| ドク・ポーマス 2 : ジミー・スコットをめぐる人々 4-2 Doc Pomus 2 : Personae on the life stage of Jimmy Scott 4-2 |
| ● ドク・ポーマス 2 Doc Pomus 2 < 1925/6/27 − 1991/3/14 > |
| ★ はみ出し情報 1 / ザ・ドリフターズ 「ラストダンスは私に 」 The Drifters " Save The Last Dance For Me " ドク・ポーマスとモート・シューマンのコンビが作り、ザ・ドリフターズが歌って1960年全米No.1になったビッグ・ヒット曲で、他にも多くの歌手が取り上げている。ジェリー・リー・ルイス、ライチャス・ブラザース、ディオン、ポール・アンカ、ディーン・マーチン、トム・ジョーンズ、ニール・ダイアモンド、ドリー・パートン、ベンチャーズ、プラターズ、マンハッタン・トランスファー、アン・マレー、エミルー・ハリス、シャ・ナ・ナなど。 アンドレ・サルヴェとフランソワ・レナによるフランス語詞「Garde-moi la dernière dance」が付けられ、ダリダが歌ってフランスでもヒットし、ダニエル・ダリューも取り上げた。 日本では岩谷時子の訳詞により「ラストダンスは私に」の題で越路吹雪が1961年に歌い、彼女の18番の一つとなった。越路版の大ヒットにより、この曲がシャンソンと思われているが、上に記したように元はアメリカの曲である。日本でも他に様々な歌手が取り上げているが、躍動感あるクミコ(高橋クミコ)版が出色だ。また、みごとな変容を遂げた訳詞により日仏では女性歌手の持ち歌となっているが、原詞を読めば分かるように原曲は男性のものだった。 この詞を書いた時、ドク・ポーマスは後に余儀なくされる車椅子生活の状態ではまだなかった(車椅子状態ではそもそも踊りようがない)が、小さい頃に小児麻痺にかかり、脚に金具を付け両手で松葉杖をついて歩くという状態にあった。立っているときは両手が松葉杖でふさがれているので、片手を女性の手に添え、もう片方の手は相手の肩か腰に当てて、ダンスを踊るということができなかった。そんなことをしたら倒れてしまうだけだ。でも女性に手を取ってもらい肩に手を当ててもらいながら、自分は松葉杖をついてでも動くから、ラストダンスだけは私のために残して置いてくれ、そして一緒に踊ろう、というドク・ポーマスの思いが詞にこめられている。その辺を原詞から読みとって頂ければと思う。 You can dance Every dance with the guy who gives you the eye Let him hold you tight You can smile Every smile for the man who held your hand 'neath the pale moonlight But don't forget who's takin' you home And in whose arms you're gonna be So darlin' save the last dance for me Well you can know That the music's fine like sparklin' wine Go and have your fun Love and sing But while we're apart, don't you give your heart to anyone But don't forget who's takin' you home And in whose arms you're gonna be So darlin', save the last dance for me Baby don't you know I love you so Can't you feel it when we touch I will never never let you go I love you so much Well you can dance You can carry on till the night is gone And it's time to go If he asks If you're all alone, can he take you home You must tell him no Cause don't forget who's takin' you home And in whose arms you're gonna be So darlin', save the last dance for me この曲でNo.1ヒットを飛ばしたザ・ドリフターズはメンバーがいろいろ入れ替わっているが、この頃リード・ヴォーカルをつとめていたのが後のベン・E・キング(当時22歳)である。しばらく後にソロ・シンガーとして独立し、「スタンド・バイ・ミー / Stand By Me 」のビッグ・ヒットを放った。ベンはソロになってからも「 Save The Last Dance For Me 」を歌っている。 ちなみに作曲のモート・シューマン/Mort Shuman(1938/11/12-1991/11/2)はシャンソン界のシンガー・ソング・ライター、ジャック・ブレル(1929/4/8-1978/10/9)に惚れ込んでブレルの曲に英語詞を付け、オフ・ブロードウェイ・ミュージカルのヒット作「Jacques Brel is Alive and Well and Living in Paris(ジャック・ブレルは今日もパリに生きて歌っている)」(1966)を企画・構成し、自らも歌手として出演した。フランスに移住し、シャンソン歌手としても活躍した。ブレルは「行かないで」、「愛しかないとき」、「アムステルダム」などたくさんの名曲を書き、その曲は欧米・日本の多くの歌手によっても歌われている。 |
| ★ はみ出し情報 2 / ドク・ポーマスとルー・リード 『 マジック・アンド・ロス 』 Doc Pomus & Lou Reed < Magic And Loss > ルー・リードのまったく知らなかったジミー・スコットをルーに聴くように薦めたのがドク・ポーマスだ。ルーがジミーの生の声に初めて接するのはドクの葬儀の時だったが、それ以来熱い讃美者の一人となった。そして、彼の『 マジック・アンド・ロス 』公演のヨーロッパ・ツァーでジミーにバック・ヴォーカルを頼むまでになった。 『 マジック・アンド・ロス 』のスタジオ・ライヴを収録したビデオ版の最初で、ルーはドク・ポーマスについて次のように述べている。 「4月から次の4月へと移り変わる間に、私は友人を2人失った。2つの4月の間に...魔法と喪失が。これは愛と友情、そして親しい人が亡くなった時、私たち皆が体験する喪失感を歌った音楽と詩だ。...それにしても僕の友人たちはすばらしい人間だった。痛み、非道、復讐への欲求、罪、そして最後にはすべてを変えうる精神の力、この作品でそうした感情を皆さんと分かち合いたいと思う。彼らと知り合えたことは幸運だった。彼らの生きる喜び・闘いは今日に至るまで僕の心 の支えとなっている。それらを皆さんと分かち合えることを誇りに思う。皆さんも体験するかもしれない同じ喪失感、それを願わくば彼らの魔法が効いて支えてくれんことを。」 ここで触れられている亡くなった2人というのが、ドク・ポーマスとルーの学生時代からの友人リタだ。『マジック・アンド・ロス』はこの2人に捧げられている。 ドクは職業が何であろうと「人間の中の人間」でありたいと述べたそうだが、ドクを尊敬していたルーはさらに「ドク・ポーマスは人間の中の人間以上の存在、太陽だった。」とまで言っている。また、ドクの葬儀の時にルーは悼辞を述べている。 |
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| 2001/06/09 Last Update 2004/11/07 |