ペリーヌ物語

昭和53年1月1日〜12月31日放送

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 話         題        名          題       名
旅立ち 28 パンダボアヌ工場
遠い道 29 池のほとりの小屋
おかあさんのちから 30 自分の力で
泥だらけの伯爵 31 お客様を迎えて
おじいさんと孫 32 名前の秘密
二人の母 33 テオドールの財布
サーカスの少年 34 忘れられない一日
酔っぱらいロバ 35 英語の手紙
商売がたき 36 よろこびと不安
10 写真機どろぼう 37 おじいさんの大きな手
11 バロンがんばる 38 すてきなワンピース
12 たった二人の観客 39 インドからきた手紙
13 アルプス越え 40 バロンの災難
14 美しい国で 41 お城のような家
15 フランス!フランス! 42 ロザリーの悲しみ
16 おかあさんの決意 43 日曜日。ペリーヌは
17 パリの宿 44 いじわるな夫人
18 シモンじいさん 45 ボスニアからの知らせ
19 パリの下町っ子 46 ビルフランの悲しみ
20 パリカールとの別れ 47 オーレリィの顔
21 最後の言葉 48 火事
22 忘れられない人々 49 幸せの涙が流れる時
23 ひとりぼっちの旅 50 初雪の降った日
24 美しい虹 51 おじいさんの目
25 パリカール!私のパリカール! 52 忘れられないクリスマス
26 親切なルクリおばさん 53 春の訪れ
27 おじいさんの冷たい顔

1.ペリーヌたちの旅路

ヨーロッパ地図

ヨーロッパ地図ペリーヌ物語 地 名
1.ボスニア
(サラエボ・トラブニク)
1〜3
2.クロアチア
3.トリエステ
4.ベローナ
5.ミラノ 12
6.シンプロン峠 13
7.ジュネーブ周辺 15〜
16
8.パリ 17〜
22
9.マロクール(アミアン・ピキニ) 27〜
第1話以前にペリーヌ親子はギリシアから欧州大陸においての旅を始めた。アニメではボスニアの寒村で父エドモンが亡くなったところから始まる。青色線の部分は第1話以前に辿ったと思われるルート。(ギリシア〜ボスニア)
地図中の国名・国境は2000年現在のものです。地図上の色分けは特に意味は有りません。
(余談ですがこのような地図や図形は、わずか4色で色分けできるそうです。よくテレビに出てくる数学者が言っていました。)

ペリーヌ物語当時(1878年頃)のヨーロッパ地図

欧州地図1878  当時のヨーロッパはドイツ・オーストリア・ロシア3大帝国(いずれも20世紀初頭に崩壊)が対峙している。中部ヨーロッパは現在よりずいぶんすっきりとした印象であるが、民族のモザイクであることは当時も同じ事である。
 特にバルカン半島(地図中のセルビアを中心とした範囲)は民族間の紛争が絶えず国境線や国名の変遷が激しく、1878年当時もオスマン帝国などの国境線の変更が行われた。

2.「ペリーヌ物語」の年代はいつ

 ペリーヌ物語の年代を特定する重要な手がかりが第9話のある一場面にある。ペリーヌとマルセルがベローナの町を歩いているときエトワールサーカスのポスターを見つける。そのサーカスの開催期間の日付が1878年5月10日〜15日となっていることから、はっきり1878年と特定できる。ちなみにこの9話での日付は1878年5月24日になり、最終回には翌年の春になっているのでペリーヌ物語の年代は1878年3月〜1879年3月頃と特定できる。よって1878年に13歳のペリーヌは1865年の生まれと推定でき、もしペリーヌが80歳まで生きれば第1次・2次世界大戦の悪夢を経験することになる。
 しかし矛盾点もある。第41話でビルフランの屋敷にペリーヌが住むことになるがそのときペリーヌが電灯に驚く場面である。その電灯は明らかに白熱電球であるがエジソンが白熱電球を発明するのは1879年である。それ以前にも白熱電球はあったが高価で性能面でも問題が多くほとんど実用化できなかったそうです。ビルフランの屋敷には1年も早くエジソンの白熱電球が導入されていたのでしょうか。まあ細かいことですけど・・・
 「劇場版ペリーヌ物語」ではテロップで1877年と出てきましたが、これとも矛盾してます。

  ◇そのころの世界の出来事 エジソン蓄音機発明(1877)・露土戦争(1877〜78)
  ◇主人公と同年代の有名人 泉 重千代(当時世界最長寿者1865〜1986)・レーニン(1870〜1924)

3.「ペリーヌ物語」の時代背景

ペリーヌ物語はボスニアからはじまりますがこのボスニアという地域と第4話で出てくるクロアチアという国について簡単にまとめてみました。

ボスニアの変遷
 ペリーヌ物語第1話(1878)時点で「オスマン帝国」→1878年「オーストリア帝国」の支配下に→1908年「オーストリア帝国」に併合→1918年「セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国」に編入→1929年「ユーゴスラビア王国」に国名変更→1941年ナチス・ドイツの傀儡国家「クロアチア独立国」に編入→1945年「ユーゴスラビア連邦人民共和国」→1963年「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」に国名変更→1992年「ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国」として独立、内戦を経て現在に至る。
 このようにこの120年余りの間に6つの国家に属したことになり(国名変更も含めれば8つ)周辺諸国と歴史の波に翻弄されたことがわかる。
クロアチアの歴史 
 第4話で祖国の独立を訴えるゴルジモフ伯爵のクロアチアはどういう国なのか調べてみました。
 クロアチアは当時(19世紀末)オーストリア帝国領の支配下にあったが、第1次世界大戦後の1918年にセルビア・スロベニアと共に独立王国を建国。1929年にユーゴスラビア王国となる。しかしセルビア人との対立がはじまり第2次世界大戦中にはナチスドイツによる傀儡国家「クロアチア独立国 1941〜45」が成立、セルビア人と交戦する。戦後は社会主義国家のユーゴスラビア連邦に再び編入される。しかし1980年代になると再びセルビア人との対立がはじまり1991年の独立遷化によりユーゴスラビア連邦と内戦状態に、そして1992年に国際社会に独立を承認され、ゴルジモフ伯爵のクロアチア独立の夢は果たされることになる。

4.無理があったアルプス越え シンプロン峠 第13話 

ペリーヌのルート  ペリーヌたちは宿屋での話し合いで(12話)アルプス越えを決断した。ペリーヌたちが通ったと思われるルートはミラノ→マッジョーレ湖→シンプロン峠(イタリア・スイス国境)→シェール→モントルー→ローザンヌ(上図青線)と思われる。シンプロン峠(13話)は標高2009メートルと馬車で越えるのはかなり険しい道であったに違いない。特に母マリには堪えたらしくスイス・フランス国境を越えて直ぐに病気で倒れる(15話)。その後パリでかえらぬ人となった。
 このような悲劇を起こさないためにはどうすれば良かったのか。そこで私がもっとも負担が軽いルートを検索してみました。なるべく標高の高い場所は避けるようにしてみました。
 ミラノから南へ約100キロジェノバに出て温暖な気候の地中海沿岸(コート・ダジュール)を通りモナコを経由、マルセイユから北上、リヨンを経由してパリに向かう。(上図赤線)このルートだと最大標高も400メートル程度とかなり楽になると思われる。
 ペリーヌたちのルート(ミラノ〜パリ間) 約700キロ 私が選んだルート 約1300キロ 600キロ長くてものんびり写真屋をしながら進んでいけば体を患うこともなかったかもしれません。でも少しでも早くマロクールに行きたかったペリーヌの気持ちを考えると仕方がなかったと言えます。
 ちなみに現在はシンプロン峠の下にシンプロントンネルが通っている。延長19.8キロ・1898年着工1906年完成、完成から70年間も世界最長であった。現在世界最長のトンネルは青函トンネル(53.85キロ・1985年完成) 

5.「ペリーヌ物語」名(迷)言集

第33話 「猿のほうがましだ」そこまで言うか、ビルフラン 

 食事中のビルフランあまり食欲がない様子、すると「ひとりで食べるのはつまらないなあ」と呟く、すると給仕のセバスチャンが「甥御様のテオドール様でもお呼び致しましょうか」というと「あいつと食事をするくらいなら猿のほうがましだ」という。ビルフランのテオドールに対する感情を顕著に表す言葉だ。ただテオドールの顔はなんとなく猿にも似ている。だったらやはりテオドールと食事でもしたらどうでしょう。やっぱりいやだなあ・・・

第34話 「変な顔をした犬です」本音がポロリ、ペリーヌ 

 タルエルに呼び出されたペリーヌはバロンのことで責任をとらされたと勘違いする。言い逃れるために「わたしの大切な友達です」「変な顔をした犬です」と、つい本音がポロリ。ちなみにこれより少し前バロンは現場監督のオヌーに工場から追い出され「今度来たら皮引き剥いてスリッパ3足分作ってやるからな」と言われる。この日バロンはボロクソに言われる。

第50話 「こんな店に・・・」ファブリの失言 

 ロザリー父セザールの店「シャモニ」を訪れたペリーヌとビルフラン。そこでペリーヌがビルフランの孫であることをうちあける。その後ファブリも立ち寄るが、ビルフランが居ることにビックリ、そして「ビルフラン様 雪の降っている中、こんな店にいらっしゃるとは一体どうゆうことですか」と思わず失言。セザールが「こんな店とはファブリさん・・」と言うがファブリは軽く「いやー失礼」と言うのみ。ちゃんと謝れファブリ失礼だぞー。しかしこんな失礼も喜びがかき消す。 

ちょっと発見!

 第12話でミラノに向かう途中、マルセルが言った「お城の近くの公園」とはあの「ロミオの青い空」で出てきたセンピオーネ公園のことである。もちろんロミオたちに会うことはないけど・・(時代が少し違います)

「ペリーヌ物語」地名辞典

ボスニア 現ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国。首都サラエボ。ユーゴ民族紛争で荒廃。ペリーヌ物語当時はオスマン帝国領
トラブニク ボスニア領の町。1話
サラエボ ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国の首都。1992年の内戦で荒廃。46話
クロアチア クロアチア共和国、首都ザグレブ。ペリーヌ物語当時はオーストリア帝国領 4話 
トリエステ 現イタリア領、アドリア海に面した町。ペリーヌ物語当時はオーストリア帝国領 6話
ベローナ イタリア北部の町。人口25万人 9話
ミラノ イタリア北部に位置する。現在はイタリア経済の中心地。人口143万 12話
シンプロン峠 スイスとイタリアの国境の峠 標高2009メートル 13話
ジュネーブ スイス西部レマン湖畔のフランス国境近くの国際都市
シェール シンプロン峠を越えたペリーヌ親子が立ち寄る。14話
レマン湖 スイス西部の湖 一部フランスにも接する。湖畔にはローザンヌやジュネーブなどの国際都市がある。
パ リ フランス共和国の首都 人口215万人 17話〜22話 
ピキニ アミアンの近くにある小さな町。この近くにパンダボアヌ工場がある。
アミアン パリの北約120キロにある人口13万人の都市。
マロクール パンダボアヌ工場のあるところ。架空の地名だがピキニの近くにあると思われる。
ギリシア 第1話以前にペリーヌ親子が馬車で旅を始めたところ。
ダッカ バングラデシュ人民共和国の首都。バングラデシュは現在でも繊維の原料ジュートの栽培が盛ん。ペリーヌ親子が元々住んでいたところ。当時は英領インド
インド ペリーヌ親子が住んでいた国。当時は英国の植民地、よってペリーヌの母は英国人ということになる。
ルーアン マロクールの南西約100キロ、ノルマンディー地方にある都市。人口10万人。49話
デ ラ チベットとの国境近くの町。34話

「ペリーヌ物語」の動物たち

いろんな動物が登場する世界名作劇場シリーズ。
一説にはキャラクターグッズの売上をのばすためとも言われる。

バロン 気まぐれで勝手で変な顔の犬。ペリーヌたちの護衛隊長に就任しかし後に解任。ちなみに後任はマルセル。
パリカール ギリシアからフランスまで馬車を引いてペリーヌたちと歩いてきたロバ。大酒飲み。飲みっぷりを見たい人は8話又は20話を参照。
オオカミ 夜の森の中を走っているペリーヌたちの馬車をおそう。この事件の直後母マリは倒れる。15話
マロクールの馬。ペリーヌにしっぽの毛をむしられる災難に遭う。ちなみにしっぽの毛は釣り糸に。31話
マロクールのペリーヌが住んでいる池のほとりに生息する。バロンが襲撃される。34話

「ペリーヌ物語」のあまり知られていない人物

おおっ!こんな人もいたのか。普通にみていたら見落としてしまいそうなサブキャラクターたち。
主なキャラは他のホームページで紹介していると思うのでそちらの方をご参照ください。

コンパニー トリエステの警官。ペリーヌたちの取り調べをする。6話
ピエトロ・ファンファーニ 自称世界一の写真師。やや弱気であまり写真の腕に自信なく本当にヘボ。9話
パジェス エトワールサーカス団の団員で筋肉ムキムキ。19話
カロリーヌ 通称公爵夫人、そのわりに貧乏。歌の本を売って生計を立てているらしい。
飴 屋 シモン荘の住民で飴を売って生計を立てている人、その名も飴屋。家賃の払いは良くないようである。
ガストン 普段は無口でケチ。靴の修理をして生計を立てている。おいしいスープを作るのが趣味。
マルガレータ ペリーヌの5フラン銀貨に因縁を付け取り上げるパン屋の人。「ペリーヌ物語」極悪人No.1
モンブール パンダボアヌ社の通訳。ドイツ語はペラペラだが英語はやや不得意の様子、相手がイライラするだけだそうだ。34話
ブノア パンダボアヌ社のサンピポワヌ工場の工場長。タルエルよりも控えめな性格。
フェリクス ギョームの替わりにでてきた御者。

「ペリーヌ物語」について

「ペリーヌ物語」の感想

 「ペリーヌ物語」は私が幼稚園児だったころ(5歳)放送され、本放送である程度記憶に残っている最初の作品で、毎週欠かさず見ました。何度か再放送を見て最近ビデオを借りてじっくり見ましたが、面白く素晴らしく世界名作劇場の中で一番好きな作品です。理由はいくつかありますが、前半の旅の話しと中盤以降のマロクールでの話しと二つの性質の違う話しを一つの作品の中にうまくまとめている点です。物語は中盤以降がメインになりますが、個人的には前半の旅の部分も好きです。
 前半は各地での出会いや事件が起き、それがペリーヌ精神的な成長になったり、後の話の伏線となったりし、長くのんびりした旅のようでしたが実は目が離せません。さらに物語の良さだけではなくヨーロッパ各地の地理・歴史的な背景まで描かれていて、しかもご丁寧にナレーションで解説までしてくれます。私のような地理が趣味という者にとっては非常に興味をそそられ、地図まで作ってしまいました。(上記参考 もっとも子供の頃は理解出来なかったけど・・)  
 中盤以降、旅が進むに連れペリーヌは徐々に悲惨な方向に行ってしまいましたが、マロクールに着いてからは今までの苦労の分だけ幸運に恵まれ始めます。ペリーヌ自身の生活の工夫(サバイバル?生活が見どころ)や周囲の人に支えられる部分が大きかったと思います。その登場人物もペリーヌを支える人ばかりではなく、足を引っ張る者、冷たくする者と様々で、大人になって見るとタルエルとテオドールのパンダボアヌ工場内での権力闘争が結構面白かったりします。ペリーヌ物語に限らず世界名作劇場には子供では理解できない難しい物語や言葉が出てきたりするので、今になって見ると新しい発見があります。
 もう一つこの作品の良い部分は49話のクライマックスの後4話も続くところです。世界名作劇場に限らず映画などでも、もう少し時間が欲しいと思うことがあります。(すっきり終わらせる方がいいと思う方もいるでしょうけど)他の世界名作劇場の場合、最終回は少し慌ただしくやや強引にハッピーエンドにしてしまう傾向になりがちですが、ペリーヌ物語の場合は後の出来事もゆったりと描いており、制作者側にとっては描き残しのない、見る側にとってはすべて一件落着、痒いところに手が届いたような(変な表現ですが)納得の最終回です。でもよくばって私はペリーヌたちのその後も想像したりします。ファブリ氏と結婚したのか、このマロクールの地は第1・2次両大戦で激戦地となったがパンダボアヌ工場はどうなったのかと、いろいろと考えたりします。
 この「ペリーヌ物語」はストーリー・登場人物の個性・あるいは地理的にも完成されたすばらしい作品であるが、他の世界名作劇場作品(ハイジやフランダースの犬)とくらべて知名度が低く、新しい名劇ファンからは絵柄で敬遠されていることが残念でならない。私は本放送の頃から見ているので絵柄には全く抵抗がありません。個人的には世界名作劇場中でも絶対おすすめの作品です。 

「ペリーヌ物語」の印象に残った話し

二人の母(6話) 不幸な貴婦人の話。母と一緒にいることに幸せを感じるペリーヌですが、複雑な心情に。旅編の中では一番印象に残っています。
最後の言葉・忘れられない人々
(21・22話)
ペリーヌ物語の中でもっとも不幸な場面。本放送でも憶えていました。墓地での埋葬の場面が印象に残っており、子供の頃飼い猫が死んだとき同じような方法で埋葬しました。
パリカール!私のパリカール!
(25話)
空腹と暑さと風邪で憔悴しきったペリーヌとパリカールが劇的な再会をする、感動的な話し。
忘れられない一日
(34話)
ペリーヌが電撃的に出世した話し。少しずつ祖父のビルフランに近づいていく。
ボスニアからの知らせ
ビルフランの悲しみ
(45・46話)
ペリーヌにしてみれば「ついにこの日が来てしまったか・・」と言う話し。あのやや独善的なビルフランが気の毒に思えた。
幸せの涙が流れる時(49話) 長くつらい旅や生活はこの日のためにあった。でもここで見るのをやめてはダメ。本当にいい話しはここから。

「ペリーヌ物語」総合評価

5段階評価です

不幸度 ☆☆☆☆ 最後には幸せになって良かったですね
ハラハラ度 ☆☆ オオカミに追いかけられた時はハラハラしました
出世度 ☆☆☆☆ パンダボアヌ工場では電撃的に出世。サラリーマンの方々は是非参考に!?
地理お勉強度 ☆☆☆☆☆ いろんな地名がでて勉強になります。一部解説ナレーション付き。
おすすめ度 ☆☆☆☆☆ これを見ずして名作を語る無かれ。

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