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since Sept/2002
★死刑判決および判決公判で死刑判決となる可能性のある(死刑求刑も含む)判決予定公判を記しています(☆判決予定公判の文章内にある被告人の年齢は判決予定日のときの年齢とは必ずしも一致しない)。
★ひと目で分かるように事件概要や被告人名を赤文字で記しています。
★判決に対する上訴(猶予期間は判決の翌日から2週間)や上訴の取り下げなどがあった場合、その判決についての記載に補足する形で記すようにしています。
参考文献・・・『毎日新聞』など
死刑判決ニュース [ Sept/2002〜2005 ] [ 2006〜2009 ]
[ 2010〜 ] ↓
☆---判決予定 ★---判決済み
<日付は下(↓)が古く、上(↑)が新しい>
☆2012年(平成24年)4月13日、さいたま地裁(大熊一之裁判長)で首都圏連続不審死事件で殺人罪などに問われている木嶋佳苗(36歳)に対する判決公判が開かれる予定。裁判員裁判の公判回数は計38回(予備日含む)で、1月5日の裁判員選任手続きから起算した裁判員の在任期間は計100日。いずれも過去最多・最長とみられる。木嶋が起訴されている3件の殺人と6件の結婚詐欺(未遂を含む)、1件の窃盗の計10件を6人の裁判員が一括審理する。裁判員候補者は330人に上る予定。木嶋側はすべての事件を否認し無罪を主張するとみられる。
★2012年(平成24年)1月16日、最高裁第1小法廷(宮川光治裁判長)は2006年7月、岩手県洋野町の母娘殺害事件で強盗殺人罪などに問われた青森県五戸町の塗装業の若林一行(35歳)に対し、被告の上告を棄却する判決を言い渡した。1、2審の死刑判決が確定する。1、2審判決によると若林は2006年7月、女性会社員(52歳)方に侵入。女性と次女(24歳)を殺害し、現金を奪って遺体を山林に遺棄した。1審は罪を認めたが控訴審で否認に転じ、上告審でも無罪を主張していた。小法廷は「計画性が高く、生命の尊厳や死者に対する畏敬(いけい)の念は感じられない冷酷、残虐な犯行」と述べた。
★2011年(平成23年)12月27日、長野地裁で2010年3月に長野市で会社経営の金文夫(62歳)ら一家3人が殺害された事件で、強盗殺人と死体遺棄の罪に問われた4人のうち、金の会社の従業員の伊藤和史(32歳)の裁判員裁判の判決があった。高木順子裁判長は「3人の命を奪った結果は重大で、首謀者として中心的な役割を果たした」と述べ、求刑通り死刑を言い渡した。裁判員裁判での死刑判決は12例目。この事件で起訴された被告への死刑判決は3人目で、同一事件の裁判員裁判では最多。弁護側は、強盗目的を否定し、殺人罪の適用を主張して死刑回避を求めていた。判決によると、伊藤は2010年3月24日、別の3被告と共謀し、金宅で金と長男の良亮(30歳)、良亮の内縁の妻の楠見有紀子(26歳)の3人の首をロープで絞めて殺害、現金計約416万円を奪い、翌25日、愛知県西尾市の資材置き場に3人の遺体を遺棄した。また、伊藤は2008年7〜8月、知人男性(35歳)の遺体を車に積んで兵庫県尼崎市から長野市に運び、貸倉庫に隠して遺棄した。一家3人殺害事件では、共犯の松原智浩(40歳)、池田薫(35歳)両被告も長野地裁で死刑判決を受け、控訴している。
★2011年(平成23年)12月26日、東京高裁で2008年(平成20年)11月17・18日、元厚生次官ら連続殺傷事件で殺人や殺人未遂などの罪に問われた無職、小泉毅(49歳)の控訴審判決公判が開かれた。八木正一裁判長は「精神疾患を発症していないことは明確」として、死刑を言い渡した1審・さいたま地裁判決を支持、控訴を棄却した。弁護側は「34年前に殺処分された愛犬チロのあだ討ち」という犯行動機は理解不能で、完全責任能力を認めた1審判決は事実の誤認があると主張していた。八木裁判長は元次官ら殺害に至る論理について「特段の飛躍がない」として責任能力を認定した上で、小泉が動物の殺処分に限らず、国家行政への怒りや不満から元官僚らに対する殺意を抱いたと指摘。「『愛犬のあだ討ち』は犯行の口実として脚色された疑いが強く、重視するのは適切でない」と結論付けた。また、「人ではなく『マモノ』を殺した」とする小泉の無罪主張についても1審同様に退けた。1、2審判決によると小泉は平成20年11月17日夜、さいたま市南区の元次官、山口剛彦(66歳)宅で山口夫妻を刺殺。翌18日夜にも別の元次官の妻を包丁で刺し重傷を負わせるなどした。被告側が判決を不服として上告。
★2011年(平成23年)12月15日、最高裁第1小法廷(横田尤孝裁判長)は2005年(平成17年)4月、千葉県市原市のファミリーレストランで暴力団組員2人を拳銃で射殺したとして、殺人罪などに問われ、1、2審で死刑とされた元指定暴力団山口組系組長、浜崎勝次(63歳)の上告審判決で被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。同小法廷は「強固な殺意に基づく残忍かつ執拗な犯行」と指摘。さらに、「レストランの一般客ら無関係の市民が巻き添えとなる危険性が甚だ高かった犯行で、社会に与えた衝撃や不安は極めて大きい」として、死刑判決はやむを得ないとした。1、2審判決によると、元組員ら2人と共謀して平成17年4月25日夜、対立していた組の幹部=当時(45歳)=ら2人を市原市内のファミリーレストランに呼び出し店内で至近距離から発砲。計7発を命中させて2人を殺害した。
★2011年(平成23年)12月12日、最高裁第1小法廷(宮川光治裁判長)は北九州市の監禁・連続殺人事件で、7人を死亡させたとして殺人罪などに問われ、1、2審で死刑とされた松永太(50歳)の上告審判決で被告側上告を棄却した。死刑が確定する。共謀したとされる内縁の妻の緒方純子(49歳)は1審で死刑判決を受けたが、2審で無期懲役に減刑され、検察側が上告中。判決で同小法廷は、詐欺容疑などで指名手配中だった松永が生活資金を得るため、緒方の両親や妹をだまして同居した上、通電などの虐待を繰り返して多額の金を工面させていたと指摘。「人を利用して邪魔になれば殺すという理不尽な動機で、殺害方法も残虐極まりない。遺体を解体して遺棄させるなど犯行後の行動も非道だ」と批判した。
★2011年(平成23年)12月6日、長野地裁で2010年(平成22年)3月に長野市で会社経営金文夫(62歳)ら一家3人が殺害された事件で、強盗殺人と死体遺棄の罪に問われた4人のうち、金の会社の従業員の池田薫(35歳)の裁判員裁判の判決があった。高木順子裁判長は「同一の機会に3人の命が奪われた結果は重大。死刑をもって臨まざるを得ない」と述べ、求刑通り死刑を言い渡した。裁判員裁判での死刑判決は11例目。判決によると、池田は2010年3月24日、別の3被告と共謀し、金宅で、金と長男の良亮(30歳)、良亮の内縁の妻の楠見有紀子(26歳)の3人の首をロープで絞めて殺害、現金計約416万円を奪い、翌25日、愛知県西尾市の資材置き場に3人の遺体を遺棄した。
★2011年(平成23年)11月29日、最高裁第3小法廷で1999年(平成11年)と2003年(平成15年)、愛知県で交際していた女性2人を殺害したとして殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた無職の兼岩幸男(54歳)の上告審判決があった。那須弘平裁判長は「殺害後に遺体を解体するなど冷酷かつ残忍な犯行で、被害者に特段の落ち度もなく死刑はやむを得ない」と述べ、被告の上告を棄却した。死刑が確定する。判決によると、兼岩被告は1999年8月、愛知県蟹江町のアパートで、パート事務員渡辺愛子(43歳)と借金の返済資金を巡って口論となり、渡辺の首を絞めて殺害。2003年5月には、同県一宮市のアパートで、結婚を巡り口論となった清掃管理会社役員村井栄子(49歳)を絞殺し、遺体を切断して川や雑木林に遺棄した。
★2011年(平成23年)11月22日、最高裁第3小法廷で「マブチモーター」会長の妻子殺害事件など3事件で計4人を殺害し現金を奪ったとして、強盗殺人罪などに問われ、1、2審で死刑判決を受けた無職の守田克実(61歳)の上告審判決があった。寺田逸郎裁判長は「大金を得て遊んで暮らすため、落ち度のない4人の命を奪った結果は重大で、死刑はやむを得ない」と述べ、被告の上告を棄却した。死刑が確定する。1、2審判決によると、守田は2002年8月、小田島鉄男死刑囚(68歳)と共謀。千葉県松戸市のマブチモーター会長馬渕隆一(79歳)宅に押し入り、妻(66歳)と長女(40歳)を絞殺し、腕時計など約966万円相当の貴金属類を奪って火を付けた。
★2011年(平成23年)11月21日、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は地下鉄、松本両サリンなど4事件で殺人罪などに問われ、1、2審で死刑とされたオウム真理教元幹部遠藤誠一(51歳)の上告審判決で、被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。これにより、1995年の地下鉄サリン事件発生や教団施設への強制捜査から約16年半を経て、計189人が起訴された一連の事件の裁判は全て終結した。
★2011年(平成23年)11月18日、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は地下鉄、松本両サリンや坂本堤弁護士一家殺害など11事件で殺人罪などに問われ、1、2審で死刑とされたオウム真理教元幹部の中川智正(49歳)の上告審判決で、被告側上告を棄却した。死刑が確定する。
★2011年(平成23年)10月31日、大阪地裁(和田真裁判長)は2009年(平成21年)7月5日、5人が死亡した大阪市此花区のパチンコ店放火殺人事件で、殺人などの罪に問われた高見素直(43歳)の裁判員裁判で求刑通り死刑を言い渡した。和田裁判長は事件時の被告の完全責任能力を認めた。また、死刑の違憲性については「絞首刑は合憲」と判断した。裁判員裁判での死刑判決は10例目となる。起訴内容に争いはなく、争点は責任能力の程度と死刑の違憲性の2点だった。検察側は「覚醒剤使用後遺症による妄想があったが責任能力があった」と述べ、死刑違憲性については「死刑が合憲であることは最高裁判例で確立している」と指摘した。弁護側は「統合失調症による妄想に支配され、責任能力は限定的だった」と主張。絞首刑が人体に与える影響に詳しいオーストリアの法医学者らの証言などから「日本が採用する絞首刑は残虐で違憲」と争っていた。
★2011年(平成23年)10月25日、熊本地裁(鈴木浩美裁判長)は2004年(平成16年)と2011年(平成23年)2月、熊本県で計2人を殺害し1人に重傷を負わせた上、現金を奪ったとして、強盗殺人などの罪に問われた無職の田尻賢一(40歳)に対する裁判員裁判の判決で、求刑通り死刑を言い渡した。裁判員裁判の死刑判決は9例目。田尻は強盗殺人2件の起訴内容を認めており、2004年の医院長の妻に対する強盗殺人で自首が成立するかが争点だった。公判で検察側は、被告は2011年の高齢女性強盗殺人事件の取り調べ中に自白しており、自首に当たらないと主張。弁護側は「自白は犯人発覚前で、自首は認定される」と反論し、死刑を回避するよう求めていた。
★2011年(平成23年)10月20日、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は2003年(平成15年)に福岡市で起きた中国人3人組による一家4人殺害事件で、強盗殺人などの罪に問われた元専門学校生、魏巍(ぎぎ/31歳)の上告を棄却する判決を言い渡した。1、2審の死刑判決が確定する。小法廷は「金品を得るため生命の尊さを意に介さず、冷酷、残忍。4人の生命を奪った結果は極めて重大」と述べた。共謀した中国人2人は事件後に帰国し、現地で死刑と無期懲役の判決を受けた。1審・福岡地裁判決(2005年5月)は、国際捜査共助に基づいて中国の捜査官が作成した2人の供述調書を採用。弁護人は証拠能力がないと主張したが、小法廷は中国で作成された調書の証拠能力を初めて認めた。1・2審判決によると、魏は元私立大留学生=2005年に中国で死刑執行=や、元日本語学校生=中国で無期懲役が確定=と共謀。2003年6月20日、同市東区の衣料品販売業の男性(41歳)宅に押し入り、妻(40歳)と長男(11歳)、長女(8歳)を殺害して現金を奪った。4人の体に重りを付けて海に投げ込み、仮死状態だった男性も水死させた。
★2011年(平成23年)10月17日、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は2004年(平成16年)に福岡県大牟田市で起きた母子ら4人殺害事件で強盗殺人罪などに問われた一家4人のうち、父親の北村実雄(67歳)、長男の孝(30歳)の両被告に対し、上告を棄却する判決を言い渡した。いずれも死刑とした1、2審判決が確定する。小法廷は「冷酷非情で残忍な犯行。地域社会に与えた影響は大きい」と述べた。審理が分離された母親の真美(52歳)、次男の孝紘(27歳)両被告に対しては、最高裁が同月3日、1、2審の死刑を維持して被告の上告を棄却している。1、2審判決によると、4人は共謀し2004年9月18日、知人女性(58歳)を絞殺、女性の長男(18歳)とその友人(17歳)を拳銃で撃つなどして殺し、3遺体を車ごと川に沈めた。2日前には孝、孝紘両被告が女性の次男(15歳)を絞殺し、遺体を川に遺棄した。
★2011年(平成23年)10月3日、最高裁第2小法廷(須藤正彦裁判長)は2004年(平成16年)に福岡県大牟田市で起きた母子ら4人殺害事件で、強盗殺人罪などに問われた一家4人のうち、母親の北村真美(52歳)、次男の孝紘(27歳)の両被告に対し上告を棄却する判決を言い渡した。死刑とした1、2審判決が確定する。小法廷は「刑事責任は極めて重大」と述べた。審理が分離されている父親の実雄(67歳)、長男の孝(30歳)両被告の上告審も17日に判決が言い渡される。1、2審判決によると、被告4人は共謀し2004年9月18日、知人の女性(58歳)を絞殺、女性の長男(18歳)とその友人(17歳)を射殺するなどして、3遺体を車ごと川に沈めた。2日前には孝、孝紘両被告が女性の次男(15歳)を絞殺し、川に遺棄した。
★2011年(平成23年)7月26日、大阪高裁で2008年(平成20年)10月1日未明、大阪市浪速区の個室ビデオ店に放火して16人を殺害したなどとして、現住建造物等放火と殺人などの罪に問われ、1審で死刑判決を受けた小川和弘(49歳)の控訴審判決があった。的場純男裁判長は1審判決を支持し、弁護側の控訴を棄却した。事件は2008年10月に発生した。2009年12月、1審の大阪地裁は、火元が小川が借りた個室と認め「衝動的に自殺を決意して放火し、他の客が死亡することを容認していた」として死刑を言い渡した。弁護側は、火元は被告の個室ではない▽被告の所持品が燃えていたという目撃者の供述は信用できない−−などと無罪を主張し、控訴していた。1審判決によると、小川は2008年10月1日未明、「キャッツなんば店」の個室で自殺しようと考え、ティッシュペーパーにライターで火を付けて店を全焼させ、客16人を急性一酸化炭素中毒などで死亡させ、4人に重軽傷を負わせた。2011年7月28日、被告側は死刑とした大阪高裁判決を不服として上告した。
★2011年(平成23年)6月30日、千葉地裁は2009年(平成21年)10月、千葉県松戸市で千葉大4年の荻野友花里(21歳)を殺害したとして、強盗殺人や現住建造物等放火などの罪に問われた住所不定、無職、竪山辰美(50歳)の裁判員裁判で、求刑通り死刑を言い渡した。裁判員裁判での死刑判決は8例目。波床昌則裁判長は「犯行態様は執ようで冷酷非情、結果も重大。更生の可能性は著しく低い」と述べた。竪山は公判で「包丁を取り返そうともみ合いになり、荻野さんに刺さった」と殺意を一貫して否認。弁護側は「一生をかけて償わせるのが相当」と死刑回避を求めていた。竪山は最終陳述で「死刑という極刑を望み、おわびしたい」と述べていた。
★2011年(平成23年)6月21日、静岡地裁沼津支部は2005年(平成17年)10月と2010年(平成22年)2月に交際相手と妻の女性2人を殺害したとして強盗殺人罪などに問われた住所不定、無職の桑田一也(44歳)の裁判員裁判で、求刑通り死刑を言い渡した。裁判員裁判での死刑判決は7件目。片山隆夫裁判長は「強固な殺意に基づく残虐な犯行。結果は重大で極刑をもって臨むほかない」と理由を述べた。弁護側は即日控訴した。弁護側は起訴内容を大筋で認めた上で「更生可能性がある」などと無期懲役を求めたが、判決は「刑事責任の重大性を考えると格別有利な事情とは言い難い」と退けた。桑田は公判で「どんな判決にも従う」と述べていた。判決によると、2005年10月、静岡県沼津市の自宅で、交際相手の日比野かおり(22歳)を窒息させ殺害、約990万円の債務の返済を免れ、日比野の口座から約2350万円を引き出して盗むなどした。2010年2月には同県清水町の自宅で、妻の紘子(25歳)を絞殺、元妻らが住んでいた同県御殿場市の民家に翌月、遺体を運び物置に隠した。
★2011年(平成23年)6月17日、横浜地裁は2009年(平成21年)5月、川崎市幸区で同じアパートに住む夫婦ら3人を殺害したとして、殺人罪に問われた無職の津田寿美年(すみとし/59歳)の裁判員裁判で、求刑通り死刑を言い渡した。裁判員裁判での死刑判決は6例目。秋山敬裁判長は「3人の尊い生命が奪われた結果は誠に重大。酌むべき事情を最大限考慮しても、死刑に処するのはやむを得ない」と述べた。判決によると、津田被告は2009年5月30日早朝、同区中幸町1の「幸栄荘」で、同じ階に住む柴田嘉晃(よしあき/71歳)の部屋のドアの開け閉めの音がうるさいなどと恨みを募らせ、胸や腹などを包丁で刺し失血死させた。さらに嘉晃の妻の敏子(68歳)とアパートの大家で嘉晃の兄昭仁(73歳)も刺し失血死させた。閉廷後、記者会見に応じた20代の男性裁判員は「メンタル的にきついところはあった。(死刑という)判断をしていいのかという罪悪感が少しあった」と心情を打ち明けた。6月29日、被告側が判決を不服として控訴。7月4日、控訴を取り下げ、死刑確定。
★2011年(平成23年)6月16日、男性2人を殺害し遺体を切断、遺棄したとして、強盗殺人など9つの罪に問われ、裁判員裁判で死刑判決を受け、控訴していた無職の池田容之(ひろゆき/33歳)が控訴を取り下げた。裁判員裁判で初めて死刑判決が確定した。弁護側は1審で起訴内容を争わず、死刑回避を訴えていたが、昨2010年11月、横浜地裁は「執拗で残虐、非人間的行為で酌量の余地はない」として、求刑通り死刑を言い渡していた。一方、朝山芳史裁判長は判決言い渡し後に「重大な結論で、控訴を勧めたい」と異例の説諭をし、その後、弁護側が控訴していた。
★2011年(平成23年)6月7日、最高裁第3小法廷(大谷剛彦裁判長)は1998年(平成10年)に保険金目的で養父を殺害し、2000年(平成12年)には妻を殺して遺体を広島港に捨てたとして、殺人と死体遺棄などの罪に問われ、1、2審で死刑とされた元会社役員の大山清隆(49歳)の上告審判決で、被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。第3小法廷は「保険金目当てに殺害した動機は悪質で、計画性も高い。2人の生命を奪った結果は重大で、死刑はやむを得ない」と述べた。判決によると、大山は1998年10月、広島市内で養父の勉(66歳)の頭を鉄アレイで殴り、交通事故を装って殺害し、生命保険金約7000万円を詐取。2000年3月には妻の博美(38歳)を自宅浴槽で水死させ、保険金約300万円をだまし取った。
★2011年(平成23年)4月19日、最高裁第3小法廷(田原睦夫裁判長)は1999年(平成11年)、宮崎県内で保険金詐欺の口封じ目的で知人男性2人を殺害したとして、殺人や詐欺などの罪に問われた無職、渕上幸春(42歳)に対し、上告を棄却する判決を言い渡した。死刑とした1、2審判決が確定する。小法廷は「残忍かつ冷酷な殺害方法で、2人の被害者の生命を奪った結果は重大」と述べた。1、2審判決によると、渕上は1999年、宮崎市内で交通事故を偽装して保険会社から計約1440万円を詐取。口封じのために偽装事故の加害者役となった土木作業員の男性(47歳)に睡眠導入剤を飲ませて絞殺した。さらに、詐欺の書類作成にかかわった税理士の男性(47歳)をトラックでひき、ごみ収集車の投入口に入れて殺害した。
★2011年(平成23年)4月11日、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は2004〜05年(平成16〜17年)、静岡県焼津市で同僚男性と自分の妻を殺害し遺体を茶畑などに埋めたなどとして殺人と死体損壊などの罪に問われた元生協職員、大倉修(42歳)に対し上告を棄却する判決を言い渡した。死刑とした1、2審が確定する。小法廷は「自分の不倫がもとで2人を殺害しており、経緯や動機に酌むべき点はない」と述べた。判決によると、大倉は2004年9月、自分の不倫相手を批判されたことに腹を立て、焼津市内の駐車場に止めた車の中で同僚男性(37歳)を刺殺し、遺体を静岡市内の茶畑に埋めた。2005年9月には不倫をとがめた妻(36歳)を絞殺、遺体をバラバラにして同県内の山中などに捨てた。
★2011年(平成23年)3月25日、最高裁第2小法廷で2006年(平成18年)、岡山市で東大阪大学(大阪府東大阪市)の学生ら2人を殺害したとして殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた無職の小林竜司(26歳)の上告審判決があり、千葉勝美裁判長は「ショベルカーで穴を掘り、2人を生き埋めにした残虐非道な犯行で、死刑はやむを得ない」と述べ、被告の上告を棄却した。死刑が確定する。判決によると、小林は2006年6月、交際女性を巡って友人とトラブルになっていた同大生の藤本翔士(21歳)と無職の岩上哲也(21歳)を集団で暴行し、岡山市の産業廃棄物集積場で生き埋めにして殺害するなどした。
★2011年(平成23年)3月25日、長野地裁(高木順子裁判長)は2010年(平成22年)3月、長野市で一家3人を殺害したなどとして強盗殺人罪などに問われた4被告のうち同市真島町真島の水道設備工の松原智浩(40歳)の裁判員裁判で、求刑通り死刑を言い渡した。裁判員裁判では5例目。松原は公判で起訴内容を認め、争点は量刑に絞られていた。弁護側は「4被告の中で松原被告の役割は従属的だった」などと無期懲役を主張。検察側は「反省を深めた様子がうかがえない」と死刑を求刑していた。判決によると、松原は他の3被告と共謀し、2010年3月24日未明、雇用主で長野市真島町真島の建設業、金文夫(62歳)方で、金の長男良亮(30歳)に睡眠導入剤入りの雑炊を食べさせて眠らせた後、同居の楠見有紀子(26歳)を絞殺。良亮と就寝中の金も絞殺して現金約416万円を奪い、3人の遺体を25日午前、愛知県西尾市の資材置き場に埋めた。
★2011年(平成23年)3月24日、最高裁第1小法廷で2003〜04年(平成15〜16年)、広島、岡山両県で一人暮らしの高齢者2人を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われ、2審で死刑判決を受けた無職の片岡清(79歳)の上告審判決があり、桜井龍子裁判長は被告の上告を棄却した。死刑が確定する。1審・岡山地裁は2006年3月、広島県での事件について強盗致死罪を適用し、無期懲役を言い渡したが、2008年2月の2審・広島高裁岡山支部は、両事件とも強盗殺人罪の成立を認め、死刑を言い渡した。
★2011年(平成23年)3月24日、東京地裁(村山浩昭裁判長)で2008年(平成20年)、東京・秋葉原の無差別殺傷事件で殺人罪などに問われた元派遣社員の加藤智大(28歳)に対する判決公判が開かれ、死刑(求刑同)を言い渡した。最大の争点は加藤の責任能力の程度。検察側は「犯罪史上まれに見る凶悪重大事件。改善更生を期待するのは困難だ」として死刑を求刑。精神障害にも罹患しておらず、3日前から犯行を準備していたことなどから、「完全責任能力を有していたのは明らか」と主張した。加藤は動機について、インターネット掲示板に登場した「なりすましや荒らしで、居場所が失われたと考えた」などと説明。弁護側は「この強いストレスで行動制御能力が低下し、心神耗弱か心神喪失だった」と減刑を求めた。昨2010年1月から始まった公判には、検察、弁護側から計42人が証人として出廷。遺族らも被害者参加制度に基づき法廷で意見陳述し、死刑を求めた。起訴状によると、加藤は平成20年6月8日、秋葉原の交差点にトラックで突入し、3人をはねて殺害し、ダガーナイフで4人を刺殺。さらに10人にけがを負わせたとされる。
★2011年(平成23年)3月15日、東京地裁で2009年(平成21年)、飲食店経営者の男性を殺害したとして強盗殺人罪などに問われた無職の伊能和夫被告(60歳)の裁判員裁判判決が開かれた。吉村典晃裁判長は「出所して半年で冷酷非情な犯行に及んだ。刑を決める上で前科を特に重視すべきだ」として、求刑通り死刑を言い渡した。伊能は捜査段階から黙秘を貫いていた。弁護側は無罪を主張し、即日控訴した。裁判員裁判の死刑判決は4例目。伊能は妻子を殺害したとして平成元年に懲役20年の判決を受け服役しており、平成21年5月に出所したばかりだった。判決は、現場から伊能の指紋が見つかったことなどから男性宅への侵入を認定。判決によると、伊能は平成21年11月15日、東京都港区のマンションに強盗目的で侵入。室内にいた五十嵐信次(74歳)の首を包丁で刺し、失血死させた。
★2011年(平成23年)3月10日、最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)は1994年(平成6年)、大阪、愛知、岐阜の3府県で11日間に男性4人が殺害された連続リンチ殺人事件の上告審判決で、強盗殺人罪などに問われた犯行当時18〜19歳だった3被告の上告を棄却した。1人を死刑、2人を無期懲役とした1審判決を破棄、全員に死刑を言い渡した2審・名古屋高裁判決が確定する。少年事件で複数の被告の死刑が同時に確定するのは、最高裁が把握している限り初めて。少年事件での死刑確定としては、千葉県市川市で平成4年に起きた一家4人殺害事件で確定した、犯行当時19歳だった少年以来となる。
★2011年(平成23年)3月8日、最高裁第3小法廷で2004年(平成16年)12月から約1ヶ月間に福岡県で女性3人を相次いで殺害したとして強盗殺人や強盗強姦などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた無職の鈴木泰徳(41歳)の上告審判決があった。岡部喜代子裁判長は「金目当てに女性を次々に襲い、その犯行の発覚を防ぐために殺害するという身勝手な動機に酌量の余地はない。何の落ち度もない3人の命を奪った結果は重大で、死刑はやむを得ない」と述べ、被告の上告を棄却した。死刑が確定する。判決によると、鈴木は2004年12月12日、福岡県飯塚市の公園で女性(18歳)を乱暴し、マフラーで首を絞めて殺害。同月31日に北九州市の路上で女性(62歳)を包丁で刺殺し、現金約6000円などが入ったバッグを奪ったほか、2005年1月18日には福岡市の公園で女性(23歳)を包丁で刺殺し、現金約1000円が入ったバッグを奪うなどした。
★2011年(平成23年)3月1日、最高裁第3小法廷(田原睦夫裁判長)は2004年(平成16年)、横浜・中華街の料理店主を射殺したなどとして、強盗殺人など6罪に問われ、2審で死刑とされた無職の熊谷徳久(70歳)の上告審判決で、「大金を得る目的で1人を殺害し、1人に重傷を負わせた人命軽視の態度は強い非難に値する」と述べ、被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。同小法廷は、料理店主殺害と地下鉄渋谷駅での駅員銃撃事件について、「至近距離から発砲するなど、いずれも確定的殺意に基づいており冷酷で残忍」と非難。弁護側は、死亡した被害者は1人で死刑は重過ぎると主張したが、「撃たれた駅員は右足が完全にまひするなど後遺障害に一生苦しむことになり、結果は重大で、死刑を是認せざるを得ない」と退けた。
★2011年(平成23年)2月15日、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は地下鉄、松本両サリン事件などで殺人罪などに問われ、1、2審で死刑となったオウム真理教元幹部の土谷正実(46歳)の上告審判決で、被告側上告を棄却した。死刑が確定する。教団による一連の事件で死刑が確定するのは11人目。ほかに遠藤誠一(50歳)、中川智正(48歳)両被告が死刑判決を受け、上告している。土谷の弁護側は、元教団代表松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(55歳)らの指示に従い、殺人に使われるとは知らずにサリンなどを製造したにすぎず、ほう助犯にとどまると主張していた。2審判決によると、土谷はサリンやVXを製造し1994年6月〜1995年3月、両サリン事件やVX襲撃事件で計13人を殺害するなどした。
★2010年(平成22年)12月7日、宮崎地裁(高原正良裁判長)は2010年(平成22年)3月、宮崎市で家族3人を殺害したとして、殺人罪などに問われた同市花ケ島町、無職、奥本章寛(あきひろ/22歳)に対する裁判員裁判で求刑通り死刑を言い渡した。死刑が求刑された5例目の裁判員裁判で、死刑判決は横浜、仙台地裁に続き3例目。奥本は起訴内容を全面的に認めて、量刑が争点になっていた。家族間の殺人事件は被害者が3人以上でも動機などを考慮して死刑を回避するケースがあったため、裁判員らの判断が注目されていた。判決によると、奥本は3月1日早朝、自宅で生後5カ月の長男雄登(ゆうと)ちゃんの首を絞めるなどして殺害。遺体を当時の勤務先の資材置き場に埋めた。また、妻のくみ子(24歳)と義母の池上貴子(50歳)の頭をハンマーで殴るなどして殺害した。
★2010年(平成22年)11月25日、仙台地裁で宮城県石巻市の民家で交際相手だった少女(18歳)の姉ら2人を殺害、1人に重傷を負わせたなどとして、殺人などの罪に問われた元解体工の少年(19歳)の裁判員裁判で鈴木信行裁判長は「結果は極めて重大で、更生可能性は著しく低い」と述べ、求刑通り死刑の判決を言い渡した。 裁判員裁判での死刑判決は2例目で、少年に対しては初。鈴木裁判長は事件時18歳7カ月だった年齢について、「刑を決める上で相応の考慮は払うべきだが、死刑を回避すべき決定的事情とは言えない」と述べた。判決は、死刑選択の基準を示した最高裁判決(1983年)の「永山基準」に沿って判断。犯行態様について「無抵抗な被害者にためらいなく牛刀を何度も突き刺し、傷の深さは肺にまで達するなど、極めて執拗かつ残虐で冷酷さが際立っている」と指摘した。交際相手の少女を手元に置きたかったとした動機も「身勝手」と非難。3人殺傷の結果も極めて重大とした上で、「被害者や遺族の処罰感情も厳しく、この点も量刑上考慮するのが相当だ」と述べた。別の事件で保護観察中だったことにも触れ、「犯罪傾向は根深く、他人の痛みや苦しみに対する共感性も全くない」と指弾。公判で語った反省の言葉について「自分の言葉で反省していない。事件の重大性を十分認識しておらず、反省に深みがあるとは言えない。更生可能性は著しく低い」と認定した。12月6日、被告側が控訴。
★2010年(平成22年)11月16日、横浜地裁で男性2人を殺害し遺体を切断して遺棄したなどとして、強盗殺人罪など9つの罪に問われた住所不定、無職、池田容之(ひろゆき/32歳)の裁判員裁判の判決公判が開かれた。朝山芳史裁判長は「残虐、非人間的行為で酌量の余地はない」として死刑を言い渡した。死刑判決は昨年5月から始まった裁判員裁判で初めて。これについて、元最高検検事で中央大法科大学院教授の奥村丈二氏は以下のように話している。「裁判員が真摯に考え、結論として『死刑』といういちばん重い決断をしたというのは、一般の裁判員の人でも事件に真摯に向き合ってきちんとした判断ができるということを示した。裁判長が控訴を勧めたというが、これは異例だ。死刑判決した裁判官が以前にも控訴を勧めた例はあったが、今回は裁判員の判断を尊重するなら、あえて被告人にそういう必要はなかった。被告人自身が控訴を取り下げることもあるため、裁判官として上級審の判断を仰いでほしいという判断だったのだろうが、裁判員の判断は重みがあり、こういう発言はしないほうがよかったと思う。営利目的で強盗に及んだ強盗殺人で、遺体を損壊して遺棄した動機、犯行の態様の悪質さを見れば、死刑判決自体は妥当だ。ただ、裁判員制度は個人として負担が重すぎる。裁判所にメンタルヘルスの窓口があること自体、過酷なつらい仕事だということは裁判所も理解しているということだ。国民も国会も、裁判員制度を再検討する時期がきている」
★2010年(平成22年)11月10日、東京高裁は2008年(平成20年)4月、東京都あきる野市で資産家の姉弟が殺害され、現金を奪われた事件で、強盗殺人などの罪に問われた元同市職員の沖倉和雄(63歳)に対し、1審と同じく死刑とする判決を言い渡した。求刑通り死刑とした東京地裁判決を不服とする被告側の控訴を棄却した。高裁の金谷暁裁判長は「自己中心的な動機に基づく残虐な犯行で、死刑選択はやむを得ない」と述べた。被告側は上告する方針。高裁判決によると、沖倉被告は賭けマージャンでできた多額の借金に困り、土木業の男(66歳)=1審の無期懲役判決が確定=と共謀。2008年4月9日夜、あきる野市伊奈の図書館職員の大福(おおぶく)康代(54歳)、弟の無職の広和(51歳)方に侵入し、2人の手足を縛って現金約35万円やキャッシュカードなどを奪ったうえ、頭にポリ袋をかぶせて殺害し、2人の遺体を長野県の山中に埋めた。さらに姉弟のカードを使って現金計520万円余りを引き出した。被告は大福が複数の土地を所有していることを元同僚から聞き、下見をするなどして計画を立てていた。被告側は「犯行計画を実行するまでの意思はなかった」と主張。「被告が主導的な役割を果たした」と認定した1審判決には誤りがあるとして死刑は重すぎると訴えていた。これに対し高裁は「終始主導的だったとは言えないが、被告は一連の犯行を計画した首謀者。責任は共犯者に比べて重い」と判断した。
★2010年(平成22年)11月8日、最高裁第2小法廷(須藤正彦裁判長)は2002年(平成14年)に北九州市と大分県宇佐市(旧安心院町)で起きた連続殺人事件で、強盗殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑となったいずれも無職の尾崎正芳(36歳)、原正志(53歳)両被告の上告審判決で、両被告の上告を棄却した。死刑が確定する。同小法廷は「うそをついて同居人をおびき出した上、宅配業者を装って侵入、殺害するなど犯行はいずれも計画的で残虐。2人の生命を奪った結果は重大で、死刑はやむを得ない」と述べた。判決によると、両被告は2002年1月、北九州市で無職男性(73歳)を殺害して貯金通帳などを奪った上、男性の自宅に放火して全焼させた。さらに、原に掛けた保険金をだまし取るため、替え玉にしたホームレス男性(62歳)を宇佐市の川で水死させた。
★2010年(平成22年)10月15日、大阪高裁で2005年(平成17年)1月、兵庫県相生市で女性2人をハンマーで殴って殺害したなどとして、殺人や死体損壊・遺棄罪などに問われた相生市の無職、高柳和也(44歳)の控訴審判決があった。湯川哲嗣裁判長は、死刑を言い渡した1審・神戸地裁姫路支部判決(昨年3月)を支持し、弁護側の控訴を棄却した。弁護側は上告する方針。控訴審で、弁護側は殺害などの実行行為は認めたうえで、「被害者から金銭を要求され、精神的に追い詰められたため殺害した。また高柳被告には知的障害があり、犯行当時は心神耗弱の状態だった」と主張していた。これに対して、湯川裁判長は「被告人には責任能力があり、公判でも理解したうえで供述している」と弁護側の主張を退け、完全責任能力を認定した。1審判決によると、高柳は2005年1月9日、相生市内の自宅で、当時交際中だった畠藤未佳(23歳)とその友人の谷川悦美(23歳)の頭をハンマーで殴って殺害。2人の遺体をバラバラにしたうえ、兵庫県姫路市の港や兵庫県上郡町の山中などに捨てた。
★2010年(平成22年)10月14日、最高裁第1小法廷で2005年(平成17年)1月、茨城県鉾田市(旧・鉾田町)で一人暮らしの知人女性2人を殺害し、現金を奪ったとして強盗殺人などの罪に問われた元漬物工場作業員の藤崎宗司(49歳)の上告審判決があった。桜井龍子裁判長は「金欲しさから面識のある被害者を殺害した重大、凶悪な犯行だ」と述べ、被告を死刑とした1審・水戸地裁判決と2審・東京高裁判決を支持し、被告の上告を棄却した。死刑が確定する。判決によると、藤崎は2005年1月18日、飲食店のつけを支払うための金を得ようと、自宅で寝ていた山口やい(75歳)の首を絞めて殺害、現金約7万6700円を奪ったほか、同月28日にも久保ヨシ(79歳)を自宅で絞殺するなどした。
★2010年(平成22年)10月8日、東京高裁は1999年(平成11年)に横浜市でフィリピン人女性を殺害、2008年(平成20年)にも東京・台場でフィリピン人女性を殺害し遺体を切断したとして殺人や死体損壊などの罪に問われた無職の野崎浩(51歳)の控訴審判決で、2008年の事件について無期懲役とした1審・東京地裁判決(2009年12月)を破棄し、死刑を言い渡した。長岡哲次裁判長は「執拗、残忍な犯行で死刑をもって臨むほかない」と述べた。野崎は1999年の事件の被害女性に対する死体損壊罪で2000年(平成12年)に懲役3年6月の実刑が確定し服役。出所後に2008年の事件で逮捕され、1999年の事件の女性殺害も自供し、両事件で起訴された。刑法には「併合罪」の規定があるが、確定判決を挟む前後の罪には適用できないため、野崎被告の場合は各事件ごとに判決が出された。2010年10月22日、被告側が判決を不服として上告。
★2010年(平成22年)9月16日、最高裁第1小法廷(横田尤孝裁判長)は2003年(平成15年)、千葉県館山市で一家4人が焼死した事件で、殺人や現住建造物等放火などの罪に問われた元土木作業員の高尾康司(46歳)の上告審判決で、被告側の上告を棄却した。死刑とした1、2審判決が確定する。同小法廷は「鬱憤を晴らそうとした動機に酌むべき点はなく、無差別に放火した極めて危険で悪質な犯行」などと指摘。「4人もの尊い生命を奪った結果は重大で、死刑を是認せざるを得ない」と結論づけた。判決によると、高尾は平成15年12月、無職の根津隆次郎(56歳)方に放火。根津と妻、長男、次男を焼死させるなどした。
★2010年(平成22年)3月30日午後、さいたま地裁で元厚生事務次官宅連続襲撃事件で2人を殺害し、1人に重傷を負わせたとして殺人罪などに問われたさいたま市北区、無職、小泉毅被告(48歳)に対し、伝田喜久裁判長は判決理由の朗読から始め、「死刑の選択はやむをえない」と述べ、求刑通り死刑を言い渡した。小泉は公判で起訴内容を認め、動機について「子供のころに保健所に殺された(と思った)愛犬のあだ討ち。私が殺したのは人間ではなく、心の中が邪悪なマモノ。動物の命を粗末にすれば自分に返ってくると思い知らせたかった」と主張。「無罪以外は上訴する」と述べていた。また、弁護側は「動機が奇異であり、心神耗弱の疑いがある」として、刑事責任能力を認めた捜査段階の精神鑑定のやり直しを求めたが、伝田裁判長に却下された。起訴内容は、元厚生事務次官とその家族を殺害しようと計画し、2008年(平成20年)11月17日午後7時ごろ、さいたま市南区の山口剛彦(66歳)方で、山口と妻の美知子(61歳)の胸などを包丁で刺して失血死させた。翌18日午後6時半ごろ、東京都中野区の吉原健二(当時78歳)方で、妻の靖子(73歳)の胸などを包丁で刺し、約3ヶ月の重傷を負わせたなどとしている。被告側は即日控訴した。
★2010年(平成22年)3月18日、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は福岡県久留米市の元看護師らによる連続保険金殺人事件で殺人罪などに問われ、1、2審で死刑とされた元看護師の吉田純子(50歳)の上告審判決で、被告側上告を棄却した。死刑が確定する。上告審で吉田側は死刑回避を求め、「被告を唆し、多額の利益を得た人物がいる」などと、首謀者が別に存在すると訴えていた。1、2審判決によると、吉田は元治験コーディネーターの堤美由紀受刑者(50歳)=無期懲役が確定=らと共謀し、元看護師の石井ヒト美受刑者(51歳)=懲役17年が確定=の夫ら2人を殺害。生命保険金を詐取するなどした。事件では、同じく池上和子も殺人罪などに問われ、1審で死刑を求刑されたが、判決前に病死した。
★2010年(平成22年)1月29日、最高裁第2小法廷で2005年(平成17年)、大阪市旭区と岐阜県揖斐川町で女性2人を殺害したとして強盗殺人罪などに問われ、1、2審で死刑判決を受けた無職の大橋健治(69歳)の上告審判決がであり、竹内行夫裁判長は被告の上告を棄却した。死刑が確定する。1、2審判決によると、大橋は2005年4月27日、揖斐川町のパート従業員の坪井美佐子(57歳)方に侵入し、坪井から1万5000円を脅し取った後、坪井の首を絞めて殺害。5月11日には、現金を奪うため旭区のマンションに侵入し、主婦の田中清子(45歳)を果物ナイフで刺して殺害した。
★2010年(平成22年)1月19日、最高裁第3小法廷で地下鉄、松本両サリン事件や坂本堤弁護士一家殺害など11事件で殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けたオウム真理教元幹部・新実智光(45歳)に対する判決公判があり、近藤崇晴裁判長は新実の上告を棄却した。死刑が確定する。教団による一連の事件で死刑判決を受けた13人のうち、すでに麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(54歳)ら9人の死刑が確定しており、新実被告で10人目。1、2審判決によると、新実は松本死刑囚らと共謀。1995年(平成7年)3月20日、営団地下鉄(当時)3路線の5電車でサリンを散布して計12人を殺害するなど、計26人が犠牲になった教団による殺人事件7件すべてにかかわった。★2010年(平成22年)1月5日、茨城県土浦市のJR荒川沖駅通り魔事件などで9人を殺傷し、殺人罪などで死刑判決を受けた同市中村東3、無職、金川真大(まさひろ/26歳)の判決が控訴期限のこの日午前0時に確定した。2009年12月18日の水戸地裁判決を受けて弁護士が即日控訴したが、同28日、金川自ら控訴を取り下げていた。金川は同25日の毎日新聞記者との面会で「(被害者に言いたいことは)まったくない」と謝罪の意思を示さず、死刑確定後、親族以外の面会ができなくなることについても「寂しくない」と淡々と語った。手紙や面会で金川の心理検査を続ける長谷川博一・東海学院大教授(臨床心理学)は「恐怖や寂しさなど自覚していない負の感情が、実際は心の奥に眠っているのではないか。家族関係の中で孤独な心を崩壊から守るため、自然とそういう心の働きが身についた可能性がある」と指摘した。判決によると、金川は2008年3月19日、土浦市の三浦芳一(72歳)方で三浦を包丁で刺殺。4日後、JR荒川沖駅などで8人に切りつけ、同県阿見町の山上高広(27歳)を殺害し7人に重軽傷を負わせた。
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