6月2日(木)晴れ
去年から舞鶴からのフェリーは10時間も短縮された。今まで30時間かかっていたのがなんと20時間になったのだ。
船旅が好きな僕にとってはあんまりいい気がしない。
船賃は高くなるし高速の為デッキには一部しか出ることが出来ない。なんだか情緒が無くなったような気がした。
2等船室も細かく区切られ、18人くらいが定員みたいだ。この日は僕と札幌に保育士の実習に行くという若者二人だけだった。
小樽には夜の8時着。早速食いもん酒場あじやに顔を出す。
木本君も相変わらずで去年別れたのが嘘のようになんか1週間ぐらいしてまたのみに来た感じだ。
吉倉君達やカモさんも来てくれて北海道上陸歓迎会をしてくれた。
一年ぶりに会う人達。でも少しづつ変わってゆく。サリーちゃんはお目出度で8月出産予定。
旦那の吉倉君も民宿の準備で忙しいみたいだ。去年帰る時に骨組みだけだった新館?も9割方出来たという。
思わず僕も気持ちがゆるみ吉倉家も近いことから飲んでしまった。
その帰り道、5号線につながる道に出たとたん、僕の車の後ろにパトカー。嫌な気がした。
左に曲がるとそのままパトカーもついてくる。
そのパトカーはいきなり、吉倉君と僕との間に入り込む。そして上のランプを回し始めた。
吉倉君は捕まり、僕は知らぬ顔で慌てて通り過ぎざるをえなかった。
吉倉家の上の道で帰りを不安ながら待つ。サリーちゃんが歩いて戻ってきたがなにやら
車の後ろに貼ってあったポスターにいちゃもんをつけられて止められたらしい。
しかしこちらはいい案配。臭うなと言われりゃもうおしまいである。
30分もたって吉倉君は戻って来たが結果はまだわからないという。
サリーちゃんの身重の姿を情状酌量してもらう事に期待するしかなかった。
自棄飲みとばかりこの日の吉倉家は盛り上がって?しまった。
泊めてもらった部屋は新館のスペシャルスイート。小樽港の夜景が一望でき素晴らしい部屋だった。
6月3日(金)晴れ 小樽市《あじや》
朝から釣り大会をしようと言うことになって馬や埠頭に行く。
6人くらいで釣りをしたが人数が多いと何かは釣れる。
この日は僕はホッケを釣ったしアブラコやカレイでそこそこの釣果になる。
この釣果を持ってあじやに。木本君も「今までで最高の釣果じゃないですか」と。
ライブの方は吉倉君がオープニングをやってくれて和気藹々とした雰囲気。
札幌からしのぶちゃんも駆けつけてくれてリラックスライブであった。
6月4日(土)晴れ後雨
ほんとはこの日、ライブの予定だったのだが先方のええかげんな事情で中止。
それで朝から釣り大会。わいわい言いながら釣果は大漁。
ガヤという蝦夷メバルのお陰。
吉倉家でまたもや宴会がはじまる。ガヤのお造りにガヤの煮付け、ガヤの唐揚げとガヤづくし。
カモさん所の若者も参加して深夜まで続いた。
6月5日(日)曇り 札幌市《くう》
吉倉家で行って来ますと小樽を出る。これからが北海道の旅なのだ。
くうには4時過ぎに入る。Jammin Roots 特別編と名付けられたこのイベントは2回目になる。
今回も出田君が中心になって企画してくれた。
出演者も出田君のジャグバンド『インターナショナル・リトル・コンボ』、『ジャイアンリサイタル』
そして酪農大学の学生バンド『ウエッジソウル』と多彩だ。
前回は満員だったのだがこの日は北大祭と重なった為少しお客は少なかった。
しかし楽しいイベントである。それぞれのレベルも高く、
酪農大学の女学生がのっぽのサリーなんてやってくれて大いに盛り上がる。
東京でお世話になった前坂君や木下君達も来てくれて喜んでいた。
この日は前坂邸泊。
6月6日(月)晴れ
札幌郊外の森林公園の近くにある前坂家はゆったりとした敷地に建てられていた。
大阪では大邸宅だ。さすが札幌である。
夕方またもや関西風お好み焼きを実演。みんな旨いと食べてくれた。
6月7日(火)晴れ
前坂家を後にして石狩から日本海側を北上。浜益で釣り糸を出す。
この日は風が強かったがマガレイ3枚、皮かれい3枚、ホッケ1の釣果。
浜益でこんなに釣れたのは初めてだった。浜益温泉にはいる。
6月8日(水)晴れ
朝早く起きて北上。雄冬という港を覗いてみる。水が綺麗で港の中は底まで見えた。
イカが泳いでいたのでエギにくっつかないかとやってみたら見事にゲット。ヤリイカである。
しかし釣果はそれ以外には無く、一緒に釣りをしていた伊丹に居たことがあるという
旭川から来た会社員の方に別れを告げて増毛に行ってみる。
これが大正解だった。増毛の港で竿を出すのは初めてだったが何人か釣り人が居てその間に入らせてもらった。
北海道に来たらほとんど投げ釣りになってしまう。ウキ釣りの好きな僕としては欲求不満になってしまう。
ホッケが釣れていたのでこれならとウキ釣り開始。ウグイがよく釣れるのだがホッケも釣れる。
夕方雄冬で釣りをしていた会社員もやってきた。釣果を見て正解でしたねえと驚いていた。
ウキ釣りが珍しいらしくウキが沈み、それに合わせると見事にホッケが釣れるのを見て
「ウキ釣りは面白いねえ」と感心していた。
それにこんな全国を釣り歩いているミュージシャン&釣り人は滅多に居るモンじゃない。
それにも感心していた。
6月9日(木)晴れ 旭川市《ラバーソール》NEW
朝、増毛港でまた竿を出そうとしたら昨日僕が釣っていた場所はまるで熊でも現れたのかと思うほどゴミが散乱していた。
ジンギスカンの袋に缶ビールの空き缶。炭に段ボールに金網まで散らかっていた。
どうすればこんなに散らかすことが出来るのだろうか。
どんな奴がこんな事をするのだろうかと悲しい思いをしながら片づける。
その側で平気で竿など出せないからだ。朝からホッケは釣れたのだが・・・。
留萌でモダ石油を見つけて給油。北海道に来ればすべて給油はモダと決まっている。
一番安いと言っていいだろう。内陸に入れば気温は上昇して30度近い温度になっていた。
2年ぶりの旭川。ラバーソールは旭川の飲屋街の中にあった。『千葉かよこ』と言うシンガーの紹介で実現した店だった。
スタッフの太郎君が迎えにでてきてくれた。ビルの4階に店はあり、
店内は落ち着いた感じで横に長く中央にドラムやらがセットしてあった。ビートルズのポスターやグッズが並べてある。
ラバーソールと言うだけあってビートルズフリークの集まる店だった。
リハをやってみると音も良く、スタッフの方も気に入ってくれたみたいだ。
やがてマスターの久保村さんが現れて「ちょっと私呉服屋をやってたもんでしゃべり方が女ぽいの」なんて笑わせてくれた。
本番はお客もそこそこ入ってくれたのだがなんと昨日一緒に釣りをしていた青年が奥さんを連れてやってきてくれた。
これには感激だった。彼の名前は川山君。「なんかあの出会いをそのままにしておきたくなくて」と
ライブは川山君も奥さんもずいぶん喜んでくれてCDまで買ってくれた。
昼間の釣りオヤジがミュージシャンに変身したんやもんな。
その他のお客さんも受けていたみたいだ。そのうちセッション大会が始まり、
ベンチャーズやらビートルズやら60年代にタイムスリップ。妙にディープな旭川の夜だった。
釣り場で知り合いライブに来てくれた川山さんご夫妻。
6月10日(金)曇り後雨
夕べはスタッフの太郎君の家に泊めてもらったのだが、
彼は料理人で朝から僕が釣ってきたカレイやホッケをさばいて出してくれた。
しかし夕べの酒が残っていたのと朝からはやはりお造りは食べられなかった。
芦別で渓流釣りの師匠と9時に待ち合わせしていたので太郎君と千葉ちゃんに見送られて早々に旭川をでた。
ほとんど寝ていないのでしんどかったが芦別に着く。
渓流釣りの師匠、大崎さんと貘の前で待ち合わせてから富良野方面に向かう。
今年は雪が多かったせいでお魚の活性が悪いらしい。なんとかニジマス一匹釣り上げる。
芦別に帰り夜は山口さんところで前夜祭。札幌から前ちゃんも来る。
貘の旦那も来てこれだけ揃えば夜は長い。山口さんの奥さん手作りの料理に話が弾み、
最後に蕎麦まで出してくれたような気はするのだが・・・。
6月11日(土)曇り 芦別市《貘》
朝は山口家でゆっくりさせてもらって午後から貘に行く。きっちり夕べの酒が残っていた。
夕方になりお客がすこしづつやってくる。ディランの伊藤夫妻も来てくれた。
札幌から小松さんも駆けつけてくれた。貘ライブはこれで3年連続。
僕だけがライブをやらせてもらっている。ほんとに感謝である。
花束が届く。見るとなにやら見たことのあるとても綺麗とは言えない字で3周年記念ライブおめでとうと書いてある。
もしかしてと思った。一昨年に僕以外みんなで共謀して彼らの来ていることを隠して驚かせてくれた。
まさか今年も彼らは来てくれているのかと西正君に聞いても今度はほんとに知らないと言う。
大阪の雑賀君達。実は1週間ほど前にシバさんといとうたかおさんのライブにディランまで来ていたのだ。
でもまだ居るかも知れないとほんとに思ったが電話が雑賀君から入り、さすがに大阪に居た。
ライブは気合いを入れて望んだ。高田渡氏のお墨付きをもらった貘という店の名前。
そして今年彼は逝ってしまった。そんな思いを込めて『抗夫の祈り』そして彼の愛唱歌であった『十九の春』を唄った。
渡さんとはそんなに話したことは無かったが心を込めての僕なりの追悼ライブであった。
ライブの後はもちろん打ち上げに突入。しかし夕べの前夜祭でみんな力尽きたのか以外に早く終わってしまう。
こちらはまだ余力があったのでディランに西正君と行く。
やはり芦別に来てディランに行かないなんて。結局3時過ぎまで飲んでいた。

貘の前で左から前ちゃん、姫、西正君。
6月12日(日)雨 富良野市《傷つく森の緑》
いつもの尾崎旅館で目を覚まし、耳の遠いおばあさんにお礼を言って貘に行く。
前ちゃんは貘に泊り、この二日間でお疲れ気味。西正君も同じく。
年に一度の五十一貘ライブにかけてくれた労力は大変なものがあったでしょうに。
ほんまにおおきにです。スープカレーをいただいて芦別を後にする。
小雨がなぜか心地よかった。
富良野に入る前に少し昼寝をしたのですっきり。
また気合いを入れ直して傷森に行く。芦別、富良野を無事乗り切れば後は楽勝?
去年病気で倒れた佐々木義男氏は以外に元気に見えた。
2年ぶりの富良野の駅前は今まであった店が無くなったりで少し寂しい感じがした。
リハを済ましよしおさんの運転で町はずれにあるラベンダーの丘公園のホテルに行く。
今日はここが宿になるそうだ。温泉もあり、部屋はツインでなにやらもったいない感じだ。
日曜日と有って温泉施設は結構混み合っていた。
二人でレストランでラーメンを食べて富良野に戻る。
2年ぶりの傷森ライブ。相変わらず音も良く無事終了。
よしおさんはやはりまだ万全ではないらしく1時過ぎに打ち上げは終了した。
早く元のよしおさんに戻って欲しいものだ。
そうなればまた大変なんだけどね。
6月13日(月)曇り時々雨
この日は移動日。ホテルの朝風呂に入りすっきりする。
よしおさんがホテルまで迎えに来てくれて富良野駅前のお兄さんがやっているガムシャラに行く。
特製カレーをごちそうになつて店に戻り後片づけをして富良野を2時頃後にする。
よしおさん、早く元気になってね。
狩勝峠はやはりすごい霧だった。帯広の街でエサを買ってスーパーで食料品を仕入れここで大阪の車屋に電話を入れる。
実はデリカ号はもう限界に来ていてこのツアーを最後まで走れるか不安であった。
ツアーに出る前、大阪の中古車屋でいろいろ見ておいたのだが、最後はやはりトヨタ車にしようと思っていた。
デリカ号はすでにエアコンのコンプレッサーがいかれていてこのツアーが最後のツアーであった。
電話を入れると決めていた車(平成8年式のエスティマ)が昨日売れてしまっていた。残念!
しかし同じ年式で走行距離が更に少ないのがあるという。
少しショックであったがそれを家内に見に行かせることにした。
この日は帯広の南の道の駅忠類泊。
6月14日(火)晴れ
久しぶりのゆったりとした休日。もちろん釣りに行く。
旭港という所まで30分くらい走る。
たいしたものは釣れず。北海道の太平洋岸はさっぱりである。
温泉に入りまた道の駅忠類泊。
6月15日(水)晴れ 帯広市《ランチョ・エルパソ》
家内の報告でそのエスティマは走行距離39000kmで色はパールグレイ。カーナビTV付き。
ディーラー車で記録もちゃんとしている。
しかしどんな状態なのか彼女の報告はまったく要領を得ない。
でも帰ったらすぐに九州ツアーが控えていてこれが最後のチャンスだった。
そのエスティマに決めることにする。車も見ないで決めるのは大冒険だったが仕方がない。
ランチョ・エルパソには4時前についた。
ランチョのオーナーの平林さんが去年、僕の音楽を認めてくれて来年はちゃんとコンサートをしようと言ってくれ、
3年でやっとちゃんとしたコンサートが出来ることになったのだ。
今回は以前に僕のライブに来てくれた和田さんが主催してくれ彼のバンド、チャックワゴンと共演という形になった。
和田さんのバンドは純粋カントリーバンド。セッティングの都合もあり、僕が最初にやることになった。
お客は満員になりその中には帯広在住の『クニ河内』さんも来てくれていた。
これだけのお客を呼んでくれた和田さんに感謝である。
ライブ後クニ河内さんと話をしたが結構気に入ってくれたみたいで大阪にも年末に来るという。
その時はぜひ会いましょうと言って別れた。
ライブの最後はチャックワゴンと一緒に2曲やった。平林さんも喜んでくれて打ち上げは近所の寿司屋。
帯広の街に来てやっと実現したライブ。ひんやりとした夜の空気が心地よかった。

主催してくれたチャックワゴンの和田さんと
6月16日(木)晴れ 帯広市《米風》NEW
去年来た時に長谷さんにお世話になり、連れていってくれた店が帯広駅近くの『米風』だった。
マスターの中村さんにCDを聞いてもらったらえらい気に入ってくれて
来年はぜひライブをやろうということになり今回初めて米風ライブをやらせてもらうことになった。
普段は洋風居酒屋なのだがライブの時には店内ががらりと変わる。
一段高くなったところがステージになり、まるで小劇場のようだった。
PAは長谷さん持参で彼がオペレーターもやってくれた。ほんとに長谷さんには感謝である。
お客もそこそこ入ってくれて中村さんにも感謝であった。
和田さんご夫婦もまた来てくれ、久しぶりに国道物語を交えての楽しいライブになった。
長谷さんが呼んでくれたお客の中に亡くなった砂川君と一緒にやっていたプロのパーカッショニストがいて
何曲か一緒にやろうということになった。ぶっつけであったが彼が旨い。さすがである。
国道物語は大受けでみんな大笑いしてくれた。直ぐ側にホテルをとっていてくれたのでこちらも飲んでええ感じ。
お客さんも喜んでくれたみたいで来年もきっと来てくださいと言ってくれるのだった。
帯広2デイズ。いい酔いの二日間であった。

米風の表

マスターの中村さんご夫妻

米風を紹介してくれた長谷さん
6月17日(金)晴れ
この日は移動日。国道38号線で白糠まで移動。
釧路はすぐそこだ。白糠港で竿を出すがやはり太平洋側はたいしたものが釣れない。
ふと高田渡さんはここで倒れられたのだと気づく。
6月18日(土)晴れ
この日も白糠湖で絶望的な釣りをする。あまりに釣れないので釧路港に行ってみる。
やっとコマイとクロガシラがが釣れた。このツアーで初めて釣れたコマイであった。
6月19日(日)晴れ 釧路市《ガソリンアレイ》NEW
ガソリンアレイのマスター藤田さんと回転寿司の駐車場で待ち合わせ。
初めて会う人なのでどんな人が来るのかなと思ったら以外に若かった。
彼の車の後について行くと駅を越えて繁華街に入って行く。
ガソリンアレイは釧路の飲屋街にあった。なにか港町の飲屋街はうらびれた感じがする。
古いビルの2階にあり、相当古い感じだ。
ここでやるきっかけは米風の中村さんの紹介で資料を送ったらすごく気に入っていただいたみたいで
即OKになった。そしてこの店のライブはNPOというかそういう組織があって
呼びたいミュージシャンを会議にかけて会員がOKすれば呼ぼうということになるらしい。
店にはいると店内は以外に広く、40人くらいは入りそうだった。
左奥にカウンターがありステージは入り口に近いところにセッティングされていた。
とにかく初めての釧路。その会員の方達もすでに来ていてリハを始めたらみんなじっと聞いてくれる。
というかまるで本番のようにこちらもなってしまう。
お客さんもそこそこ来てくれてライブ開始。結構音楽にうるさい方々が多いみたいだったが
なんとか無事乗り切る。マスターは喜んでくれたみたいだ。
打ち上げではこちらも解放されてずいぶんと飲んでしまった。
店を出ると霧がかかりネオンがかすんでいた。やっぱり釧路は演歌が似合うなあ。

ガソリンアレイの外観。この階段を上がったところ。
6月20日(月)晴れ 北見市《夕焼けまつり》
釧路湿原の側を通り屈斜路湖で休憩して北見に向かう。
何年ぶりかで美幌峠を越える。少し時間があったので能取湖で釣り。
いきなり30cmのクロガシラ。やっぱりオホーツクは違う。
2時間で5、6枚の彼が釣れた。ああ、これから一日は休みを取ろうと思うのだった。
夕焼けまつりでライブをするのはこれで3度目。
去年はそこそこ入ってくれたのだが今年はウイークデーなので不安だった。予想は案の定的中。
でもその少ないお客の中に教師のご夫婦が居て傷森のよしおさんに聞いてきたのだという。
CDも買ってくれたので能取湖のカレイをお土産にあげた。
片づけていると札幌から高橋君が到着。これから彼と知床の釣りに挑む約束をしていた。
道の駅で明日の釣果に期待して乾杯。熟睡。
6月21日(火)晴れ 羅臼町《くろてんぐ》
雪渓の残る知床横断道路を通り、羅臼に着いてどこで釣ろうかと高橋君と考えたが
相泊に近い方が釣れるんじゃないかと思い行ってみたが車を止める場所もなくあえなく引き返す。
結局羅臼港で竿を出す。すごい期待したが29cmのクロガシラが一枚釣れただけ。
ガヤでも釣ろうとウキ釣りで何匹か釣り上げる。なんぼでも釣れる。型は20cmいくかいかないくらいで小さい。
まあでも羅臼で竿を出しているということだけで満足で気持ちがいい。
4時頃くろてんぐに顔を出す。金ちゃんも相変わらず元気そうだった。一年ぶりなのだがすっかり馴染みになっていた。
着くなり、カウンターの上ではでかい皿にウニの身をあけて醤油漬けにしている。
これにご飯があったらなあと言うとすぐに向かいの焼鳥屋からご飯を持ってきてくれた。
その熱々のご飯にこれでもかと言うくらいたっぷりのウニを載せて初めてのウニ丼。
実は僕はウニがあまり好きではなかった。何かウンコのような臭いがするからだったがこのウニ丼の旨いこと。
臭いも無く醤油で漬けてあるので何にもかける必要もない。海の香りととろとろのウニ。ああもう一回食べたい。
高橋君はこの頃まだ釣りをしていて電話がかかってきた。「ラーメンでも食べて店に行きます」僕は
「ラーメンなんか食べるよりこちらにはウニ丼があるでえ」と言ったらすぐにやってきた。
また同じように向かいの焼鳥屋でご飯をもらって彼も食べた。高橋君思わず笑っていた。
ライブは例によってどんちゃん騒ぎ。無事終了。アメリカ人が二人もなぜか居た。彼らも喜んで僕のCD買ってくれた。
打ち上げは寿司屋。待ってました。この日食べたのはマスノスケ。
何千匹に一本入ってるかどうかと言ういわゆるキングサーモンである。まるでトロのような味で最高だった。
高橋君も遠慮がちにでもしっかり食べていた。

蝦夷馬糞ウニで埋められたウニ丼
6月22日(水)晴れ
この日は午前中羅臼港で竿を出し、達夫さんの家の湧き水を汲みに行った。これが大阪への土産。
金ちゃんからの電話で昼飯を一緒に海彦で食べることになった。
まず漁師のたっちゃんから差し入れで蝦夷馬糞ウニの生きたの。採れたての馬糞ウニを殻付で。
次は僕らが釣ったクロガシラのお造りにガヤの唐揚げ、タラバガニのお造り、ヒラメのカルパッチョ。
極めつけは鮫ガレイの塩焼き。
初めて食べたのだがすごい油が乗っていてめちゃうまであった。これでもかと食べたが人間の腹の容量は限られている。
ああ、やっぱり羅臼はすごい。いつもながら大満足の二日間であった。
高橋君も「やっぱ羅臼はすごいっす」と感激していた。金ちゃんに別れを告げて熊ノ湯に入りに行く。
羅臼の市街から5分で熊ノ湯はある。川の側の露天風呂。原生林に囲まれて最高であった。

馬糞ウニの殻付
すっかりいい気分で3時半頃羅臼を出た。目指すは札幌。
しかしその距離は東京〜大阪間に近いことなど夢にも思わなかった。
たっちゃんに聞いた道で行ったのだが走り続けて11時頃にやっと砂川辺りに着いた。
もうへとへとで道の駅で寝ることにした。高橋君も同様だった。
6月23日(木)晴れ
高橋君と別れて新千歳空港に向かう。
大阪から友達が来ることになっていてそれで羅臼に後ろ髪ひかれながらも帰ったのだが
その友人を乗せて支笏湖、洞爺湖と余市、小樽を走った。それだけで満タンのガソリンが無くなっていた。
北海道はほんまに広い。何年も来ているのだから解っていたがあらためて実感する。
6月24日(金)晴れ 札幌市《才谷屋》NEW
札幌の繁華街、狸小路の近所にあるのが才谷屋という居酒屋。
マスターの森さんは愛媛県出身で同じ四国生まれとして親しみが湧く。
小ぎれいなビルの4階にあり、店内はかなり狭くて15人も入ればいっぱいの感じだ。
ここでやることになったのは今川さんという八剣山コンサートを企画している方がいて彼の紹介で実現した。
沖縄の佐渡山さんも来たことがあるという。
リハの後、美味しいうどんをいただいたがやはり四国人の血がきっちりと流れているのが解る。
ぼちぼちお客が入り出したがなんと大阪から内藤さんが来てくれた。
最初似ている人だなと思って声をかけたらその通りだった。
高橋君も友達を連れて来てくれてお客の入りもそこそこになった。
オープニングは名前は忘れたが地元の若者がやってくれた。
こちらもなんかリラックスした感じでPAにトラブルがあったがそんな事も気にしないライブだった。
6月25日(土)曇り後雨 札幌市《Lib Gallery》NEW
午前中天気も悪かったので定山渓の手前にある小金温泉に行く。
露天風呂が川の側にあり、良いかじである。泉質も良い。
『リブギャラリー』は札幌と言っても盤渓という山深い宮ノ森シャンツェの近くにある。
標高もあって涼しい。店内は木造の感じで陶器や木彫の家具が展示されている。
広くて響きも非常に良かった。オーナーの大利さんはギャラリーの他に広告サインの仕事が主な仕事だという。
ここでやることになったのは去年くうでやった時にお客さんで来ていた
三浦さんという方が僕の音楽に非常に興味を持ってくれてここを紹介してくれたのだ。
PA機材も三浦さんが借りてきてくれて鳴らしてみたらこの空間と相まって非常にいい音がする。
今まではクラッシックの方が音響無しでやっていたそうなのだが僕の場合は有ったほうがいいということで
初めて音響機材を持ち込んでのライブになった。
静かな札幌の山の中にスライドギターが響く。こちらもいい気分でライブが出来た。
羅臼の話をしていたら羅臼に居たことがある女性が居てなんと金ちゃんの弟と同級生だった。
住居も有り、泊もOK。すっかりいい気分で酔ってしまうのであった。

お店の前で大利さんご一家に座っているのが三浦さん。
6月26日(日)晴れ 札幌市《八剣山野外コンサート》&《フライヤーパーク》NEW
朝ご飯をいただいてから三浦さんの案内で八剣山に向かう。
今年で5回目という八剣山野外コンサートに出演した。
くうで一緒にやったジャイアンやインターナショナルリトルコンボの面々も参加して
バーベキューをしながらの楽しいコンサートであった。
姫路のウオーターズのあっちくんも里帰りしていて顔を出してくれた。
フライヤーパークは札幌の南部、平岸という所にある。
マスターの宗形さんは昼間の八剣山にも出演していた。
さすがにツアーの最終日に2連ちゃんはこたえる。なんせ全14本の大ツアーだったのだ。
がこの日はモジョハウスという札幌の二人組が一緒にやってくれるのでこちらも最後の力を振り絞ってやるしかなかった。
モジョハウスは以前から名前は良く聞いていた。
日本晴れレコードのミュージシャンであり、僕も一緒にやれるのを楽しみにしていた。
以外に二人とも若く音を聞いているとやはり日本晴れの臭いがぷんぷんした。
パワーもあって同じように日本中ツアーをしている。この後僕と同じで九州ツアーをするという。
同じ場所もあり、すれ違いだねと笑っていた。
しのぶさん、ディーポの狩野さん、高橋君や木下君。みんな一月に2度も来てくれた。
高橋君は皆勤賞ものだ。打ち上げは木下君達と居酒屋でラーメン。
涼しい札幌の最後の夜は無事ツアーを終えた安堵感で満たされていた。
6月27日(月)曇り
木下君ところでお世話になり、午前中は近所の温泉にいって旅の垢をおとした。
午後から高橋君と彼の知り合いで釣りのプロ『畑山さん』ところにおじゃまする。
僕にぜひ会わせたかったそうだ。釣りに音楽が大好きという。
畑山さんは本職はカメラマン。そしてダイワのフィールドテスターもやっている。
ライクーダーが好きだというので何曲か目の前で弾いたら感激してくれたらしく、3、4万もするリールをくれた。
さらに僕のカメラの調子が悪いというと「そこのカメラあげるよ」と1眼レフのカメラまでくれた。
ほんまにええんかいなと思うほどだった。来年はぜひライブで会いましょうと畑山さんのオフィスを後にする。
高橋君ともこれでお別れだ。思えば羅臼以来ずっと一緒だったような気がする。お疲れさんでした。
小樽に戻り、吉倉家におじゃまする。
上陸した日の酔っぱらい運転が気になっていたのだが処分結果はなんと罰金20万円!!
なんてこったい。サリーちゃんは出産間近だというのに。
あじやに行って木本さんになんとか吉倉救済コンサートのお願いをした。
毎年最後の夜はこのあじやに立ち寄る。
しみじみとツアーを振り返りながらいっぱいやるのだがその件以来さすがにフェリー乗り場まで近いとはいえ飲めなかった。
フェリー埠頭にかもさんが見送りに来てくれて嬉しかった。
船が小樽を離れてゆく。汽笛がむせび泣く。また来年。今度は記録に挑もうと(北海道ツアー最多本数)誓うのだった。
あとがき
今年の北海道ツアーは全14本というこれまでで最多のツアー本数でした。(ちなみに去年は9本)
走行距離も3000kmを越えました。しかし羅臼の次に札幌入れたのは大失敗でした。
「もしかして僕が最多本数じゃない?」としのぶさんに聞いたら「18本やった人が居る」との事でした。
でも今回も来年はここでもやったらと声を掛けてくれる人が居てほんまに来年は18本が目標になりそうです。
本数やればいいってもんじゃないけど広い北海道。まだまだやれるところはありそうです。
各地でお世話になったみなさんほんとうにありがとうございました。
来年も必ず行きますのでよろしくお願いいたします。