| 講師 国際協力事業団 大阪国際センター所長 田上 実 氏
演題 「JICA大阪国際センターにおける開発教育支援の現状と今後の
取り組み」
1.日本のODAの歴史
1950年コロンボプランに加盟。それは日本の戦後復興への海外援助に対する恩返しの意味も込められていた。 その後1973年から1974年のオイルショックの翌年に国際協力の必要性が強く叫ばれ1975年に国際協力事業団が設立された。 そしてODAはその後順調に伸びていったが、バブルの崩壊、昨今の経済基盤の変化のために現在は停滞している。
平成10年、「21世紀に向けてのODA改革懇談会」では国民参加型ODAを促進するために開発教育支援が重要であるとした。 従来は青年海外協力隊派遣、海外移住の過程において周囲の人々の海外に対する理解が深まるよう支援することで開発教育支援が 行われてきたが、国際協力を効率的にするためには被援助国の市民に手の届くサービスが必要となってきている。そのために 従来にもまして住民との接点のある人を派遣する必要性が大きくなっている。これは官主導の援助から国民参加型援助への質的な変化となる。
また平成8年、平成10年に出された「中央教育審議会答申」においては学校教育における国際化に向けた教育の充実の必要性が唱われている。 したがって学校教育の中での開発教育と、先に述べた国民参加型援助への支援とが手を携えていくことによって質的変化への対応をしようとしている。 2.どのような支援が可能か(大阪国際センターで)
アンケートを行い実態調査した後、アクションプランを作った。そして開発教育支援が大阪国際センターでは事業の本質に関わる位置づけに なったのである。その変化とはまず、センターへ来てもらってしていた行事を出前するようになり、また内容も交流型から講義、講話型へ 変化する傾向にあること。大学院生だけ受け入れのインターン制度が、現職の先生、学部学生へも広げられたこと。開発教育をするための ファシリテーター入門講座の拡充。地域人材ネットワークの構築。大学生のための国際協力実体験プログラム創設。などが特徴的なものである。
いずれにしても国際協力への関心の高まりが国際理解につながるので、学校現場と連携して開発教育を支援し、国民参加型の国際協力の発展を はかりたい。国民が自ら考えて、参加する力を持てるようするために私たちを役立たせていただきたい。ただ私たちが持っているものは 場所、人、道具だけである。現場の先生方にファシリテーター講座に参加していただきたいと思う。
なお平成10年度と11年度の比較では、このような事業方針の変化により開発教育支援プログラムの件数が飛躍的に増大しているのである。
(報告 府立吹田東高等学校 友田 芳子) |