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[ 2006〜2009 ]
[ 死刑判決ニュース ]
★死刑判決を記していますが、ひと目で分かるように事件概要や被告人名を赤文字で記しています。
<日付は下(↓)が古く、上(↑)が新しい>
★2009年(平成21年)12月18日、水戸地裁は2008年(平成20年)3月、茨城県土浦市のJR荒川沖駅通り魔事件と別の殺人事件で殺人、殺人未遂罪などに問われた同市中村東3、無職、金川真大(まさひろ/26歳)に対し、求刑通り死刑を言い渡した。鈴嶋晋一裁判長は責任能力について「犯行は人格障害によるもので、行為の是非の弁別性、行動制御能力には影響していない。完全な責任能力があると認められる」と認定。さらに「極めて残忍な犯行であり、動機は身勝手極まりない」と指摘した。判決によると、金川は2008年3月19日午前9時15分ごろ、土浦市中村南5、無職、三浦芳一(72歳)方で、三浦を文化包丁(刃渡り約18センチ)で刺殺。殺人容疑で指名手配中の同月23日午前11時5分ごろ、同市のJR荒川沖駅改札口南側の通路などで男女8人の首などに文化包丁とサバイバルナイフ(同約21センチ)で切りつけ、同県阿見町、会社員、山上高広(27歳)を殺害し、男女7人に重軽傷を負わせた。金川は6月3日の第3回公判で、動機を問われて「自殺は痛い。人にギロチン(のボタン)を押してもらう方が楽」「死刑になるまで殺し続ける」などと陳述。計2回実施された精神鑑定は、金川を自分が特別な存在と空想する「自己愛性人格障害」と診断し「責任能力に問題ない」とした。検察側は論告で「謝罪はなく、更生の可能性は皆無」と死刑を求刑。弁護側は「心神耗弱だった疑いが残る」と主張し「死刑を求める被告に死刑を与えるなら刑が刑として機能しない」と訴え、「死刑願望がなくなれば更生の可能性もある。完全責任能力があったとしても無期懲役が相当だ」と死刑回避を求めていた。即日、控訴したが、12月28日、金川が控訴を取り下げた。★2009年(平成21年)12月11日、最高裁第2小法廷で1996年(平成8年)6月と11月に福岡県飯塚市で会社社長2人を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われた元不動産ブローカーの菅峰夫(59歳)、同じく手柴勝敏(66歳)両被告の上告審判決があった。古田佑紀裁判長は「経済的利欲のための犯行で、犯行態様は残虐かつ非情だ」と述べ、両被告の上告を棄却した。2人を死刑とした2審・福岡高裁判決が確定する。判決によると、2人は共謀し、1996年6月、同市内で土地開発事業のパートナーだった不動産会社社長の日山昇(59歳)の首を絞めて殺害。同年11月には、建設会社社長の八田希善(54歳)の首を絞めて殺害し、現金900万円と額面計4100万円の約束手形2通を奪った。1審・福岡地裁は菅に死刑を言い渡す一方、手柴は「関与は従属的だった」として無期懲役としたが、2審は「お互いに相手を利用しあう関係だった」として、手柴にも死刑を言い渡していた。★2009年(平成21年)12月10日、最高裁第1小法廷(金築誠志[かねつきせいし]裁判長)は1995年(平成7年)3月、12人が死亡した地下鉄サリン事件など10事件で殺人罪などに問われた元オウム真理教幹部、井上嘉浩(39歳)の上告審判決で被告側の上告を棄却した。無期懲役の1審判決を破棄し、死刑を言い渡した2審・東京高裁判決(04年5月)が確定する。教団による一連の事件で死刑が確定するのは、松本智津夫(麻原彰晃/54歳)らに続き9人目。最大の争点となったのは地下鉄事件で井上が果たした役割の評価。1審判決は「後方支援役」としたが、2審は「松本死刑囚、死亡した村井秀夫元幹部と、実行役の間に立つ総合調整役」と重く見ていた。★2009年(平成21年)12月4日、最高裁第2小法廷で1988年(昭和63年)10月、北海道北見市の資産家夫婦殺害事件で、殺人罪に問われた元生命保険外交員の窪田勇次(64歳)の上告審判決があった。古田佑紀裁判長は「2人の命を奪った結果は極めて重大。真摯に反省しているとも認められない」と述べ、被告の上告を棄却した。被告を死刑とした1、2審判決が確定する。判決によると、窪田被告は1988年10月、生命保険契約を結んでもらうために、うその説明をしたことが発覚するのを免れるため、北見市の矢田勝治(61歳)方で、矢田と妻の和枝(56歳)の首などをドライバーや包丁で刺して殺害した。窪田は事件後、海中に車を転落させ、自ら自殺を装うなどして逃亡を続けたが、時効成立約10か月前の2002年12月に逮捕された。★2009年(平成21年)12月2日、大阪地裁(秋山敬裁判長)は2008年(平成20年)10月1日未明、大阪市浪速区の個室ビデオ店「キャッツなんば店」に放火し、16人を死亡させ、4人に重軽傷を負わせたとして、現住建造物等放火と殺人、殺人未遂の罪に問われた住所不定、無職の小川和弘(48歳)に対し、求刑通り死刑判決を言い渡した。主な争点は、▽火災原因は小川被告の放火か▽火を付けたとして、客への殺意があるか▽逮捕直後の自白に任意性があるか▽責任能力の有無−−の4点だった。検察側は、大阪府警の出火原因分析やビデオ店員の目撃証言から、小川の部屋が火元と指摘し、「火事になれば客の避難が困難になると認識しながら、自殺するために火を付けた」と主張した。これに対し、弁護側は「被告の部屋を火元とする警察側の証言や目撃証言は信用できず、火元が別の部屋で、その使用者が真犯人である可能性がある。自殺する気持ちはなく、犯行の動機はない」と反論し、無罪を主張していた。公判では、自白の任意性を検証するため、検察の取り調べに否認する状況を撮影したDVDも上映された。小川は逮捕当初、火を付けたことを認めたが、捜査の途中で「火を付けた記憶がない」などと否認に転じた。大阪地検は未必の殺意を認めて殺人罪などで起訴した。一方、店側の業務上過失致死傷容疑での刑事責任立件は見送った。起訴状によると、小川は店内で放火して自殺しようと計画。2008年10月1日未明、個室でティッシュペーパーに火を付けて店を全焼させ、客16人を急性一酸化炭素中毒などで死亡させ、4人に重軽傷を負わせたとされる。★2009年(平成21年)11月11日、大阪高裁で2000年(平成12年)7月、大阪市北区の複合ビル「D・D HOUSE」で会社員の森永彰(30歳)を殺害するなど2件の強盗殺人罪に問われた元アルバイトの加賀山領治(59歳)の控訴審判決公判が開かれた。湯川哲嗣裁判長は「危険かつ残忍な犯行で若い2人の無念は察するに余りある。規範意識の欠如が根深く改善は乏しい」として、死刑を言い渡した1審・大阪地裁判決を支持、被告側の控訴を棄却した。弁護側は上告する方針。弁護側は加賀山に殺意がなく、無我夢中でナイフを振り回すなど心神耗弱状態にあったと無期懲役を主張したが、湯川裁判長は傷の深さなどから「相当の力を込めて刃物を向けた」と退けた。判決によると、加賀山は2000年7月、大阪市中央区の路上で中国人女子留学生、韓頴(ハンイン/24歳)のバッグを強奪し、ナイフで刺殺。助けに入った会社役員の足を刺した。また2008年1月、D・D HOUSEのトイレで森永にナイフを突きつけ「金を出せ」と脅し、胸などを刺して殺害した。閉廷後、森永の父親(当時59歳)は「控訴審も傍聴を続けたが、被告に反省の態度がまったく感じられず、自分の延命を図っているだけ。死刑は当然と思う」と話した。★2009年(平成21年)11月10日、東京高裁(山崎学裁判長)は2003年(平成15年)、前橋市のスナックで市民ら4人が射殺された事件を巡り、殺人罪などに問われた指定暴力団住吉会系矢野睦会会長の矢野治(60歳)の控訴審判決で、1審・東京地裁の死刑判決(07年12月)を支持し弁護側の控訴を棄却した。弁護側は「共謀の証明が不十分」と主張したが、高裁は「実行行為こそ担当していないが、具体的に指示した首謀者」と認定。「暴力には暴力で対抗し相手を抹殺するという最も憎むべき犯行動機」と指摘した。判決によると、矢野は2003年1月、配下の小日向将人死刑囚(40歳)と山田健一郎(43歳)=1、2審死刑、上告中=に対立する元暴力団組長の殺害を指示して共謀。小日向らがスナックで銃を乱射し客の男女3人と元暴力団組員を殺害。2002年2月には住吉会系組長=無期懲役確定=らと共謀し、日本医科大付属病院の集中治療室にいた別の同会系組長(54歳)を射殺した。★2009年(平成21年)11月6日、最高裁第2小法廷(竹内行夫裁判長)は1995年3月、12人が死亡した地下鉄サリン事件の実行役として、殺人罪などに問われた元オウム真理教幹部の豊田亨(41歳)と広瀬健一(45歳)の両被告の上告審判決で、両被告側の上告を棄却した。1、2審の死刑判決が確定する。小法廷は「教団の組織防衛を目的に計画的に行われた無差別大量殺人。結果は極めて重大」と指摘した。横山真人(46歳)、林泰男(51歳)の両死刑囚、無期懲役の林郁夫受刑者(62歳)と合わせ、これで地下鉄事件のサリン散布役の裁判が終了した。教団による一連の事件で死刑が確定するのは8人となる。判決によると、豊田は日比谷線、広瀬は丸ノ内線を走行中の電車内で、傘の先でサリン入りの袋を突き刺して散布し、それぞれ乗客1人を死なせた。弁護側は松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(54歳)によるマインドコントロールの影響を訴えて死刑回避を求めたが、小法廷は「幹部の指示で行ったことや反省している事情を考慮しても死刑はやむを得ない」と判断した。★2009年(平成21年)10月14日、高松高裁で2007年(平成19年)11月、香川県坂出市でパート従業員の三浦啓子(58歳)と孫の山下茜ちゃん(5歳)、彩菜ちゃん(3歳)姉妹の計3人が殺害された事件で、殺人や死体遺棄などの罪に問われた三浦の義弟の無職、川崎政則(63歳)の控訴審判決公判が開かれた。柴田秀樹裁判長は求刑通り死刑とした1審・高松地裁判決を支持、弁護側の控訴を棄却した。弁護側は即日上告した。弁護側は事件当時、被告は心神耗弱状態だったと主張していたが、柴田裁判長は完全責任能力があったと認定。そのうえで「強固な殺意に裏打ちされた執拗(しつよう)かつ残虐な犯行」として、極刑が相当と結論づけた。判決によると、川崎被告は2007年11月16日未明、自宅で就寝中だった三浦と茜ちゃん、彩菜ちゃん姉妹を相次いで包丁で刺して殺害、遺体を坂出港にある資材置き場に埋めた。★2009年(平成21年)8月28日、東京高裁で振り込め詐欺グループの仲間割れからメンバー4人が暴行を受けて死亡した事件で殺人や傷害致死などの罪に問われた伊藤玲雄(れお/35歳)の控訴審判決公判が開かれた。長岡哲次裁判長は死刑を言い渡した1審・千葉地裁判決を支持、検察、弁護側双方の控訴を棄却した。検察側は、被害者4人のうち1人を殺人罪ではなく傷害致死罪と認定した1審を誤りと主張、死刑判決に対して異例の控訴をしていた。これに対し長岡裁判長は、被害者が死亡した状況は被告の供述から「殺意があったと認定することはできない」として検察側の主張を退けた。また、無期懲役を求めた弁護側の主張については、「結果の重大性や被告の果たした役割の大きさを考えれば死刑を選択するほかなく、回避するべき事情もない。刑事責任は極めて重大」と指摘した。判決によると、伊藤は、グループのリーダーの清水大志(30歳)=1、2審で死刑、上告中=らと共謀し、平成16年10月、振り込め詐欺で得た現金を奪おうとしたメンバー4人に暴行を加えて2人を殺害、2人を死亡させた。遺体は茨城県内の山中に捨てた。★2009年(平成21年)7月17日、最高裁第2小法廷(中川了滋裁判長)は坂本弁護士一家殺害など7事件で殺人罪などに問われ、1、2審で死刑とされたオウム真理教元幹部の早川紀代秀(60歳)の上告審判決で「組織的かつ計画的で、冷酷、残忍な犯行」として被告側上告を棄却した。死刑が確定する。教団の一連の事件で死刑が確定するのは、元教団代表松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(54歳)らに続き6人目。ほかに元幹部の井上嘉浩(39歳)、新実智光(45歳)両被告ら7人が2審で死刑とされ、最高裁に上告している。同小法廷は「教団の組織防衛のみが目的で、計4人を殺害した動機に酌量の余地はない。遺族の処罰感情は厳しく、社会に与えた影響も大きい」と述べた。特に弁護士一家殺害事件について、「敵対するというだけで家族もろとも皆殺しにした、極めて反社会性の強い犯行」と厳しく指弾した。その上で、早川被告は教団幹部として各事件に積極的にかかわり、非常に大きな役割を果たしたとして、1、2審の死刑判断を是認した。★2009年(平成21年)6月23日、最高裁第3小法廷(堀籠幸男裁判長)は2001年(平成13年)、宮城県内で、貸金業者ら2人を殺害したとして、強盗殺人罪などに問われ、1、2審で死刑判決を受けた無職の高橋秀(46歳)の上告審判決で、「わずか1カ月足らずの間に2人の命を奪った重大な犯行」などとして、高橋被告側の上告を棄却した。死刑判決が確定する。判決によると、暴力団幹部だった高橋被告はほかの4人組員(いずれも無期懲役が確定)と共謀。貸金業の男性(36歳)への借金返済を免れるため2001年2月、宮城県内で男性を絞殺し、現金約30万円を奪って遺体を海中に遺棄したほか、元組員(25歳)を殺害するなどした。★2009年(平成21年)6月15日、最高裁第2小法廷(今井功裁判長)は2005年(平成17年)、千葉県市原市内のファミリーレストランで暴力団組長2人を射殺したとして、殺人と銃刀法違反の罪に問われた別の暴力団の元組員の宮城吉英(52歳)の上告審判決で、「市民が巻き添えとなる危険性も甚だ高かった」とし、被告の上告を棄却した。1、2審の死刑判決が確定する。同小法廷は「暴力団組織の面目を保つためという犯行動機に酌量の余地はない」と指弾。「被告は自ら実行役を申し出て積極的に犯行を遂行した」とした。★2009年(平成21年)6月9日、最高裁第3小法廷(堀籠幸男裁判長)は2003年(平成15年)、群馬県内でパチンコ店従業員2人を殺害して売上金などを奪ったとして、強盗殺人罪などに問われた元コンビニエンスストア店員、小野川光紀(32歳)に対し、上告を棄却する判決を言い渡した。死刑とした1、2審判決が確定する。小法廷は「金欲しさから2人の尊い生命を奪った結果は甚だ重大」と指摘した。判決によると、小野川は高根沢智明死刑囚(42歳)と共謀。2003年2月、パチンコ店従業員、根本常久(47歳)を乗用車内で絞殺し、売上金約300万円を奪った。同4月には別のパチンコ店従業員、石橋真(25歳)を絞殺した。★2009年(平成21年)6月5日、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は1993年(平成5年)、埼玉県内で愛犬家ら男女4人が連続して殺害された事件で、殺人と死体損壊・遺棄罪に問われた犬猫繁殖販売業、関根元(げん/67歳)、元妻、風間博子(52歳)の両被告に対する上告審判決で、両被告側の上告を棄却した。いずれも死刑とした1、2審判決が確定する。小法廷は「計画的で動機に酌量の余地はない。毒殺し死体を切り刻んで焼却し、山や川に捨てており、冷酷無慈悲で悪質極まりない。不合理な弁解を繰り返し、真摯(しんし)な反省も認められない」と指摘した。そのうえで「責任は極めて重大で、死刑とした控訴審の判断を認めざるを得ない」と結論づけた。「2人が共謀して殺害した」とする元会社役員(53歳)=死体損壊・遺棄罪で有罪確定=の供述について、両被告は信用性を争ったが、退けられた。判決によると、両被告は共謀して93年4月、犬の高額売買を巡ってトラブルになった埼玉県行田市の会社役員、川崎明男(39歳)に、猛毒入りカプセルを飲ませて殺害した。同7月には、殺害を察知されたことなどから江南町(現・熊谷市)の遠藤安亘(やすのぶ)・暴力団幹部(51歳)と、運転手、和久井奨(すすむ/21歳)も毒殺した。関根被告は同8月、犬売買を巡るトラブルから行田市の主婦、関口光江(54歳)も毒殺した。★2009年(平成21年)5月29日、神戸地裁で2004年(平成16年)、兵庫県加古川市で親類ら7人を刺殺したとして、殺人などの罪に問われた無職、藤城康孝(52歳)の判決公判が開かれた。岡田信裁判長は「冷酷、残忍で犯罪史上まれにみる凶悪な犯行。刑事責任はあまりに重く、極刑に処するしかない」として求刑通り死刑を言い渡した。弁護側は事件当時、被告は心神喪失か心神耗弱状態だったと主張。4年半にわたった公判では、妄想を伴う精神障害を認め完全責任能力を否定した鑑定と、人格の偏りはあるものの精神障害はなかったとした鑑定の、どちらが信用できるかが争点となった。岡田裁判長は判決理由で「犯行までの経緯と被告の性格などから、殺意を抱いたことは妄想とはいえず、攻撃的な人格障害の特徴を持っているに過ぎない」と指摘。被告には完全責任能力があったと認定、弁護側の主張を退けた。判決によると、藤城は周囲から見下されていると怒りを募らせ、平成16年8月2日未明、加古川市の自宅両隣の民家に相次いで侵入。東隣のおばの藤城とし子(80歳)といとこの男性2人、西隣の工員、藤城利彦(64歳)の一家4人の計7人を刺殺、1人に重傷を負わせた。2009年(平成21年)6月1日、弁護側が死刑を言い渡した神戸地裁判決を不服として大阪高裁に控訴した。★2009年(平成21年)5月12日、東京地裁立川支部で2008年(平成20年)4月、東京都あきる野市で資産家の姉弟を殺害して預金を引き出したとして、強盗殺人罪などに問われた元同市職員の沖倉和雄(61歳/あきる野市秋留)と、土木業の伊丸岡頼明(65歳/福生市本町)の判決があった。山崎和信裁判長は、いずれも求刑通り、沖倉に死刑、伊丸岡に無期懲役を言い渡した。山崎裁判長は「両被告とも借金の返済に窮した犯行動機で、あまりに身勝手で酌量の余地はまったくない」と断罪した上で、沖倉について「終始指導的な立場で、中心的な役割を果たした」と主導性を認定。さらに「あいまいな供述をしており、真剣に反省しているか疑問だ」と指摘した。伊丸岡については、死刑を選択する可能性もあったが、「死体を遺棄した場所を申告するなど、心底からの反省と悔悟がみられる」とした。沖倉の弁護側は、量刑不当として即日控訴した。判決によると、両被告は2008年4月9日夜、あきる野市伊奈の大福(おおぶく)広和(51歳)宅に侵入。広和と、帰宅してきた姉で調布市職員の康代(54歳)の手足を粘着テープで縛った上、頭にビニール袋をかぶせて2人を窒息死させ、現金やキャッシュカードを奪った。さらに両被告は、姉弟の預金から計約526万円を引き出すとともに、2人の遺体を長野県飯綱町内の畑に埋めた。★2009年(平成21年)5月12日、東京高裁は架空請求詐欺グループの仲間割れによる4人リンチ死事件で殺人、傷害致死罪などに問われたリーダー格の無職の清水大志(29歳)の控訴審判決で死刑とした1審・千葉地裁判決(07年8月)を支持、検察側と弁護側双方の控訴を棄却した。長岡哲次裁判長は「執拗で残忍な犯行。果たした役割も大きく死刑を選択するほかない」と述べた。弁護側は殺害の共謀はないと主張したが、高裁は「被告から殺害を指示されたとの共犯者の供述は信用できる」と退けた。検察側は1審が傷害致死罪を認定した被害者1人について殺人罪が成立すると訴えたが、高裁は1審同様に殺意を認定しなかった。1審判決によると清水は2004年10月、グループのメンバー4人が被告らを襲う計画があると聞き無職、渡辺純一(32歳/2審で死刑、上告中)や会社役員、伊藤玲雄(34歳/1審で死刑、控訴中)両被告らと共謀。東京都新宿区のビルに4人を監禁したうえ口や鼻をふさぐなどして2人を殺害、熱湯をかけるなどして2人を死なせた。被告側は上告する方針。★2009年(平成21年)4月21日、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は1998年(平成10年)に4人が死亡、63人が急性ヒ素中毒になった和歌山の毒物カレー事件で、殺人などの罪に問われ1、2審で死刑判決を受けた林真須美(47歳)の上告審判決で、真須美被告側の上告を棄却した。真須美被告を死刑とした1審・和歌山地裁、2審・大阪高裁判決が確定する。弁護団によると、弁護人が大阪拘置所に拘置中の真須美被告に判決を伝えるという。死刑が確定した場合でも、すでに被告自身が「戦っていきたい」と語っていることから、再審請求する構えを明らかにしている。★2009年(平成21年)3月27日、タイ中部チョンブリ県の下級裁判所は2007年(平成19年)12月、タイ中部の山中で東京都足立区の不動産会社社長の中園浩(67歳)を殺害し、死体を遺棄したとして殺人罪などに問われた北海道出身、池田研五(60歳)に死刑判決を下した。池田は否認しており、控訴するとみられる。判決などによると、池田は2007年12月14日、約350万円を持ってタイを訪れた知人の中園を金品を奪う目的で殺害し、遺体を遺棄したとされる。遺体は同29日に発見され、警察は、中園のパソコンや約300万円の現金を所持していた池田を窃盗容疑で逮捕、2008年1月に殺人容疑で再逮捕したが、その際、旅券から「佐々木利彦」と発表した。しかし、警視庁の捜査協力による指紋照合で、千葉県警から私文書偽造容疑で指名手配されていた池田と判明した。★2009年(平成21年)3月25日、東京高裁で2007年(平成19年)2月、埼玉県本庄市で夫婦を殺害し、現金を奪ったとして、強盗殺人などの罪に問われた無職の岩森稔(63歳)の控訴審判決があった。若原正樹裁判長は、「近所付き合いをしていた2軒隣の夫婦を、財産を奪うため鈍器でめった打ちにしており、悪質で計画的な犯行だ」と述べ、無期懲役とした1審・さいたま地裁判決を破棄し、死刑を言い渡した。1審判決は「強盗目的で被害者方を訪問したと認められるが、殺害までは計画していなかった」と判断したが、この日の判決は、「鈍器を持参し、手加減することなく被害者の頭部や顔面に激しい打撃を加えている」と指摘し、殺害についても計画性を認定した。被告側は上告する方針。★2009年(平成21年)3月23日、最高裁第2小法廷(今井功裁判長)は2000年(平成12年)、富山県高岡市で指定暴力団山口組系渡一家の組長夫婦が射殺された事件で、殺人罪などに問われた元同組幹部、幾島賢治(62歳)の上告審判決で、幾島側の上告を棄却した。幾島被告を死刑とした1、2審判決が確定する。 幾島側は死刑は重すぎるなどと主張したが、今井裁判長は「実行犯に拳銃を渡し、殺害を促すなど、犯行に主体的、積極的に関わった」と述べた。1、2審判決などによると、幾島は別の暴力団の元幹部、伊藤(現姓・藁科)稔死刑囚(56歳)らと共謀。平成12年7月13日、高岡市内の自宅にいた藪中修平組長(56歳)と妻(52歳)夫婦を射殺した。★2009年(平成21年)3月19日、東京高裁で架空請求詐欺グループの仲間割れ4人リンチ死事件で、殺人と傷害致死などの罪に問われたグループ幹部の渡辺純一(32歳)の控訴審判決があり、長岡哲次裁判長は、無期懲役とした1審判決を破棄し、死刑を言い渡した。検察側が控訴し、死刑を求めていた。判決によると、渡辺は2004年10月13〜16日、主犯格の清水大志(29歳/1審死刑、控訴中)らと共謀して4人を東京都新宿区内のグループの事務所に監禁し、鼻と口をふさいで2人を殺害、背中に熱湯をかけるなどして2人を死なせた。被告側は上告する方針。★2009年(平成21年)3月18日、名古屋地裁で2007年(平成19年)8月、名古屋市千種区の派遣社員、磯谷利恵(いそがい・りえ/当時31歳)が拉致・殺害された事件で、強盗殺人などの罪に問われた闇サイト仲間の神田司(38歳)、堀慶末(よしとも/33歳)、川岸健治(42歳)の3被告の判決公判があった。近藤宏子裁判長は闇サイトを悪用した手口について「発覚が困難で模倣性も高い種類の犯行。厳罰をもって臨む必要性が誠に高い」として神田司、堀慶末の両被告に求刑通り死刑を言い渡した。また川岸健治は「自首が事件の解決に寄与した」として無期懲役(求刑・死刑)とした。近藤裁判長は3被告が否定していた事前の殺害の計画性について「監禁場所や殺害方法について詳細な計画はなかったが、事前にハンマーや包丁を用意し、何人もの女性を実際に追尾しており、犯行は計画的で悪質だ」と認定。「素性を知らない者同士が互いに虚勢を張り合い、1人では行えない凶悪、巧妙な犯罪を遂行した。遺族も峻烈な処罰感情を表明している」と述べた。また闇サイトを悪用した社会的影響については「インターネットを悪用した犯罪は凶悪化、巧妙化しやすい。匿名性の高い集団が行うため、発覚困難で模倣性も高く、社会の安全にとって重大な脅威」と述べた。その上で、神田については「殺害の計画と実行において最も積極的に関与した」、堀については「さまざまな強盗計画を積極的に提案し、被害者を最も積極的に脅迫した」と認める一方、川岸については「被害者を2度も強姦しようとしており、他の2被告に比べ刑事責任は劣らないが、自首で事件の解決に寄与した」と判断した。 日本弁護士連合会によると、1983年に永山基準が示されて以降、被害者が1人の殺人事件で死刑が確定したのは、身代金目的誘拐や仮釈放中の事件が大半を占める。弁護側は「過去の死刑確定事件に比べ特別悪質とは言えない」と訴えていた。判決によると、携帯電話の闇サイトで知り合った3被告は2007年8月24日午後11時ごろ、名古屋市千種区内の路上で帰宅途中の磯谷を車内に連れ込み、25日午前1時ごろ、愛知県愛西市内の駐車場で頭を金づちで殴り、首を絞めるなどして殺害。現金約6万2000円などが入ったバッグを奪った。2009年(平成21年)3月18日午後、神田司が名古屋地裁の死刑判決を不服として控訴。3月24日、堀慶末、川岸健治ともに名古屋地裁の判決を不服として控訴。3月27日、名古屋地検が川岸の無期懲役判決を不服として控訴。4月13日、神田が控訴を取り下げ、死刑が確定。★2009年(平成21年)3月17日、神戸地裁姫路支部で2005年(平成17年)1月に女性2人が失踪し、兵庫県姫路市の港の海底から白骨化した遺体で見つかった事件の判決公判が開かれ、五十嵐常之裁判長は、無職、高柳和也(43歳)に求刑通り、死刑を言い渡した。五十嵐裁判長は判決理由で「犯行様態は極めて残忍で、遺族の処罰感情も厳しい」と述べた。検察側は論告で「殺意をもってハンマーで多数回、頭部などを殴打したのは明らか」と指摘し、「他害的性向の根深さは甚大」としていた。弁護側は最終弁論で「突発的な犯行で、被害者の1人に対しては確定的殺意が認められない」と死刑回避を求めていた。判決によると、高柳は平成17年1月9日、兵庫県相生市の自宅で、姫路市の会社員、畠藤未佳(23歳)と、一緒にいた友人の大阪市西区、専門学校生、谷川悦美(23歳)をハンマーで殴り殺害、2人の遺体を刃物で切断して山中や飾磨港に遺棄した。現在、控訴中。★2009年(平成21年)3月16日、高松地裁(菊池則明裁判長)は2007年(平成19年)11月、香川県坂出市でパート女性と孫娘2人の計3人が殺害された事件で、殺人罪などに問われた女性の義弟、川崎政則(63歳)に対し「3人の命を奪った結果は極めて重大」として、求刑通り死刑を言い渡した。弁護側は即日控訴した。判決によると、川崎被告は2007年11月16日午前3時45分ごろ、金銭トラブルなどで恨みを抱いていた三浦啓子(58歳)を殺害しようと、三浦宅に侵入。三浦とたまたま隣家から泊まりに来ていた孫の山下茜ちゃん(5歳)、彩菜ちゃん(3歳)姉妹を包丁で刺殺し、遺体を坂出港近くの資材置き場に埋めた。公判で川崎被告は起訴内容を認め、責任能力が主な争点だった。弁護側は「知的能力の低さと広汎性発達障害などで、悪いと分かっていても思いとどまることが著しく困難な心神耗弱状態だった」と無期懲役を求めたが、判決は「周到な準備や合理的な犯行隠ぺいをしており、知能程度は健常者と軽度精神遅滞者の境界にあるが、(事件に)著しい影響を及ぼしておらず、完全責任能力があった」と判断した。この事件では2008年7月の初公判後、検察、弁護側双方が推薦した鑑定人による精神鑑定などで審理が中断。また、裁判員制度導入をにらんで公判前と期日間の整理手続きを行い、今月9〜12日に集中審理し、結審の4日後に判決を言い渡した。★2009年(平成21年)2月27日、大阪地裁で2008年(平成20年)2月と2000年(平成12年)7月、大阪市内で会社員の森永彰(30歳)と中国人女子留学生の韓穎(24歳)を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われた無職の加賀山領治(59歳)の判決公判があり、細井正弘裁判長は求刑通り死刑を言い渡した。検察側は論告で、同被告がいずれの事件でも殺傷力のあるナイフで複数回刺しており、殺意があったと指摘。「わずかな遊興費欲しさに人命を奪い、酌量の余地は皆無」とした。弁護側は「もみ合いになるなどし、夢中で突き出したナイフが刺さっただけ」などと反論。「殺意はなかった」として死刑回避を求めていた。起訴状などによると、加賀山は2000年7月、大阪市中央区の路上で韓からバッグを奪い、取り押さえようとした男性会社員にナイフで切り付けた上、韓を刺して殺害。昨年2月には、北区の複合ビル2階のトイレで、森永の胸をナイフで数回刺し殺害した。現在、控訴中。★2009年(平成21年)2月3日、仙台高裁で2006年(平成18年)7月、岩手県洋野町で民家に侵入し母娘を殺害したとして強盗殺人や死体遺棄などの罪に問われた塗装業の若林一行(32歳)=青森県五戸町=の控訴審判決が開かれた。志田洋裁判長は死刑を言い渡した1審・盛岡地裁判決を支持、若林被告の控訴を棄却した。被告側は、1審では起訴事実については争わず、「殺意は被害者に顔を見られて生じたもの」などと偶発的な殺人だったと主張。しかし、控訴審になって全面否認に転じ、「自分が所属していた産業廃棄物の不法投棄グループから、秘密情報を漏らしたと疑われていた。グループが報復のため、殺人の罪を自分にかぶせた」「捜査段階や1審では、真犯人のことを言えば自分の家族に危険が及ぶと考え、虚偽の自白をした」などと主張していた。一方、検察側は「弁解は荒唐無稽で支離滅裂。裏付ける客観的な証拠は皆無で、虚偽の作り話であることは明らか」と指摘。「1審での反省や謝罪をも覆し、遺族の心情を逆なでする態度に出た被告に、死刑を回避する余地はない」と控訴棄却を求めていた。1審判決によると、若林被告は2006年(平成18年)7月19日午後3時ごろ、洋野町の会社員、上野紀子(52歳)宅に侵入。相次いで帰宅した上野と次女の友紀(24歳)の首を絞めるなどして殺害し、現金約2万円などを奪い、2人の遺体を近くの山林に遺棄するなどした。現在、上告中。★2009年(平成21年)1月22日、最高裁第1小法廷で2000年(平成12年)7月、富山県高岡市で暴力団組長夫妻が射殺された事件で、殺人罪などに問われた札幌市西区、小物販売業の藁科(わらしな/旧姓・伊藤)稔(56歳)の上告審判決があった。涌井紀夫裁判長は、「報酬目当てに2人の生命を奪った刑事責任は甚だ重大で、死刑とせざるを得ない」と述べ、藁科被告の上告を棄却した。藁科被告を死刑とした1、2審判決が確定する。判決によると、藁科被告は、高岡市の暴力団組長(当時56歳)の部下の幾島賢治被告(当時61歳/1、2審死刑、上告中)らから組長の殺害を依頼され、中国人グループによる殺害を計画したが失敗。このため、藁科被告自身が2000年7月、組長宅に侵入し拳銃で組長と妻(52歳)を射殺した。★2008年(平成20年)12月12日、東京高裁は群馬県内で対立する暴力団組長ら3人を射殺したとして殺人罪などに問われた元暴力団組長、高見沢勤(53歳)の控訴審判決で、1審の死刑判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。被告側は「実行犯との共謀はない」などと主張したが、安広文夫裁判長は「配下の組員らの供述から関与は明白。死刑判決を是認せざるを得ない」と述べた。判決によると、高見沢被告は配下の組員に指示し、2001年11月に同県松井田町(現安中市)の林道で土木作業員の佐藤昇司(60歳)を、2005年9月に安中市内の路上で対立する渡辺良夫組長(61歳)をそれぞれ射殺。2005年4月には同市の組事務所を訪れた渡辺直規元組員(35歳)を自ら射殺した。現在、上告中。★2008年(平成20年)10月9日、東京高裁は2002年、東京都品川区の製めん所で経営者夫妻を刺殺し、現金や貴金属を奪ったとして、強盗殺人罪などに問われた中国籍の無職、謝依俤(31歳)の控訴審判決で、死刑とした1審判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。須田賢裁判長は「落ち度のない被害者の生命と尊厳を踏みにじった犯行は冷酷、残虐で非人間的な所業だ。奪った貴金属を換金し、女友達とディスコに通うなど情状は芳しくなく、極刑をもって臨むほかない」と述べた。判決によると、謝被告は2002年8月31日未明、当時住んでいたアパートの大家だった早川勇(64歳)が経営する製めん所に侵入し、早川夫妻をサバイバルナイフで刺殺。現金約4万7000円や指輪などの貴金属(約6万9700円相当)を奪った。現在、上告中。★2008年(平成20年)10月8日、盛岡地裁は2007年6月、岩手県一関市東山町の遠応寺(えんのうじ)で鈴木秀良住職(59歳)と母ウメ子(81歳)を殺害し、現金を奪った強盗殺人罪に問われた同市東山町長坂、元飲食店店員、千葉正子(46歳)に対し、求刑通り死刑を言い渡した。佐々木直人裁判長は「2人の生命を自己中心的で短絡的な動機で奪い、残虐で執拗(しつよう)な犯行。非人間性に戦りつを覚える。計画性は高い」と述べ、殺人、窃盗罪の適用を求めた弁護側の主張を退けた。弁護側は即日控訴した。判決によると、千葉は2007年6月11日午後8時半ごろ、遠応寺の居間で、持参した包丁で秀良を刺殺。事件を目撃したウメ子の頭を灰皿で数回殴り、包丁で背中などを刺して殺害後、現金約15万円を奪った。公判では、殺害時の強盗目的の有無が主な争点になった。弁護側は「秀良さんの体格を見て殺害を断念した後、侮辱的な言葉をかけられ激高して衝動的に殺した」と主張したが、判決は「(仮に侮辱的な発言があったとしても)強盗を確実に遂行できるよう準備を進め、殺害後速やかに物色した」と計画性を認めた。その後、被告側が控訴したが、12月28日、収容先の仙台拘置支所(仙台市)で自殺したことが分かった。★2008年(平成20年)9月26日、東京高裁で2005年、千葉県市原市のファミリーレストランで指定暴力団山口組系組長2人が射殺された事件で、殺人などの罪に問われた元同組系組長の浜崎勝次(60歳)の控訴審判決があり、安広文夫裁判長は「一般市民も巻き添えにしかねない極めて危険で独善的な犯行」として1審死刑判決を支持、被告側控訴を棄却した。安広裁判長は「メンツを守るため殺害した。動機に酌むべき事情はない」と非難。社会に与えた影響も甚大で、死刑はやむを得ないとした。現在、上告中。★2008年(平成20年)9月16日、最高裁第3小法廷(藤田宙靖(ときやす)裁判長)は1995年、福島県須賀川市で悪霊払いと称して太鼓のばちで信者の全身をたたき、6人を死なせたとして殺人罪や傷害致死罪などに問われた祈とう師、江藤幸子(61歳)に対し、上告を棄却する判決を言い渡した。1、2審の死刑判決が確定する。弁護側は「心神喪失状態だった」と主張し、殺意も否定したが、小法廷は完全責任能力を認めた2審を追認したうえで「なぶり殺しとも言える陰惨な犯行。宗教的影響は否定できないが、責任は重大」と述べた。判決によると、江藤被告は1995年1月、自宅で共同生活していた信者の男女2人(49歳と45歳)を殴るなどして死なせた。さらに同年1〜6月、男女4人(18〜48歳)を殺害し、女性1人に重傷を負わせた。共謀したとされる信者3人は無期懲役〜懲役18年が確定している。★2008年(平成20年)9月12日、名古屋高裁で交際相手の女性2人を殺害し、遺体を切断して捨てたとして、殺人罪などに問われた元会社員の兼岩幸男(50歳)の控訴審判決があった。片山俊雄裁判長は「遺体の損壊にまで及ぶなど、その態様は確定的殺意に基づき冷酷かつ残忍」と述べ、死刑を言い渡した1審・岐阜地裁判決を支持、被告側の控訴を棄却した。片山裁判長は判決理由で「3年9カ月の時を経て1度ならず2度までも交際中の女性を殺害しており、自己保身のためには手段を選ばず、他人の生命を軽く見る態度が顕著。社会にとって極めて危険な犯罪的傾向を有している」と指摘した。現在、上告中。★2008年(平成20年)7月17日、最高裁第1小法廷(泉徳治裁判長)は埼玉県本庄市の連続保険金殺人事件で殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑とされた金融業の八木茂(当時58歳)の上告審判決で、「計画性が高く巧妙、悪質」として、被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。同小法廷は、親密な関係だった武まゆみ受刑者(41歳)=無期懲役=ら女3人との共謀を認定。「2人の人命を奪い、巨額の保険金をだまし取ったのに、反省の態度を示していない」と被告を非難した。その上で、死刑とした一1,2審の判断について、「刑事責任は誠に重大で、やむを得ないものとして是認せざるを得ない」と述べた。弁護側は、武受刑者の証言について、「検察官による脅迫や偽計、量刑取引の結果、虚偽証言をした」と主張、起訴事実は存在しなかったと訴えていた。★2008年(平成20年)7月11日、最高裁第2小法廷で1999年9月29日、山口県下関市のJR下関駅で5人が殺害され、10人が重軽傷を負った通り魔事件で、殺人罪などに問われた運送業、上部(うわべ)康明(当時44歳)の上告審判決があった。今井功裁判長は「周到な準備のもと、落ち度のない通行人らを無差別に襲った犯行は極めて悪質で、動機や経緯に酌量の余地はない」と述べ、上部被告の上告を棄却した。上部被告を死刑とした1、2審判決が確定する。判決によると、上部被告は1999年9月、JR下関駅にレンタカーで突っ込み、駅前の歩道や駅構内を歩いていた7人の通行人を次々にはね、そのうち2人をひき殺した。さらに車から降りてホームや階段にいた8人に包丁で襲いかかり、うち3人を刺殺した。★2008年(平成20年)6月5日、最高裁第1小法廷で2001年、神奈川県伊勢原市で同居していた母娘を殺害し、現金やキャッシュカードなどを奪ったとして、強盗殺人などの罪に問われた加賀聖商(としあき/47歳)の上告審判決があった。才口千晴裁判長は「動機に酌量すべき余地はまったくない」として、加賀被告の上告を棄却した。加賀被告を死刑とした1、2審判決が確定する。才口裁判長は「犯行態様は執拗かつ残忍。事実関係をおおむね認めていることなど、被告のために酌むべき事情を十分に考慮しても、刑事責任は極めて重大で、死刑を是認せざるを得ない」と述べた。判決によると、加賀被告は2001年8月4日日中、同居していた神奈川県伊勢原市の松井和子(43歳)方で、松井の長女、真菜美(12歳)の背中を包丁で刺した上、腕で首を絞めて殺害。さらに、同日夜、帰宅した和子の頭をハンマーで殴るなどして殺害し、現金やキャッシュカードを奪うなどした。★2008年(平成20年)5月26日、長崎地裁で2007年4月、伊藤一長・前長崎市長(61歳)が銃撃されて死亡した事件で、殺人、公選法違反(選挙の自由妨害)などの罪に問われた同市風頭町、元暴力団幹部の城尾哲弥(60歳)の判決公判が開かれ、松尾嘉倫裁判長は、求刑通り死刑を言い渡した。起訴状では、城尾被告は、伊藤前市長が2007年4月の市長選に出馬表明したのを機に殺害を計画。同17日午後7時50分ごろ、長崎市大黒町の選挙事務所前で、選挙運動から戻った伊藤前市長の背中に拳銃2発を発射して選挙活動を妨げ、翌18日未明に死亡させた、としている。検察側は、知人の建設会社への融資など市に対する要求が受け入れられなかったことへの「逆恨み」が犯行の動機と主張。「計画的犯行で、自由と民主主義の根幹を揺るがす重大犯罪」と指摘していた。これに対し、城尾被告側は「一騒動を起こし、市に対する不満を公にしようとしただけの突発的な犯行」と計画性を否定し、死刑回避を求めていた。現在、控訴中。★2008年(平成20年)5月20日、大阪高裁で2006年、大阪府東大阪市の大学生ら2人が集団暴行を受け、生き埋めにされたリンチ殺人事件で、殺人などの罪に問われた主犯格の無職・小林竜司(23歳)の控訴審判決があった。若原正樹裁判長は、求刑通り死刑を言い渡した1審・大阪地裁判決を支持し、弁護側の控訴を棄却した。控訴審では1審の認定事実に争いはなく、死刑が妥当かどうかが焦点だった。判決によると、小林被告は同年6月、元東大阪大生の友人(23歳/懲役9年確定)や無職・徳満優多被告(23歳/上告中)らと共謀。徳満被告らと交際女性を巡ってトラブルになっていた東大阪大生・藤本翔士(当時21歳)と無職の岩上哲也(当時21歳)らを岡山市内に呼び出して暴行。資材置き場で生き埋めにして、殺害するなどした。1審判決は「凶悪な犯行を率先して実行しており、若者2人の命を奪った結果は重大。更生の可能性は認められるが、極刑を回避する理由にはならない」と指摘。弁護側は控訴審で、「多数の共犯者に後押しされる集団心理に支配された犯行。拘置所で写経するなど内省を深めており、命を絶つのはあまりに酷」と主張していた。現在、上告中。★2008年(平成20年)4月24日、最高裁第1小法廷で2003年12月、埼玉県入間市の暴力団事務所で暴力団組長ら5人を射殺したとして、殺人などの罪に問われた指定暴力団住吉会系元組長の山本開一(61歳)の上告審判決があった。才口千晴裁判長は「犯行は計画的かつ残虐。白昼、住宅街にある暴力団事務所で行われ、地域社会に与えた衝撃も計り知れず、死刑とせざるを得ない」と述べ、山本被告の上告を棄却した。山本被告を死刑とした1、2審判決が確定する。★2008年(平成20年)4月22日、広島高裁で1999年4月、山口県光市の会社員本村洋方で、妻の弥生(23歳)と夕夏(ゆうか)ちゃん(11か月)が殺害された事件で、殺人、強姦致死などの罪に問われた元会社員(27歳/犯行時18歳1か月)の差し戻し控訴審判決があった。楢崎康英裁判長は「死刑を回避すべき事情は認められない」と述べ、無期懲役の1審・山口地裁判決を破棄、求刑通り死刑を言い渡した。元会社員側は上告した。差し戻し審で元会社員側は、母子への殺意や強姦目的を否定する新たな供述を行った。弥生について「自殺した母親のイメージを重ね、甘えたいとの気持ちから抱きついたら抵抗され、誤って死なせた」「生き返ってほしいという思いから強姦した」、夕夏ちゃんについては「首を絞めた認識がない」と新たに主張した。楢崎裁判長は、その信用性について「起訴後、6年半以上経過してから新供述を始めたのは不自然。死刑回避のための虚偽供述で、酌量すべき事情を見いだす術(すべ)がなくなった」と指摘した。弥生殺害について「右手で首を押さえて死亡させた」とする元会社員側の主張を「遺体の状況と整合しない」と退け、強姦については「性的欲求を満たすためと推認するのが合理的。女性が生き返るという発想は荒唐無稽(むけい)で到底信用できない」と、計画性も認定した。夕夏ちゃん殺害の殺意を否認する供述の信用性も否定した。犯行について「極めて短絡的、自己中心的で、結果は極めて重大」と指摘したうえで、死刑を回避すべき事情があるかを検討。事実認定を争う差し戻し審での元会社員の態度について、「自分の犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑回避に懸命になっているだけで、遺族への謝罪は表面的。反省謝罪の態度とは程遠く、反社会性は増進した」と述べ、「18歳になって間もない少年であると考慮しても極刑はやむを得ない」と述べた。1審・山口地裁、2審・広島高裁判決は、検察側の死刑求刑に対し、元会社員の犯行時の18歳という年齢や、更生の可能性などを理由に、いずれも無期懲役を言い渡した。しかし、最高裁は2006年6月、上告審判決で「少年だったことは死刑回避の決定的事情とまでは言えない」と判断。「2審判決の量刑は甚だしく不当」として破棄し、審理を同高裁に差し戻した。犯行当時、18歳だった元少年への死刑判決は、連続4人リンチ殺人事件に対する2005年の名古屋高裁判決(上告中)以来で、少年の重大事件に対する厳罰化の流れに沿った判断となった。最高裁が83年に示した死刑適用基準の指標とされる「永山基準」以降、犯行時に少年だった被告の死刑判決が確定したのは2件。いずれも犯行時19歳、被害者は4人。現在、上告中。★2008年(平成20年)4月21日、東京高裁(中川武隆裁判長)は2003年10月、山梨県都留市のキャンプ場で土木作業員3人の遺体が見つかった事件で、殺人や傷害致死などの罪に問われた住所不定、元建設会社社長の阿佐吉広(58歳)に対し、1審・甲府地裁の死刑判決(06年10月)を支持し、控訴を棄却した。判決によると、阿佐被告は当時の社員らと共謀し、2000年5月14日午後、自分が経営していた都留市内の会社で、作業員の横田大作(50歳)と多賀克善(51歳)に暴行、ワゴン車内で首を絞めて殺害した。1997年3月には、態度が反抗的と男性作業員(身元不明)を木刀で殴った後、必要な治療をしないまま肺炎で死亡させた。この事件では、元社員ら5人の有罪が確定している。現在、上告中。★2008年(平成20年)3月27日、福岡高裁で2004年9月、福岡県大牟田市で起きた4人連続殺人事件で、強盗殺人罪などに問われて死刑判決を受けた一家4人のうち、元暴力団組長の北村実雄(64歳)と長男・孝(27歳)両被告の控訴審判決があり、正木勝彦裁判長は「利欲的で人命軽視も甚だしく、死刑はやむを得ない」として、1審・福岡地裁久留米支部判決を支持し、両被告の控訴を棄却した。これで一家4人が全員、2審で死刑となった。実雄被告側は上告する方針。孝被告側は上告するか検討するとしている。判決によると、両被告は実雄被告の妻・真美(48歳)、二男・孝紘(たかひろ/23歳)両被告(ともに最高裁に上告中)と共謀。2004年9月18日、無職の高見小夜子(58歳)を絞殺して約26万円を奪い、口封じのため長男の龍幸(18歳)と友人の原純一(17歳)を相次いで殺害、3人の遺体を川に遺棄した。前日には孝紘、孝両被告が高見の二男の穣吏(じょうじ/15歳)を殺し、金庫を奪った。現在、上告中。★2008年(平成20年)3月25日、東京高裁は静岡県焼津市で同僚と自分の妻を殺害し、遺体を茶畑などに埋めたとして殺人と死体損壊・遺棄の罪に問われた元生協職員の大倉修(39歳)に対し、1審・静岡地裁の死刑判決(07年2月)を支持し、被告側の控訴を棄却した。判決によると、大倉は2004年9月、同僚だった蒔田晃(37歳)が被告の不倫相手を批判したことに激高し、蒔田を刺殺して遺体を静岡市内の茶畑に埋めた。さらに2005年9月、自宅で妻(36歳)を絞殺。遺体をバラバラにして県内の山中3カ所に捨てた。現在、上告中。★2008年(平成20年)3月17日、殺人罪で無期懲役となり、仮釈放中に弟を殺害したとして、殺人などの罪に問われた長谷川静央(当時65歳)が上告を取り下げ、1、2審の死刑判決が確定した。判決によると、長谷川は知人の男=実刑確定=と共謀し平成17年5月、遺産相続でもめていた弟の統康(60歳)を宇都宮市内で殺害した。★2008年(平成20年)3月17日、京都地裁で2007年1月、京都府と神奈川県で親族2人を相次いで殺害し、現金などを奪ったとして、強盗殺人罪に問われた無職の松村恭造(26歳)の判決があった。増田耕兒(こうじ)裁判長は「反省、後悔の念は乏しく、更生の期待は難しい。事件は誠に残虐で人間的感性が欠落しており、極刑はやむを得ない」として、求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、松村被告は2007年1月16日、京都府長岡京市の伯母岩井順子(よりこ/当時57歳)方で、岩井の顔などを刃物で刺したり鈍器で殴打したりして殺害し、2万円などを強奪。同23日には、神奈川県相模原市の大叔父加藤順一(72歳)方で、加藤の頭などを金属製の棒で殴って殺し、3000円や携帯電話などを奪った。検察側は、松村が生活に困った末の金目当の犯行と主張。松村被告側は強盗目的を否認していた。増田裁判長は、岩井の事件について「経済的に困窮していた被告には金品強奪の動機があり、現場では、目に付いた金品以外にも引き出しから財布を奪った」、加藤の事件についても「今後の生活のために金が必要だった」とし、強盗目的を認定した。そのうえで、「終始一貫して反省の態度をみせておらず、死刑をもって臨むしかない」と結論づけた。松村被告は公判で「人殺しという初体験の大事を極めて冷静に完遂し、自分をほめてあげたい」などと述べていた。4月8日、松村が「身辺整理のため」としていた控訴を取り下げ、死刑判決が確定した。★2008年(平成20年)3月3日、東京高裁で2002年に千葉県松戸市でマブチモーター社長(現会長)妻子を殺害するなど計4人を殺害し現金などを奪ったとして、強盗殺人などの罪に問われた守田克実(57歳)の控訴審判決公判が開かれた。中川武隆裁判長は「利欲目的で計画的に敢行された冷酷非情な犯行」として、死刑とした1審千葉地裁判決を支持し、守田被告側の控訴を棄却した。事件の共犯として、1審で死刑判決を受けた小田島鉄男死刑囚は2007年11月、控訴を取り下げ、死刑が確定している。中川裁判長は「具体的な計画を立てたのは小田島死刑囚だが、被告は大金の魅力に惹かれ、積極的に小田島死刑囚に働きかけるなど、互いに利用し合う関係が成立していた」と指摘。「利欲目的で何の落ち度もない4人の命を奪うなど刑事責任は重く、小田島死刑囚と大きな差を見つけることはできず、極刑はやむを得ない」と述べた。守田は、1審同様に「小田島死刑囚の指示で動いただけで従属的な立場だった」と主張、減刑を求めていた。判決によると、守田は2002年8月、小田島死刑囚と共謀して、当時のマブチモーター社長、馬渕隆一方に侵入。現金を奪った上、妻子2人の首を絞めて殺害して放火。さらに同年9月には東京都目黒区の歯科医を、同年11月には千葉県我孫子市の会社社長の妻をそれぞれ殺害して現金を奪った。現在、上告中。★2008年(平成20年)2月29日、最高裁第2小法廷で2002年、静岡県三島市で女子短大生(19歳)が焼き殺された事件で、殺人罪などに問われた元建設作業員、服部純也(36歳)の上告審判決があった。古田佑紀裁判長は「意識のある人間に火をつけて殺すという残虐な殺害方法などからすれば死刑はやむを得ない」と述べ、服部被告の上告を棄却した。服部被告を死刑とした2審・東京高裁判決が確定する。判決によると、服部被告は2002年1月、帰宅途中の女子短大生を車内に押し込み暴行。さらに、粘着テープで女子短大生の両手首を縛り、灯油をかけて、ライターで火をつけて殺害した。弁護側は「過去の死刑基準に比べて不当に重い」と死刑回避を求めたが、判決は、服部被告が強盗傷害罪などで服役し、仮釈放からわずか約9か月後に今回の犯行に及んだ点を挙げ、「犯罪傾向は凶悪化しており、改善更生の可能性に乏しいことは明らか」と、退けた。1審・静岡地裁沼津支部は、犯行に計画性がないことや劣悪な生活環境で育ったことなどを理由に無期懲役としたが、2審は、殺害の残虐性などを重視して死刑を言い渡していた。★2008年(平成20年)2月28日、仙台高裁で2001年、福島県で保険金目的や仲間割れから栃木県の女性と福島県の男性を殺害したとして、殺人や強盗殺人などの罪に問われた無職の渡辺実(58歳)の控訴審判決公判が開かれた。木村烈裁判長は「反社会的人格は根強く、矯正は困難」として、求刑通り死刑とした1審・福島地裁郡山支部判決を支持、被告側の控訴を棄却した。弁護側は「事件の中心は別の共犯者で、被告は殺害の実行行為をしていない」とし、死刑回避を主張。検察側は控訴棄却を求めていた。2事件で渡辺を含め6人が起訴され、ほかの5人は懲役6年から無期懲役とした判決が確定している。その後、上告したが、2008年(平成20年)8月21日、病死した。★2008年(平成20年)2月27日、広島高裁岡山支部(小川正明裁判長)で2003年と2004年に広島、岡山両県で男女2人が殺害された事件で、強盗殺人罪などに問われた住所不定、無職の片岡清(76歳)の控訴審判決公判があった。小川裁判長は「いずれの事件も確定的な殺意が認められ、強盗殺人罪の適用が相当」として広島事件で強盗致死罪を適用した1審の無期懲役を取り消し、求刑通り死刑を言い渡した。弁護側は「上告を検討したい」とコメントした。判決などによると、片岡は2003年9月28日夜、広島県庄原市東城町粟田の無職、村田ミサオ(91歳)方に金を奪う目的で侵入し、寝室で寝ていた村田の首を絞めて殺害。2004年12月10日深夜には岡山県井原市井原町のそば店経営、片山広志(76歳)方で片山の頭などをバールで多数回殴って殺害し、現金約5万円などを奪った。2006年3月の岡山地裁判決は岡山の事件で強盗殺人罪の成立を認めたが、広島事件は「凶器の準備などもしておらず、殺意は認められない」として強盗致死と認定、無期懲役とした。現在、上告中。★2008年(平成20年)2月15日、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は地下鉄サリン事件の散布役で、松本サリン事件にも関与したとして殺人罪などに問われた元オウム真理教幹部の林泰男(50歳)に対し、上告を棄却した。小法廷は判決で「不特定多数を無差別に殺害するテロ行為で、反社会的で悪質の極みだ」と指摘した。1、2審の死刑判決が確定する。地下鉄サリン事件について最高裁が「テロ」と表現したのは初めて。一連のオウム事件で死刑確定は、教祖の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(52歳)らに次いで5人目。弁護側は「犯行を断って危害を加えられることを恐れ従属的立場で関与していた」と死刑回避を主張。しかし小法廷は「教団幹部の指示でサリン散布を引き受けたことなど有利な事情を十分考慮しても、被告の責任は重大で死刑はやむを得ない」と退けた。 1審・東京地裁(2000年6月)、2審・東京高裁(2003年12月)の判決によると、林被告は1995年3月、12人が死亡した地下鉄サリン事件で、他の実行役より1袋多い3袋のサリンを散布し8人を殺害。1994年6月の松本事件ではサリン噴霧車製造に関与(殺人ほう助罪なと)。また1995年5月、東京・新宿で青酸ガス発生装置を仕掛けた(殺人未遂罪)。★2008年(平成20年)2月7日、福岡高裁で福岡県内で起きた女性3人連続殺人事件で、強盗殺人罪などに問われた住所不定、無職の鈴木泰徳(38歳)の控訴審判決公判が開かれた。正木勝彦裁判長は、死刑とした1審・福岡地裁判決を支持し、鈴木被告の控訴を棄却した。1審判決によると、鈴木被告は2004年12月12日、福岡県飯塚市の歩道で専門学校生の久保田奈々(18歳)を強盗目的で襲い、マフラーで首を絞めて殺害。同月31日には北九州市小倉南区の路上で、パート従業員大中敏子(62歳)を刺し身包丁で刺殺、約6000円などが入ったバッグを奪った。2005年1月18日には福岡市博多区の公園に会社員福島啓子(23歳)を引きずり込み、包丁で刺殺、約1000円が入ったバッグを奪うなどした。控訴審で、鈴木被告は「『罪を憎んで人を憎まず』と言う。生きて償う道を私に与えてほしい」などと死刑回避を訴えた。弁護側は、鈴木被告が犯行後、福島さんの携帯電話を使い続けたほか、凶器の刺し身包丁を捨てずに車中に置いて罪の意識もなく生活を送っていたことから、「妄想性人格障害か妄想性障害の影響下だった」と主張。「犯行時、心神喪失か心神耗弱で、責任能力がないか、著しく欠いた状態だった」として精神鑑定を申請した。しかし、正木裁判長は却下していた。検察側は、弁護側の主張について「著しく不自然、不合理で、到底信用できない」などとし、控訴棄却を求めていた。現在、上告中。★2008年(平成20年)2月4日、前橋地裁は土木作業員ら3人の射殺を指示したとして、殺人、死体遺棄罪などに問われた群馬県安中市古屋、指定暴力団山口組系組長の高見沢勤(52歳)に対し、求刑通り死刑を言い渡した。久我泰博裁判長は「3人の命を奪った無差別な殺人行為で生命軽視もはなはだしい」と述べた。判決によると、高見沢被告は2001年11月、配下の組員らに指示して群馬県松井田町(現・安中市)の林道で、土木作業員の佐藤昇司(60歳)を射殺。高崎市内の山中に遺体を埋めた。また、2005年4月、組のトラブルから安中市の組事務所で配下の渡辺直規幹部(35歳)を、同年9月には安中市の飲食店前の路上で、指定暴力団稲川会系の渡辺良夫組長(61歳)を別の幹部に指示して殺害させ、山中に遺棄するなどした。検察側は「犯行は冷酷かつ凶悪」として死刑を求刑。弁護側は「共犯者の供述は信用性を欠く」とし、死体遺棄を認める一方、殺人については正当防衛で無罪を主張していた。現在、控訴中。★2008年(平成20年)1月31日、最高裁第1小法廷は佐賀、長崎両県で、交際相手の夫と次男を保険金目的で殺害したとして殺人罪などに問われた元古美術商、外尾計夫(ほかおかずお/60歳)に対し、上告棄却の判決を言い渡した。1、2審の死刑判決が確定する。涌井紀夫裁判長は「人の苦しみも生命の重みも考えず保険金目的で殺害した責任は極めて重い」と述べた。共謀したとされる交際相手の山口礼子受刑者(49歳)は無期懲役が確定しており、弁護側は「刑が不均衡だ」と死刑回避を求めた。だが判決は「次男殺害は被告から提案して山口受刑者を説得した。力ずくで海に沈める実行行為をしたのも被告だ」と退けた。2審・福岡高裁判決(04年5月)によると外尾被告らは1992年9月、山口受刑者の夫・克彦(38歳)を睡眠導入剤入りのカレーで眠らせた上、佐賀県太良町の海岸で転落事故を装って水死させ生命保険金約1億円をだまし取った。1998年10月には次男吉則(16歳)にも睡眠導入剤入りカプセルを飲ませ、長崎県小長井町(現・諫早市)の海岸から海に投げて殺害した。1審・長崎地裁は2003年1月、双方に死刑を言い渡したが、2審で山口受刑者だけは「更生の可能性がある」と減刑されていた。★2008年(平成20年)1月21日、前橋地裁(久我泰博裁判長)は暴力団抗争で市民ら4人が射殺された前橋市のスナック乱射事件で、殺人罪などに問われた指定暴力団住吉会系矢野睦会幹部、山田健一郎(41歳)に対し、求刑通り死刑を言い渡した。この事件では、指示した組幹部と別の実行役の2人に1審などで死刑判決が出ている。判決によると、山田は対立していた暴力団元組長(60歳)の殺害を同会会長、矢野治(58歳/1審で死刑判決、控訴中)から指示され、2003年1月25日深夜、同会系幹部の小日向将人(38歳/1、2審死刑判決で上告中)とスナックで拳銃を乱射。客の男女3人や警護役の元組員を射殺し、元組長ら2人に重傷を負わせた。現在、控訴中。★2007年(平成19年)12月25日、福岡高裁で2004年、福岡県大牟田市で無職の高見小夜子(58歳)ら4人が殺害された事件で、強盗殺人などの罪に問われた無職の北村真美(48歳)、二男の孝紘(23歳)両被告の控訴審判決公判が開かれた。正木勝彦裁判長は「自己中心的で身勝手極まりなく、酌むべきところはない」として、2人を死刑とした1審判決を支持し、両被告の控訴を棄却した。現在、上告中。正木裁判長は真美被告について、「一連の犯行で重要な役割を果たした」と指摘。孝紘被告については、4人を2日間のうちに殺害した実行犯とした上で、「極端な暴力肯定の態度が認められる」と述べた。事件では、真美被告の夫で元暴力団幹部の実雄(63歳)、長男孝(27歳)両被告も死刑判決を受けた。2人は控訴し高裁で分離公判中。★2007年(平成19年)12月10日、東京地裁で2003年1月前橋市のスナックで暴力団抗争の巻き添えとなって市民ら4人が射殺された事件と、日本医大病院(東京)での暴力団組長射殺事件などの首謀者とされ、殺人罪などに問われた指定暴力団住吉会系暴力団会長・矢野治(58歳)の判決があった。朝山芳史裁判長は、矢野を二つの事件の首謀者と認定した上で、「拳銃で弾丸を何発も発射するという残虐な犯行。合計5名もの人命が奪われ、犯行結果も重大。極刑をもって臨むほかない」と述べ、求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、矢野は、暴力団元幹部小日向将人(38歳/同罪などで1、2審とも死刑判決、上告中)らと共謀し、2003年1月、前橋市のスナックで市民ら4人を射殺した。また、2002年2月には、辰力正雄受刑者(58歳/無期懲役判決が確定)らと共謀、同病院で住吉会系暴力団組長を射殺するなどした。現在、控訴中。★2007年(平成19年)11月30日、最高裁第2小法廷で女性2人を殺害して無期懲役刑が確定した後、仮釈放中に岡山市で再び交際中の女性を殺害したとして殺人罪などに問われ、1、2審で死刑判決を受けた元清掃業、宇井りょう次(68歳)の上告審判決があった。(りょうは、金へんに俊のつくり) 今井功裁判長は「過去にも交際中の女性2人を殺害、遺体を遺棄するという事件を起こし、仮釈放から約1年9ヶ月で類似の事件を繰り返した刑事責任は極めて重大で、死刑はやむを得ない」と述べ、宇井被告の上告を棄却した。宇井の死刑が確定する。判決によると、宇井は2001年8月、岡山市の自宅で無職女性(当時57歳)の首を絞めて殺害し、遺体を市内の竹やぶに捨てた。宇井は、ホステスら女性2人を殺害したとして1980年に無期懲役の刑が確定し、服役。1999年11月に仮釈放されていた。★2007年(平成19年)11月15日、最高裁第1小法廷(甲斐中辰夫裁判長)は2002年、横浜市都筑区で、妻の両親と長男を刺殺したとして殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑とされた無職の古沢友幸(42歳)の上告審判決で、「妻を連れ出すのに邪魔というだけの理由で、全く落ち度のない3人の生命を奪った結果は極めて重大」として、被告の上告を棄却した。死刑が確定する。甲斐中裁判長は「逃げようとする被害者を次々に刃物で突き刺した悪質な犯行。死刑はやむを得ない」と述べた。判決によると、古沢被告は2002年7月、別居中だった当時の妻を無理やり連れ出そうと計画し、義父の宇治川正義(71歳)宅のマンションに侵入。正義と義母の文子(63歳)、妻の長男勇輝君(12歳)をナイフで刺殺し、妻に手錠を掛けて車に押し込み、富山市まで監禁した。★2007年(平成19年)11月6日、最高裁第3小法廷で2001年(平成13年)、神奈川県大和市で主婦2人が相次いで殺害され現金が奪われた事件で、強盗殺人などの罪に問われた庄子幸一(53歳)の上告審判決があった。藤田宙靖裁判長は「結果は重大で責任は極めて重い」として、庄子被告側の上告を棄却した。庄子を死刑とした1、2審判決が確定する。庄子側は「犯行当時は完全な責任能力がなかった」などと主張し、死刑回避を求めていた。1、2審判決によると、庄子は山本章代受刑者(45歳)=無期懲役確定=と共謀。平成13年8月28日、林弘子(54歳)方で、林の首をベルトで絞めるなどして殺害。同年9月19日には、大沢文子(42歳)方で、大沢の顔に粘着テープを巻きつけた上で浴槽に顔をつけて殺害し、2人から現金計約29万円などを奪った。★2007年(平成19年)10月26日、千葉地裁(古田浩裁判長)は2005年、千葉県市原市のファミリーレストランで暴力団組長2人を射殺したとして殺人罪などに問われた住所不定、元暴力団組長、浜崎勝次(59歳)に対し、「一般客への危険を顧みない冷酷極まりない犯行」などとして、求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、浜崎被告は▽元組員の宮城吉英(51歳)=1、2審で死刑判決、上告中▽当時61歳の男=事件後に拳銃自殺=の2人と共謀。2005年4月25日午後9時ごろ、同市五井のファミリーレストランに対立していた暴力団の日野弥寿広組長(45歳)と佐藤栄次組長(39歳)を呼び出し、拳銃で射殺した。古田裁判長は、宮城が同市で起こした傷害事件で日野組長らから金銭を要求され、メンツを保つのが動機と認定し「犯行は暴力団特有の独善的な発想で反省もない」と指摘した。★2007年(平成19年)10月26日、最高裁第2小法廷(津野修裁判長)は坂本堤弁護士一家殺害、松本サリン、サリンプラント製造の3事件で殺人罪などに問われ1、2審で死刑判決を受けた元オウム真理教信者、端本悟(40歳)に対し、上告を棄却する判決を言い渡した。松本サリン事件実行役では初めて死刑が確定する。小法廷は「犯行の動機は教団の組織防衛で、人命軽視も甚だしく反社会性が極めて強い。責任は極めて重大」と述べた。★2007年(平成19年)10月16日、広島高裁で広島市で養父と妻を殺害し保険金計約7300万円をだまし取ったとして、殺人、詐欺などの罪に問われた元建設資材会社役員の大山清隆(46歳)の控訴審判決があった。楢崎康英裁判長は「極めて自己中心的で、結果は重大。計画性は高く、社会的影響も大きかった」として1審・広島地裁の死刑判決を支持し、大山被告の控訴を棄却した。判決によると、大山被告は1998年10月、養父の勉(66歳)の頭を鉄アレイで殴り、乗用車の助手席に乗せた後、交通事故を装って殺害。生命保険など約7000万円を詐取。2000年3月には同市佐伯区の当時の自宅で妻の博美(38歳)に睡眠導入剤を飲ませて眠らせ、浴槽で水死させた後、広島港に遺棄し、保険金300万円をだまし取った。現在、上告中。★2007年(平成19年)10月3日、福岡高裁で2003年10月、熊本県宇城(うき)市で男女2人を刺殺して現金などを奪ったとして、強盗殺人罪などに問われ、1審・熊本地裁で死刑判決を受けた同県八代市泉町下岳、無職の松田幸則(34歳)の控訴審判決があった。仲家暢彦(のぶひこ)裁判長は、1審判決を支持し、松田の控訴を棄却した。判決によると、松田は2003年10月16日、宇城市松橋町曲野、無職の木下啓子(54歳)の自宅で、木下と同居の元精肉店経営の三浦隆雄(54歳)の胸を包丁で刺して殺害し、約8万3000円などを奪った。その後、上告したが、2009年(平成21年)4月3日、上告を取り下げ、死刑が確定した。★2007年(平成19年)9月28日、最高裁第2小法廷で監禁した女性に高濃度の覚醒剤を注射して死亡させるなど、平成12年に水戸・宇都宮両市で男女5人を殺傷したなどとして、強盗致死や殺人などの罪に問われた元暴力団幹部、後藤良次(49歳)の判決があった。津野修裁判長は「極めて悪質で動機に酌量の余地はない」として、後藤被告の上告を棄却した。1、2審の死刑判決が確定する。津野裁判長は「5人の被害者のうち2人の生命を奪い、3人に重傷を負わせたという結果は重大」と述べた。その上で、「1人の死亡は確定的殺意に基づくものではないことなど、被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても、被告人の罪責は重大で、死刑を是認せざるを得ない」とした。1、2審判決によると、後藤被告は平成12年8月、宇都宮市内のマンションに男女4人を監禁。小林潤美(24歳)に覚醒剤を注射して死亡させたほか、3人に灯油をかけて火をつけてけがを負わせ、乗用車などを奪った。また、同年7月には知人の斎藤正二(33歳)の手足を縛って水戸市内の那珂川に投げ込んで殺害した。後藤被告は17年、これら事件のほかにも3件の殺人に関与したとの上申書を茨城県警に送付。このうち1件の殺人事件で殺人罪で起訴され、水戸地裁で公判前整理手続きが行われている。★2007年(平成19年)9月26日、福岡高裁で北九州市の監禁・連続殺人事件で、殺人罪などに問われ、1審・福岡地裁小倉支部で死刑判決を受けた松永太(46歳)、緒方純子(45歳)両被告の控訴審判決があった。虎井寧夫(やすお)裁判長は「緒方被告は松永被告の主導の下、追従的に犯行に関与した。積極的に自白し、事案解明に寄与した」と述べ、緒方被告については1審判決を破棄し、無期懲役とした。松永被告については「我が国の犯罪史上、まれに見る冷酷、残忍で凶悪な事犯を主導した。反省も見られない」として1審判決を支持し、控訴を棄却した。現在、松永は上告中。緒方被告は判決内容を慎重に検討するとしている。判決は2005年9月の1審判決と同様に、6人について殺人罪、誉さん事件に傷害致死罪を適用し、他にも女性への監禁致傷罪、別の女性への監禁致傷、強盗、詐欺罪を認定した。★2007年(平成19年)8月16日、東京高裁で殺人などの罪で服役し仮出獄中、知人に依頼して、遺産分割でもめていた弟を殺害したとして、殺人などの罪に問われた長谷川静央(65歳)の控訴審判決公判が開かれた。阿部文洋裁判長は「仮出獄中に犯行に及んでいるなど刑事責任はあまりにも重大」として1審宇都宮地裁の死刑判決を支持、長谷川被告側の控訴を棄却した。阿部裁判長は「財産的利益を得ようとした犯行で、動機は利欲的。遺産分割の不満を解決するためには法的手段を取るべき。殺害して財産を取得しようと考えるのは常軌を逸している」と述べた。弁護側の「事件の本質は兄弟げんかの行き過ぎ」との主張を退けた。判決によると、長谷川は知人の鈴木克己受刑者(34歳)=懲役30年確定=に7000万円の報酬で弟の統康=当時(60歳)=の殺害を依頼。鈴木受刑者は平成17年5月8日夜、宇都宮市内の統康宅で、統康の胸などをナイフで刺して殺害した。長谷川は昭和51年12月、勤務先の社長=当時(49歳)=を殺害するなどして無期懲役判決が確定、平成15年5月に仮出獄していた。その後、上告したが、2008年(平成20年)3月17日、上告を取り上げ、死刑が確定した。★2007年(平成19年)8月7日、千葉地裁で振り込め詐欺グループの仲間割れからメンバー4人が監禁・暴行され死亡した事件で、殺人や傷害致死などの罪に問われた元グループリーダーの無職の清水大志(28歳)と無職の渡辺純一(30歳)の判決公判があった。彦坂孝孔裁判長は、清水被告に求刑通り死刑、渡辺被告に無期懲役(求刑死刑)を言い渡した。彦坂裁判長は「(清水被告は)殺害を唯一止められる立場だったのに次善策を講じなかった」と指摘。渡辺について「被害者の処遇を決める首謀者ではなく、直接指示していない」とした。死刑判決は殺害の実行役とされる伊藤玲雄(33歳)が5月に言い渡されたのに続き2人目で、事件で起訴された18人全員に有罪判決が出た。検察側は渡辺被告について、弁護側は2人とも控訴する方針。また、検察側は被害者3人に殺人罪を適用するよう主張したが、判決は5月の判決と同様、3人のうち1人は傷害致死罪が相当と認定した。判決によると、清水、渡辺両被告はほかのメンバーと共謀し、平成16年10月、振り込め詐欺で得た金を奪おうとしたメンバーの元会社員の男性(当時31歳)ら4人を東京都新宿区の事務所に監禁。熱湯を掛けたり覚醒剤を注射したりして2人を死亡させ、衰弱した2人を窒息死させた。遺体は茨城県内の空き地に埋めた。★2007年(平成19年)7月20日、最高裁第2小法廷(中川了滋裁判長)は地下鉄サリン事件で殺人罪などに問われ1、2審で死刑判決を受けた元オウム真理教幹部、横山真人(43歳)の上告審で、被告側上告を棄却した。小法廷は判決で「法治国家に対する挑戦として不特定多数の市民を攻撃した無差別大量殺人に幹部の立場で積極的に加わった」と述べた。同事件の散布役では初めて死刑が確定する。弁護側は「被告がサリンをまいた路線では死者は出ておらず刑は重過ぎる」と死刑回避を主張したが、判決は「そうした事情を考慮しても責任は誠に重く、死刑はやむを得ない」と退けた。地下鉄サリン事件では14人が起訴され、うち10人に地高裁で死刑が言い渡されたが、死刑が確定するのは松本智津夫(麻原彰晃/52歳)に続いて2人目。一連のオウム事件ではこのほかに、坂本堤弁護士一家殺害事件の岡崎一明(46歳)も刑が確定している。1、2審判決によると、横山は松本死刑囚らと共謀して95年3月20日朝、東京の地下鉄3路線でサリンを散布し、計12人を殺害した。横山が散布した丸ノ内線は唯一死者がなかったが、4人がサリン中毒になった。1994〜95年には小銃約1000丁製造を計画し、1丁を完成させた。★2007年(平成19年)7月18日、元暴力団組員の尾形英紀(30歳)が、東京高裁への控訴を取り下げた。尾形は2003年、埼玉県熊谷市で飲食店従業員鈴木秀明(28歳)ら2人を殺害、女性2人に重傷を負わせたとして、殺人や殺人未遂などの罪に問われ、1審・さいたま地裁で死刑判決を受けて控訴していた。★2007年(平成19年)7月13日、東京高裁は地下鉄サリン事件など11事件で殺人罪などに問われた元オウム真理教幹部、中川智正(44歳)の控訴審で、1審の死刑判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。植村立郎裁判長は「史上まれにみる悪質な犯罪で、死刑を妨げる特段の事情はない」と述べた。オウム裁判では中川被告の公判の進行が最も遅れていたが、これで控訴審がすべて終了した。弁護側は「精神障害があり責任能力はなかった」と主張したが、判決は、坂本堤弁護士一家殺害事件の謀議や証拠隠滅に加わったことなどから、「責任能力に疑いはない」と断じた。その上で「医学など科学に関する豊富な知識を犯行に悪用した。厳しい非難は免れない」とした。中川被告が関与した事件の数は、松本智津夫死刑囚(52歳)の13事件に次いで多く、死者は25人に上る。現在、上告中。★2007年(平成19年)7月5日、最高裁第1小法廷で1994年、三重県内で男性2人を射殺し、奪った預金通帳で銀行から約1200万円を引き出したなどとして、強盗殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた同県松阪市、元会社役員、浜川邦彦(47歳)の上告審判決があった。甲斐中辰夫裁判長は「犯行は計画的で、殺害方法も冷酷、残忍。遺族の処罰感情も極めて大きい」と述べ、浜川被告の上告を棄却した。浜川被告の死刑が確定する。判決などによると、浜川は、金東錫(はるせき)受刑者(47歳/無期懲役が確定)らと共謀し、1994年7月に保険代理業平松洋一(36歳)を、同年11月に真珠販売業の高木功(63歳)をいずれも射殺し、遺体を同県久居市(現・津市)内の造成地に埋めたほか、2人の預金通帳を奪って計約1200万円を引き出すなどした。★2007年(平成19年)7月5日、インターネットの自殺サイトを悪用した連続殺人事件で、殺人などの罪に問われ、大阪地裁で死刑判決を受けた無職の前上博(38歳)が弁護人の控訴を取り下げた。これにより死刑が確定した。1審の死刑判決が控訴取り下げで確定したのは、児童8人が死亡した大阪教育大付属池田小の宅間守元死刑囚や、奈良女児殺害事件の小林薫死刑囚のケースがある(現在、小林の弁護人が「本人の控訴取り下げは無効だ」として、大阪高裁に審理開始を申し立てている)。★2007年(平成19年)6月19日、最高裁第3小法廷で2000年、埼玉県春日部市で中国人夫婦が刺殺された事件で、殺人罪などに問われ、1、2審で死刑判決を受けた中国籍で元筑波大大学院生・薛松(せつ・しょう/33歳)の上告審判決があった。藤田宙靖(ときやす)裁判長は「何の落ち度もない夫婦を殺害した独善的で理不尽な犯行。計画的で、殺害の方法も冷酷かつ残虐だ」と述べ、薛被告の上告を棄却した。薛被告の死刑が確定する。判決などによると、薛被告は留学生仲間だった女性(29歳)に交際を断られたことに腹を立て、2000年9月、春日部市内のマンション駐車場で、女性と夫(39歳)をサバイバルナイフで刺して殺害した。★2007年(平成19年)6月12日、最高裁第三小法廷(上田豊三裁判長、藤田宙靖裁判官が代読)は1997年、対立する元暴力団組長を配下の組員に命じて射殺し、口封じのために組員1人も殺させたとして、殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた指定暴力団太州会系元組長中原澄男(60歳)の上告審判決で、「暴力団特有の論理に基づく冷酷非情で残虐な犯行で、2人の命を失わせた結果は重大」として、被告側上告を棄却した。死刑が確定する。被告側は「殺害を指示していない」と無罪を主張したが、判決は「犯行を企図し、配下の組員に実行させた主犯」と指摘。「不合理な弁解をして反省は認められず、人の生命を軽んじる傾向は顕著。死刑はやむを得ない」と結論付けた。★2007年(平成19年)5月31日、大阪地裁で大阪市浪速区のマンションで姉妹2人が殺害された事件で、強盗殺人などの罪に問われ死刑判決を受けた山地悠紀夫(23歳)が、控訴を取り下げ、判決が確定した。弁護人は取り下げの効力について異議申し立てしない方針という。事件発生から1年半余りで死刑判決が確定したのは異例。★2007年(平成19年)5月31日、東京高裁は地下鉄、松本両サリン事件を含む4事件で、殺人罪などに問われた元オウム真理教幹部、遠藤誠一(46歳)に対し、1審・東京地裁の死刑判決(02年10月)を支持し、被告の控訴を棄却した。池田修裁判長は「無差別大量殺人を企てた犯罪史上例をみない残虐卑劣な暴挙。極刑で臨むほかない」と述べた。弁護側は、遠藤被告が松本智津夫(麻原彰晃/52歳)のマインドコントロール下にあったとして死刑回避を訴えたが、池田裁判長は「自らの判断で加担した」と認定。その上で「松本事件でサリンの威力を痛感したのに、地下鉄事件でサリン生成に主体的に関与した。刑事責任は実行役に勝るとも劣らない」と指摘した。判決によると、遠藤被告は松本死刑囚らと共謀して1994年5月〜95年3月、両サリン事件のほか、信者脱会を支援した滝本太郎弁護士をサリンで、脱会信者の相談を受けた水野昇をVXで襲撃した。両サリン事件では計19人が死亡した。一連のオウム事件で死刑判決を受けたのは遠藤を含め13人。松本と岡崎一明(46歳)の2人は確定し、9人が最高裁に上告中。高裁で裁判が続くのは中川智正(44歳)だけになった。★2007年(平成19年)5月22日、大阪地裁で2006年6月、東大阪大学(大阪府東大阪市)の学生ら2人が集団暴行を受け、生き埋めにされたリンチ殺人事件で、2人に対する殺人罪などに問われた主犯格の無職の小林竜司(22歳)に対する判決公判があった。和田真裁判長は「これ以上残忍な殺し方がないという冷酷で凶悪な犯行。反省しており更生の可能性も認められるが、極刑は免れない」などとして、小林に求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、小林は友人で元東大阪大生の佐藤勇樹被告(22歳/求刑・懲役18年)や無職の徳満優多(22歳/求刑・懲役18年)らと共謀。2006年6月19日、徳満らと交際女性をめぐってトラブルになっていた東大阪大生の藤本翔士(21歳)と、無職の岩上哲也(21歳)らを岡山市内に呼び出して暴行。相次いで2人を同市内の資材置き場で生き埋めにして、殺害するなどした。★2007年(平成19年)5月21日、千葉地裁で架空請求詐欺グループの仲間割れからメンバー4人がリンチを受け死亡した事件で、殺人や傷害致死などの罪に問われた会社役員の伊藤玲雄(32歳)ら幹部3人の判決公判があった。彦坂孝孔裁判長は伊藤被告に求刑通り死刑を言い渡した。会社役員阿多真也被告(29歳)は無期懲役(求刑・死刑)、パチンコ店店員の鷺谷輝行被告(27歳)も求刑通り無期懲役とした。判決によると、伊藤被告らは2004年10月13〜16日、東京都新宿区の事務所などで、グループのリーダーとされる住所不定、無職清水大志(27歳)、渡辺純一(30歳)両被告(ともに同罪などで死刑・求刑)ら10人と共謀し、グループの金を奪おうとした千葉県船橋市内の飲食店員男性(25歳)ら4人を監禁して、集団で暴行を加えて殺害した。★2007年(平成19年)4月27日、大阪高裁で2005年4〜5月、岐阜県揖斐川町と大阪市旭区で女性2人を殺害するなどしたとして、強盗殺人罪などに問われた住所不定、無職の大橋健治(66歳)の控訴審判決公判があった。陶山博生裁判長は「殺害自体は計画的でないが、執拗かつ冷酷な犯行で、死刑はやむを得ない」と述べ、死刑を言い渡した1審・大阪地裁判決を支持し、弁護側の控訴を棄却した。判決によると、大橋被告は2005年4月27日、岐阜県揖斐川町のパート従業員坪井美佐子(57歳)方で1万5000円を奪い、坪井を絞殺。5月11日には大阪市旭区のマンションで、主婦田中清子(45歳)を果物ナイフで刺殺した。★2007年(平成19年)4月26日午前、さいたま地裁で、2003年8月、埼玉県熊谷市で飲食店従業員鈴木秀明(28歳)ら2人を殺害、女性2人を拉致して重傷を負わせたとして、殺人、殺人未遂などの罪に問われた同市広瀬、元暴力団組員の尾形英紀(29歳)の判決があった。飯田喜信裁判長は「まれに見る重大な凶悪事犯で、社会に深甚な恐怖をもたらした」と、求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、尾形被告は2003年8月18日、交際していた少女(当時16歳)(殺人ほう助罪などで実刑確定)を巡って鈴木とトラブルとなり、少女と無職少年(当時15歳/中等少年院送致)とともに熊谷市内の鈴木のアパートを訪れ、鈴木を包丁で刺殺。居合わせた鈴木の同僚の菅藤藍(当時21歳)ら女性3人を車で拉致し、同県秩父市内で菅藤の首をタオルで絞めて殺害したほか、残る2人も刃物で刺すなど重傷を負わせた。★2007年(平成19年)4月25日、東京高裁で横浜市の中華料理店主射殺や地下鉄東京メトロ渋谷駅職員銃撃事件で、強盗殺人などの罪に問われた無職の熊谷徳久(66歳)の控訴審判決公判が開かれた。高橋省吾裁判長は無期懲役とした1審・東京地裁判決を破棄し、熊谷に死刑を言い渡した。高橋裁判長は「強盗殺人の被害者が1人であっても、直ちに死刑を回避して無期懲役に処さなければならないという事案ではない」との判断を示した。★2007年(平成19年)4月24日、盛岡地裁で岩手県洋野町の会社員の上野紀子(52歳)と二女友紀(24歳)が殺害された事件で、強盗殺人などの罪に問われた塗装業の若林一行(30歳)の判決公判が開かれ、杉山慎治裁判長は「執拗かつ冷酷、残虐。極刑をもって臨むほかない」として、求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、若林は昨年7月19日午後3時ごろ、上野宅に侵入。同日夕に帰宅した2人を待ち伏せて木の棒で頭を殴り、手で首を絞めて次々と殺害した。その後、現金などを奪い、遺体を近くの山林に捨てた。杉山裁判長は「被害者の抵抗をまったく意に介さず、棒で強打するなどの行為を重ねており、犯行完遂に向けた意思は異様なほど強固」と非難した。「殺害は計画的でなかった」とする弁護側主張については「事前に計画したものではないが、抵抗抑圧や発覚防止のためで、偶発的とは言えない」とした。★2007年(平成19年)4月19日、最高裁第1小法廷(横尾和子裁判長)は2人が殺害され6人が負傷した東京・池袋の通り魔事件(99年)で殺人罪などに問われた元新聞販売店員の造田博(31歳)の上告審で、被告側の上告を棄却した。1、2審の死刑が確定する。弁護側は「統合失調症を患っており、責任能力はなかった」と無罪を主張したが、判決は「通行人を手当たり次第に襲った犯行は極めて悪質で、無差別通り魔事件として社会に与えた影響も大きい」と退けた。1、2審判決によると、造田被告は努力している自分が評価されないなどと社会への不満を抱いて無差別殺人を計画。1999年9月8日昼、包丁と金づちで池袋の繁華街の通行人を次々と襲い、66歳と29歳の主婦を殺害、6人に重軽傷を負わせた。公判では責任能力が争われたが、1、2審は「事前に凶器を準備するなど状況に応じた行動をしており、動機も理解が可能」と責任能力を認定していた。造田被告は事件前、外務省や親類に「日本は大部分が小汚い者たちです」「自分は大統領だ」という奇妙な内容の手紙を送っていた。事件後は自らの名前を付けた「造田博教を作った」と知人に伝えたり、接見した弁護人にも理解困難な話をしているという。★2007年(平成19年)4月10日、最高裁第3小法廷(堀籠幸男裁判長)は無期懲役の仮釈放中に広島県福山市で一人暮らしの女性(87歳)を殺害したとして、強盗殺人罪などに問われ、差し戻し控訴審で死刑判決を受けた西山省三(54歳)の上告審判決で、「仮釈放後2年余の事件で、被告の反社会性、犯罪性は顕著。刑事責任は極めて重い」と述べ、被告側上告を棄却した。死刑が確定する。同小法廷は「パチンコに熱中し、金融業者から借金を重ね、返済に窮して犯行に及んでおり、動機に酌量すべき点はまったくない」と指摘。被告が事件の全般にわたって主導的役割を果たしたと述べた。★2007年(平成19年)3月28日、大阪地裁はインターネットの自殺サイトでおびき出した男女3人を相次いで殺害したとして殺人や死体遺棄などの罪に問われた元派遣会社員の前上博(38歳)に対し、求刑通り死刑を言い渡した。水島和男裁判長は「わずか4カ月で若者3人の尊い命を奪った結果は極めて重大。犯行態様は残忍、冷酷、非道で極刑をもって臨むほかない」と理由を述べた。弁護側は控訴した。前上被告は起訴事実をすべて認め、公判で「命をもって償うほかない。死刑ならば執行は半年以内に終えてほしい」と語っていた。弁護側は「抑止不可能な異常な性癖のためで、刑事責任能力を欠いていた。2件の殺害を自ら打ち明け、自首も成立する」などと訴え、死刑の回避を求めていた。水島裁判長はまず、前上被告の刑事責任能力について、(1)計画的で罪証隠滅行為をしている(2)違法性を十分に認識し、犯行時の記憶も欠いていない−−などと指摘。刑事責任能力を認めた公判段階の精神鑑定結果の信用性も肯定し「犯行時に完全な刑事責任能力があったことは明らか」と判断した。その上で「人を窒息させることに性的興奮を覚えるという特異な性癖を備えたこと自体は、被告にとっても不幸だった。しかし、性欲を満足させるために他人の生命をいとわないという、余りにも自己中心的で身勝手な動機に酌量の余地は皆無だ」と被告を厳しく指弾した。また、水島裁判長は被害者3人が自殺志願者であったことにも触れ「被害者は練炭自殺による安らかな死を志向していたのであり、結果の重大性を左右するものではない。遺族の処罰感情がしゅん烈なのも当然だ」と指摘。2件の殺害事件などに関しては自首の成立を認めつつも死刑を選択した。公判段階の精神鑑定結果は、前上被告を「犯行時、性的サディズム、フェティシズム(性的倒錯の一種)、反社会性人格障害の混合状態だった」と判断していた。★2007年(平成19年)3月27日、最高裁第3小法廷で2001年、青森県弘前市の消費者金融「武富士」弘前支店が放火され、5人が焼死した事件で、強盗殺人と現住建造物等放火などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた無職、小林光弘(48歳)の上告審判決があり、上田豊三裁判長は、小林被告の上告を棄却した。小林被告の死刑が確定する。判決などによると、小林被告は01年5月、同支店に押し入り、ガソリン混合油約4リットルをまき、「金を出せ、出さねば火をつけるぞ」などと脅したが、支店長らが応じなかったため、火をつけた紙片を投げ入れて逃走。火は混合油に引火し、店内にいた従業員9人のうち、5人が焼死し、支店長ら4人が重軽傷を負った。★2007年(平成19年)3月22日、最高裁第1小法廷(才口千晴裁判長)は2002年、名古屋市のスナックで経営者の女性(61歳)を殺して金を奪ったとして、強盗殺人などの罪に問われ、2審で死刑判決を受けた無職の武藤(現姓・加納)恵喜(57歳)の上告審判決で、「強固な殺意に基づく執拗で残忍、冷酷な犯行だ」と述べ、被告側上告を棄却した。死刑が確定する。同小法廷は、「指紋をふき取り、被害者の衣服の一部を脱がせてわいせつ目的に見せ掛けるなどの偽装工作を行った」と指摘。被害者は1人だが、同様の手口による殺人、窃盗事件で懲役15年の判決を受け、服役していたことも考慮した。★2007年(平成19年)3月22日、千葉地裁は2002年、千葉県松戸市で「マブチモーター」社長(現会長)、馬渕隆一(74歳)の妻子らが殺害された連続強盗殺人事件で、強盗殺人罪などに問われた住所不定、無職、小田島鉄男(63歳)に対し、求刑通り死刑を言い渡した。根本渉裁判長は「極めて冷酷、非情で残虐。人間性の片りんもうかがえない犯行」と指摘した。判決によると、小田島被告は住所不定、無職、守田克実(56歳)=1審死刑判決、控訴中=と共謀。2002年8月5日、千葉県松戸市の馬渕社長方に押し入り、妻の悦子(66歳)と長女の由香(40歳)を絞殺。現金数十万円と貴金属10点(時価総額約970万円)を奪い、放火して逃走した。同年9月24日には、東京都目黒区の歯科医、青柳文雄(71歳)方で青柳を殺害し、現金約35万円などを強奪。同年11月21日には、千葉県我孫子市の金券ショップ社長、大島寿夫(73歳)方で、妻の君江(65歳)を殺害し、現金100万円などを奪った。★2007年(平成19年)3月8日、福岡高裁は2003年6月に福岡市で起きた中国人3人による一家4人殺害事件で、強盗殺人や死体遺棄などの罪に問われた中国人元専門学校生、魏巍(27歳)に対し、死刑を言い渡した1審・福岡地裁判決を支持して被告側の控訴を棄却した。浜崎裕裁判長は「非業の死を遂げた4人の無念さは察するに余りあり、残虐で冷酷な所業としか言えない」と述べた。判決によると、魏被告は元私立大留学生、楊寧元被告(死刑当時25歳)=2005年に中国で死刑執行=と、元日本語学校生、王亮元(24歳)=中国で無期懲役判決が確定=と共謀。2003年6月20日、同市東区の衣料品販売業、松本真二郎(41歳)宅に押し入り、妻の千加(40歳)と長男の海君(11歳)、長女・ひなちゃん(8歳)を殺害して現金3万7000円などを奪った。その後、4人の体に手錠と重りを付けて博多湾に投げ込み、仮死状態だった真二郎を水死させた。3月20日、1審死刑判決を支持して被告側控訴を棄却した福岡高裁判決を不服とし、最高裁に上告した。★2007年(平成19年)2月27日午後、福岡地裁久留米支部で2004年9月、福岡県大牟田市で親子ら4人が殺害された事件で、強盗殺人罪などに問われた同市桜町の元暴力団幹部、北村実雄(63歳)と長男の孝(26歳)の判決公判が開かれ、高原正良裁判長は2被告に求刑通り死刑を言い渡した。実雄被告は即日控訴し、孝被告の弁護人は「本人と相談して判断したい」としている。高原裁判長は判決で「人命より金銭欲を優先させた自己中心的な行為で、情状酌量の余地はない」などと述べた。判決によると、両被告は妻の真美(47歳)、次男の孝紘(22歳)両被告=共に1審で死刑判決を受け控訴中=と共謀し、同市小浜町、無職の高見小夜子(58歳)を殺害して金を奪おうと計画。2004年9月16日深夜、孝、孝紘両被告が両親を出し抜いて高見さん宅に侵入し、小夜子の次男の穣吏(15歳)の首を絞めるなどして殺害し、貴金属を奪った。18日未明には、4被告で小夜子を絞殺して26万円を奪い、長男の龍幸(18歳)と友人の原純一(17歳)も口封じのため拳銃などで殺害した。実雄は一貫して「全部一人でやった」と主張し、弁護人は「反省し、謝罪もしている」として死刑回避を求めていた。孝被告は取り調べ中に逃げた逃走罪以外は無罪を訴え、弁護人も「事件には一切関与していない」と主張していた。★2007年(平成19年)2月26日、静岡地裁は同僚と妻を殺害し茶畑などに捨てたとして殺人や死体遺棄などの罪に問われた元生協職員の大倉修(37歳)に対し、求刑通り死刑判決を言い渡した。竹花俊徳裁判長は心身耗弱状態とする弁護側の主張を退け、大倉被告を強く非難した。県内での死刑判決は1971年の御殿場金融業者殺人事件以来の36年ぶり。判決では、同僚の蒔田(まきた)晃(37歳)の殺害について死刑、妻(36歳)の殺害について無期懲役を言い渡した。判決で竹花裁判長は、争われた責任能力の有無については完全責任能力があると認定。検察側の主張する、大倉被告を診た医師4人がいずれもうつ病を軽度と判断したことなどを理由とした。また大倉被告の性格を、「自分が高く評価する人物はとことん大事にする一方、価値を認めない人物には極端に無関心で冷淡」と指摘し、不倫相手を批判したことに激高して同僚の殺害に及んだとする動機も理解できるとした。大倉被告があいまいな証言を繰り返していた妻殺害の動機については、検察・弁護側両者の主張を退け、二者択一の状況で妻より不倫相手を選んだに過ぎないと独自の判断を示した。さらに判決は情状のポイントとなる蒔田殺害の計画性のなさを「(殺人という)規範乗り越えのハードルの低さと裏腹なもの」と否定的に評価した。妻の殺害は、死体処理方法なども考えた計画的行為と断じた。★2007年(平成19年)2月23日、岐阜地裁で交際相手の女性2人を殺害し、遺体をバラバラにして岐阜県羽島市の長良川などに遺棄したとして、殺人と死体損壊、死体遺棄の罪に問われた三重県桑名市下深谷部、無職兼岩幸男(49歳)の判決があり、土屋哲夫裁判長は「短絡的、自己中心的で身勝手な犯行で、情状酌量の余地はない」として2人の殺人を認定し、求刑通り死刑を言い渡した。検察側は論告で「2人を殺害し、遺体を切り刻むという犯行は、人間性のかけらもない」と主張していた。★2007年(平成19年)2月20日、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は2000年6月、宇都宮市の宝石店「ジュエリーツツミ宇都宮店」でガソリンに火を付け、女性店員ら6人を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた篠沢一男(55歳)の上告審判決で、「冷酷、残虐極まりなく、最愛の母、妻、娘を突然奪われた遺族の処罰感情は非常に厳しい」と述べ、被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。これで、未執行の死刑囚は100人になる。同小法廷は「女性従業員ばかりの高級宝飾品店を狙った強盗殺人、放火事件で、人を殺してでも大金を獲得しようと準備した計画的犯行」と指摘。事件の経緯や動機に酌量の余地はないと断罪した。さらに、「店員の手足を縛り、目隠しまでしてガソリンをまき、焼き殺しており、強固な殺意がある」と述べ、脅すつもりでライターに火を付けたとする弁護側の主張を退けた。★2007年(平成19年)2月6日、最高裁第3小法廷で2001年、宮崎県内で一人暮らしの女性2人を相次いで殺害して金品を奪ったなどとして、強盗殺人などの罪に問われた同県西都市出身、住所不定、無職の松田康敏(38歳)の上告審判決があった。那須弘平裁判長は、「計画的で強固な殺害の意志が認められ、犯行は執拗かつ冷酷、残忍」と述べ、被告側の上告を棄却した。松田被告に死刑を言い渡した1、2審判決が確定する。判決などによると、松田被告は2001年11月、西都市のスナック経営、橋田とし子(53歳)方に侵入し、包丁で橋田の胸を刺し、首を絞めて殺害した上、現金約3万7000円とバッグを奪った。また同年12月には、同県国富町、雑貨店経営、真子守江(82歳)の首をビニールひもで絞めて殺害し、現金約63万円を奪うなどした。★2007年(平成19年)1月30日、最高裁第3小法廷で1994年から96年にかけ、フィリピンのマニラ市や長野県内で保険金目的などで男性3人を相次いで殺害したなどとして殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた、いずれも住所不定、無職の松本昭弘(52歳)、双子の弟の和弘(52歳)、下浦栄一(35歳)の3被告の上告審判決があった。上田豊三裁判長は「保険金目的で用意周到に計画した上で敢行しており、犯行態様も冷酷、非情」と述べ、3被告の上告を棄却した。松本被告ら3人の死刑が確定する。判決などによると、3被告は1994年12月、宮崎県清武町の元保険外交員、東榎田加代子受刑者(57歳/無期懲役が確定)らと共謀し、マニラ市内のホテルで東榎田受刑者の前夫(43歳)を、保険金目当てに窒息させて殺害。1995年6月には、知人の男性(47歳)を3000万円の海外旅行傷害保険に加入させ、同市内で殺害した。★2007年(平成19年)1月23日、福岡高裁宮崎支部で1999年、宮崎県西都市などで交通保険金詐欺の共犯者ら2人を殺害したとして、殺人、死体遺棄罪などに問われ、1審・宮崎地裁で死刑判決を受けた元会社員の渕上幸春(38歳)の控訴審判決があり、竹田隆裁判長は1審判決を支持、渕上被告の控訴を棄却した。被告側は上告する方針。判決によると、渕上被告は詐欺事件の口封じのため、1999年3月、西都市内で詐欺の共犯の土木作業員の横山文男(47歳)に睡眠薬を飲ませて絞殺。遺体を車のトランクに入れ、事情を知らない知人に車ごと市内の産業廃棄物処分場に埋めさせた。さらに同年9月には、当時の同僚男性(42歳/殺人罪などで懲役12年の判決が確定)と共謀、詐欺の事情を知っていた税理士の川添勝彦(47歳)を宮崎市内でトラックでひくなどして殺害。西都市の別の産廃処分場に遺体を埋めた。★2007年(平成19年)1月23日、宇都宮地裁で殺人事件で無期懲役となり、仮釈放中、男に依頼して弟を殺害させたとして殺人罪などに問われた埼玉県ふじみ野市上福岡5、無職の長谷川静央(64歳)の判決があった。池本寿美子裁判長は求刑通り死刑を言い渡した。起訴状などによると、長谷川被告は、弟の統康(60歳、宇都宮市御幸町)の財産を手に入れようと計画し、鈴木克己(33歳/懲役30年の判決を受け上告中)に報酬の支払いを持ちかけて殺害を依頼。鈴木は2005年5月8日、統康方で、統康の胸や背中をナイフで刺し、殺害した。長谷川は、1976年12月に宇都宮市の乾物店店主を殺害したとして宇都宮地裁で無期懲役判決を受けて服役し、2003年5月に仮釈放されていた。★2007年(平成19年)1月16日、福岡高裁で2002年に北九州市八幡東区と大分県安心院町(現宇佐市)で起きた2件の殺人事件で、強盗殺人罪などに問われた福岡市博多区諸岡6丁目、無職の尾崎正芳(32歳)、住所不定、無職の原正志(49歳)両被告の控訴審判決公判があった。浜崎裕裁判長は「犯行は利欲的で冷酷非道」として、両被告に死刑を言い渡した1審の福岡地裁小倉支部判決を支持、両被告の控訴を棄却した。検察側はともに死刑を求刑していた。判決理由で浜崎裁判長は、尾崎を事件の首謀者と認め「原被告を犯行に誘い込み、事件を終始指導した」と指摘。実行犯の原被告については「尾崎の指示を全く拒否できない状況にあったとはいえない。自らの利益のため、ためらうことなく犯行に加担した」と述べた。判決によると、尾崎の指示を受けた原は同年1月8日、借金返済を迫っていた北九州市八幡東区河内1丁目の無職男性(73歳)方に侵入、男性の首を絞め刃物で殺害し、預金通帳などを奪って男性宅に放火。同月31日には、原にかけた生命保険金をだまし取ることを企て、同被告が死亡したように見せかけるため、ホームレス男性(62歳)を安心院町に連れ出し、睡眠薬を飲ませ川で水死させた。尾崎の弁護人は北九州の事件について「殺害指示は事前に撤回していた」などと主張。原の弁護人は「(被告は)従属的な立場だった」としていた。事件当時、両被告は竹本姓の夫婦と養子縁組していたが、現在は離縁されている。★2007年(平成19年)1月11日、長野、愛知で2004年に起きた連続4件の殺人事件で強盗殺人などの罪に問われ、1審で死刑判決を受けた長野県飯田市出身で住所不定、無職、西本正二郎(30歳)が、自ら控訴を取り下げた。取り下げにより裁判は終了。死刑が確定したが、弁護側が取り下げの有効性を争う可能性が残されている。★2006年(平成18年)12月21日、東京高裁で2005年1月、茨城県鉾田市(旧・鉾田町)で独り暮らしの70歳代の女性2人を相次いで殺害し、現金を奪ったとして強盗殺人などの罪に問われた元漬物工場作業員、藤崎宗司(45歳)の控訴審判決があった。河辺義正裁判長は「わずか10日のうちに2人を殺害した凶悪事件で、死刑が重すぎて不当とは言えない」として、死刑を言い渡した1審・水戸地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。判決によると、藤崎は2005年1月、飲酒や遊びに使う金を目当てに、同市内の75歳と79歳の女性宅に侵入し、首を絞めて殺害、計約8万円を奪うなどした。★2006年(平成18年)12月20日、(2004年3月、福島県いわき市で母娘を殺害し現金を奪ったとして強盗殺人罪に問われ、2審・仙台高裁で死刑判決を言い渡された同市平中山、塗装工の)高塩正裕(53歳)が上告を取り下げ、死刑が確定した。弁護人によると、高塩は高裁判決後、「殺害の意図や計画性を高裁が認めたのは事実と違うが、自分が2人を殺してしまったことは事実で、死刑が当然だと思う」と話していた。1審・福島地裁いわき支部は2006年3月、「殺害の計画性は認められない」などとして無期懲役としたが、仙台高裁は殺害の計画性を認め、12月5日に死刑を言い渡した。★2006年(平成18年)12月19日、千葉地裁(根本渉裁判長)は千葉県松戸市の「マブチモーター」社長(現会長)馬渕隆一(74歳)方で妻子が殺害・放火されるなど3件の連続強盗殺人事件で、強盗殺人罪などに問われた住所不定、無職、守田克実(56歳)に、求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、守田は宮城刑務所で服役中に知り合い、事件の中心人物とされる住所不定、無職、小田島鉄男被告(63歳)=同罪などで21日求刑=と共謀し、2002年8月5日午後3時ごろ、松戸市常盤平の馬渕社長方に宅配業者を装って押し入り、妻の悦子(66歳)と長女の由香(40歳)の首をネクタイで絞めて殺害した。そのうえで、現金数十万円と貴金属10点(時価総額約970万円)を奪い、放火して逃走した。また、同年9月24日午後6時半ごろ、東京都目黒区目黒本町5、歯科医、青柳文雄(71歳)方に押し入り、青柳の胸を刃物で刺したうえタオルで首を絞めて殺害し、現金約35万円と指輪1点(時価3万円)を奪った。同年11月21日にも、千葉県我孫子市柴崎台、金券ショップ社長、大島寿夫(73歳)方に警官を装って押し入り、妻の君江(65歳)を殴り、コードで首を絞めて殺害。現金約100万円や切手などを強奪し、3カ月で4人の命を奪った。★2006年(平成18年)12月15日、大阪高裁で2002年4月、大阪市平野区のマンションで主婦の森まゆみ(28歳)と長男・瞳真(とうま)ちゃん(1歳)が殺害され室内に放火された事件で、殺人と現住建造物等放火の罪に問われた、まゆみの元義父で大阪刑務所刑務官(休職中)の森健充(49歳)に対し、島敏男裁判長は「残虐な犯行で罪責は誠に重大。事実を認めず、何ら反省しない被告には更生の可能性はなく、極刑はやむをえない」と述べ、無期懲役(求刑・死刑)とした1審・大阪地裁判決を破棄、死刑を言い渡した。★2006年(平成18年)12月13日、大阪地裁は2005年11月、大阪市浪速区のマンションで上原明日香さん(27歳)と妹の千紀路(ちひろ/19歳)が殺害された事件で、強盗殺人、強盗強姦などの罪に問われた住所不定の無職の山地悠紀夫(23歳)に対し、求刑通り死刑を言い渡した。並木正男裁判長は「2人の命を奪った残忍、冷酷、非道な犯行で結果は重大。被告の殺人を欲求する特異な性格・性癖は相当に強固といえ、何ら反省せずに、更生への期待は難しく、責任は余りにも重い。極刑をもって臨むしかない」と述べた。★2006年(平成18年)12月5日、仙台高裁は福島県いわき市で知り合いの母と娘を殺害し現金を奪ったとして強盗殺人罪に問われた同市平中山、塗装工の高塩正裕(53歳)の控訴審で、1審・福島地裁いわき支部の無期懲役判決を破棄し、死刑を言い渡した。田中亮一裁判長は「確定的殺意を持った計画的な強盗殺人で死刑はやむを得ない」と述べた。検察側が死刑判決を求め控訴していた。被告弁護側は上告する方針。田中裁判長は、正体を見破られたら刺殺することになるかもしれないとの捜査段階の供述について信用性があると判断、「2人とは顔見知りだったのに格別の変装もせず、殺害を予想していた」と計画性を認めた。判決によると、高塩は借金返済に困り、金を奪おうと2004年3月18日正午ごろ、同市鹿島町走熊の無職、箱崎アサ子(83歳)方にナイフを持って押し入った。マスクをしていたが、二女キヨ子(55歳)に見破られ、2人を刺殺し現金5万円を奪った。同支部は2006年3月、「殺害に計画性は認められない」として死刑を回避していた。★2006年(平成18年)11月24日、最高裁第2小法廷(中川了滋裁判長)は1995年に名古屋市と福岡市で元内縁の妻(41歳)とタクシー運転手(59歳)を相次いで殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われた朴日光(59歳)の上告審判決で、被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。同小法廷は「20日足らずの間に相次いで起こした犯行は、極めて悪質。動機に酌量の余地はなく、結果も重大」と述べた。★2006年(平成18年)11月13日、福岡地裁で2004年12月から2005年1月にかけて福岡県内で女性3人が相次ぎ殺害された事件で、強盗殺人罪などに問われた同県直方市下境、土木作業員の鈴木泰徳(37歳)の判決公判があった。鈴木浩美裁判長は「凶悪で残虐極まりない犯行。人間らしい理性、悔い改めようとの態度もなく、生命をもって償うのが相当」と述べ、求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、鈴木は2004年12月12日、福岡県飯塚市の歩道で、専門学校生久保田奈々(18歳)を強盗目的で襲い、マフラーで首を絞めて殺害。同月31日には、北九州市小倉南区の路上で、パート従業員の大中敏子(62歳)を刺し身包丁で刺殺し、約6000円などが入ったバッグを奪った。★2006年(平成18年)11月2日、大阪地裁で2005年年4〜5月、大阪市旭区と岐阜県揖斐川町で女性2人を殺害するなどしたとして、強盗殺人罪などに問われた住所不定、無職の大橋健治(65歳)の判決があった。中川博之裁判長は「借金の返済などに窮して強盗殺人に及んだもので、極めて悪質で殺害手段も残忍で冷酷。その後も窃盗などを繰り返しており、極刑をもって臨むしかない」とし、求刑通り死刑を言い渡した。弁護側は控訴した。判決によると大橋被告は、2005年4月27日午後、同県揖斐川町のパート従業員の坪井美佐子(57歳)方に侵入。坪井に見つかり、1万5000円を脅し取った後、坪井を絞殺した。同年5月11日午後には、大阪市旭区のマンションで、主婦の田中清子(45歳)方を新聞勧誘員を装い訪問。果物ナイフを突き付けて脅し、田中を刺して殺害するなどした。★2006年(平成18年)10月26日、最高裁第1小法廷(島田仁郎(にろう)裁判長、甲斐中辰夫裁判官代読)は1992年に東京都立広尾病院の医師ら2人を生き埋めにして殺害したとして強盗殺人などの罪に問われた元会社役員、高橋義博(57歳)の上告審で、被告側の上告を棄却した。1、2審の死刑判決が確定する。弁護側は「無期懲役が確定した共犯者に比べると極刑は重過ぎる」と主張したが、判決は「被告は犯行計画を立てて共犯者に実行させた首謀者で、刑事責任は最も重い」と述べた。1、2審判決によると、高橋は借金苦から知人の同病院内科医の男性(37歳)が得た不動産売却益を奪おうと計画。1992年7月、元会社役員の男(42歳)ら3人=いずれも無期懲役が確定=と共謀し、医師とその資産を管理していた美容院経営の男性(32歳)を監禁したうえ、現金約80万円などを奪い、2人を栃木県内の国有林にあらかじめ掘った穴に生き埋めにして殺害した。★2006年(平成18年)10月17日、福岡地裁久留米支部で2004年9月に福岡県大牟田市で起きた4人連続殺害事件で、強盗殺人罪などに問われた同市桜町の元暴力団幹部、北村実雄被告(62歳)ら一家4被告のうち、妻の真美(47歳)、二男の孝紘(22歳)両被告の判決公判があった。高原正良裁判長は「冷酷非道、極めて凶悪な犯行で、生命の尊厳を無視する自己中心的な動機に酌量の余地は全くない」として、両被告に求刑通り死刑を言い渡した。両被告の弁護士はそれぞれ控訴を検討している。高原裁判長は、真美被告を「動機面の中心的存在」、孝紘被告を「4人全員の殺害を実行した」とそれぞれの役割を認定。真美被告について、被害者の同市小浜町、無職、高見小夜子(当時58歳)殺害を考えながら自ら踏み切れずに息子2人を引き入れた点を指摘。「反省が深いことなどを考慮しても刑事責任はあまりに重く、極刑で臨むほかない」と述べた。孝紘被告についても「人命軽視の反社会的な価値観が強く、矯正は困難」と指弾。「当時20歳3カ月と若かったことなどを考慮しても刑事責任は重い」と述べた。殺害の共謀については、実雄被告は被害者3人、長男孝被告(25歳)は4人についてそれぞれ認定した。同事件の公判は「すべて1人でやった」と主張する実雄被告と全面否認の孝被告を分離。10月24日に論告求刑公判が予定され、判決は2007年春の見通し。両被告の審理も真美、孝紘両被告と同じ高原裁判長が担当しており、共謀について同様の判断をする可能性が高いとみられる。★2006年(平成18年)10月12日、名古屋高裁金沢支部で2000年7月、富山県高岡市で指定暴力団山口組系渡一家の藪中修平組長(56歳)と妻・俊子(52歳)を殺害したとして、殺人罪などに問われた元渡一家幹部で無職の幾島賢治(59歳)に対する控訴審の判決公判が開かれた。安江勤裁判長は、1審・富山地裁の死刑判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。★2006年(平成18年)10月12日、最高裁第1小法廷(才口千晴裁判長)は1988〜89年にかけ、栃木県で妻と知人の男性を殺害したとして、殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた長勝久(40歳)の上告審判決で、「生命に対する尊重を欠く傾向が非常に根深い」と述べ、被告側上告を棄却した。死刑が確定する。同小法廷は妻殺害について「確定的な殺意に基づく残忍な犯行で、動機などに酌むべき点はない」と指摘。知人男性に虐待を繰り返して死亡させた点は「なぶり殺しにほかならず、非人間的で冷酷、非情というほかない」と断罪した。判決などによると、長被告は1988年11月、栃木県小山市の実家に戻った妻の千秋(18歳)とよりを戻そうとしたが、断られたため、首を絞めて殺害。1989年11月には、同市内のアパートで同居していた知人の工員の和田三喜男(26歳)の頭を殴るなどして殺した。2人の遺体は祖父宅に運び、父親に埋めさせた。父親は長の指示で、遺体を後で掘り返し、焼却して再び埋めた。和田の遺体は見つからなかった。★2006年(平成18年)10月11日、甲府地裁で山梨県都留市のキャンプ場に男性3人の遺体が埋められていた事件で、殺人や傷害致死、逮捕監禁などの罪に問われた元建設会社社長、阿佐吉広(57歳)の判決があり、川島利夫裁判長は、「残忍で冷酷な犯行」として、求刑通り死刑を言い渡した。判決などによると、阿佐被告は1997年3月ごろ、従業員寮で暴れた男性(氏名不詳)を木刀で殴打するなどして死亡させた。2000年5月には、いずれも従業員だった多賀克善(51歳)と横田大作(50歳)が飲酒運転で事故を起こしたことに腹を立て、2人をキャンプ場に連れていき、社員の男=殺人罪などで懲役9年確定=と元暴力団組長(病死)と一緒になって首を絞めて殺害。97年に死亡させた男性の遺体と共に、キャンプ場に埋めた。即日、被告側は甲府地裁での死刑判決を不服として控訴した。★2006年(平成18年)10月10日、奈良市の小学1年有山楓ちゃん(7つ)が下校途中に誘拐され殺害された事件(2004年11月)で、殺人などの罪に問われた小林薫(37歳)は奈良地裁で死刑判決を受け控訴していたが、この日、拘置されている刑務所を通じ「都合により控訴を取り下げる」とした大阪高裁あての書面を同地裁に提出した。これで死刑が確定した。★2006年(平成18年)10月5日、東京高裁で2005年4月、千葉県市原市のファミリーレストランで暴力団幹部2人を射殺したとして、殺人と銃刀法違反の罪に問われた山口組系暴力団元組員の宮城吉英(50歳)の控訴審判決があった。池田修裁判長は「2人を射殺した凶悪事件で、極刑をもって臨むほかない」と述べ、死刑とした1審・千葉地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。判決によると、宮城は山口組系暴力団組長(当時61歳、事件後に自殺)らと共謀し、2005年4月25日、込み合うファミリーレストラン内で、金銭を巡ってトラブルになっていた暴力団幹部2人を射殺した。★2006年(平成18年)10月2日、東京地裁で2002年、東京都品川区の製めん所兼ラーメン店で経営者夫婦を殺害し現金などを奪ったとして強盗殺人、入管難民法違反(不法在留)などの罪に問われた中国籍の無職の謝依俤(シェ・イーディ/29歳)の判決があった。成川洋司裁判長は、「目を覆うような凶悪、無残な犯行で、ためらいなく2人の命を奪っており、死刑はやむを得ない」と述べ、求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、謝被告は2002年8月31日未明、住んでいたアパートの大家だった早川勇(64歳)が経営する同店に侵入し、早川と妻の容子(57歳)をサバイバルナイフで刺して殺害。店内にあった現金約4万7000円と指輪やネックレス52点(約7万円相当)を奪うなどした。★2006年(平成18年)9月29日、東京高裁で2003年に群馬県内でパチンコ店員2人を相次いで殺害し売上金などを奪ったとして、強盗殺人などの罪に問われた元コンビニ店員の小野川光紀(29歳)の控訴審判決があった。白木勇裁判長は、「金目当ての犯行を短期間に繰り返しており許し難い犯行だ」として、死刑とした1審・さいたま地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。判決によると、小野川被告は、遊び仲間だった高根沢智明(39歳)と共謀し、2003年2月、同県伊勢崎市のパチンコ店員を連れ出して絞殺した後、合鍵を使って店に入り、売上金300万円を奪った。また、4月には太田市のパチンコ店員を同様の手口で殺害して所持金約11万円を奪うなどした。★2006年(平成18年)9月28日、東京高裁は2003年、埼玉県入間市の暴力団事務所で組長ら5人を射殺したとして、殺人罪などに問われた指定暴力団住吉会系幸平一家山本組元組長の山本開一(59歳)に対し、死刑とした1審・さいたま地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。阿部文洋裁判長は「5人の生命を奪った結果は重大」と指摘した。★2006年(平成18年)9月28日、東京高裁の須田賢裁判長は2003年12月、千葉県館山市で無職の根津隆次郎(56歳)宅に放火し、一家4人を焼死させたなどとして、殺人と現住建造物等放火などの罪に問われた元会社員の高尾康司(42歳)の控訴審判決で、「憂さ晴らしのため、スリルと快感を求め無差別放火を繰り返し、改善、矯正は困難」として1審の死刑判決を支持、被告側控訴を棄却した。被告側は即日、上告した。★2006年(平成18年)9月26日、奈良地裁は2004年11月に奈良市で小学1年の有山楓ちゃん(7歳)が誘拐、殺害された事件で、殺人とわいせつ目的誘拐など8つの罪に問われた元毎日新聞販売所従業員の小林薫(37歳)に対し、求刑通り死刑を言い渡した。死刑適用の一般的基準となっている永山則夫元死刑囚の最高裁判決(83年)以降、犠牲者が1人で、金品目的でなく、被告に殺人の前歴がないケースでの死刑選択は極めて異例。判決によると、小林は2004年11月17日午後1時50分ごろ、1人で下校中の女児を奈良市内で車に乗せ、午後3時20分ごろ、奈良県三郷町の自宅に連れ込み、浴槽に沈めて水死させた。その後、遺体の一部を傷つけたうえ、午後10時ごろ同県平群町の造成地の側溝内に放置するなどした。判決は、性欲を満たすため女児を誘拐した自己中心的な動機を厳しく非難。数分にわたり水槽に女児を沈め、遺体の写真を添付したメールを母親に送信した残虐性や幼い命を奪った結果の重大性を指摘。「極刑以上の刑を与えてほしい」などと法廷で述べた両親の激しい処罰感情を重視した。殺意の発生時期について、検察側は「遅くとも女児を風呂に入れる前」と、弁護側は「風呂で女児に抵抗され、とっさに生じた」と主張。計画的かが争われたが、判決は殺害の計画性を認めた。更生可能性も争点になった。検察側は「死刑にしてほしいとの発言を繰り返し、両親に明確な謝罪をしなかった」などと更生不可能とし、弁護側は「死刑を望むのは自らの命で償うしかないとの思いからだ」と主張した。判決は、反省の情がみられず更生は期待できないとした。永山最高裁判決の量刑基準に照らして総合的に検討し、被害者が1人で小林被告に殺人などの前科がないことを考慮しても、計画性や残虐性、被害者感情などの点で、死刑は避けられないと結論付けた。即日、弁護側は奈良地裁での死刑判決を不服として控訴した。★2006年(平成18年)9月21日、熊本地裁で2003年10月、熊本県宇城(うき)市で男女2人を刺殺し、現金などを奪ったとして強盗殺人罪などに問われた同県八代市泉町下岳、無職の松田幸則(33歳)の判決があった。松下潔裁判長は「何ら落ち度のない2人の命を奪う自己中心的、かつ身勝手な犯行」とし、求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、松田被告は同月16日、宇城市の無職木下啓子(54歳)方で、木下と、同居の元精肉店経営の三浦隆雄(54歳)の2人の胸を包丁で刺して殺害し、約8万3000円やバッグなどを奪った。松田は三浦に約20万円の借金があった。検察側は強盗目的の犯行とし、「発覚を免れるため同居の木下さんも殺害した」と主張。2006年(平成18年)9月22日、被告側は死刑判決を不服として福岡高裁に控訴した。★2006年(平成18年)9月21日、最高裁第1小法廷で1996年から97年にかけ、宮崎市内の女性2人を金目当てで殺害したとして、強盗殺人と死体遺棄などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた元家事手伝い石川恵子(49歳)の上告審判決があった。甲斐中辰夫裁判長は「比較的短期間のうちに相次いで2人を殺害しており、犯行態様も残忍かつ冷酷極まりない」と述べ、石川被告側の上告を棄却した。これにより、石川被告の死刑が確定する。判決などによると、石川被告は父親の経営する工務店が資金繰りに窮したため、1996年8月、宮崎市のホテル従業員の日野静子(55歳)から金を奪おうと、睡眠薬を飲ませ、ロープで首を絞めて殺害。現金約9500円などを奪い、遺体を宮崎県西都市内の畑に埋めた。★2006年(平成18年)9月15日、最高裁第3小法廷(堀篭(ほりごめ)幸男裁判長)は地下鉄サリンなど13事件で殺人罪などに問われたオウム真理教(現・アレフ)の松本智津夫(麻原彰晃/51歳)について、東京高裁の控訴棄却決定を支持し、被告側の特別抗告を棄却する決定を出した。戦後最多となる計26人の殺害と1人の監禁致死など、全事件を「教祖」の指示と認定した1審の死刑が確定した。社会を震かんさせた事件の首謀者に対する裁判は、96年4月の初公判から10年余で、控訴審が一度も開かれることなく打ち切られた。被告が自ら控訴や上告を取り下げて裁判が打ち切られたケースはあるが、最高裁に統計が残る66年以降、控訴棄却決定で死刑が確定するのは初めて。決定は4人の裁判官全員一致の意見。特別抗告審では、東京地裁の死刑判決の是非ではなく、(1)訴訟能力の有無(2)弁護側の控訴趣意書の提出遅れに刑事訴訟規則で容認される「やむを得ない事情」があるか(3)提出遅れという弁護活動の不備による不利益を被告に負わせることの可否−−が争われた。第3小法廷は(1)について、▽高裁の依頼で今年2月に提出された精神鑑定の結果▽1審判決当時の被告の発言内容▽拘置所での日常生活の様子−−などから、被告に訴訟能力があるとした高裁決定を「正当として是認できる」と述べた。(2)については、弁護団が趣意書を作成しながら、高裁による再三の提出勧告に対し「精神鑑定の方法に問題がある」などとして提出しなかった経緯に言及。「やむを得ない事情があるとは到底認められない」としたうえ「弁護人が被告と意思疎通できないことは、提出遅延を正当化する理由にならない」と判断した。(3)については「弁護人の行為による効果が、被告の不利益となる場合でも被告に及ぶことは法規の定めるところ」と指摘。「被告自ら弁護人と意思疎通を図ろうとしなかったことが、裁判を打ち切るような事態に至った大きな原因。責任は弁護人だけでなく被告にもある」と批判し「高裁決定を揺るがすような事情を見いだすことはできない」と結論付けた。松本死刑囚は17事件で起訴されたが、審理迅速化のため検察側は薬物密造など4事件の起訴を取り消し、地下鉄、松本両サリン事件の負傷者3920人を起訴事実から外した。1審では「弟子が事件を起こした」と、ほぼすべての事件で無罪を主張。東京地裁は04年2月「空想虚言に基づいて多数の生命を奪った犯罪は愚かであさましく、極限の非難に値する」と死刑を言い渡した。2審の弁護団は「被告と意思疎通できない」と控訴趣意書を昨年8月の期限までに提出せず、東京高裁は今年3月に控訴棄却を決定。弁護側は異議を申し立てたが棄却され、最高裁に特別抗告していた。▽最高検の横田尤孝次長検事の話 地下鉄サリン事件発生から約11年、初公判から10年が経過し、決定を受け一区切りの感がある。起訴された被告のうち控訴審、上告審に係属中の被告がいるので、引き続き適切に対応する。▽松本被告弁護団の抗議声明 決定はきわめて不公平で不当。強く抗議する。決定は被告が弁護人と意思疎通を図ろうとしないことが控訴棄却をもたらした大きな原因と指摘するが、被告の精神状態を無視するもので、被告へのひぼうというほかない。★2006年(平成18年)9月8日、最高裁第2小法廷で1992年、福岡県飯塚市で小学1年生の女児2人(いずれも当時7歳)が殺害された事件で、殺人などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた無職の久間三千年(68歳)の上告審判決があった。久間被告は一貫して無罪を主張していたが、滝井繁男裁判長は「DNA鑑定結果などから被告の犯行だと認定出来る」とした上で、「性的欲望を遂げようとした卑劣な犯行で、抵抗する力の弱い女児の首を締め付けて窒息死させた態様も冷酷かつ非情」と述べ、被告側の上告を棄却した。久間被告の死刑が確定する。自白などの直接証拠がない中、公判ではDNA鑑定の信用性が主な争点となった。判決は、<1>久間被告の車から検出された血痕が女児のDNA型と同じ特徴を備えている<2>遺体に付着していた血液と久間被告のDNA型の一部が一致する――などと指摘し、「DNA鑑定や女児の衣服についた繊維の鑑定結果などを考えると、被告が犯人だと認定出来る」と述べ、無罪主張を退けた。★2006年(平成18年)9月7日神戸市で2004年7月、いとこ夫婦を殺害して現金などを奪ったとして強盗殺人などの罪に問われ、1審・神戸地裁で死刑を言い渡された無職の山本峰照元(66歳)の判決が確定していたことが、9月7日わかった。弁護側は控訴していたが、本人が取り下げ4月4日に確定していた。この公判では、事前に争点を整理する「期日間整理手続き」が適用され、初公判から約2か月の異例の速さで死刑が言い渡された。裁判員制度導入に向けた裁判迅速化の手続きがとられた公判で、死刑判決が出たのは初めてという。判決によると、山本元被告は賭けマージャンにのめり込み、親類から借金を繰り返していた。同年7月22日、いとこの中筋俊輝さん(当時68歳)夫婦に借金を断られ、包丁で首や胸などを刺して殺害、約5万円を奪うなどした。★2006年(平成18年)9月7日、最高裁第1小法廷(甲斐中辰夫裁判長)は1997年、大阪府堺市で知り合いの夫婦を殺害し現金などを奪った上、遺体を埋めようとしたとして、強盗殺人や死体遺棄などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた無職の江東恒(64歳)の上告審判決で、「金銭欲に駆られた著しく利己的な犯行で、罪質も悪質」として、被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。同小法廷は「被告を親しい友人と信じて歓待しようとした夫婦に全く落ち度はなく、その生命を奪った結果は極めて重大」と指摘した。★2006年(平成18年)9月1日、最高裁第2小法廷(中川了滋裁判長)は、1994年、栃木県市貝町で牧場経営者夫婦を殺害し現金などを奪った上、住居に放火したなどとして、強盗殺人と非現住建造物等放火などの罪に問われ、1、2審で死刑判決を受けた元牧場従業員の平野勇(59歳)の上告審判決で、「冷酷非情で残忍。動機にも酌量の余地はない」として、被告側の上告を棄却した。死刑判決が確定する。同小法廷は「夫をナイフ、妻を千枚通しで何回も突き刺して殺害し、隠ぺい目的で家に放火しており、刑事責任は誠に重い」と非難した。★2006年(平成18年)8月18日、東京高裁は地下鉄、松本両サリン事件で使われたサリンを製造し、計20人の殺害に関与したとして殺人罪などに問われたオウム真理教(アレフに改称)元幹部の土谷正実(41歳)に対し、死刑とした1審・東京地裁判決(04年1月)を支持し、被告側控訴を棄却した。白木勇裁判長は「教団随一の豊富な化学知識や経験を駆使し、被告の存在なくして犯行はなし得なかった。悪質かつ残虐極まりなく、死刑以外を選択する余地はない」と指摘した。控訴審で弁護側は、大学院で化学を専攻した土谷被告について「知識を一方的に利用されただけで、具体的な事件については知らされていなかった」と、薬物密造を除いて無罪を主張。判決は「実行行為を行っておらず事前謀議にも参加していないが、教団が不特定多数の者を殺害しようとしていることを認識していた」などとして退けた。昨年11月に始まった控訴審で土谷被告は「出廷する義務はない」と記した書面を提出し、5回の公判に一度も姿を見せなかった。96年5月の公判では松本智津夫(麻原彰晃)被告(51歳)=1審死刑、控訴棄却決定に対し特別抗告中=について「麻原尊師への帰依を貫徹し、死ぬことも天命」と意見陳述。1、2審で計3度、私選弁護人を「尊師を呼び捨てにした」などの理由で解任した。昨年選任された2人の国選弁護人との接見も拒否しているという。この日の判決は「1審では松本被告に帰依する姿勢を貫き、反省や悔悟の気持ちをうかがうことはできない。2審では裁判に向き合う姿勢を見せなかった。自ら控訴しておきながら審理を拒否する被告に更生の気持ちをくみとることはできない」と非難した。「オウム真理教家族の会」会長の永岡弘行さん(68歳)は「かたくなに麻原の教えを守っていると感じた。土谷被告が100%自分の意思で殺人を犯したというのは『ちょっと違う』という思いがある。被告と話すことが出来るのなら『自分の頭で考えてくれないか』という言葉をかけたい」と語った。判決によると、土谷被告は松本被告らと共謀。94年3〜6月、幻覚剤PCPを密造(麻薬取締法違反)▽同年6月、松本サリン事件で7人を殺害(殺人ほう助など)▽同年12月〜95年1月、永岡会長ら3人をVXで襲撃(殺人、殺人未遂)▽同年3月、地下鉄サリン事件で12人を殺害した(同)。★2006年(平成18年)6月27日、最高裁第3小法廷で1999年(平成11年)、川崎市で中国人6人を殺傷したとして、強盗殺人罪などに問われ、1、2審で死刑判決を受けた中国・福建省出身、無職の陳徳通(38歳)の上告審判決があった。藤田宙靖(ときやす)裁判長は「犯行の凶悪性や残虐性、被害感情などを考えれば、被告人の罪責は極めて重大だ」と述べ、被告側の上告を棄却した。陳被告の死刑が確定する。判決などによると、陳被告は川崎市内のマンションで、同居していた中国人から家賃の未払いなどを理由に暴行されたことを恨み、仕返ししようと決意。1999年5月、別の中国人7人と共謀し、室内にいた中国人の男女6人の手足を粘着テープで縛り、現金5万円や腕時計などを奪って1人に軽傷を負わせた。その後、陳被告だけで残りの5人をサバイバルナイフで刺し、3人を殺害、2人に重傷を負わせた。★2006年(平成18年)6月20日、最高裁第3小法廷(浜田邦夫裁判長・上田豊三判事代読)は、1999年(平成11年)に山口県光市で起きた母子殺害事件で、殺人罪などに問われた当時18歳の元少年(25歳)の上告審で、死刑を求めた検察側の上告を認め、広島高裁の無期懲役判決を破棄、審理を高裁に差し戻した。最高裁が無期懲役判決を破棄・差し戻したのは1999年(平成11年)11月の広島老女強盗殺人事件の判決以来、3例目。差し戻し後に死刑が言い渡される公算が出てきた。1、2審判決によると、元少年は1999年4月14日、光市の会社員、本村洋(30歳)方で、妻の弥生(23歳)を暴行目的で襲い、抵抗されたため手で首を絞めて殺害、傍らで泣き続けていた長女夕夏ちゃん(11カ月)を床にたたきつけたうえ、絞殺した。★2006年(平成18年)6月15日午後、福島地裁郡山支部の田中聖浩裁判長は福島県いわき市の保険金殺人事件で、殺人や強盗殺人などの罪に問われた無職の渡辺実(57歳)を主犯格と認定し「矯正は著しく困難」として求刑通り死刑を言い渡した。弁護側は即日控訴した。判決理由で、田中裁判長は「金銭のために人の命を奪うことも顧みない反社会的で残虐な性格」と指摘。「生活費欲しさに一獲千金をもくろみ、何の落ち度もない被害者を殺害して保険金を詐取するなど動機に酌量の余地は乏しい」と述べた。弁護側は「主導したのは別の被告」などと従属的な立場を主張していたが、田中裁判長は「自己保身に固執し、不合理な虚構の供述をして共犯者に責任を転嫁している」と述べ「被告は反省しておらず、公判での反省や謝罪は内実を伴わない虚言」などと厳しく断罪した。★2006年(平成18年)6月13日、最高裁第3小法廷(堀籠=ほりごめ=幸男裁判長)は強盗殺人罪で無期懲役判決を受けて服役し、仮出所中に大阪府内で交際していた女性の夫ら2人を殺害したとして、殺人罪などに問われた元建築業、中山進(58歳)に対し、被告側の上告を棄却する判決を言い渡した。弁護側は「殺意も計画性もなく、死刑は重すぎる」と主張していたが、判決は「計画的で殺害の態様も冷酷かつ残虐。責任は誠に重い」と退けた。1、2審の死刑判決が確定する。1、2審判決によると、中山被告は98年2月19日未明、大阪府豊中市内の路上で、交際していた女性の夫(37歳)を手製のやりなどで刺殺、現場に居合わせた夫の知人女性(同40歳)も口封じのために殺害した。中山被告は別の強盗殺人事件で73年に無期懲役判決を受けて18年間服役、1991年(平成3年)に仮出所していた。★2006年(平成18年)6月9日、最高裁第2小法廷(今井功裁判長)は名古屋市の女性2人が愛知県瀬戸市の山林でドラム缶に押し込められて焼き殺された事件で、強盗殺人などの罪に問われた中古車販売業、川村幸也(42歳)と同手伝い、野村哲也(36歳)の両被告に対し、被告側の上告を棄却する判決を言い渡した。被告側は「計画的に2人を殺害したわけではない」と主張したが、判決は「用意周到に計画されており、悪質極まりない」と述べた。1、2審の死刑判決が確定する。弁護側は「無期懲役が確定した共犯者と比べ、刑事責任に大きな差はない」とも主張したが、第2小法廷は「共犯者を引き込んで指示命令を出しており、責任は際立って重い」と退けた。1、2審判決によると、2人は知人の元会社役員の男=無期懲役が確定=ら4人と共謀し、喫茶店経営者の男性を殺害して金品を奪おうと計画。00年4月4日未明、帰宅した男性を角材で殴って負傷させ車を奪った。一緒にいた男性の妻(64歳)と妻の妹(59歳)を口封じなどのために拉致し、現金や商品券を奪ったうえ、瀬戸市内の山林で2人をドラム缶に押し込み、ガソリンをかけて焼死させるなどした。★2006年(平成18年)6月6日、最高裁第2小法廷(今井功裁判長)は、2003年(平成15年)に群馬県内のパチンコ店員2人が相次いで殺害された事件で、強盗殺人罪などに問われ、1審・さいたま地裁で死刑判決を受けた後、自ら控訴を取り下げた無職の高根沢智明(39歳)について、弁護人の特別抗告を棄却する決定をした。これで、高根沢被告の死刑が確定した。高根沢被告は、昨年7月の控訴審第1回公判への出廷を拒否し、控訴を取り下げた。東京高裁は同年11月、高根沢被告の控訴取り下げを有効と判断し、訴訟終了を決定。弁護人が同高裁に異議を申し立てたが、同高裁が棄却したため、最高裁に特別抗告していた。1審判決によると、高根沢被告は元コンビニエンスストア店員小野川光紀被告(29歳/1審死刑、控訴中)と共謀し、2003年2月と4月、群馬県内のパチンコ店員2人を相次いで殺害し、現金300万円を奪うなどした。★2006年(平成18年)5月29日、福岡県久留米市の元看護師4人が自分たちの夫2人を保険金目的に殺害したとされる事件で、殺人や強盗殺人未遂などの罪に問われ福岡高裁で死刑判決を受けた吉田純子(46歳)は判決を不服として最高裁に上告した。この事件で殺人罪などに問われた共犯者の堤美由紀(46歳)=無期懲役=、石井ヒト美(47歳)=懲役17年=の両被告は上告しない方針。
★2006年(平成18年)5月24日、福岡高裁で1996年、福岡県の旧庄内町(現飯塚市)で会社社長2人が殺害され空き地に埋められた事件で、強盗殺人、死体遺棄などの罪に問われた同県嘉麻市漆生、不動産ブローカー菅峰夫(55歳)▽同県飯塚市仁保、同手柴勝敏(62歳)―の両被告に対する控訴審判決公判があった。虎井寧夫裁判長は「犯行は菅被告の発案だが、利益にありつくため、2人は互いに利用しあった」と述べ、対等な共犯関係と認定。菅被告に死刑、手柴被告に無期懲役を言い渡した1審・福岡地裁判決を破棄し、両被告に死刑を言い渡した。控訴審公判で菅被告は、2件の殺害行為などを否認して無罪を主張。手柴被告は「菅被告に強要された」と述べていた。虎井裁判長は菅被告について「不合理な供述に終始し、反省の態度がうかがえない」と指摘。手柴被告については、自白が事件解明に貢献したことを認めた上で「菅被告の計画に従い、共同で殺害を実行しており、量刑に差をつけるほどのものではない」とした。判決によると、2人は共謀し、九六年6月、同県小郡市で計画していた土地開発事業に絡む利益を得ようと、一緒に事業計画を進めていた不動産会社社長日山昇(59歳)を旧庄内町の作業場で首を絞めて殺害、遺体を空き地に埋めた。さらに同11月には、知り合いの建設会社社長八田希善(54歳)に架空の建設工事を持ちかけ、受注に必要な現金を準備させたうえ、手柴被告が借りていたアパートでロープを使って絞殺。現金900万円などを奪い、遺体を造成地に埋めた。判決後、両被告の弁護人は上告する方針を示した。
★2006年(平成18年)5月17日、長野地裁で2004年に長野、愛知両県で起きた連続4件の殺人事件で、強盗殺人などの罪に問われた長野県飯田市出身の住所不定、無職の西本正二郎(29歳)の判決公判があり、土屋靖之裁判長は求刑通り死刑を言い渡した。判決によると、西本被告は2004年1月、愛知県春日井市で、停車中のタクシー内で運転手の湊保雄(59歳)=名古屋市天白区=をナイフで刺殺した。4月には長野県飯田市の無職の島中実恵(77歳)を絞殺し、8月には同県高森町の無職、加藤仁(69歳)、9月にも同町のパート社員、木村あい子(74歳)を刺殺。いずれも現金を奪った。湊さん以外の3人は1人暮らし。西本被告は、高森町の事件では家族構成が分かる有線電話帳を使い、1人暮らし世帯を探し出していた。木村さん殺害後の9月、飯田市内の住宅に侵入して逮捕され、その後、4人の殺害を認めた。公判で西本被告は「盗みより人を殺して金を奪った方が確実。生きるために仕方なかった」などと述べた。検察側は「酌量の余地はなく、更生は不可能」として死刑を求刑し、弁護側は「被告の責務は反省としょく罪の日々を送ること」などと述べ、減軽を求めていた。★2006年(平成18年)5月16日、福岡高裁で福岡県久留米市の看護師仲間4人による連続保険金殺人事件で、殺人や詐欺などの罪に問われた元看護師の吉田純子(46歳)と同、石井ヒト美(47歳)の控訴審判決があった。浜崎裕裁判長は、首謀者とされた吉田被告を死刑、石井被告を懲役17年とした1審・福岡地裁判決を支持し、両被告の控訴を棄却した。浜崎裁判長は「医療知識を悪用して完全犯罪をもくろんだ卑劣かつ悪質な犯行」と両被告を非難。吉田被告について「首謀者としてすべての犯行を発案、主導した責任は他の共犯者より格段に重く、死刑をもって臨むほかない」と述べた。吉田被告の弁護側は「共犯者は自らの利益のために吉田被告に迎合したもので、吉田被告に支配力はなかった」と無期懲役への減刑を求めたが、判決は「異常な金銭欲から虚言を弄して3人を操り、犯行による利益のほとんどを得ていた」として首謀者と認定した。石井被告については検察、被告側双方が量刑不当を主張したが、判決は「犯行に不可欠な役割を果たしており、結果も重大だが、従属的な立場だったことは明らかで、自首をしたなど酌むべき事情もある」と指摘したうえで「1審判決が不当とは言えない」と結論づけた。残る看護師仲間の堤美由紀被告(46歳)は無期懲役の1審判決を受け、検察側と被告双方が控訴しており、18日に控訴審判決が言い渡される。池上和子・元被告(43歳)は2004年9月、1審判決を前に病死したため、公訴が棄却された。判決によると、吉田被告は1998年1月、堤被告、池上元被告と共謀し、池上元被告の夫・平田栄治(39歳)の静脈に注射器で空気を注入して殺害。保険金3500万円をだまし取った。さらに吉田、石井両被告は1999年3月、堤被告、池上元被告と共謀し、石井被告の夫・久門剛(44歳)の体内にチューブで洋酒を注入して殺害し、保険金3200万円を詐取。両被告は2000年5月には池上元被告と共謀して堤被告の母親宅に侵入し、殺害目的でインスリンを注射し、預金通帳などを奪おうとして未遂に終わるなどした。★2006年(平成18年)3月28日、最高裁第3小法廷は横浜市鶴見区で金融・不動産業者の夫婦を殺害し現金を奪ったとして強盗殺人罪に問われた元電気工事業の高橋和利(71歳)の上告審判決で、1、2審の死刑判決を支持し、被告の上告を棄却した。死刑が確定する。堀籠幸男裁判長は判決理由で「金目当ての計画的な犯行で、罪は極めて悪質だ。なんら落ち度のない2人の命を奪った結果も重大で、死刑はやむを得ない」とした。判決によると、高橋は1988年6月20日、融資を受けていた鶴見区の金融・不動産業の尹仁鉉(65歳)の事務所で、尹と妻の小林ハツ子(60歳)をバールのようなもので殴って殺害し、室内にあった1200万円を奪った。★2006年(平成18年)3月27日、東京高裁(須田賢裁判長)は地下鉄サリン、松本サリン、坂本堤弁護士一家殺害など13事件で、殺人罪などに問われ、1審で死刑判決を受けたオウム真理教の麻原彰晃こと松本智津夫(51歳)の控訴審で、松本に訴訟能力があると認め、弁護側が期限までに控訴趣意書を提出しなかったことを理由に、公判手続きを打ち切る異例の控訴棄却の決定をした。弁護側は今後、同高裁に異議を申し立てる方針。認められない場合、最高裁に特別抗告することができるが、今回の高裁判断は覆らないとの見方が法曹界では強く、公判審理を経ずに、松本被告の死刑が確定する公算が大きくなった。刑事訴訟法・同規則は、提出期限までに控訴趣意書が提出されなかった場合、「やむを得ない事情」がある時を除き、決定で控訴棄却しなければならないと定めている。決定は、弁護人が昨年8月末の提出期限日に趣意書を持参したにもかかわらず提出を拒否したことについて、「弁護人は、趣意書が完成し、提出できる状態なのに、あえて提出しない道を選んだ」と指摘。「被告から公判審理を受ける機会を奪う恐れをもたらし、被告の権利を擁護する弁護士の職責から見て、極めて問題がある」と非難した。そのうえで今後の控訴趣意書提出について、「これまでの経過から、直ちに提出したとしても、やむを得ない事情がないのは明らか」と述べ、認められないと判断した。弁護側は「松本被告に訴訟能力はない」として公判手続きの停止を求めていたため、決定はさらに松本被告の訴訟能力について検討した。1996年10月の公判で、元教団幹部に対する証人尋問を、松本被告の意思に反して弁護人が行ったことをきっかけに、弁護人に不信感を持つようになったと指摘。沈黙を続ける松本被告について、「話す能力があるのに、弁護人と意思疎通をしない態度を貫いた」と認定した。そのうえで、松本被告が2004年2月の東京地裁での死刑判決直後、東京拘置所で「ちくしょう」などと叫んでいることから、「重大判決を受けたことを認識しており、拘禁による精神病を発病したとは認められない」として、現在も、訴訟能力は失われていないと結論付けた。松本被告の訴訟能力を巡っては、2月20日に同高裁の鑑定依頼を受けた西山詮(あきら)医師が「訴訟能力はある」とする鑑定書を提出。控訴趣意書の提出を拒んでいた弁護人は今月21日になって方針転換し、28日に趣意書を提出する考えを伝えていた。松下明夫、松井武両弁護人の話「控訴趣意書を提出すると伝えた矢先の決定で文字通りの暴挙。公判を停止して被告を治療すべきであるにもかかわらず、裁判所はすべてを闇の中に葬り去ろうとしている」東京高検の笠間治雄次席検事の話「弁護人が正当な理由もないのに、所定の期日までに控訴趣意書を出さなかったのだから、裁判所が控訴を棄却したのは極めて妥当である」★2006年(平成18年)3月20日、神戸地裁で2004年7月、神戸市東灘区で無職中筋俊輝(68歳)と妻の久子(75歳)が殺害された事件で、強盗殺人などの罪に問われた俊輝さんのいとこの同区住吉東町、無職の山本峰照(65歳)に対する判決公判があった。笹野明義裁判長は「欲望を満たすために他人の命を奪うことも顧みない犯行。極刑をもってのぞむしかない」として求刑通り死刑を言い渡した。裁判迅速化のため、事前に争点を整理する「期日間整理手続き」が適用され、約2か月の異例の早さで死刑判決が出た。最高裁によると、同手続きが適用された裁判で死刑判決が出たのは初めてという。被告側は控訴した。判決によると、山本被告は04年7月22日、中筋さん夫婦に借金を断られ、包丁で首や胸などを刺して殺害し、5万3000円を奪うなどした。★2006年(平成18年)3月16日、東京高裁で2003年(平成15年)、前橋市のスナックで暴力団抗争の巻き添えになって市民ら4人が射殺された事件で、実行役として殺人罪などに問われた指定暴力団住吉会系元幹部、小日向将人(36歳)の控訴審判決があった。仙波厚裁判長は「人の生命を顧みない非情な犯行というほかはない」と述べ、1審・前橋地裁の死刑判決を支持、小日向被告の控訴を退けた。小日向被告は即日上告した。判決理由で仙波裁判長は「報復のために拳銃を使って襲撃するという極めて反社会的な犯行。動機に酌量の余地があろうはずはない」と、小日向被告の犯行を断罪した。判決などによると、小日向被告は首謀者とされる住吉会系会長、矢野治(57歳)=殺人罪などで公判中=の指示を受け、15年1月25日夜、前橋市内のスナック前で指定暴力団稲川会系元組員(31歳)を射殺、さらにスナック店内で拳銃計十数発を発射して客の男女3人を殺害、稲川会系元組長ら2人に重傷を負わせた。小日向被告らは13年8月、東京都葛飾区の斎場で住吉会系幹部2人が射殺された事件の報復として、稲川会系元組長を狙った。★2006年(平成18年)3月15日、東京高裁は坂本堤弁護士一家殺害や松本、地下鉄両サリン事件など11事件で殺人罪などに問われたオウム真理教元幹部・新実智光(42歳)の控訴審判決で、死刑とした1審・東京地裁判決を支持し、新実被告側の控訴を棄却した。原田国男裁判長は「オウム真理教への信仰を正しいものとして保持し続けており、自己の責任を直視する者の態度とは評価しがたい。死刑以外を選択する余地はない」と述べた。新実被告は、教団による殺人事件7件すべてに関与。1審段階から事実関係を大筋で認めている。控訴審では、「人々を救うという確信に基づいて実行した」と主張したが、判決は、「結局は、教団に不利益な者らを抹殺する組織防衛だった」と断じた。オウム事件で新実被告のほかに死刑判決を受けたのは12人。岡崎(宮前に改姓)一明元幹部(45歳)の死刑が最高裁で確定したほか、7人が上告中で、3人が東京高裁で控訴審公判中。松本智津夫(51歳)については控訴審公判が始まっていない。翌16日、被告側は判決を不服として上告した。★2006年(平成18年)3月2日、最高裁第1小法廷は静岡、愛知両県で女性2人を殺害したとして強盗殺人罪などに問われた豊田義己(62歳)の上告審判決で、1、2審の死刑判決を支持、豊田被告の上告を棄却した。死刑が確定する。判決理由で横尾和子裁判長は「金銭的利欲のための計画的犯行で動機に酌量の余地はなく、極刑はやむを得ない」と述べた。判決によると、豊田被告は1996年8月、静岡県函南町で同居していた元会社員の女性(44歳)への借金返済を免れ、金を奪うため、多量の覚せい剤を注射するなどして殺害、盗んだ貯金証書で約1000万円を引き出した。さらに1997年9月、スナック経営の女性(62歳)から借りた420万円の返済を求められ、短銃で撃ち殺害。現金6万円を盗んだ。★2006年(平成18年)2月24日、最高裁第2小法廷で1994〜95年、三重県四日市市で男性2人を殺害するなどして、強盗殺人などの罪に問われ、2審で死刑判決を受けた無職の山口益生(56歳)の上告審判決があった。今井功裁判長は「共犯者とともに犯行を計画、準備しており、責任は重大」と述べ、被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。判決などによると、山口被告は、新田貞重元被告(2審で死刑、上告中に病死し公訴棄却)と共謀。1994年4月、四日市市内で、一緒に強盗をした中島儀正さん(当時43歳)をアイスピックで刺すなどして殺害。95年3月には同市内で、古美術商の渡辺甫(はじめ/50歳)を首を絞めるなどして殺害し、現金430万円を奪った。津地裁四日市支部は死刑を言い渡したが、名古屋高裁は「利害が相反する山口、新田両被告が同じ弁護人なのは刑事訴訟規則違反」として差し戻し。その後、同地裁が無期懲役に刑を軽減したが、検察側控訴を受けた同高裁が再び死刑としていた。★2006年(平成18年)2月16日、名古屋高裁金沢支部で2000年7月、富山県高岡市で山口組系暴力団組長夫婦を殺害したとして殺人罪などに問われ、1審・富山地裁で死刑判決(04年3月)を受けた札幌市西区、元暴力団幹部の伊藤稔(53歳)の控訴審判決があった。安江勤裁判長は1審判決を支持し、量刑不当などを訴えた伊藤の控訴を棄却した。判決などによると、伊藤被告は2000年7月13日、元暴力団幹部、幾島賢治(58歳)=1審死刑判決で控訴審中=ら3人と共謀し、高岡市の暴力団組長(当時56歳)宅で組長夫婦を拳銃で射殺した。伊藤被告は実行役だったとされる。★2006年(平成18年)2月14日、最高裁第3小法廷(上田豊三裁判長)は、1992年と94年、大阪府内で右翼団体の仲間2人を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われ、1審・無期懲役、2審・死刑の判決を受けた元右翼団体構成員の久堀(現姓・田中)毅彦(42歳)の上告審判決で、「周到に準備した計画的犯行で、態様も執拗(しつよう)かつ残忍」と述べ、被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。同小法廷は「いずれの犯行も首謀者や実行役などの不可欠な役割を果たしている」と述べた。★2006年(平成18年)1月17日、最高裁第3小法廷(藤田宙靖(ときやす)裁判長)は1988〜89年に埼玉と東京で幼女4人が殺害された連続幼女誘拐殺人事件で、殺人罪などに問われた宮崎勤(43歳)に対し、被告側の上告を棄却する判決を言い渡した。1、2審の死刑判決が確定する。被害者宅に遺骨や犯行声明文が届き、社会に大きな衝撃を与えた事件の裁判は、初公判から約16年で決着。第3小法廷は「被告に責任能力があるとした1、2審の判決は正当として是認できる。自己の性的欲求を満たすための犯行で、動機は自己中心的で非道。酌量の余地はない」と宮崎被告を断罪した。 ◇判決は4裁判官全員一致の意見。宮崎被告は捜査段階で詳細な自白をしたとされるが、公判に入って「殺意はなかった」「わいせつ目的で誘拐したことはない」と起訴事実の一部を否認。「夢の中でやったような感じ」などと不可解な供述をした。このため、裁判では被告の責任能力が最大の争点となった。上告審で弁護側は、宮崎被告が拘置されている東京拘置所での投薬状況に基づき「統合失調症を想定した治療が行われていることは明らか」と指摘。「精神疾患が事件に影響を与えたことに争いの余地はない」として、審理を高裁に差し戻し、再度の精神鑑定を行うよう求めた。検察側は「2審判決に誤りはない」と主張していた。1審・東京地裁で2度にわたって行われた精神鑑定は(1)極端な性格の偏り(人格障害)で完全な責任能力がある(2)多重人格を主体とする反応性精神病で責任能力は限定的(3)統合失調症で責任能力は限定的――の3通りに結論が分かれた。地裁は完全責任能力を認める鑑定を採用し、97年に死刑を言い渡した。2審・東京高裁は弁護側の鑑定請求を却下、01年に控訴を棄却した。
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