菓子屋横丁は、明治の初め鈴木藤左衛門がこの地に住んで、江戸っ子好みの気どらない駄菓子を製造したのは始まりといわれ、江戸時代には、養寿院の門前町として栄えたところです。
明治の後半からは「のれん分け」により、店の数も次第に増え、大正時代に入ってからは、菓子問屋の多かった東京の神田・浅草・錦糸町などが大正十二年の大震災で焼失してしまった影響を受けて、川越の菓子製造業がより盛んになっていきました。
この横丁の最盛期は昭和の初期で、七十余店が軒を連ねシソパン・千歳飴・金太郎飴・麦落雁・水ようかん・かりん糖など、数十種類の菓子が製造されていました。
昔ながらの味と風情を、ごゆっくりとお楽しみください。
都心から電車で約30分で川越駅に到着する。バスに乗ること約10分、仲町の交差点を過ぎると「蔵造りの町並み」が広がる。「重要伝統的建造物群保存地区」にも指定されたこの地区は、電柱もなく、しっとりと落ち着いた景観を生み出している。
バスを一番街で降りて、札の辻方面に向かうと、右手に川越のシンボルでもある「時の鐘」がある。「残したい日本の音風景100選」に認定された「時の鐘」は、高さ16.2メートルで、奈良の大仏とほぼ同じ。江戸時代の寛永年間当時にしてみれば、相当高いランドマーク的な存在であったに違いない。自動車のなかった時代には、市内全域にその音を告げ、人々の生活の一部となっていた。現在では、一日に4回(朝6時・正午・午後3時・午後6時)機械仕掛けで時を告げているが、江戸時代と変わることなく、川越の町並みにその音風景を奏でている。
一番街を横道に入り、養寿院まで行くと、すぐそこが「菓子屋横丁」の入口。「菓子屋横丁」の歴史は、明治時代頃からといわれている。関東大震災の後には、東京に代わって、製造・供給を行い、当時は70軒以上の業者があったという。「菓子屋横丁」の道は、かぎの手に曲がった石畳である。路面には、ガラスが散りばめられているが、これは、駄菓子の飴細工などをイメージしたもの。また、電柱は、茶色に塗られており、「蔵造りの町並み」とともに景観に配慮したつくりになっている。
「菓子屋横丁」に足を踏み入れると、ハッカ飴、駄菓子、だんごなど、郷愁を誘うほのかな懐かしいかおりが漂う。色とりどりの飴や駄菓子、名物の長いふ菓子、香ばしいだんご、川越特産のいも菓子……。休日ともなると、家族連れなどの観光客で賑わうが、ここに来ると、世代を超えて子どもの頃の時間を共有しているような不思議な気分を味わえる。そして、威勢のよい呼びこみの声、人々が買い物のやり取りをしているのを見ていると、どんなに情報化がすすんでも、このような人と人とのふれあいは守っていかなくてはと、考えてしまう。
「蔵造りの町並み」を中心とした小江戸、川越。どんなに時代が変わろうとも「音風景」「かおり風景」がおりなす、歴史・伝統・文化をいつまでも後世に残し、伝えていきたい。 (川越市環境政策課 石川宣明)
川越菓子屋横丁までのアクセス
JRまたは東武東上線で川越駅下車。川越駅からバスで約10分、札の辻下車。徒歩約3分。
問い合わせ●川越市環境政策課=049-224-8811
◎埼玉県――川越市
◎かおりの源―ハッカ飴、駄菓子、だんご
◎季節―――春夏秋冬一年中
仲町の交差点を過ぎると、空がはるかに広がる「蔵造りの町並み(重要伝統的建造物群保存地区)」に入る。この通りは電線地中化により、空を遮るものはなく広々とした景色が広がる。
川越のシンボルでもある「時の鐘」は、残したい「日本の音風景100選」に認定され、寛永年間から現在に至るまで時を告げている。
蔵造りの町並みを横道に入ると、すぐそこが「菓子屋横丁」の入口。「菓子屋横丁」の歴史は明治時代頃から始まるといわれ、関東大震災で被害を受けた東京に代わって、菓子の製造・供給を担っていた当時は70軒以上の業者があったということだ。
「菓子屋横丁」の道は、かぎの手に曲がった小さな通りの石畳。路面には、ガラスが散りばめられているが、これは駄菓子の飴細工などをイメージしたもの。また電柱が茶色に塗られるなど、景観に配慮した落ち着きのある色彩になっている。足を踏み入れると、ハッカ飴、駄菓子、だんごなど、ほのかな懐かしいかおりが漂う。横丁の情緒、物売りの呼びこみの声。どんなに情報化が進んでも、買い物での店と人々とのやりとりや、毎日を暮らす町でのふれあいは、守っていかなくてはならないものだろう。
蔵造りの町並みを中心とした小江戸・川越。時代が変わろうとも、かおりと音の風景を織り成しつづけている。
交通
【電車】東武東上線、JRで川越駅下車。
川越駅からバスで約10分、札の辻下車後、徒歩で約3分。
川越名物―川越といえば小江戸情緒の蔵造り・時の鐘・菓子屋横丁。菓子屋横丁は、明治の初め鈴木藤左衛門がこの地に住んで、江戸っ子好みの気取らない駄菓子を作ったのが始まりといわれている。江戸時代には養寿院の門前町として栄えていた。
この横丁の最盛期は昭和の初期で、70余店が軒を連ね、シソパン・千歳あめ・金太郎あめ・麦らくがん・水ようかん・かりん糖など、数十種類の菓子が作られていた。現在も。17軒が昔ながらの駄菓子屋などを営んでいる。
玉力のあめ―「玉力」はこの横丁の一角にあるあめ屋。「玉力」の屋号は、1914年にあめ作りを始めた初代の久保田力蔵さんが、名前の「力」と鉄砲玉あめの「玉」をとって名乗ったもの。現在三代目の久保田一郎さんは、周囲の多くが店じまいをした衰退期にも手作りの技を守り続け、約50年になる。
店頭には、今なお生き続ける手作りの金太郎あめや、季節ごとの花を型取った組み物のあめが、小さな宝石のように並べられている。そこに立つと、小銭を握り締めて駄菓子屋に通った子供のころに戻ったような感覚になる。
花の種類は、春が最も多く桃・桜・れんげそう・あやめ・藤。夏はあさがお、秋は菊、冬は梅・寒椿。特に二輪のれんげそうが寄り添う構図が好評で、最近は季節を問わず、結婚式の引き出物としての注文も多い。鶴の形をしたあめも一緒に入れ、寿シールまで張ってくれる。また、川越市の花「やまぶき」や埼玉県の花「さくら草」は一年中ある。最近の健康志向もあり、「かりんあめ」や「ささあめ」、六種類の薬草(キキョウ・シロナンテン・キンカン・オオバコ・ショウガ・ハッカ)入りの「のどあめ」も好評。
作り方は、水あめ三と砂糖(白ざらめ)七の割合で煮詰め、適度に冷却した後、色付け・香り付けをする。そして、金太郎あめなどの組み物の命である「あめの組み合わせ」を行い、形を整えて、細く延ばして仕上げる。単純だが、気温や湿度、製品によって煮詰めと冷ましの具合が違う。煮詰める際、140度に沸騰したあめを爪の先でつまみ、歯にくっつけて、そのかみ具合で固さを確認する。そして、約80度に冷却したところで色付けしながら素早くこねる。すべてが勘で決まる。
妻の西(さい)さんと四代目を目指す息子の淳さんも、一緒に一台の作業台を囲み、息の合った手さばきを見せる。店内の作業場は見学することができ、家内作業の温かい雰囲気も味わえる。川越菓子屋横丁会(玉力製菓内)川越市元町2-7-7 Tel.049-222-1386
玉力製菓/かとう/田中屋(駄菓子の資料館)/松本製菓/吉岡民芸品店/小江戸茶屋/松陸製菓/塩野/横丁庵/かわしま屋/室岡製菓/吉仁製菓/稲葉屋/ふたみ/岡野屋/池田屋本店/都屋製菓/小松屋製菓(銀座通り中ほど)/若松屋(成田山川越別院前)
小江戸と呼ばれ親しまれている川越に、昔懐かしい駄菓子がならぶ菓子屋横丁があります。まるで明治か、大正の初期にタイムスリップしたような店がならび、楽しみながら買い物ができます。
この菓子屋横丁では、明治の初めから駄菓子の製造をしており、関東大震災で被害をうけた東京に代わって、昭和初期の最盛期には、70軒以上の業者があったということです。
今日では、12軒ほどの店が路地にならび、軒先に所狭しと駄菓子が占領しています。人気は名物の「川越甘藷(いも)」の菓子で、香ばしい甘藷せんべい、甘藷カリン糖、甘藷甘納豆など種類も豊富です。また、甘藷ソフトクリームはちょっと敬遠したいような感じですが、これがとても美味しいので、一度賞味されてはいかがでしょうか。そのほかには、鮮やかな色飴を組み合わせて作る金太郎飴や大きなハッカ玉、花飴などの手作り飴が目を楽しませてくれます。
ソフトクリームをなめたり、揚げたての甘藷スティックを食べながら歩いても、なんの違和感もない下町的な雰囲気が菓子屋横丁にはあります。
僕が生きた小道具となってチョコッと飛び出すと、映画のワンシーンのようになる。蔵造りの通りから3分ほどの所に懐かしさいっぱい、駄菓子もいっぱいの横丁があるのだ。
昭和の始めには70余店が軒を連ねていたそうだ。いまは10数軒になったが、切り口が絵になっているあめやおせんべい、芋アイスなどと工夫を凝らしてがんばっている。
道路もきれいな横丁をキョロキョロしながら歩いたご主人は「楽しくなった。名物横丁だ」などと喜んでいた。
| 文具とハカリ テイク松定 | 町屋造りや洋風看板建築が
軒を連ねるレトロな街並み、 御影石の石畳、 電線を地中化した広い空。 ほっとするような、 ワクワクするような 忘れかけていた ちょっと不思議な感覚。 のれんの古さだけでなく 本物の商いで お待ちしております。 |
川越商工会議所 |
| 沖縄物産 真南風 | 手芸・手編 山 久 | |
| 寝具・婦人衣料 フトンハウスわたなべ | ミセスの店 エチゴヤ | |
| みそと地酒 伊勢源 | 紳士服・礼服 東京堂 | |
| うなぎ 小川菊 | 舞台演劇化粧品 加賀屋 | |
| 洋品 伊勢亀 | 各種人形とケース 泰玉スガ人形 | |
| 時計メガネ宝石 カニヤ | 印章・ゴム印 利剣堂 | |
| たこ焼・紫芋ソフト 越たこ | 理容 鈴木理容所 | |
| すし亭 田 久 | はかり菓子 あさひ堂 | |
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| 時計・メガネ ナガクラ | はやし文具 | |
| だんご (旧)小松屋 | 家電 ヨシダデンキ | |
| ニットショップ オダカ | 炭火焼肉 七 輪 | |
| だんご・和菓子 いせや | 不動産・建築・占い 大宝建設 | |
| 自家焙煎珈琲 シマノコーヒー大正館 | 企画画廊 川越画廊 | |
| 書籍・教科書 吉田謙受堂 | 中国医療気功整体 川越治療院 | |
| 洋品 大野屋洋品店 | 毛糸・セーター 初雁あみもの店 |
川越駅から商店街を北に20分ほど歩くと大正時代を感じさせる店が200bほど続く。大正浪漫夢通り。その一角に、川越のシンボルと言ってもいいような建物がある。
商工会議所が入っている建物で、わがご主人様は「風格がある」と盛んに感心している。川越は観光客も多いようなので、川越在住・在勤者でそれぞれの時代が感じられるような物を持ち寄り、手作りの時代博物館とか時代ロマン美術館とかにしてはどうだろう。
建物も喜ぶと思う。小さな顔で考えたんだけど。