沖縄めんそーれツアー日記

2月10日(木)曇り後雨 那覇市《BakuSun》NEW
久しぶりの沖縄ツアー、たしか6年ぶりになるだろうか。
沖縄には車で行くわけにいかないので両手にギターを持ち、
背中にCDや着替えを積めた重いバッグを背負い、ヒーヒーいいながらやっとのことで伊丹に着く。
飛行機に乗るのも6年ぶりだ。その昔は毎月と言っていいほど乗っていた。
ツーリストのカウンターでチケットを受け取り出発ロビーへ。
沖縄往復ホテル一泊付で21,800円安い。こんなチケットがあるから行けるのだ。
しかし例のセキュリティチェックできっちり捕まる。きっと見るからに怪しいのだろう。
この日の出で立ちはコーデュロイのGパンに赤のチェックのネルシャツに茶色のガウチョの帽子。
まわりからは浮いていた。ような気がする。靴まで脱がされた。
やれやれと大阪を12時過ぎに飛び立った。飛んでしまえば2時間足らず。
寒い大阪とはおさらばだ。那覇に着いてみるとやはり温かい。20度以上あるのだから。
重い荷物を持ってモノレールに乗る。6年前に来た時は無かった。
もう汗だくになっていた。県庁前で降り、『BakuSun』のマスター前野さんに電話を入れる。
すぐに前野さんは来てくれた。前野さんは優しそうな穏やかな人だった。
出身は鎌倉で僕がライブをやったことのあるパラダイスのマスターも親しいという。
世の中は狭い。前野さんも驚いていた。
BakuSunは駅から歩いて3分くらいの距離だった。
店に荷物を置き、腹が減っていたので沖縄ソバの店を聞いてまずは腹ごしらえ。
歩いて3分くらいの所に屋台風の蕎麦屋があった。ためらいなくそうきソバを頼む。
結構大きなそうきが3本くらい入っていて500円はまあ安いか。
とにかく空きっ腹に流し込む。やっと沖縄に来たという実感がした。
バクサンに帰り、とりあえずホテルにチェックイン。ホテルも歩いて10分もかからなかった。

5時過ぎにバクサンに行く。入り口で川門君のマネージャー延山さんに会う。彼女とは初めての対面だったが
僕のさよなら小唄をネットで買ってくれて電話で話もしたことがある。
「いそいちさんですか」と彼女の方から聞いてきた。
中にはいると石垣島の川門(かわじょう)正彦君はもう来ていた。
ほんとに久しぶりの再会。彼は長かった髪をばっさりと切り落として何か若くなったような気がした。
彼が大阪で居る時はよく一緒にライブをやった。
『さよなら小唄』や『縁』を彼がカバーしてくれて今もメインで唄ってくれている。
そんな仲なので今日は彼のライブに飛び入りさせてもらうことにした。
実はこれはほんと偶然でたまたま川門君のライブが今日で明日は僕という出来すぎのようなスケジュール。
明日の僕のライブには川門君がゲスト出演してくれるという。楽しみな二日間だ。
彼は今日はバンドで出演。ギターにカホンそれに川門君の三線という3人構成。最近はこのスタイルだそうだ。
いい感じだ。僕も混ぜてもらい何曲かやる。懐かしい三線の音。この音一発で沖縄になってしまう。
我が島八重山、縁など4曲ほど一緒にやることにした。
リハの後、一緒に飯を食いに行く途中で川門君は「沖縄は寒い」という。
石垣の人間にとって那覇は大阪の人間が東京に行くぐらいの感覚なのだそうだ。
内地の人間は沖縄とひとくくりにしか考えていないが沖縄は長い。
温度差も石垣と那覇では2度以上も違うらしい。
バクサンに帰るともうお客が何人か来ていた。
沖縄時間というものがあり、スタートは9時過ぎになった。超満員。
さすが川門君。僕も隅で聞かせてもらう。たまたま座った席には木下大サーカスのご一行さんがいて、
話が弾む。姫路の娘は、なんと空中ブランコの花形娘。他にも大阪出身の娘など何か那覇に居る気がしない。
ライブの方は盛り上がり、川門君のエンターティナーぶりはさらにパワーアップしていた。
2ステージ目にゲストで紹介してもらい参戦。一曲唄わしてももらった。
しかしやはり沖縄に来れば「いやさっさあ」である。盛り上がる盛り上がる。客も踊り出す。
明日の僕のライブが心配になってきた。
でも木下大サーカスのご一行さんは明日も来てくれるという。少し安心した。
気が付けば3時前。いい気分でホテルに帰り着いた。

BakuSunの外観。

店内は沖縄ムード。

川門正彦バンドの熱演。さすがでした。

木下大サーカスご一行。左の子が駆虫ブランコ娘。

2月1日(金)曇り 那覇市《BakuSun》
安いツアー料金にもかかわらずこのホテルにはちゃんとした朝飯が付いていた。
飯を食べてからまた寝る。こうしないと沖縄の夜にはついていけない。
昼から国際通りに行ってみる。ホテルからは5分ほど。2月だというのに修学旅行生が多かった。
何度か行ったことがある公設市場に行くが魚は食べる気がしなかった。

沖縄のカラフルな魚たち。あまり美味しそうには見えない。

これってハブ?

5時過ぎにバクサンに入る。
昨日のサンシンとスライドギターのコラボレーションは前野さんも「すごく合いますね」と言っていた。
リハを終わる頃に川門君も延山さんと一緒に来てくれた。
彼らは今日、木下大サーカスを見に行っていた。僕も行きたかったのだがリハがあるので断念したのだ。
店に入るなり、「感動した」と川門君。昨日の彼女たちのはからいでなんと出演までしたそうだ。
川門君を交えて今日は正調さよなら小唄に縁。サンシンが入るとほんと世界が広がる。
Will the circle be unbroken (永遠の絆)までやろうと川門君が言い出したのでやることにする。
今日はオープニングを金城君という若者がやってくれることになっていた。
しかし待てど暮らせど彼は来ない。前野さんが連絡を取ろうとするのだがつながらない。
彼がある程度お客を集めてくれる予定だったのでえらいことである。
その内昨日の木下大サーカスご一行様は約束通り来てくれた。ありがたかった。やがて9時。
それもまわったのでいくら沖縄時間とは言え、始めることにした。
6年ぶりの沖縄五十一ライブはこうしてまたまたハプニングの中始まった。
昨日のあの盛り上がりとは違う静かなライブ。
でも川門君が入ってくれてバンジョーみたいに永遠の絆を弾いてくれて少しだけ盛り上がる。
2ステージ目にはなんとかお客もそこそこ入ってくれて正調さよなら小唄で締めくくる。
アンコールもいただいた。
後で聞いた話だが金城君というその若者は11時頃電話してきて日時を間違えていたそうだ。
なんとも二の句が告げない。沖縄らしい出来事だった。前野さんもあきれて物が言えなかったそうだ。
でも前回来た時はダブルブッキングでライブ自体出来なかった事もあるのだ。
沖縄のええかげんさは身にしみている。苦笑いするしかなかった。
川門君達は師匠の家に行くとかで12時過ぎには出ていった。
前野さんの計らいで沖縄料理店に連れて行ってもらう。
バクサンのスタッフと食べたことのない魚や料理に舌鼓を打ちながら沖縄の夜は更けてゆく。
気がつけば朝の5時頃だったが通りに出てみるとまだ人がいっぱい。さすが沖縄。
倒れ込むようにホテルに帰るのだった。

川門君と延山さん。ありがとうね。

マスターの前野さんと僕。

打ち上げで行った沖縄料理屋のえびすだいの煮付け

スタッフのともちゃん。今彼氏募集中。料理はうまい。

2月12日(土)曇り時々晴れ 名護市《Bard Land》NEW
今日はありがたい?ことに川門君達も名護でライブ。
彼はレンタカーを借りていたので一緒に連れていってもらうことにした。これもラッキーである。
国道58号線を北に嘉手納や古座を通り、1時間半ほど。名護は昔通り過ぎた事があるだけでライブは初めてだった。
バードランドのマスター喜瀬さんと待ち合わせの場所に着く。川門君達とはこれでお別れ。
またの再会を約して別れた。喜瀬さんは会うなり、「すごい大男が来るのかと思った」だとさ。
あのサードアルバムのジャケット写真のおかげで初めて行くところではよくこんな事を言われる。
小男の小太りでごめんね。バードランドは海から少し入ったところの
懐かしい臭いのする名護シアターという映画館の1階にあった。
この名護シアターはつぶれそうな映画館で存続に署名運動までしていると後から聞いた。
中に入ると機材は立派な物が揃っていてちゃんとした(失礼しました。)ライブハウスだった。
喜瀬さんの本業はPA屋さん。見るからに沖縄人という風貌だった。
なんと元コンディショングリーンのドラマーで鉄工所もやっていて機材を作るのはお手のものみたいだ。
荷物を置いてホテルに案内してもらう。いかにも田舎のホテルという感じのホテルでずいぶんと古そうだった。
部屋はすべてツインになっていて宿泊料は4000円。まあ安いのだろう。
ホテルでしばらく寝させてもらって6時過ぎにバードランドに歩いて行った。
途中川沿いに桜並木があり、寒緋桜という種類らしいのだがもう花が咲いていた。
リハを始めるとすぐにOKなほどいい音を出してくれる。やはり初めての場所は緊張感がある。
喜瀬さん達もしっかり聞いてくれているのでこちらも真剣にリハをした。
おかげで喜瀬さんにもどうやら気に入ってもらえた感じだ。
PA担当の玉城君は親切に僕のチューニングメーター用のマイクが壊れていたのもなおしてくれた。
好感度大の名護になりそうだったが不安なのはお客の入り。
知念良吉君が来られないかわりにお客さんに声を掛けてくれて早々と5人ほどが来てくれた。
ほんとにありがたかった。これで少なくともライブは出来る。
本番はやはりお客の入りは悪かったがこちらも無名のミュージシャンで初めての街でのライブ。十分であった。
気合いを入れてのライブ。終わるとなんかえらい受けたみたい。
お客さんの中に陶芸家がいて、「良かったよ」と僕に自作の陶器をくれた。
知念君の知り合いの人達も「スライドギターは初めて聞きましたが、感動しました」
とまで言ってくれCDも買ってくれた。
喜瀬さんの方も「すごい良かったよ、次回はセッションもしましょう」と言ってくれてこちらもほっとするのだった。
更にうれしかったのは、無謀にもてんさくの花をやったのだが
「あれは新鮮でとても良かった」とウチナーの人達が言ってくれた事である。
まるで免許をもらったようなうれしさだった。「これで免許皆伝ですね。」とはしゃいでしまう。
いい気分で名護の夜は更けてゆく。ホテルに帰ったのは以外にも早く?2時前だった。

寒緋桜

今にもつぶれそうな、でも情緒たっぷりの名護シアター。北の零年も近々封切り予定。

マスターの喜瀬さん。ちょっといかつい。

お客さんも交えて。携帯のカメラが悪い。

バードランドの店内。

2月13日(火)曇り時々晴れ 勝連町《源天》NEW
朝、外が騒がしいので出てみるとマラソン大会をやっていて、今日は名護マラソンの日だった。
10時過ぎに名護のホテルまでわざわざ勝連から久保田君という若者が迎えに来てくれた。
勝連に行くには沖縄本島を横断して行くのだがやんばるの森を初めて見た。
途中阪神タイガースのキャンプ、宜野湾も通り眠かったのだが見ることが出来た。
佐渡山豊さんのお家にも寄ったのだが木造のお洒落なさすが1級建築士の家だった。
ちなみに今回の沖縄ツアーをチョイスしてくれたのは他でもない佐渡山さんであった。
6年前にシバさんと来た時に悲惨な目に遭い、気の毒に思ってくれていた佐渡山さんが
いつか実現しようと言ってくれたのが今回の実現となったのだ。
その時は今回の3カ所のライブスポットは出来ていなかった。
だからタイミングも良かったのだ。
1時間ほどで勝連に着く。勝連町は沖縄本島からノドチンコのように突きだした半島で本島の東海岸に来るのも初めてだった。
源天は立派なお店で3階がライブ会場になっている。
やがてマスターの宮里さんが来てくれた。「よろしくおねがいします」と挨拶を交わす。
宮里さんは40代半ばの感じで後ろで髪の毛をくくりギターが大好きな人だった。
3階に案内してもらうとそこには立派な機材が揃っており、申し分なかった。
早速音を出すことになってしまった。リハは5時頃からと思っていたがまあいいか。
ここでもいきなり、いい音を出してくれる。迎えに来てくれた久保田君がオペレーターもやってくれたのだ。
ボーとしていた頭もしゃっきりとしてくる。宮里さんは聞き入ってくれていた。
ギター好きな宮里さんは僕の1957年製のギブソンに興味津々だった。彼は何本も良いギターを持っていた。
リハはおかげですっきりと終わり、今度は勝連町一帯を案内してくれた。
まずは世界遺産勝連城址。小高い山の上に石垣だけの遺跡だったが眺めが良く、360度のパノラマ。

源天の外観3階がライブスペースになっている。

源天の店内3階のライブスペース。

世界遺産勝連城址の上で右が源天のマスター宮里さん。

これが沖縄の磯。50cmのアイゴも釣れるそうだ。

思わず観光客になっていた。次は僕が釣りが好きだと言ったので釣りポイントへ。
アイゴが釣れているそうだと言うので期待していく。
沖縄独特の磯に宮里さんの友達が釣りをしていた。思わず仕掛けを見てしまう。
「竿は何号ですか」とか人が釣っているのを見てしまうと釣り虫がうずうずしてくるのだった。
後ろ髪を引かれる思いで今度は宮城島?に渡る。この島と本島とは陸続きの道路で結ばれていた。
途中には道の駅もあり、この水道をロウニンアジがボラの子を食いにやってくるそうだ。
さすが沖縄である。伊計島の購買部とか名付けられた小さな店に入る。
旨そうな黒砂糖を売っていたので買おうとしたら「お土産に持って帰ってください」と宮里さんが買ってくれた。
次は米軍の港湾施設にも連れて行ってくれた。「ここで写真撮ろうとしたらえらいことになりそうやな」と思った。
店に帰りしばらく休憩させてもらう。なにせ沖縄ツアーの秘訣は寝ることにある。
3階で寝ていたら下で聞き覚えのある声がする。佐渡山さんが来てくれたのだ。
久しぶりの再会。こうして僕の為にツアーを作ってくれ、更に今日はゲスト出演までしてくれる。ほんとにうれしかった。
源天は佐渡山さんを中心に佐渡山組という一家が出来ていて、
内地の佐渡山さんのフィルターにかなったミュージシャンを呼んできてライブをするというありがたい場所なのだ。
過去には『よしだよしこさん』や『三上寛』さんなども来ていた。
佐渡山さんと3階に上がり、何曲か一緒にやることにした。
さて本番。お客は沢山来てくれた。宮里さんの心遣いにも感謝であった。
先に宮里さんが2曲やって僕を紹介してくれ、いよいよ僕の番。緊張感はあったがみんなしっかり聞いてくれていた。
佐渡山さんに途中から入ってもらい2曲ほどやって後を佐渡山さんにまかせる。
沖縄の大物シンガーの貫禄がにじみでていた。
また僕にバトンタッチしてくれて最後となったのだが、アンコールもいただき、CDも予想以上に売れて万々歳であった。
しかし、佐渡山さんは「良かったよ」と言い残して直ぐに帰っていった。
明日早くから仕事だそうで打ち上げに彼が居ないのが残念だった。
源天特製の沖縄ソバを出してくれたのだがこれが今まで食べた沖縄ソバの中で一番旨かった。
宮里さんは「今年夏にでもまた来てくださいよ」と言ってくれ、
今回の沖縄ツアーで初めて沖縄でライブをやったという実感のする夜だった。
さて、泊まりをホテルの予定だったのだがあいにく満室で今日来てくれた若者のアパートに泊まる事になっていた。
しかし、その若者の部屋には布団が無いという。いくら沖縄が温かいと言っても夜は寒い。
久保田君の家にはギャルが3人も泊まり込んでいるらしいのだが奥さんの舞ちゃんが
「ソファーでよかったら」と言ってくれたのでそちらに強引に泊めてもらうことにした。
誰だって布団のない寒い部屋より、ギャルの居る方を選ぶわな。
ということで宮里さんに「また来ます」と挨拶して源天を後にした。
久保田君のお家は源天から意外に遠い。40分くらい走って彼らのマンションに着いた。
どこに居るか解らなかったが沖縄市の近所らしい。
久保田君の奥さん舞ちゃんは西宮出身で親しみがある。部屋でギャル達を交え酒盛り。
一宿一飯の恩義とギターを持ってきてギャル達にも聞いてもらう。
最後は悩みの相談室になってしまったが泊まっていたゆうこちゃんにさとみちゃんともすっかりうち解けて
沖縄の最後の夜は心地よい疲れの中で更けてゆくのであった。

佐渡山さんと、源天の宮里さんのセッション。

熱唱する佐渡山豊さん。

あとがき
6年ぶりの沖縄ツアー。大成功と言っていいでしょう。はじめて沖縄に足がかりを着けた感じです。
ご尽力いただいた佐渡山豊さんには足を向けて寝ることは出来ません。
赤字覚悟で行ったのですがそうならなくてそれも良かったです。
やはり沖縄はいい。人のいいかげんさもあるのですがそれを感じさせない風土がある。
ここにくればまあ、そんなに急がないでと言いたくなってしまう。
こちらもぼちぼちとやることにしましょう。いつか石垣や宮古に行ける日を夢見て・・・。