鰺ヶ沢は深浦から30分もかからなかった。途中千畳敷と言うところで大勢の釣り人を見かけ行ってみると
ホッケが大量に釣れていた。クーラーボックスからはみ出すホッケ。
明日はこれを釣ろうと決めた。鰺ヶ沢の海の駅わんどというところで主催者の斉藤さんと待ち合わせ。
連れていってもらったのは漁師が昔使っていた木造の倉庫を居酒屋に改造した建物で『滝和亭』という店だった。
すでにステージと思われるところに大漁旗がデーンと貼り付けてあった。
いったいどんなコンサートになるのかと全く聞いていなかっただけに少し驚いた。
PAの方が到着しセッティングを始めた。ほんとに本格的な準備をしていてくれたのだ。
リハの途中で五所川原BOZの千葉さん夫婦が来てくれた。
この鰺ヶ沢を紹介してくれたのが千葉さんだった。
そしてこのコンサートを企画してくれたのは鰺ヶ沢の21世紀会という組織で商工会みたいなものだった。
蓋を開けてみるとお客はほんまに沢山来てくれて70名くらい入っただろうか。
チケットは100枚も売れていたそうだ。漁師町のお客は陽気である。これは全国共通のものだ。
後ろの方では酒盛りが早くも始まり、このコンサートにかこつけて飲みに来た人達なのがよく解る。
そこは大阪の人間。負けてはいられない。お馴染みのギャグにも笑ってくれたし相対的にはうけていた模様。
「リクエストしていいですかあ」などと初めてやる僕なのに完全に勘違いしてくれているお客もいたし
えらい盛り上がりの中でライブは終わった。アンコールもいただいて最後はユーアーマイサンシャインを大合唱。
これがまた良かったみたいで後で会長から「みんなが知っている曲をもっとやって欲しかった」と注文をいただいた。
これもまた無名のミュージシャンの宿命とでも言おうか「次回はもっと皆さんが知っている曲をやります」と。
打ち上げがすごい。なにせ漁師町で会場が魚屋が経営する居酒屋。なんと70cmの天然ヒラメがどんと出てきて
おかみさんが「イソイチさん、縁側だけ食べてください」なんて言ってくれてもちろんいただいた。
さらにここの大将が大の酒好きらしく芋焼酎や清酒の名品がずらり。青森なのに久保田や鹿児島の佐藤まであった。
もちろん芋焼酎好きの僕としては滅多に飲めない佐藤をかかえこんでいただく。
大阪を出て6日目。とうとう青森まで来たのかと感慨深く、旨い酒とアテに酔いもまわり、
漁師町の灯りが胸に沁みる夜であった。

この倉庫を改造した建物が今日の会場『滝和亭』

ステージの後ろには大漁旗

主催してくれた21世紀会の人達

打ち上げに出てきた70cmの天然ヒラメ。縁側ばかり食べました。
4月11日(月)晴れ&強風
この日から二日間の休み。小野旅館の女将さんも夕べのコンサートに来てくれていてここにお世話になったのだが
豪華な朝飯も出してくれて「よかったよお」と言ってくれて色紙にサインまでさせてもらった。
お昼は昨日の滝和亭でいただく。昨日のヒラメがこの辺で言うざっぱ汁になって出てきた。
あら汁のことなのだが出しが良く出ていて旨いみそ汁だった。
お別れを告げてまた深浦に向かう。この日は釣りも一休み。
4月12日(火)晴れ&強風
深浦では釣れないので午後から千畳敷に行ってみる。相変わらず大勢の釣り人。
この辺では晴れると風が吹くらしい。風を背に出来るところは釣り人が多い。
後から来たので風がまともに当たるところしか空いていない。
仕掛けを見てみるとグレ釣りと同じような仕掛けである。
やってみると直ぐにヒットしたのだがばらしてしまう。そこはベテラン釣り師。
直ぐに要領を呑み込んで早合わせはしないようにしたら早速またヒット。30cmを越えるホッケであった。
また釣っている場所が長さ30m、幅5mくらいのわんどになっていてそこに人が集中しているもんだからまるで釣り堀である。
夕方までに25匹くらい釣っただろうか。クーラーボックスの一つはもう満杯になってしまった。

千畳敷のホッケ。手前のが37cmあった。
4月13日(水)曇り 五所川原市《BOZ》NEW
朝から千畳敷でまたもやホッケ釣り。昨日知り合ったおじさんが「ここに入ればいいよ」と場所を空けてくれる。
そのおじさんのおかげで午前中は入れ食いになった。
午後から場所をそのおじさんと一緒に移動する。昨日と同じ場所だったがもうスカリが沈むほど釣れていた。
そのおじさんは建設業を自営でやっているらしいのだがこの二日間のホッケ釣りを楽しみに弘前から来ていた。
おじさんにお礼を言って千畳敷を後にする。数えてみるとこの日の釣果は35本。一番でかいのは37cmあった。
この時期ホッケ釣りには遠く仙台辺りからも釣りに来るそうだ。
九州のじゅんぺいにホッケが入れ食いだったとメールすると送ってくれとの返事。
早速鰺ヶ沢に戻り、あの滝和亭の隣の魚屋で発砲や氷を調達。実にうまく出来ていると我ながら感心する。
大将は留守だったがお兄ちゃんがまるで魚屋から発送するように綺麗に梱包してくれた。
遅い昼飯は国道沿いのラーメン屋で済ましたのだがこのラーメンが煮干しの出汁のラーメンで旨かった。
鰺ヶ沢から五所川原へは30分ほど。5時前に『BOZ』に着いた。
マスターの千葉さんは隣の惣菜食堂もやっていてあさひ屋という。早速釣果を見せる。あまりの大漁に驚いていた。
BOZは去年秋、秋田のきよかんさんの知り合いの雄さんを通してデモンストレーションに伺い、
それが縁で今回のライブ実現となった。千葉さんは確か僕と同い年。
薄暗い店内はインディアンのイラストやらグッズで溢れている。
そんなに大きくはない店だが雰囲気は最高である。僕が今吸っているタバコ、ナチュラルアメリカンスピリットの
景品にもらったタバコケースをプレゼントしたらたいそう喜んでくれた。
そのタバコのマークもインディアンなのだ。PAは昨日と同じ木村さんがやってくれた。
昨日の事があるのでリハはスムーズに進む。
本番にはその雄さんを始め青森のシンガーソングライターおとちゃさんやらが駆けつけてくれた。
店の雰囲気もあいまっていいライブになった。やはりこのような店でライブをするのが一番好きだ。
打ち上げではホッケの塩焼きをつまみながら雄さんなどは「来年はライオンズクラブの総会でもやってください」
とすこぶる気に入っていただいたみたいだ。
この店では加川良さんや大塚まさじさん、斉藤哲夫さんなどそうそうたるメンバーがライブをやっている。
そんなお店でライブをやれたことも幸せだった。五所川原の少し冷えた夜。
なにやら初めてという気がしない仲間の中でいい気分で酔いはまわっていくのであった。
泊まりは雄さん宅。おとちゃさんと一緒でいびきが気になるかと思っていたが今回は静かだった。
4月14日(木)晴れ 弘前市《オレンジカウンティ》NEW
雄さん宅を出て朝食は千葉さんのあさひ屋食堂におじゃまする。なんとこの店は朝6時から営業している。
昨日は1時頃まで飲んでいたので寝る間もないような忙しさだ。青森の人達はほんとに働き者だなと感心する。
そしてこのあさひ屋食堂が僕の大好きないい感じの店なのだ。定食も安い。朝定食などは400円。
昨日のホッケをフライにして出してくれたのだが身がほこほこと柔らかく美味であった。
きっと今日の日替わり定食はホッケのフライになるだうと勝手に想像していた。
千葉さんご夫婦に別れを告げてさてと考えたがやはりもう一度千畳敷に行ってホッケを釣ることに決めた。
ほんまに懲りない釣り師である。千畳敷には遅く着いたのでまたまた入る余地なし。
この日も風が強くて対面の風をまともに受けるところでしか釣る場所が無かった。この日の釣果は7本。
午前中だけの釣りだったので仕方がない。これで青森での釣りは終了。ホッケ67本はいい釣果であった。
鰺ヶ沢の郊外に温泉があったので入ることにする。確かほかほか温泉という名前だった。入浴料350円。
泉質も良く、いい気分で弘前に向かった。岩木山の麓を行く道を選んだのだがまだ周りは雪景色であった。
弘前市は一方通行が多くて大変だと聞いていたが、まったくそのとおりですっかり迷ってしまった。
でもまあなんとか『オレンジカウンティ』に到着した。
この店は弘前大学の直ぐ側にあり、ちゃんとしたライブハウスであった。
マスターの今村さんも僕と同年代。地下には練習スタジオもあり、この辺の若者のきっと良い練習場所なのだろう。
店の雰囲気も真っ黒なライブハウスでは無くていい感じであった。
今回はマルコちゃんという女の子と弘大生の二人組でああ、名前忘れた。がオープニングをやってくれた。
マルコちゃんは久しぶりのライブらしくとても緊張していたのがほほえましかった。
弘大生の二人組は歌もハーモニーもうまく、なかなか良かった。
大曲から駆けつけてくれた親子や、なんと僕が連載しているSHIZEN CLUBの愛読者なども居たりして
思ったよりお客も入り、いい感じでライブは終了した。
4月15日(金)晴れ
この日は上天気であった。しかし青森は19年ぶりの大雪だとか。
山を見ると真っ白なので宮古に行くには安全策を取ることにした。
4号線で青森市まで行き、下北半島の付け根をぐるっと回って十和田から45号線に入ることにした。
途中陸奥湾は波が穏やかで鰺ヶ沢とは対照的だった。
4月16日(土)晴れ 宮古市《カントリーズカフェ》
朝、九州のジュンペイからメールが入り、高田渡さんの訃報を知る。
なんて事だ。ああいう人は以外に長生きしそうだと思っていたがほんとに残念である。
末端のミュージシャンとして、そして同じ旅をする者として寂しい風が吹き抜けていった。
聞いたところでは釧路で倒れられてそのまま釧路でお亡くなりになったらしいのだが、
我が身もと思わずには居られなかった。また偉大な人が逝ってしまった。合掌。
カントリーズカフェには5時頃入る。渡さんの話題になる。
これでこの店でやるのは3回目になるのだが今回は大入りであった。
前回来てくれた杉下さんが宣伝してくれてバンド仲間が大勢来てくれたのと
去年秋に港で知り合い必ず行きますと言っていた村上君も来てくれて嬉しかった。
ライブの方は大盛り上がりで終わる。杉下さんが連れてきてくれた人達も大喜びしてくれた。
打ち上げには鰺ヶ沢産のホッケをマスターの伊東さんが塩焼きにしてくれてまた盛り上がる。
宮古の夜はあったかかった。
4月17日(日)晴れ
夕べ杉下さんが釜石に行ってみたらと勧めてくれたので行くことにする。
宮古から釜石までは40kmほど。1時間もかからない。早く着いたので釜石の街をぶらぶら。
新日鐵が撤退してからは寂れたというが駅の方はにぎやかであった。
昼過ぎにMESAというアウトドアショップに着く。
店主の草山さんは以前に豊田勇造さんも呼んだことのある人で訊ねてみてはと勧められたのだ。
MESAはモンベルの商品が中心でカヌー愛好の人達の溜まり場になっているみたいだった。
草山さんは気さくな人でいろいろと話をしていたがやはり僕の音を聞いてもらわなくてはと
お客さんを前にして演奏してみる。
音は非常に気に入ってくれたみたいなのだがやはり釜石の事情があり、次回のライブは難しそうだった。
4月18日(月)晴れ
太平洋側に出たとたん、釣りの方はまったく釣果がない。
思い切って重茂半島の重茂港にまで行ってみる。
ここまで来たら何か釣れるだろうと思っていたがねがかりで仕掛けだけがなくなり、釣果無し。
村上君に電話を入れて3時に宮古の海の駅で待ち合わせをすることにした。
途中杉下さんから電話が入り、明日彼が勤める建築会社の作業場でパーティをするので唄ってくれないかとのお誘い。
休みだったのでOKする。今晩は村上君の家におじゃますることにする。
昨秋波止場で何気なく声を掛けてくれてそこからの付き合いになった。こんな出会いもいい。
村上君の家は宮古市から20分ほど山の中に入った田代という集落にあった。
ほんとにのどかな田舎だった。海では何にも釣れなかったので目の前の渓流で山女釣りをすることにする。
徒歩20秒。丁度夕まず目。綺麗なヤマメが釣れた。エサは村上君が採ってくれた川虫。
夕食はお母さんが心を込めて作ってくれた。あのヤマメも唐揚げになってでてきた。
久しぶりの家庭の味。いい気分で就寝。
4月19日(火)晴れ 宮古市《宮本建築工房》NEW
朝、村上君は仕事があるので僕一人でまたもや渓流釣り。
家の前よりも上流に行ってみたが一匹ばらしただけで釣果なし。
午後から村上君も一緒に更に上流に行ってみたが釣果なし。やはりまず目時しかつれないのだ。
ここで村上君とは別れることにした。良い出会い、また秋に会えるだろう。
カントリーズカフェの前で杉下さんと待ち合わせ。
そこから山の中に15分ほど走ると宮本建築工房の作業場があった。
今日は作業場&畑の完成祝いイベントとなにやらこじつけぽいパーティだった。
しかし僕のことを買ってくれていきなりのライブをセッティングしてくれた杉下さん、それに乗ってくれた宮本社長。
ちゃんとギャラまで用意してくれていた。ほんとに感謝であった。
杉下さんは元プロのドラマー。東京に出てしばらくやっていたのだ。
そこから宮古に帰り、中古レコードの移動販売をやって全国を駆けめぐっていたらしい。
パーティはムール貝の大きなやつ(地元では何とか言うらしいが忘れた)やらタラの一夜干しやら
もちろんお肉から沢山の食材を用意してくれてご機嫌だった。
みんながいい気分になったその辺りでライブを始めた。杉下さん以外はみんな初めて僕の唄を聴く人達ばかり。
最後は杉下さんのドラムも入り、セッション大会。
来年もやろうと盛り上がるのであった。かなり冷えてきた宮古の夜。ここだけがホットであった。
4月20日(水)雨
杉下さんに別れを告げて45号線を南下する。
この日は強い雨の日で気仙沼を過ぎて日影港という小さな港で竿を出そうとしたが雨が強すぎて止めにする。
まあ釣りをしない日があってもいいではないか。
4月21日(木)晴れ 古川市《HIDE'S BAR》NEW
朝から釣りをしたがチカぐらいしか釣れず。それも20匹ほどという情けない釣果だった。
古川に向けて移動中コンビニの駐車場でいきなりクラクションが鳴りやまなくなりJAFを呼ぶ。
その間隣にある蕎麦屋で昼飯をとったのだが久しぶりにまずいと言いたくなる蕎麦だった。
古川に向かうには108号線で行くと良いのだが最近道が新しくなっていて久しぶりに迷った。
でもお陰で石巻の上に新しい道の駅を見つけてそれも温泉付。今度はここの道の駅に泊まろうと思うのだった。
5時過ぎに待ち合わせ場所である古川駅前に到着。初めて会う高橋さんにあいさつ。
ところが直ったはずのクラクションがまた鳴り出す。結局フォンのプラグを抜くしかなかった。
ああこれで帰りはクラクションは鳴らない。まああんまり使うこともないだろう。
それはともかく『HIDE'S BAR』に案内される。駅から5分ほどの場所にあった。
2階建てのファッションビルの2階に店はあった。HIDE'S BARというのは週末だけ高橋さんがやっている店で
その他の時は楽屋という名前で大家さんが営業している店だった。
ドラムセットやらも置いてあり、古川の音楽好きおじさんの溜まり場になっているみたいだった。
若いミュージシャンの男の子がPAをやってくれたのだが以外にいい音をだしてくれた。
リハはやはり初めての場所でみんな耳を傾けてくれる。リハといえどもおざなりには出来ない。
このリハで高橋さんやスタッフの方々はいっぺんに気に入ってもらえたようだった。
リハの後隣の蕎麦屋さんに連れていってもらう。昼のまずい蕎麦を払拭してくれる美味しい蕎麦だった。
本番は高橋さんも何人入るか不安なようであったが開けてみるとほぼ満席。
オープニングを若いPAやってくれた子がやってくれたのだがずいぶんと緊張していた。
僕も満員で気合いが入る。お客は特に音楽をやっている人が多いみたいだった。
しかし終わってみればえらい受けたみたいでほっとする。
打ち上げは隣の蕎麦屋さんからの料理が並ぶ。僕が釣ってきたチカは天ぷらにして出してくれたのだが
あっというまに無くなっていた。いや、旨かったのだ。
お客さんの中に飲み屋をやって居る人が居て秋に来る時は1周年だったと思うがぜひやってくださいとのことで
秋にも古川に来ることが出来そうだ。とにかく打ち上げも盛り上がり、高橋さんも一安心という感じ。
こちらはいい気分で古川の街を酔いを醒ましながら歩くのだった。
4月22日(金)晴れ 仙台市《サテンドール2000》
朝、高橋さんがホテルまで来てくれてまた別の蕎麦屋さんに連れて行ってくれた。
この蕎麦屋の大将も音楽をやるらしい。昨日は体調が悪くて来られなかったみたいだ。
でもCDまで買ってくれた。無性にうどんが食いたくなり、カレーうどんを食べる。
関西人はやはりうどんが恋しいのだ。昼からHIDE'S BARに戻って後かたづけ。
酔って片づけるよりこの方が楽だ。高橋さん、大家さんに見送られて午後古川を後にする。
古川から仙台は1時間くらい。出てしばらく行ってから忘れ物に気づく。カメラ忘れた。
また戻る。せっかくお世話になりましたと名残を惜しんで別れたのにこれでは台無しである。
仙台のサテンドールのマスター岡崎さんの家に直行。しばらく休ませてもらう。
息子さんとも顔なじみになり、なにやらずいぶんとくつろがせてもらった。
6時頃店に入りリハ。今日は仙台のギタリスト菊池君がオープニングをやってくれるのだが
彼は今までバンドばかりでソロでそれもアコースティックでやるのは初めてに近いらしい。
ずいぶんと緊張していたみたいだ。しかし彼のギターは素晴らしい。
仙台でスワンプ系のギターと言えばたぶん彼が一番だと岡崎氏は言っていた。
まあ、あの菊池君が緊張しているのを見るのも楽しかった。
ライブの方は初めて聞いてくれたバンド関係のスライドギタリストもいたりしていい感じで出来た。
打ち上げは奥さん差し入れの手作り料理。
仙台では今桜は散り際を迎えていた。
4月23日(土)晴れ
岡崎家を後にして一路東京へ。4号線から6号線に入り海沿いの道を選ぶ。
小名浜を過ぎて勿来という関所で有名な港で東北最後の釣り。メバルがよく釣れたが小さい。
夜釣りのテトラは怖いので上の方から釣っていたらネガカリで貴重な電気ウキ2つも無くしてしまった。
えらい高くついたメバルとなった。茨城の石岡まで移動。
4月24日(日)晴れ 横浜市《The Road
& The Sky》NEW
東京都内は混むと思ったので仕方なしに湾岸線を使う。
あのお台場のフジテレビの横を通過。すっかりお上りさん。
湾岸線を使うと横浜の八景島へはあっという間だった。
時間もあったので東京湾で釣り。懲りないねえ。しかし釣果は無し。
4時過ぎに『ロードアンドスカイ』に到着。
16号線沿いにあるこの店は広島の『春秋楽団』の佐藤さんに紹介してもらった。
マスターの成瀬さんはサーファーだった。スタッフの女の子もクオーターとかで名前はアンナ。
横須賀や湘南も近いしやはりずいぶんとお洒落な感じがしたなあ。
店内はハワイ一色。服と飲食の2本立ての店だった。今日は一緒に地元の二人組(ああ名前忘れた)がやってくれた。
懐かしいロギンス&メッシーナのナンバーやらやってくれてご機嫌だったのだがお客はあんまり聞いていない。
まあ、アメリカンなところといえばそうなのだが。
僕の時もそんな感じでまあいいかとやってしまう。
困ったのは泊まりでこの辺だとホテルも思いっきり高い。
お店のお客さんでホテルマンが居て取ってくれたのがテクノタワーホテル。一泊¥12000。
しかし最上階のツインルーム。
たまにはこんな贅沢もいいかと思うが素晴らしい夜景を眺めながら一人で寂しく寝たとさ。
4月25日(月)晴れ
お昼をロード&スカイに戻りいただく。成瀬さんの妹さんが昨日から来ていて彼女が住んでいるのはシアトル。
その日彼女はシアトルに帰っていった。なにか横須賀に近い街ならではの感じがした。
またやりましょうと成瀬さんに別れを告げて時間もあったので釣りタイム。
東京湾の入り口に近いこの場所は何か釣れるかなと期待したがだめだった。
東京に向かう。今日は札幌の前坂さんが単身赴任しているので彼のマンションに泊めてもらうことにした。
場所は都心の明治座の近く。居酒屋で旅の疲れを癒すのだった。
4月26日(火)曇り 新宿区西早稲田《ジェリージェフ》
ツアーも終盤。後3つのライブ。がんばろう。
いつものジェリージェフ。今回は岡大介君がオープニングをやってくれた。
彼は最初聞いた時よりもずいぶんと旨くなっていた。
前回はいっぱいだったお客も今回はひっそりとしたライブになってしまったが、
今回のライブを高田渡さんに捧げたく渡さんのナンバーを2曲入れてのライブ。
後で早稲田の音楽サークルの学生達が来てくれて次回はぜひ彼らも巻き込みたいものだと思った。
4月27日(水)晴れ 高円寺《稲生座》
この日、前坂さんは札幌に帰る日。北海道での再会を約して別れた。
また早稲田通りを通って高円寺まで一本道。
稲生座でやるのは1年半ぶりだ。今回は井の頭公園で唄っているという『ブルーム・ダスト KAN』さんとのジョイント。
しかし彼を一目見たとたんまるでミシシッピから出てきたのかと思った。
想像通りすごいブルース。木のドブロを使っていてひさしぶりにブラックな人を聞いた気がした。
理都達も来てくれて楽しいライブとなったが『須藤もん』さんが来てくれたのにはびっくりした。
疲れはピークだったがあのKANさんも「良いギター弾くやんか」と誉めてくれて
もんさんも「良いライブでした」とスタンディングオベーションしてくれた。
もんさんは僕のさよなら小唄を春一で唄ってくれるという。ほんまに聞きたいと思った。
絶対聞きに行きますと約束して東京を後にする。
真夜中の東京を離れ246号線でひたすら大阪に少しでも近づきたいと走るのだった。
4月28日(木)晴れ
朝、目覚めてみれば富士山の真下にいた。新しく出来た道の駅で寝ていた。
山頂は雲に隠れていたが間近に見る富士山はいつも迫力がある。
西へ走り出す。沼津で1号線に入り4時頃には豊橋まで来た。
ふとまた釣りをしたくなる。これがこのツアー最後の釣りだと3月にそこそこ釣れた渥美半島の宇津江まで行く。
夜釣りでメバル5匹しか釣れなかった。
4月29日(金)晴れ 三重県名張市《バー・レフトアローン》
さあ、ツアー最終日。車の距離計は大阪を出てから3500kmを越えていた。
ずいぶんと走ったものだ。感慨無量になる。
レフトアローンに着くと主催者の栗林君はもう来ていた。名古屋で愛知万博のせいか渋滞していて少し遅れた。
と言うより世の中はゴールデンウイークに突入していたのだ。リハを済ませマスターの村田さんにメバルを渡す。
「これリリースサイズやねえ」と言われてしまった。
北海道の前坂君にお礼の電話を入れたら彼は芦別にいた。「雑賀君そちらに行ってない?」
「えっ」「雑賀君今日来るの?」なんといつも来てくれる大阪の雑賀君達がわざわざ出迎えに名張まで来てくれるという。
それも北海道の芦別の人に教えてもらうなんて・・・。
雑賀君達は7時過ぎにきてくれた。「長いツアー、お帰りなさい」と佳子ちゃん。ほんとに嬉しかった。
最後の力を振り絞りライブは終わった。全14ヶ所、25日間、3600kmの旅はこうして無事?終了した。
雑賀君達にやっと僕が釣った魚を出すことが出来た。心地よい疲れの中で青森まで行ったことを思い出していた。
あとがき
今回の東北ツアーは過去最多の14ヶ所ものツアーでした。
富山でオカマされたこと、違反で切符切られたこと、フォンが鳴りやまなくて切ってしまった事。
相変わらずトラブルだらけのツアーでした。しかしまた新たな出会いもありました。
新潟県の五泉市で初めてライブをしたり、青森県鰺ヶ沢、五所川原、弘前と青森に初めて足跡を残すことが出来ました。
これから毎年行きたいと思います。ホッケ釣りに?お後がよろしいようで。