世界名作劇場論
世界名作劇場に関する個人的意見です。
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祝!世界名作劇場復活「レ・ミゼラブル」
このたび空白の10年を乗り越えて待望の世界名作劇場復活となりました。復活第1作は以前から候補として噂されていた「レ・ミゼラブル」です。私はこの作品を海外のドラマで見たのでおよその話しの展開は分かりますが、毎話欠かさず見ています。
さて、現時点でまだ第8話目ですから、まだ評価を下すべき段階ではありませんが、ちょっとした感想を。
まず第1印象として感じたのが、絵柄が大きく変わったこと。空白の10年の間にスタッフは入れ替わったことが影響しているらしい。過去の世界名作劇場でも絵柄の変遷はありましたので、個人的にはあまり気にしないのですが、やや萌え萌えした絵柄は、かつての名作劇場ファンとしては正直違和感があります。
この“萌えキャラ”のせいか物語の悲惨さがイマイチ伝わってきません。「ペリーヌ物語」や「母を訪ねて三千里」のような独特の“暗さ”があれば抜群なのでしょうけど、今どきのお子ちゃまには、ちょっとキツイのでしょうか?
物語は全52話におよぶ長丁場。末期の頃の世界名作劇場は年30〜40話程度でしたからかなりのチカラの入れようだと評価できます。ただひとつ残念なのが地上波での放送がないこと(今後再放送での可能性はある)。ネットでも見ることはできますが、子供が能動的に世界名作劇場にチャンネルを合わせる機会がほとんど無いことを考えると、少し残念です。視聴率といった客観的な反応が得られにくいことから、来年以降の継続に悪影響を及ぼさないかと、少し気になるところです。
とは言え、世界名作劇場復活を渇望していた私にとっては、うれしい限りです。
今後の展開を楽しみにしています。
平成19年3月1日
世界名作劇場と差別論
世界名作劇場の主人公や登場人物の中には差別や偏見と闘う者が少なくありません。「ペリーヌ物語」ではペリーヌの母がインド系というだけで祖父ビルフランから反対される。「トム・ソーヤーの冒険」では宿無しのハックに対し友人の親たちからの偏見と差別。「小公女セーラ」では残酷なまでの身分と貧富の格差。「トム・ソーヤーの冒険」や「若草物語」などでは黒人に対する差別。 「家なき子レミ」ではルールシーヌ通りと言うだけで医者に取り合ってもらえない理不尽さなど、どの差別も物語の中では深刻な問題となっており、また現代に通じるものがある。(おそらくアニメした段階で表現を和らげていると思われるが現実や原作はもっと厳しかったであろう)これらの差別を産む原因としては世界名作劇場の舞台となった当時(19世紀末〜20世紀初頭)の時代背景である貧富の格差やそれらに伴う教育レベル・人権意識の低さや福祉制度の未整備などがあげられる。
しかしこれらの問題が解消されつつある現代、この豊かな日本にも依然として部落差別や民族差別、職業差別、男女差別などが存在し、本人の責任無く生まれによって差別される理不尽な現実が依然残っている。残念なことに私の住んでいる地域でも部落差別は依然深刻な問題として残っている。だた私は人間は生まれながらにして平等だとは決して思わない。貧富の差、頭脳や容姿の優劣、人種民族、障害の有無など人間は生まれながらにしてスタートラインはそれぞれ違う。更に言えば豊かな日本に生まれるのと戦乱や貧困に喘ぐアフガニスタンや北朝鮮に生まれるのではとても平等とは言えない。平等なのは人間自らがつくった「法」の下での話しである。もし人間を創ったのが、あるいは生を与えたのが「神」であるとすれば、その「神」の下においては平等では無いことになる。もちろん差別をなくす努力は必要だが、交通事故と同じで人間が不完全である限りすべてなくなることはないと思う。むしろ差別や劣等感・コンプレックスなど、それらを克服し 結果としてより良い状況を作り出すこともできる。ペリーヌは母から受けた愛情を祖父ビルフランに与えることにより理解を得る。セーラは貧富の差に関係なく優しく接することにより周囲からの信頼を得た。レミはヴィタリス氏の「前へ進め」という言葉を信じ力強く生きたことにより幸せへの道が開けたような気がします。世界名作劇場の差別を受けた登場人物から学べることは形こそ違え差別に「克つ」ことであり、そのことにより更なる幸せを手にすることである。
平成15年1月15日
世界名作劇場とものづくり
世界名作劇場の魅力の一つに私は「ものづくり」をあげます。「世界名作劇場」と「ものづくり」、ピンと来ない方もいるかも知れませんが、実は世界名作劇場の各作品にはものづくりの場面が多く出てきます。と言うよりも「ものづくり」の場面をじっくり見せるアニメはおそらく世界名作劇場以外に無いと思います。私はものづくりをしているところを見るのが好きで、子供の頃は建設現場に足を運び、作業員に怒られながら見ていたこともありました。そして世界名作劇場においても「ものづくり」の場面に特に惹かれたものです。
私は「IT革命」という言葉が好きになれない。日本は香港やシンガポールのような小国とは違い、ITだけで1億2000万人を食べさせていくことなど絶対不可能だ。やはりものづくりの基本に立ち返るべきだと思う。「パソコン、ソフトがなければただの箱」と言われましたが、そのパソコンもものづくり職人の金型がなければつくることは出来ない。
長期間にわたる不況が続き、あらためてものづくりの大切さが見直されつつある今日にこそ、将来の世代のこどもたちにのために、ものづくりの楽しさ魅力を伝えていかなければならないと思いました。そしてそれらを伝えるには「世界名作劇場」のような形もあって良いのではないか。「プロジェクトX」などの番組でも紹介されているように、日本人のものづくりへの直向きな精神が現在の日本を創り支えているのだと確信している。「世界名作劇場」などの質の高いアニメーションを世界に送り出したのもその「ものづくり」の精神の賜物なのだから。 平成14年9月5日
世界名作劇場の「ものづくり」名場面
| ふしぎな島のフローネ | 塩作り・砂糖作り・ろうそく作りなど |
| 南の虹のルーシー | 日干し煉瓦作り・家作り |
| わたしのアンネット | アルプスのチーズ作り |
| 牧場の少女カトリ | 糸の紡ぎ方 |
世界名作劇場の時代考証
世界名作劇場の作品を見て「いつの時代の話しだろうか?」と考えたりしたことはないでしょうか。子供の頃なら考えもしなかったし、そんなことはどうでもいいと思う方もいると思います。でも今になって見てみれば 私は その世界名作劇場作品の年代について考えてみたいと思います。 ナレーション等ではっきり年代を言ってくれる作品もあれば、ほとんど手がかりのない作品もあり、更に一部の作品であるがやや時代考証が矛盾している場合もある。で、年代を知る手がかりについてまとめてみました。 世界名作劇場年代についてはこちらを参照
まず年代を知る手がかりとして手っ取り早いのが、原作の書かれた年代や原作者の年代を知ることである。しかし原作とアニメ版とは年代を変えている場合も多く必ずしも確実な参考になるとは言えない。
例1 ふしぎな島のフローネ 原作は19世紀初め頃が舞台。アニメ版はオーストラリアの発展状況から19世紀末と推定される。
例2 家なき子レミ 原作は1876年に書かれているが、アニメ版は20世紀初頭と思われる。(エッフェル塔が建っているため)
では客観的に見て年代を知る要素として何があるだろうか、考えられる主なものはのは「乗り物」・「生活環境」・「時代背景」である。
まず乗り物であるが、鉄道はほとんどの作品に登場するし世界名作劇場の時代には既に実用化されているのであまり参考にはなりません。では車はどうでしょう、これはかなりはっきりしています。19世紀の作品には馬車しか登場しません。ガソリン自動車が発明されたのは1885年の頃ですから一般道路を普通に走り始めるのは20世紀に入ってからでしょう。(ガソリン自動車が登場する作品 ラスカル・カトリ・ポリアンナ・トラップなど)他の乗り物では飛行機があげられます。飛行機は1903年に発明され第1次大戦で本格的に実用化されました。そのことから大戦後(1920年以降)と考えられます。(飛行機が登場する作品 ラッシー・ブッシュベイビーなど)
生活環境では身近な照明器具などがあげられます。19世紀の作品では主にランプが用いられますが、20世紀の作品では電灯も少しずつ出てきます。(アンネット・カトリなど)更に時代が進めばラッシーのように日常的にラジオなどが出てきます。
時代背景については、これが分かればかなりはっきり年代を推定することが出来ます。たとえば「若草物語」では南北戦争、「カトリ」では第1次大戦、「トムソーヤーの冒険」ではアメリカの奴隷制度、「トラップ一家物語」ではナチスの台頭など世界名作劇場には史実に基づいた話しが多く、主人公たちの運命に直接影響を与えるものも少なくない。
前述した時代考証の矛盾については「母をたずねて三千里」に当時まだ存在しなかったチェコスロバキアという国名が出たり、「家なき子レミ」ではエッフェル塔が建造されている年代(1900)にしては生活環境などが古すぎるなどいくつか見あたりますが、探せばまだまだありそうです。 平成13年6月15日
世界名作劇場の「世界」とは
今回は世界名作劇場の「世界」と言う部分にこだわってみました。世界名作劇場は世界中を舞台にしているようであるが実のところは西洋文明圏あるいはキリスト教文明圏のみを舞台としていると言い切っても良い。(こちらを参照)西洋文明だけが世界なのか、この世界名作劇場は主に19世紀〜20世紀前半が舞台である。これは大航海時代以来の西欧諸国による世界支配が完成したときと同時期である。(日本など例外で明治維新で西洋化の道を選んだため植民地化を免れることが出来た)よってこの時代「世界」と言えば西洋文明圏のことである。このころ日本も西洋化が進み、欧米のシステムが世界の標準となり日本人ですら「西洋文明=世界」という勘違いに陥っている。学校で習う世界史もやはり西洋中心で、この勘違い誤解から向け出せないでいる。だから世界名作劇場は言い方を代えれば西洋名作劇場と言うのが正確な言い方ではないか。
だからといって私は世界名作劇場が悪いと言っているのではない。ひとつひとつの作品はすばらしく良い作品ばかりで感動を与えてくれたことは確かである。最近世界名作劇場が復活するのでないか噂も聞くが、その時は是非とも中国やアジアなどを舞台にした作品も創っていただけたらうれしいのですが。私はあまり文学作品を読んでいないので知らないのですがまだまだ世界には良い文学作品があると思います。世界名作劇場復活に期待します。 平成12年7月3日
世界名作劇場の復活をお願いします
最近のテレビ番組は人気は別にして質が低下しているような気がするのは私だけだろうか。本当に良質のアニメ、テレビ番組が無くなり、芸能人がバカ騒ぎをするだけの低俗番組が氾濫し視聴率を獲得している始末です。「その国のテレビ番組を見ればその国の国民の精神レベルが分かる」と言われますが、まさに現代の政治情勢、売国的外交、官僚不祥事、凶悪犯罪などを見る限り、この言葉は的を得ているような気がしてなりません。
そういった状況下で世界名作劇場のようなアニメの視聴率が低下するのはむしろ当然の結果だったのではないでしょうか。視聴率低下で放送できないなら、視聴率をあまり気にしなくても良い唯一のテレビ局「NHK」が世界名作劇場をフジテレビから引き継いでもらいたかったです。実際過去にNHK版世界名作劇場とも言うべき「ニルスの不思議な旅」「名犬ジョリー」などを放送した実績があります。どうかNHK様お願いします。公共放送(よく意図的に某国栄放送と言われるが)としての責任を果たす意味で質の高い番組製作を続けて頂きたいです。そのなかにアニメがあっても良いのではないでしょうか、毎月高い受信料を払っているのですから。 平成12年4月24日