大東北ツアー日記秋編

10月7日(金)東村山市《ジュークジョイント》
一年ぶりの東村山。駅から歩いて5分ほどのこの店はなぜか居心地が良い。
地元の音楽好きが来るのと遅くまでやっているので
飲み足りない酒好きやお水の姉ちゃんがふらっとやってくる。
そんな店でのライブ。石井さんや前にも来てくれた方々に混じって前ちゃんも来てくれた。
都心の茅場町からはずいぶん遠いだろうに。
その店でしか会えないお客がいるのもいい。ローカルだが東京都とは思えないのがまたいい。
長丁場の東北ツアーの皮切りにリラックスしたライブになった。
泊は茅場町の前ちゃん宅。1時間半はかかった。
10月8日(土)西早稲田《ジェリージェフ》
連休の土曜日で学生もサラリーマンも休みでどこかへ出かけたらしくこの日はお客は少なかった。
前回がほぼ満員だっただけに肩すかしだった。
でもZZ-KINGさんや理都も来てくれてほっとした。
ZZ-KINGさんは大阪で来てくれたお客で彼に言わせると大阪の方がMCはずっと面白かったらしい。
まあ、大阪でやる時はつっこみがあるからねえ。
10月9日(日)国立市《かけこみ亭》
前ちゃん宅を後にして国立に向かう。20号線で谷保神社を右折。
かけこみ亭も1年ぶりだった。
前日が神戸の光玄だったのでお客の入りが心配だったが以外に(笑)多かった。
組木絵作家の中村さんや二日連ちゃんのZZ-KINGさんに理都達。
これは楽しいライブになった。つっこみもちゃんとあったからこちらも乗るのだ。
ZZ-KINGさんに言わせると今日のライブは大阪に近かったそうな。
10月10日(月)
ボケさん宅を後にしてさあ東北へ。毎回東京から東北に行く間に回転寿司を食べる。
6号線で松戸を過ぎた辺りに築地の寿司屋の支店がある。
確か大漁寿司と言ったと思うのだがツアー中のささやかな贅沢。
コハダが大好きでここのコハダはまあまあいける。最初にコハダを頼み、最後にコハダで締める。
この日は小名浜の近くまで移動。
10月11日(火)
朝から小名浜港で釣り。今まで入れた7号埠頭などは入れずアクアマリンの先の埠頭で釣る。
良い型の鯖が上がっていてもちろん鯖狙い。最大で38cmの鯖が7本。
夕方開きにして塩で締める。
道の駅ならはで温泉に入り、就寝。
10月12日(水)
相馬まで移動してまたも鯖釣りをしたが2本釣れただけ。
昨日釣った鯖を釣ってる間に天日干し。ええ感じに干し上がった。
仙台のサテンドールのマスター岡崎さんに電話を入れたら
こちらにおいでというのでおじゃますることにする。
お土産はもちろん小名浜港の鯖の天日干し。
岡崎家で一緒に食べたがめちゃウマ。我ながら自分で作った干物の塩加減に感心する。
10月13日(木)山形市《Bar Tarji》NEW
仙台の南名取市の関上港で釣りをしようとしたが何にも釣れていないので辞める。
山形市に向かう。山形市に行くのは何年ぶりだろう。多分5年ぶりくらいだと思う。
山形市の繁華街七日町にBar Tarjiはある。本当はホフマンという店でやる予定だったのが
急だった為、ほんとに急遽この店をホフマンのマスターが紹介してくれたのだ。
綺麗に舗装された(5年前はこんなに綺麗ではなかった。)道を文書館の方から入ると
マスターのしょう太さんが待っててくれた。
彼はまだ若く30過ぎと言ったところ。
階段を少し上ると雰囲気のある木造のドアがあり、中に入ると落ち着いた実にシンプルな小さなバーがあった。
薄暗い照明の下でリハをしたのだがまるでトムウェイツでもやってそうな雰囲気になる。
奥さんが山形の方で東京で唄っていたしょう太さんはそれにつられて
この店を1年くらい前にオープンしたのだそうだ。なんと須藤もんさんとも知り合いなのだ。狭いねえ。
レコードのコレクションも結構あって今時プレーヤーで音楽を流しているこだわりようであった。
客は少なかったが懐かしい武田君が来てくれてほんとに嬉しかった。
そんなことで結構盛り上がりまた来年もぜひやらせてくださいと店を出た。
仙台まで帰る途中笹谷峠を通るのだがこれがすごい霧で数メートル先しか見えない。
冷や冷やもので岡崎邸に帰り着いたのであった。

ほんとに解りにくくてごめんなさい。僕を挟んで左がしょう太さん、おくさん。
10月14日(金)仙台市《サテンドール2000》
岡崎家でごろごろさせてもらって午後仙台港に釣りに行く。
ここも以前は入れたところが入れない。仕方なしに防波堤をよじ登り、長く突き出た堤防を歩く。
小さなサバが入れ食い。まあ、何にも釣れないよりはいいかとつってしまう。
この日のサテンドールは4人編成の若手のバンドがオープニングをつとめてくれた。
若いバンドなのにザ・バンドのウエイトなんてナンバーもやっていた。頼もしい好感が持てた。
彼らも僕には注目していたらしく良いライブになった。
打ち上げは釣りたてのサバの天ぷら。奥さんすんませんでしたねえ。
10月15日(土)
岡崎家を後にして七ヶ浜まで釣りに行く。
去年良い型のサヨリが釣れたので今年もと思っていったら海は少し荒れていて釣果もいまいちだった。
10月16日(日)古川市《一期一会》NEW
朝からもう一度七ヶ浜のサヨリにチャレンジしたが数匹が釣れたのみ。
一匹だけサンマサイズのサヨリが釣れてまあいっかとなった。

去年古川市の楽屋というところでやった時にお客として来てくれていたのが一期一会の野田さんだった。
えらい気に入ってくれて彼の経営する店でやろうという事になった。
古川市は仙台の北にあり、1時間ほどで着いた。
一期一会はどんな所かと思ったらラウンジのような店であった。
同じように春にPAをやってくれた若者がPAをやってくれた。
本番は少しざわついたがちゃんと聞いてくれてる人も多く、CDもよく売れた。
こんな人がいたのかと思わせたい野田さんの狙いも当たったようだ。
打ち上げは近所の居酒屋で。いい酔いが体の中を駆けてゆく夜だった。
10月17日(月)
ホテルのバイキングを腹一杯詰め込んでさあ、4日間もの休み。
とりあえず石巻に向かう。しかしたいしたものは釣れず。
その夜、石巻の北側に新しく出来た道の駅があってそこには温泉もあり、そこで一泊することにした。
温泉に入って寝ようかと思っていたら僕の車の横に一台の単車が荷物満載で入ってきた。
その若者はそこでテントを張りだした。どこから来たのかなと思って単車のナンバーを見たらなんと鹿児島から。
思わず「鹿児島から来たの?」と声をかけた。その若者は「そうでごわす」と言ったかどうか。
とにかくその若者と話しをしていたらこれから晩飯を作るとのこと。
それならと今日釣ったサヨリと旨い芋焼酎があったので一緒に食べる?と聞いたらすごく喜んでくれて
道の駅の駐車場で酒盛りになってしまった。
彼の事を一応『おいどん』と呼ぶことにする。おいどんは会社のリストラで辞めるはめになり、
時間も出来たので北海道まで旅の途中だという。
僕も今年は鹿児島市に行っていたので「天文館の入り口のところでライブしたよ」と話が盛り上がる。
そこへもう一人参加者。40才位に見えるそのあんちゃんは元々この道の駅で警備員をしていたとのこと。
こんなところで酒盛りをしているので注意されるのかと思ったが
気さくな人でそのあんちゃんを交えてまたまた酒盛り。
僕もいい気分になってギターを取りだし道の駅路上ライブ。
ドブロギターなんて見たことも聞いたこともない人達。えらい感激してくれてなんとCDが欲しいと言う。
「無理しなくても良いよ」と言ったがおいどんはアルバム3枚とも買ってくれてあんちゃんも1枚買ってくれた。
えらい展開になってしまった。
おいどんにあんちゃんは泊においでと言っていたが二人とも今日はパーキングホテルにした。
あんちゃんは帰り、片づけようとしていたら雨がぽつりぽつりと降り出した。
慌てて片づけて就寝。思わぬ楽しい夜になってしまった。
10月18日(火)
朝、目覚めるとおいどんはもう起きていた。「これからどうするの」とおいどんに聞くと
金華山の方へ行くと言う。僕も金華山の手前の港で釣りをするというとおいどんは「一緒に釣りに行っても良いですか。」
と言う。それなら一緒に金華山へ釣りに行こうという事になった。
僕の車の後においどんの単車がついてくる。鮎川という港まで40分くらいだった。
初めての港であったが釣り人を見かけたのでその波止場で竿を出すことにした。
おいどんに「釣りはしたことがあるの?」と聞くと「錦江湾で少し」と言う。
たぶんサバが釣れるだろうとおいどんに仕掛けを作ってあげて遠投の釣りの仕方を教えた。
僕が仕掛けを作って居る時おいどんの叫び声。「うわ〜」見ると竿がひん曲がっている。
いきなりのヒットに僕も驚いた。ビギナーズラックというやつである。
あげてみると40cm近いサバだった。おいどんの興奮はすごいもので「こんな大物釣ったの初めてでごわす」
と感激していた。僕も竿を出すと直ぐに当たり。それからというものおいどんも入れ食い、僕も入れ食いで
昼飯を食べようと言うことになった。僕はおいどんの為に釣りたてのサバをムニエルにして食べさせてあげた。
それにも彼は感激して「こんな贅沢は初めてでごわす」と言っていた。
きっと彼のこの旅の強烈な想い出になるに違いないと思った。
午後からも釣りは続いて結局クーラーボックス2つは満杯になり、
おいどんが釣る魚を僕が直ぐに開きにして海水に漬け込む。こんな流れ作業。何か水産加工会社のようになっていた。
サバは足が速く釣れると直ぐに血抜きをしなくてはいけない。その防波堤の上は血だらけになっていた。
おいどんが「これが殺人現場ですね。」とか言って「凶器はこれか」と包丁をさわったりして喜んでいた。
4時頃まで釣って、釣果はたぶん大型サバ50本くらい。よく釣ったもんだ。
僕は明日も休みなので気仙沼の方に移動しようと思っていたのだがあまりにもサバが釣れすぎた。
おいどんは昨日のあんちゃんのところに泊に行くという。
そのサバの処理の為にも僕もあんちゃんところに泊めてもらう事にした。
僕は知らなかったのだがおいどんとあんちゃんは昨日の道の駅で5時に待ち合わせをしていたのだ。
慌てて道の駅に行ったのだが5時20分くらいになっていた。
あんちゃんはもういなかった。おいどんが彼の電話番号を聞いていたので電話をかけるとすぐにあんちゃんは来てくれた。
僕が「サバが釣れすぎて、みんなで今日はサバずくしで食べませんか」提案したら快くOKしてくれた。
途中のスーパーで買い物をしてあんちゃんの家におじゃまする。
道の駅から10分ほどだった。あんちゃんは一人暮らし。家は平屋で立派なキッチンもあった。
早速料理に取りかかる。サバフライにしめさば、食卓はサバで溢れた。
みんな旨いうまいと喜んで食べてくれた。久しぶりの満腹においどんも僕もぐっすりと寝込むのだった。

サバの大漁で得意満面のおいどん。
10月19日(水)
朝から夕べのサバのアラでアラ汁を作ってあげた。おいどんにはきっと久しぶりの充実した朝ご飯だったにちがいない。
残りのサバをあんちゃんにあげてそれでも残り、後は開きにして釣りながら天日干しをすることにした。
まだ20匹も残っていた。おいどんも僕も新たな旅に出る。あんちゃんにお礼を言って僕は気仙沼に向かった。
気仙沼港にはサンマ漁船がびっしり接岸していた。
船の後ろの所属港を見ると宮崎やら高知やらずいぶん遠方から来ている。
ここまでサンマを追いかけてくるんだと感心する。
気仙沼港ではやはり釣れるのはサバ。今年は大型サバの当たり年だそうだ。
釣りながら昨日釣った鯖を天日干ししているといろんな人が声を掛けてくる。
「こんなにどこで釣ったの?」とか僕の車のナンバーを見て「大阪から!」と驚いていたり様々で面白い。
しかし気仙沼港は大して釣れなかった。

出かける日の朝、あんちゃんとおいどん
10月20日(木)
この日も休みで昨日気仙沼の人に「大船渡でよくつれているそう」と聞いたので大船渡に行くことにする。
その前に広田半島に行ってみたが港を間違えて大失敗。
しかしいい温泉を見つけてそこで一服。大船渡には夕方についた。
大船渡で釣りをするのは初めてだった。
少しだけ竿を出したが直ぐにサバが食いついてきて明日は朝からここでと思うのだった。
10月21日(金)盛岡市《Ayano's Bar》NEW
午前中だけ竿を出したが5本ほど鯖が釣れて昨日のと合わせていいお土産が出来たと盛岡に向かう。
大船渡から3時間ぐらいで盛岡に着く。
この日斉藤哲夫さんやシバさん達もフォークジャンボリーというイベントで盛岡に来ていた。
同じ日にこんなイベントがあるんなら僕は一人別の所だしお客は期待できないだろうなと思いつつ
シバさん達の楽屋に顔を出した。哲夫さん、三上寛さん、よしだよしこさん、みんな今日東京から着いたのだ。
さらに高坂一潮さんや楢さん、やなぎの顔も見えた。哲夫さんによしだよしこさんを紹介して貰う。
よしこさんも僕に会いたかったらしくこちらも会えてよかった。
いろんなところですれ違いで特に東北のきよかんさんとかは主催が重なっていて沖縄でもそうであったりして
なにか親しみが湧く人であった。
楽屋でしばらく話し込んでから僕はアヤノズバーに向かう。
アヤノズバーは盛岡の繁華街の方にあった。
そこそこ広い店であいにく店主の調子さんは用事で居なかったがスタッフの方がちゃんとPAもしてくれた。
本番にお客が入るか不安であったが以外に入ってくれてお店に感謝であった。
もちろん打ち上げにサバのムニエル。みんな大喜びであった。
打ち上げを早々に済ませてシバさん達のフォークジャンボリーの打ち上げに乱入した。
「なんでいそいっちゃんがここにいるの?」と不思議がられながらもずうずうしく。
こっちも久しぶりの哲夫さん達との間で酔いが回る。
ほんとに不思議な盛岡の夜であった。
10月22日(土)宮古市《カントリーズカフェ》
朝、シバさんにサバの干物をプレゼントしようと彼らの泊まっているホテルを訊ねた。
彼らはこれから石巻へ移動だという。まあ珈琲を飲みながら五十一水産特製の鯖の干物を渡す。
釣れたての魚に天日干しで天草の天然塩を使いこれだけでも充分すごい干物なのだ。
シバさんも喜んでくれたが果たして食べることができたであろうか。
フォークジャンボリーのみなさんと別れて宮古に向かう。

宮古に着いて少し時間があったので竿を出すが何にも釣れず。
しかしこの日カントリーズカフェは満員のお客さん。こちらもテンションが上がる。
杉下さん初め一度来てくれたお客さんやで深夜まで盛り上がった。
もちろん鯖の干物が打ち上げには登場。少し冷える夜だったがいい夜だった。
10月23日(日)
宮古では釣れないので大船渡まで戻る。
例の波止場でまた鯖釣り。しかし風が強かったのと疲れが出て早めに切り上げて就寝。
10月24日(月)花巻市《爽泡》NEW
朝から2時過ぎまで大船渡で釣りをしたが、クーラーボックス一つが満杯になるほど釣れた。
これでお土産はばっちりである。
大船渡から花巻までは2時間ほど。4時半頃には花巻に着き、マスターに迎えに来て貰った。
店は繁華街からは少しはずれたところにあった。
お洒落な居酒屋といった感じの店だった。ただパーテーションが多くお客は見にくいだろうなと思った。
去年主催者の宮澤君がお客が少し少なかったので今度は総動員で呼びますと言っていたのだがそのとおりになった。
60人以上のお客が来てくれたのだ。この日オープニングはやなぎ君がやってくれた。
しかし危惧していたお客が多くパーテーションが多いのでお客さんがステージに集中出来ないという感じで
ざわついてしまうのは仕方なかった。
まあでもこれだけ集めてくれて感謝である。打ち上げは大船渡産のサバ。みんな大喜びであった。
10月25日(火)弘前市《オレンジカウンテイ》
花巻は温泉の町である。いたるところに温泉があるのだがやはり大沢温泉方面に向かう。
紅葉は遅れていてまだ七部といったところであった。
昨日聞いた大沢温泉の更に上の鉛温泉に行くことにした。
背の立たないくらいの深い温泉に興味を持ったのだが・・・。
鉛温泉も歴史有る温泉であったが入浴料は700円とやや高い。
昨日言っていたその岩盤風呂に入ってみた。なるほど深い。お客は僕一人。がしかし風景はまったく見えず。
いろんな温泉があるので露天風呂にも入ってみる。ここは目の前の清流が眺められてまずまず。
でもやはり大沢温泉の方がいいなと僕は思った。

これが水深の深い岩盤風呂。たぶん1m50cmくらいあったと思う。

露天風呂から見た清流。

花巻から弘前まではかなりな距離だと思い早めに花巻を出た。
国道4号線で盛岡を過ぎたあたりから282号線に入り岩手山を左手に見ながら八幡平を経て鹿角を通り、
坂梨峠を越えて碇ヶ関に出るのだがこの坂梨峠は大変な峠であった。
たっぷり弘前に着くまで5時間かかった。
オレンジカウンテイでやるのはこれで2度目であるが、この日はお客さんは少なかった。
しかし地元の歌唄い、おとちゃも来てくれ、ほんとに聞きたいお客ばかりだったのでいいライブになった。
泊はおとちゃの家。弘前と五所川原の間くらいにあり、周りは一面のリンゴ畑であった。
おとちゃの家で酒盛り。車なので飲めなかったのがいっきに出てしまう。
温かいおとちゃのもてなしに心が和むのであった。
10月26日(水)黒石市《スナック ピュア》NEW
朝、もぎたてのおとちゃのおとうさんが作ったリンゴをお土産に貰い五所川原から鰺ヶ沢に行ってみる。
鰺ヶ沢の港ではたいしたものも釣れていなくて五所川原の千葉さん所、あさひ屋食堂に寄ってみた。
千葉さんはこの春には僕のライブを企画してくれて歳も同じということもあり、なぜか親しみの湧く人であった。
BOZというバーを食堂の隣で奥さんと二人でやっている。
魚ばかり食っていたので千葉さんに肉炒めを作ってもらった。
時々千葉さんが激しく咳き込むので少し心配になり「大丈夫?」と思わず声を掛けてしまうほどだった。
昼飯を食べて珈琲までごちそうになり、ゆっくりさせてもらってから黒石に向かった。
千葉さんは奥さんと二人で見送ってくれて・・・。
これが千葉さんとの最後の別れになるとは誰が思っただろう。やはりあの咳が原因の病気であった。
11月6日、千葉さんの訃報を聞いた時、信じられなかった。なんで・・・。
斉藤哲夫さんにも電話を入れたが彼らも五所川原で千葉さんが発起人になってフォークジャンボリーをやっていたのだ。
五所川原で欠かせない人、千葉さんの冥福をただただ祈るのみ。

そんな事になるとは予想もせずに黒石市に向かう。7号線に出て道の駅で休憩した後、走り出した。
少し入る道を間違えてもとに戻り、県道に入った。突然おまわりが飛び出してきた。
ああっ、「ここ40km制限のところ。お宅、60km出てたの」と津軽なまりで言われた。
「こんなところでやるなよ!」と怒ってみたが後の祭り、切符を切られてとうとう累積点数は7点になってしまった。
帰ったら免停だと思うと心が暗くなってしまった。
知らない道を走る僕らのようなミュージシャンにはこれは仕方がない出来事だと諦めるより他はない。
そうとは知らずこの日ライブの企画をしてくれた工藤さんご夫婦は運動公園で遅いなあと思いつつ待っててくれた。
今年春に鰺ヶ沢でライブをした翌日、昼飯をその会場になった滝和亭で食べていたら
偶然ドライブの途中で入ってきたのが工藤さんご夫婦であった。
僕の目の前に座り、何かの拍子に昨日のライブを知ったのだが、
その目の前にいる僕が出演していたことを知って
「もし良かったら黒石でもライブをしませんか」と声を掛けてくれたのだ。トントン拍子に話は進み今日になった。
ほんと数奇な出会いで、でもそれを大事に思うか思わないかで人との出会いは変わってゆく。
僕はいつもこんな出会いを大事に思う。
話は元に戻り、工藤さん達は遅いなあと待っていてくれた。
僕が駐車場に着くなり、違反切符を見せると「まあお気の毒に」とびっくりしていた。
気分を入れ替えてライブ会場のスナックピュアに案内された。
黒石市の繁華街に店はあり、2階に上がってゆくとシンプルな落ち着いた感じの店があった。
さすがに椅子はゆったりとした革張りの椅子でそこそこ広いのだが20人入れば満杯のようであった。
この日は20人限定のライブにしてくれたそうな。
ホテルもいいホテルを取ってくれていてすべて旦那さんが案内してくれた。
夕ご飯も美味しそうな蕎麦屋さんに連れていってくれて気遣いに感謝であった。
ライブの方は年輩の方達に混じって意外に若い人が多かった。
気合いを入れて黒石ライブは始まった。終わってみてその若者達にはきっちり届いていてくれた。
背中にサインしてくれだのでCDもよく売れた。工藤さんも喜んでくれて次回もぜひやろうと言ってくれるのだった。
打ち上げは近所の居酒屋で。数奇な出会いから始まった心地よい黒石の夜であった。

右から二人が工藤さんご夫婦
10月27日(木)
この日から2連休。もちろん釣りに行く。途中弘前で給油をしたがこのツアーの最安値118円であった。
ガソリン代の高騰はバカに出来ない。多分、このツアーだけで4000kmを越えるであろうから少しでも安く入れたい。
鰺ヶ沢から日本海沿いに南に下り、途中でエサ屋さんに寄ったのだがそこの大将は僕のこと憶えていてくれた。
車が変わったことまで憶えていてくれたのにはびっくり。よっぽど印象ぶかかったんやろうな。
しかしそのおじさんが教えてくれた港、不老不死温泉の港ではたいしたものは釣れなかった。
10月28日(金)
他の港に行っても大して変わりないだろうとこの日も不老不死温泉で釣り。
日本海に沈む夕焼けが見える露天風呂には間に合わなかったが不老不死温泉はいい湯であった。
ちなみに入浴料500円。
10月29日(土)大館市《歌笛みなみ》NEW
この日は朝から暴風雨で仕方なしにまた不老不死温泉に入る。
仙台から来たというご夫婦と一緒になり大広間でゆっくりくつろいでから大館に向かった。
大館でライブをするのも初めてであった。鷹巣町のむぎの唄のご主人、小笠原さんが今回は頑張ってくれた。
イベントにするというので早めに大館に入った。みなみは直ぐに見つけられた。
入ってみるとなにやらけばけばしい一昔前の喫茶店という感じなのだが店の奥に蔵があり、
そこがライブ会場になっていて外とは大違いのいい感じであった。
きよかんさんもこのイベントに出演する。久しぶりの出会いに嬉しかった。
能代のバラードのマスターが司会進行役をかって出てくれてライブは始まった。
銀行の支店長やら農家のあんちゃんやら出演者は多彩であった。
僕の前にやってくれたロックンロール野郎達はみんな農家であった。
きよかんさんの歌も久しぶりに聴く。僕がきっかけで始めた彼の歌は『魂の歌派』というだけあって説得力がある。
これも年輪のなせることだろう。彼はもう歌がライフワークになっていきそうであった。
僕のライブも無事終わり、打ち上げにはいる。楢さんも来てくれていていろんな話に花が咲く。
きよかんさんの話には少し驚くものがあったが・・・。泊は一泊2800円の素泊まり旅館。
ロックンローラー達も泊まるというので急遽僕の部屋で一緒に泊まることになった。
部屋で彼らと話をしたがみんないい奴で米を作っている専業農家だという。
明日の日本の農業の未来は君たちにかかっているのだ。なんてね。

みなみの蔵でのライブ風景
10月30日(日)
朝、ロックンローラー達と別れて移動。ひたすら7号線を走り、酒田港で少し竿を出してみるが暴風雨になり中止。
ほんとはこの日いつもの遊佐町の酒屋でライブの予定だったが何か事情があって中止になっていた。
鶴岡の町に入るとなにかほっとする。懐かしい大松庵が見えてくると姉の実家にでも帰ったような気になる。
子供達にささやかなお土産を渡す。
酒田港でいつもならいっぱいの魚を釣って行くのだがこの日は大船渡の塩サバがお土産になった。
10月31日(月)鶴岡市《Bar Chic》
朝は加茂港でサヨリ釣り。この辺のサヨリは小さくたいした釣果にはならなかった。
シックに5時頃はいる。いつもの江藤さんがPAでもう安心だ。
なんといってもこの店はお客がそこそこはいつも入ってくれる。
落ち着いた店でお客もいい。亀井さんや山口君、みんなもう長い付き合いになる。
なぜかあの応援団長斉藤君が居ないのが少し気になった。
しかしいい雰囲気でライブは終了。打ち上げは得体の知れないいつもの店。
もしどこかに住むとしたらと聞かれればこの町をあげるだろう。
11月1日(火)
この日は休みで大松庵に引き続き逗留。一番下のゆりのちゃんが休みなので釣りに連れてゆく。
加茂港でいい天気の中、のんびりサヨリ釣り。
驚いたことにゆりのちゃんはサヨリを10匹近く釣って大喜びであった。
晩飯はサヨリの天ぷら。またたくまに無くなっていた。
11月2日(水)新潟市《JAMS》
三日もお世話になった大松庵を後に新潟に向かう。
途中、旧7号線の峠にある湧き水を汲んで帰る。これが大阪へのお土産。
鼠ヶ関で少し休憩した後新潟大学の側のジャムズにつく。
この日は渋谷君抜きでやってみたがやはりお客は少なかった。やっぱり渋谷君抜きで新潟のライブは無理なのか。
マスターも申し訳なさそうにしていたがまあ、こんな日もあるさ。
11月3日(木)新発田市《ナイツブリッジ》
新潟東港で朝から竿を出すが急に天候が変わり、またもや暴風雨になった。
北国に冬が近づいているのだろう。仕方なしに聖籠にあるザブーンという温泉に入る。
そこで後ろから声を掛けてきたのは去年お世話になった村上の人だった。

この日のナイツブリッジは二宮君ご一行を始め、久しぶりにアン君夫婦やいろんな人達で満員になった。
昨日が小なら今日は大、いろいろさ。でもやはり、気持ちとしてお客は多い方がええ。
11月4日(金)
さあ、東北ツアーはこれで終了。一路最後のライブ地四日市を目指す。
最後が四日市なんてなんか変。
11月5日(土)
ツアーの釣りの最後は福井新港。ここで釣りの最後にふさわしいあるものが釣れた。
それはなんとトラフグ。30cm近いサイズとしてはそんなに大きくは無かったがなんせ天然の虎河豚。
大阪で食えば1万円はくだらない。しかしこれは裁くのに素人は出来ない。
釣り人の多くがこれを自分でやってしまって死んでいるのだ。
大阪に持って帰るにはまだまる二日もある。しかし、氷で締めればなんとかもつだろう。
いいお土産が出来たもんだ。
11月6日(日)四日市市《前田屋》
まるまる一ヶ月の大東北ツアーも今日で終わり。
疲れ切った体を鞭打つように四日市にたどり着いた。
名古屋から高木さんや鈴鹿から楠野さん夫婦も来てくれて和やかなライブになった。
しかし音が悪い。どうにかならんもんかと思ってしまう。
でもこれで終了。自分でお疲れさんと言いたくなる。
そのまま大阪に向かう。最後の力を振り絞って・・・。

あとがき
年が変わってこの物語を書く羽目になってしまった。
この旅日記を楽しみにしてくれている人も少しはいるはず。
ほんとに遅くなって申し訳ない。
しかし2005年になって飛躍的にライブの本数は増えている。東北もしかりである。
そうなるとこの日記を書く時間がだんだんと無くなり、言い訳ですがこんなに遅くなってしまった。
でも楽しみにしてくれている人が少しでもいる以上、この日記は書き続けなければと思う。
東北ツアーは特に今回は17ヶ所の予定だったのが直前で遊佐が無くなり、
16ヶ所になったがそれでも数年前を思うと隔世の感がある。
それぞれにお客も増えてありがたいことだ。
今回のいい想い出は黒石のスナック。そしておいどんとの出会い。
今頃彼は鹿児島にたどり着いただろうか。もう一度今度は鹿児島で会いたいものだ。

そして11月6日に亡くなられた五所川原の千葉さんには心よりご冥福をお祈りします。
天国で僕の旅を見ていてください。