★ クミコさんへの思い 第36−40号 ★

  クミコさんへの思い 40号    yumemusiさん      2009/4/22
    − 「言霊を歌うクミコさんの歌」
色があり 艶があり 情があり 心がある
詩があって クミコさんが よばう<呼ばう>

万葉の頃から 歌でよばうから 現代に繋がって
クミコさんの歌に 逢いたく 聴きたく思う

呼ばうは 夜這う 女男の 相聞歌
遠く離れていても 心が通じて 会える

みんな みんな 呼ばい会って 集まる
蛙たちに 集まって クミコさんの歌を聴く

夢があり 希望があり 歌になる
哀しみも 苦しみも 涙も みんな歌になって

人の心に 感動があふれて 歌を聴きながら
涙を流し 心を動かし 胸が震えて

手を打ち 身体を揺らして 歌にはまる
人の心の深みを 鏡に映すように 唄う

クミコさんの 歌は 素晴らしいから
また次のライヴを楽しみに来る。

  クミコさんへの思い 39号    中島チャコさん      2008/1/27
思い切ってクミコさんへの思いを書き込みます。
やっぱりクミコさんは、最高です。
昨日ウナ・カンツォーネに行き久しぶりに聴いてきました。
私の好きな曲が数曲あり更に新曲、アカペラで「友よ」最高最高  アルバムが楽しみです。
二月の蛙たちにも行きます。楽しみでーす。国際フォーラムも勿論行きます。

  クミコさんへの思い 38号    みーこさん      2007/6/19
    − 「☆クミコさんは 私にとっての 恋人(兼)神様♪♪」
クミコさんを初めて見たのは 娘の月(ユエ)が言うように NHKテレビでした。
その時は シンプルなシャンソンを数曲唄われました。
え・え〜! 何? メチャクチャ上手い!心に響く!
これだけ押さえて唄っているのに 完全に主役を喰ってる! 見た事無いけど(ゴメンナサイ)何て名前? 「クミコ」か! ふ〜ん... で終わってたんです。
そして 2005年3月 たまたま新聞を見ていて、大阪シアター・ドラマシティの最終チケットの補助席販売を見つけ、娘に「去年テレビで まみさんと出てた人や 行く?」 行く行く! と申し込みました。

初めての シャンソンコンサート! それまでシャンソンといえば 母が「コーチャン!」の歌と言って 口ずさんでいた数曲だけ。ちょっと不安でしたが、クミコさんが舞台に現れ唄い初めたとたん! すべてを忘れクミコ・ワールドに引き込まれてしまいました♪♪
そして「わたしは青空」を聴き涙・涙でした...。その半年前に癌の手術をし、いつも心の中は不安だらけ! 高校生の娘と中学生の息子を残して...と。
そんな時に聴いたこの唄は 私の心にストン!と落ちました そして涙が止まらなくなりました。公演の一部が終わると CDを買いました。そして二部で もう一度「わたし〜」を唄われた時に、佐世保の話しを聞きました。

この一回のコンサートで クミコ菌にどっぷりと感染してしまいました☆☆
そしてサイン会、不思議な事に私の5人程前で クミコさんの会話が聞こえます。「サインに名前を書いて下さい!Kiiと」。「え・え!Kiiさん?男の人だと思ってた!(笑)」etc. ここで きぃちゃんと会ってるんですよ!ほんと人のご縁は不思議なもの!
私の番になった時、クミコさんに「私 癌なんです。それで最後の時には「わたしは青空」で送ってもらおうと思います...」みたいな事を言ったら クミコさんが「そんな事言わないで 頑張って!」って、優しく握手して下さったんです。あの時のクミコさんの手の温かさは一生忘れないでしょう! と 言いながら、その後お会いする度に 握手やハグをしてもらっているのですが(笑)♪♪ これが クミコさんとの出会いです☆

お会いする度に♪唄を聴く度に♪ クミコさんの唄だけでなく、クミコという素晴らしい人間に 恋するようになりました!
昨春 癌が再発し、体は良い状態とは言えませんが、辛い時苦しい時、クミコさんの唄を聴いていると、たゆとう 水の中にいるように、 身も心も ふうわり と充たされます...

クミコさんを知ってから、同い年でも こんなに頑張って 人を幸せにする「心に染み入る唄」を唄たう人がいるんだ! 私も頑張ろう! と 前向きになりました。
クミコさんを通して たくさんの素敵なファンの方達とも お知り合いになり、楽しくお付き合いさせて頂き 不思議なご縁を 感じています!
クミコさんは 私に幸せや喜びを もたらして下さる神様なんです!!
これからも 命のある限り 娘の月(ユエ)と一緒に クミコさんを 追っかけ続けたい!と思います☆

(音楽酔星からの注釈) みーこさんは37号の月(ユエ)さんのお母さんです。
                Kiiさんはクミコさんのファンで、伊丹ライヴの主催者。
(音楽酔星から)   癌と闘いながら、クミコさんの唄を全身全霊で受け止め愛していた
            みーこさん(藤原由美子さん)は2007年12月25日に逝去されました。
            クミコさんと同い年で、まだ53歳でした。合掌。

  クミコさんへの思い 37号    月(ユエ)さん      2007/6/16
中学2年生の時から宝塚が好きになり、中でも元月組トップ真琴つばさサンが大好きで、退団されてからもテレビなどに出られているとチェックしていました。
2004年、NHKふれあい広場という番組に、つばさサンとクミコサンが出ていました。
すごく優しい微笑みと気遣いで、素敵なオーラを放ちながら歌われていました。

2005年に新聞にクミコサンのコンサートがあるという記事を母がみつけ、歌が上手だったから見に行ってみようとコンサートへ行きました。
初めてみたクミコサンはテレビと同じく素敵オーラでした。
母は「わたしは青空」で泣き、月は「わが麗しき恋物語」で泣きました。この頃の月はまだ子どもで「わたしは青空」を理解するのは少し難しかったのですが、去年は泣きました(少し成長)。クミコサンの歌は「言霊」が宿り心に響き届けてくれるから素敵(*^_^*)

クミコサンという素敵様に出会えたこと、またそこからたくさんの人に出会えたこと、幸せに思います☆

これから母とクミコサンを追っかけます(^-^)

(音楽酔星からの注釈) 月(ユエ)さんは「クミコさんへの思い」投稿初の10歳代の方です。

  クミコさんへの思い 36号    久美子さん      2007/6/16
    − 「クミコさんへの想い」
初めてクミコさんの歌を聞いたのは「徹子の部屋」で『わが麗しき恋物語』でした。
自分と同じ「くみこ」という名前のおかげもあり、シャンソン歌手クミコに興味を持ちました。
BSで放送された2006年シアターコクーンでのコンサートを見てからはクミコさんの大ファンになりました。
こんなにかっこいい50代の歌手はいないと、目から鱗でした。ドレスのセンスもとても素敵で。彼女の歌、服、生活スタイル(著書ヘコタレナイ参照)すべてのセンスのよさが、私たち若いファンをも惹きつけてやまない理由だと思います。
ファンレターも二度ほど出しましたら、地震の被災地に住んでいるということもあってか、二度とも返事を書いてくださりました。

クミコさんのつむぎだす言葉はたゆたう水のごとく流れてゆきます。私の愛読書でもある川上弘美さんの小説がお好きだというのも、影響しているのかも知れません。
コンサートも二度行き、サインと握手をしていただきました。今までファンになった歌手で、こんなに近付けたのはクミコさんが初めてです。ご自分ではどんなに謙虚であっても、近くで顔を拝見した際は「やっぱり芸能人は違うな〜」と感動しました。

かたや命の大切さを歌い、時には指導者のようにもなれるクミコさんと、かたや人間臭く少し不良なクミコさん。どちらのアンバランスさもいい!これからも若者が憧れる大人代表であって欲しい。素敵な歌を届けてくださいね☆☆☆

(音楽酔星からの注釈) 久美子さんは「クミコさんへの思い」投稿初の20歳代の方です。


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