11月17日(木)
博多に原口純子さんというシンガーソングライターのお姉さんがいて、7月に博多に行った時
「いそいちさん、奄美は良かったよう」という言葉を聞いてすぐにその場で榊さんという
奄美在住のシンガーソングライターに電話を掛けて貰った。榊さんは僕のCDをネットで買ってくれていて記憶にあった。
純子姉さんが「それじゃいそいちさんと変わりますね」と言って電話を代わって貰った。
「はじめましていそいちです。」これがそもそもの始まりだった。
榊さんは釣りでも有名らしい。
まず釣りという言葉に引っかかってすぐその場でずうずうしく奄美行きを決めてしまったのだ。
11月17日、11時55分、伊丹から飛び立った。沖縄行きと違い奄美行きの飛行機は少し小さかった。
あいにくの曇り空であったが1時間半ほどでいきなり雲が切れたと思ったら奄美大島の上空だった。
ギター3本を2本はカートに1本は手持ちで空港に降り立った。
大阪出る時はそこそこ寒いぐらいの気温だったがさすが奄美は温かい。20度くらい有る。
榊さんが迎えに来てくれていて、彼とは初対面であったが会うとなにかそんな気がしない。
奄美空港は島の北側にあるらしく奄美の中心地名瀬市までは1時間くらいかかった。
名瀬市の中心街を車で横切り榊さんの会社まで。彼は損保の代理店をやっていた。
どうりで時間に融通がつくはずだ。珈琲をいただいてから彼の家に向かった。
奄美の中心部から10分ほど走ったところに彼のうちはあった。
その晩榊家で黒糖焼酎を飲みながら釣りの話に?花が咲く。
榊さんは大学時代を大阪で過ごしたらしい。「へえそう、ところで何大?」
「桃山です。」「なあ〜んや。桃山かあ」僕の後輩であった。
いきなり態度がでかくなる。彼が1年の時に僕は4年生。キャンパスのどこかですれ違っていたかも知れない。
しかし偶然とはいえ桃山出身の二人が30年もの時空を越えて奄美で酒盛りをやっている。
縁とはおかしなもんだ。しこたまごちそうになり就寝。なんせ朝4時には起きなければいけない。
徳之島行きのフェリーは6時出航なのだ。
11月18日(金)徳之島《MAC》NEW
まだ酔いが残っているが起きなければいけない。4時過ぎに起きて準備をする。
まだ真っ暗な中を港に向かう。徳之島行きのフェリーは鹿児島から島づたいに来ているらしい。
1日にこれ一便だけなのだ。ところがフェリーに乗り込む時が大変であった。
ギター3本、普通ならバリアフリーでカートを引っ張ったまま乗れると思っていたら階段がある。
すぐに乗客の方が手伝ってくれた。やはり島の人はやさしい。
2時間半ほどの航海であったが海はけっこう荒れている。
島の北西を南西に船は進んでいるらしく左手に奄美大島が横たわっていた。
一緒にきっちり食堂で朝ご飯を食べて元気が出てきた。
9時前に徳之島上陸。ここでも客さんが手伝ってくれた。「MACでライブ?」「そうです。」
そのお客さんは今日のライブに来てくれるという。これもうれしい一齣であった。
島に降りると榊さんの友達が車を貸してくれた。
その車でいきなり釣り道具屋へ。まあ、釣りに来たようなもんだから。
奄美を出る時ちゃんと榊さんに竿を1本借りていた。
さっそく徳之島港で釣り。地元の人が釣っていたので覗いてみたら
綺麗な海になにやらカラフルな魚達が泳いでいるのが見える。
まるで水族館のように綺麗であった。さすが南洋。
何が釣れるか皆目解らなかったがとにかく竿を出す。
すぐに小さな当たり。平アジの幼魚であったがこれが徳之島で釣れた最初で最後の魚であった。
4時前にMACに入る。小さな島なのですぐに着いた。
MACは中に入ればほんまにちゃんとした?ライブハウスであった。
マスターの豊島さんが握手で迎えてくれた。突然モーリの話になり、これも面白い。
僕の友人にモーリというブルースお宅でその世界では知る人ぞ知る人がいるのだが
彼は徳之島出身で一度この店に来たらしい。それで豊島さんとすっかり意気投合したらしい。
豊島さんがモーリに電話を掛けて僕が今徳之島にいると言ったらモーリはびっくりしていた。
リハを始めて見ると音も良い。
みんなリハなのにしーんと聞いてくれていた。終わると拍手。な〜んか照れくさい。
でも初めての島で初めての音。リハでもちゃんとやってしまう。
次は榊さんの番。彼の音はもちろん初めて聞くのだが
海に対する気持ちや島のことをさりげなくだがきっちりと人の心に届く音であった。
こんなタイプの歌い手も少ないと思った。
さあ、本番。そこそこ人も入ってくれて最初はマスターの豊島さんのバンドから。
ブルージーで力強い島の男の歌だった。
榊さんは何度も唄っているらしくお客もいい感じで聞いている。
そして僕の番。初めてだし少し怖い感じがしていたが
みんなしっかり聞いてくれてこちらもついつい大阪ノリになってしまう。
ちゃんと笑ってくれて一安心。大阪弁と唄のギャップが面白かったらしい。無事終えてほっと胸を撫で下ろす。
さあ、後は飲むだけ。ブルースだと思って来たお客さんが多くて意外な展開にかえって良かったみたい。
お客さんの中にフェニックスというレストランをやっている女性がいて「もしよかったらうちでもやりません」
と言ってくれたかどうかさだかではないのだが「2月に沖縄に行くので」と言ったら
とにかく次回はそこでやろうということになっていた。
打ち上げは近所の居酒屋で。南の島料理に酔いもまわる。
後はあんまり憶えていないが気がついたら榊さんの友人で中さんという人の家にいた。

マックでの五十一

榊さんノライブ
11月19日(土)
朝、榊さんがスパゲッティを作ってくれてそれから釣りに出発。
島観光も兼ねてぐるっと回る。
この日はあんまり天気も良くなくて徳之島といえども波止場の上に立つと肌寒かった。
中さんの家の近くの港に行った時おじさんが波止場で竿をしならせている。
何が釣れているんだろうと聞いてみたらどうやらアラ(内地ではクエ)らしい。
それは楽しみだと釣り上げるの待っていたらいきなりプツンと糸が切れてしまった。
残念、30号のテグスを切っていく魚はほんとに見たかった。でもすごいところだ。
最後に案内された小さな港でいきなり腹がぐるぐる言い出した。
慌ててテトラの影に駆け込む。それからというものすぐにぐるぐる。またテトラ。
これの繰り返しになってしまい釣りどころではなくなっていた。
MACに帰って片づけをしている時もすぐにぐるぐる。
どうやら昼に食べたインスタントラーメンのおつゆがいけなかったらしい。
ときどきラーメンのおつゆにあたる。この日は最悪になっていた。
豊島さんに中さんがフェリーまで見送ってくれて徳之島を後にする。
2月にまた来ることになっていたが船の別れはいつもながら裏寂しい。
奄美に帰ってから榊さん行きつけの屋仁川通りにある一村という居酒屋に行く。
ここのご夫婦も音楽が好きで高田渡さんもこの店でライブをやったらしい。
明日はこのご夫婦も来てくれるという。しかし体調がいまいちでこの日は飲むのをひかえた。

マックの前で左が豊島さん、右が榊さん。
11月20日(日)名瀬市《ASIVI》NEW
榊さんが取ってくれたチケットがホテル着きだったので屋仁川通り沿いのホテルに泊まっていた。
朝、榊さんが釣りに行こうと迎えに来てくれたのだがこの日は強風で釣りにならず。
仕方なしに榊さんの家でくつろがせてもらった。
アシビは全国的にも有名なライブハウスで内地から来るプロのミュージシャンは必ずと言っていいほどやっている。
店内も広く100人近く入れそうで都会のライブハウスも顔負けである。
この日は榊さんのバンド『海畑(いのうと読む)』が一緒にやってくれることになっていた。
スペシャルゲストにピアニストの『村松健』。彼は一年の半分ほどを奄美で過ごしているらしい。
僕の時にも一緒にやろうということで海畑のリハの後チキンとトラブルトラベルを一緒にやることになった。
さあ本番。お客は榊さんや海畑のおかげでほぼ満員。
海畑の音楽は榊さんの唄の上に幾重にも音が重なり、榊さんの唄がよりしっとりと迫る。
村松健さんはさすがで初めて合わせたとはとても思えない達者なピアノであった。
島のライブの時はいつも騒ぐ酔っぱらいが付き物なのだがお客の方も酔いしれているのが解る。
僕の方は初めてでもあり、大勢のしまんちゅに少し緊張したかな。
海畑&村松健ユニットのおかげもあり、チキン、トラブルトラベルは盛り上がった。
最後にぶっつけで村松健さんに手伝って貰いウイスキーとさよなら小唄。
結構いい感じに出来たのではと思う。この日のお客さんは最後まできっちり聞いてくれた。感謝である。
打ち上げでカメラマンの人がえらい誉めてくれた。ちゃんと届いたと思うとうれしい。
打ち上げの後、さらに近所のブルース屋という店に。屋仁川通りはまだまだ宵の口みたいだった。

海畑のライブ

榊さんが撮影した僕。
11月21日(月)
昨日のライブで体力を使い果たしたと思ったらこの日は朝から釣り。懲りない釣りバカである。
わざわざ釣りの為にこの日を空けていたのだがそれにつき合ってくれる榊さんも大変である。
島の南部の方に車を走らせてマングローブが茂る入江の港で竿を出した。
まあ竿を出すことに意義があるなんてね。
いいアタリが来たと思ったらボラだったがこの辺ではボラはちゃんと食べるらしい。
最後に釣れたのが南黒鯛というチヌの南洋版。35cmくらいあったと思うがこれで坊主は免れた。
この黒鯛を持って一村に行き、お造りにして貰って食べたがやはり黒鯛は黒鯛でそんなに旨いものではなかった。
この日アシビでは田中まことさんのライブがあった。榊さんとちょっと覗いてみる。
彼とは久しぶりの対面である。向こうも憶えていた。
彼のライブをお客で聞くのは久しぶりである。しかしすごいテクニックであった。
アンコールで一緒にやろうという。「何やる?」と聞いたら「ジョージアなんかどう?」というので
やることになったのだがあまりやった事の無い曲でこちらも酔っていてたぶんぼろぼろだったと思う。
でもまあ久しぶりに田中氏と会えて良かった。
最後はまたまたブルース屋。黒糖焼酎が体の中に染みついてくるような夜であった。

南黒鯛。まるで漁師やね。
11月22日(火)
いよいよ奄美を後にする日。どうしても見ておきたいものがあった。
無理を言って榊さんに連れていってもらう。
それは『田中一村』のミュージアム。以前にNHKで見て以来、一度彼の原画を見てみたいと思っていたのだ。
一村は奄美に来て5年働き、3年絵を描くという生活を極貧の中で送った、孤高の画家である。
その原画を見たとたん得も言われぬものが込み上げて来た。大胆な構図に精緻な描写。
シュロの葉の向こうに見える奄美の海。素晴らしいの一言では言い表せない感動であった。
いや、行って良かったと思った。
昼飯を少し戻ったところにある一昨日来てくれた人がやっているレストランに行く。
村松健さんおすすめの店でそんときチキンライスが食べたいと言っていたのだがメニューにはない
チキンライスをわざわざ作ってくれた。さらに超ボリュームのポークチャップ。
僕は全部食べたのだが榊さんはさすがに残していた。僕って食べ過ぎ?
まあそんなことで奄美を満喫して機上の人になった。
あとがき
はじめての奄美ツアーをチョイスしてくれた榊さん。感謝感激です。
2月にまたまた行くことになり、今度は喜界島→奄美大島→徳之島→与論島→沖縄本島3ヶ所の
大南洋ツアーになってしまいました。またまた釣り道具抱えて行きますので
奄美のみなさんよろしくです。