■■四月ばか■■
 〜火村SIDE〜

たまき


本来アリスという奴は、正月の初詣、若草山の山焼き、節分、お水取りと季節行事にうるさい。今年のバレンタインとホワイトデーには、歳を考えたのかあまりはしゃぎはしなかった。だがその分、四月の一日に命をかけてくるような気がする。普段は締め切り以外暦と無関係の生活をしているくせに、こういうイベントには情熱を燃やすのだ。
さて、今年はどんな嘘を仕掛けてくるつもりやら。

この数年、毎年うまく騙されてやった「仕返し」という大義名分の元、十分に楽しませてもらっている俺としては、お手並み拝見といった気分で金曜日の夜に夕陽丘へ向かった。


夕食が終わり、酒を飲み始めた頃、アリスが呟いた。
「火村、俺、見合いせんならんねん」
あまりに使い古されたネタに溜め息が出た。
「へえ。とうとうおまえも年貢の納め時か」
ここまでベタな嘘では騙されてやる気にもならない。もう少し脳細胞を使ってやれよな、センセイ。
曲がりなりにも印税で食っている推理作家のアリス先生は、思った通りの膨れっ面をしてみせる。
芸がなさすぎるのは、もしかしたら…倦怠期…なのか?
「納めた方がええんか?」
「納められるんなら納めちまえよ。滞納してると後が大変だぞ」
「…本気で言うてるん?」
お。ちょっとは演技力がついてきたか。だがまだまだそんなことでは俺は騙せないぜ。
「おまえももう若くないんだ。早いとこ身を固めてガキでもつくって幸せに暮らせ」
ひらひらと手を振って、この話題はここまでだと宣言しようとした俺は、アリスのでっかい瞳から年甲斐もなくポロポロと流れ落ちる涙に仰天した。
こいつ、いつの間にそんなワザを会得した?
「お、俺がトシやから…も、もう、若うないから…お払い箱…な…ん?」
はあっ? 何を言ってやがる。
「おいアリス、いい加減にしろよ。もういいだろう」
「もうええってどういうことや。もういらんってことか? 君には俺は必要ないって…」
なんなんだ、こいつ。頭と涙腺の両方が故障してるんじゃないのか?
呆れ返っている俺の前でアリスがずずっと大きな音を立てて洟をすすった。見かねてティッシュの箱を投げてやると、とんでもない音をさせてたて続けに洟をかむ。
「おいおい、アリス」
あっという間に丸まったティッシュがいくつも床に散乱する。
「もうええ」
そうそう。お遊びはおしまいにしよう。これから二人でヤルことはいくらでもあるだろう。
ニヤけそうになった俺の目の前に、アリスが大きく開いた右手を差し出した。
「なんだ?」
「鍵」
「はあ?」
「俺かて男や。この期におよんでごちゃごちゃ言わん」
なんだ、こいつ。締め切り明けでもないだろうに。まだ酔っ払うほど飲んでもいないはずだし。
「君に渡したマンションの鍵や。返せ」
突拍子もないことを言い出しやがる。しかも、なんなんだ、その怒ったような眼は。俺をかつげなかったからって、そこまで機嫌を損ねることはないだろう。
「アリス、いいかげんにしろよ。なんだよ、その態度は」
「それはこっちの台詞や。別れたいんやったら、もっと早う言えばよかったんや。なにもこんな…渡りに舟みたいなやりかたやのうても…」
アリスの顔が見る間にくしゃくしゃになる。だがそれ以上にパニックをきたしたのは俺の方だ。
「誰が別れたいなんて言ったよ!」
「俺に見合いせぇて…身ぃ固めてガキつくれて言うたんは誰やねん!」
「な…っ、おいっ、ちょっと待て!」
「待たれへんわボケっ! どうせ俺は子供も産まれへんし、若ぅもないわ!未来のある助教授先生に捨てられたかて仕方ないわな!」
「こ、こらアリス、落ち着けって!」
「うるさい、うるさいっ! どうせこれが最後や。おおっ、見合いでもなんでもしたるわ! そんで結婚してガバガバ子供産んだる!」
子供を産むって、どうやっておまえが産むんだよ、ばか。
「見合いって、マジか?本当に、本当の見合いなのか?」
「俺の言うことなんかなんも信用してへんのやな! もうええから、早よ鍵渡して出ていってくれ!」
「待てって! じゃ、嘘じゃなかったのか? 俺を騙そうとしたんじゃ…」
「そんな悪趣味な事、俺がすると思うてたんか!」
鍵を奪おうと強引にポケットに手を突っ込みながらアリスが喚いた。
「君にとって俺はそんな奴なんか!」
「ち、違う。聞けよ、アリス。今日はエイプリルフールだから…だからてっきり…」
「アホボケカス〜〜っっっ!!! 今日はまだ3月31日じゃ、…っの、ボケぇッッ!!!」
「………」

――― アリスの言うとおり。
日付が変るまで、まだあと2分30秒ほど猶予があった。

「エイプリルフール」 〜アリスSIDE〜


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