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やさしい篆刻教室、解説はネツト上にもたくさん有ると思います。ここでは、私の篆刻制作理論ーもちろん自分の師系である中村蘭台〜二世中村蘭台〜古川悟の流れの中で作られたものなので独自のものとは言い難いのですが、お話致したいと思います。
1.古典
書においては絵画とか彫刻のように<絶対>の創作は有りません、これは文字を素材とするものだからです。漢字でもかなでも文字を新たに創り出す事は許されておりません。勿論、第2次世界大戦後の中国や日本で、簡略体が政府機関の主導で創られた事はありましたが、これは一個人が創作したものでは有りませんし、どちらかといえば草、行書体を楷書体に置き換えたというような形が多い様です。
書の一分野である篆刻でも、文字を素材にする以上同様に<絶対>の創作は有りません。許容範囲は<古典に有ること>=<昔の人が創作してその形が資料として現存する>ということになります。
わき道にそれることになりますが、反対に字書(資料)に載っていれば<文字学的には間違っている形>でもOKということを言う人もいるようです。まあ、こういうことには異論・反論はあるでしょうし、文字学としての学問・研究の発達により解消される傾向でしょう。しかし、私の師匠からは、日展を代表とする公募展の審査基準でもあったと聞いていましたし、現役で某新聞社系公募展審査員を務める篆刻家からも聞いています。
従って、文字性を重視するための高度の古典への偏重=たとえば今、呉昌碩が生きていたならこんな印を刻すだろうというレベルの高い技術は否定できません。むしろ、畏敬の念を抱いております。
ただし、私どもではそこから一歩でも進みたいと考えています。西川寧先生が二世蘭台先生の篆刻の特異点として
| 1 | 等分配字の排斥 |
| 2 | 輪郭概念の開放 |
| 3 | 古文による装飾性の発揮 |
| 4 | 空間処理の特色 |
| 5 | 木印における刀技 |
と挙げていますが、私もこのような考えを目指し制作しています。
自解するなら、物外游、四十不惑は上記の1・4ねらい。放下便是はデフオルメによる装飾性の発揮。そして、下記の作品も不徹底ですがそこらのねらいです。
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| 石印「一念萬年」 |
2.実際の作品制作
理屈はそうなのですが、上記のような考え方を作品で実現するためにはどうしたら良いのでしょうか。入門教科書本では篆刻制作プロセスとして
| 1 | 撰文 |
| 2 | 検字(校字) |
| 3 | 印稿作り |
| 4 | 布字(字入れ) |
| 5 | 刻 |
と、分類するのが一般的です。
私が一番力を注ぐのはこの<撰文>です。依頼された印は当然<印文>=刻る言葉は依頼者が指定されるのですが、その他の場合は自分で好きな言葉を選べます。中国の古典(五経、四書とか)を典拠とした成語を選ぶのが一般的です。
印面構成を考え「粗と密」の関係で選ぶというのが教科書的な<撰文>のコツなのですが、もちろんこれも大事なのですが私みたいに等分配字の排斥を目指す場合、作品に使いやすい字(デフオルメ可能な字)が入っている<印文>を見つけなければならないのです。このホームページの作品群にもやはり私の好きな字が出てきていますがお判りになりますでしょうか?
教科書では墨場必携を使うようですが、私は諸橋大漢和辞典を使用します。これは、圧倒的な数から自由に選べるからです。
実制作を段階を追って解説して行きたいと思います。
「鐵石心」:隋書ー循吏傳より/意は鐵石の様にかたく変わらない心
<撰文>のポイントは<鐵>が密画<石>と<心>が粗画ということと<心>の字形が多く作品にし易いと考えたからです。
ここでは<検字>は飛ばして<印稿>は下記の様に作りました。これは、本印稿と呼ばれています。(半紙にざっとデッサンするのを仮印稿と言います。)私の本印稿は朱と墨でかなり精密に作ります。
ただし、このように精密にかつ時間をかけて印稿を練るのは大型印のケースで、小型印特に八分角以下の石印の場合はざっとした本印稿又は仮印稿しか作りません。これは言葉では表現し難いのですが、刻するときの自由さとかヒラメキみたいな部分を残しておいた方が小型印ではおもしろい作品が出来ると思います。
朱文は一種の構築物みたいにバランスをとりたいと苦心します。辺縁(輪郭)は定石とおり字と平行する場合は整理、空間は太線で強調です。(よろしかったら、小生の30年来の書友今城昭二氏の大胆な辺縁処理のテクニックご覧下さい。)そして蛇足ですが、朱分印においての<欠け>は書の作品における渇筆表現に当ります。
この印で作品上のポイントはやはり「心」の字形をどのように処理すると言うことになってしまいます。ありきたりですが、長脚強調みたいな形となりました。そしてはその「心」の脚を「石」の一画が受け止めバランスをとるという形です。
![]() |
印稿<鐵石心> |
<上記をもとにした作品発表はご遠慮下さい。又、すべての作品を素材等で使用の場合は非商用、商用にかかわらずご連絡下さい。特に、下記の「篆刻における目の錯覚」に関する考え方は、まったくの吉永隆山オリジナルですので書籍、論文、その他媒体類などへのアイデアの使用は禁止です。引用の場合もご連絡ください。>ご連絡はこちらより
印面構成で大事なことは、これは書の作品でも同様なのですが三字のバランスです。数量的な意味での一字一字の面積でなく、目で見た三字の大きさの調和ということが大事になってきます(四字の印でまったく面積を四等分した印面構成にすると一字一字の大きさはかならずしも等しくは見えません。)。
これはまさに感覚的なものなので、感性・才能そしてそれを伸ばす訓練と言うことになってしまいます。以下の例からも目でとらえた長さとか、形が数量的なものと異なることがご理解頂けると思います。
| 1 | ![]() |
同一の長さの線分が、それをはさむ斜線の向きによって異なって見える。 |
| 2 | ![]() |
平行線に短い斜方向の平行パターンを配すると、平行線が傾斜して見える。 |
| 3 | ![]() |
全く同じ扇形だが、隣接する弧の長さの対比によって全体の大きさまでが異なって見える。 |
特に上の3は、かなり不思議なのですが同じ形なのです。
ですから、見た目の統一感を出す「目の良さ」といったことが篆刻の<うまい><へた>に関係してしまいます。又、上記を応用したテクニックで実際の面積、長さより「広い」「狭い」、「長い」「短い」といった表現も可能なのです。
もっと、具体的なこの部分の実戦テクニックもお話致したいのですが、本ではないのでさわりだけでーーー詳しく知りたい方は小生の弟子にでもなってください。
次は<布字=字入れ>と言うことになります。
この布字の方法はいろいろあるようですが、そのどの方法でも、要は印稿をいかに正確に印面=刻する印材の表面に写しとるかと言うことになります。雁皮紙、マジック、印稿ピンホール、セロファン(これは吉永隆山オリジナルで印稿ピンホールの応用形)といろいろ有りますが、雁皮転写は難しいですし、マジックも印稿を「白黒」で用意する必要があります。小生の場合大型印はセロファン転写(雁皮紙と違い写しやすいが、強烈な弱点有り)であたりをつけ、印面を鏡に写しながら修正という無手勝流プラス古典的方法で布字しています。
実際の布字済印面。
この印面をスキャンして思いついたのですが、印稿を反転(Windowsのペイントで出来る)させてそれを見ながら字入れする方法も良いかもしれません。ともかく布字完成です。
そこで、PCで画像処理ソフト(ペイント)を使って印稿、字入れなどを行なってみました。まだ時間が不足しているので実験段階ですが、興味ある方はご覧下さい。
ここでちょと前に戻りますが、
「欠け」について掲示板にご質問がありましたので、この「欠け」のことについても触れてみたいと思います。一般的には「篆刻」の教科書的本には、小生が記載した様に「欠け」は渇筆表現ですとさらりとしか触れていないのでどうしたら良いのか解らない状態になってしまうと存じます。
原理原則はこの通りなのですが、実戦理論は
| 1 | 平行した2ないし3の線がある場合はその1本に「欠け」を作りたい。 (上の印稿「鐵」に2箇所有り) |
| 2 | 長い線は単調になり易いので「アクセント」的に「欠け」を作りたい。 (上の印稿「心」の「脚」部分) |
| 3 | 空間処理上の必要性ー朱文の場合空間の開放。 (上の印稿「石」の「口」部分:空間を広く見せたい) |
代表的な作り方としては上記3点となります、但しあくまでも「作りたい」であって必ず作るとは言えないところがやはり芸術ということです。
そして、「欠け」の形状ですが、
| 1 | 「自然」な「欠け」をイメージして作る。例えば、朱文の印で2本の平行する線を刻すとき、1番目の線を彫っているときに2番目の線に印刀がふれるとか、土手崩れの状態で欠けてしまった。この場合はどんな風になるか実験する。 |
| 2 | 他の作家の作品に範をとる(マネる) |
といった方法で自分のものとするのが良いでしょう。
又、辺縁処理も含めた技法ということになりますが、一説によると「呉昌碩」は彫り上がった印材を「小石」と一緒に小箱に入れゴロゴロかき混ぜ「欠け作り」と「撃辺」をしたという伝説があります。ーーー但し、やってみると判るが上手く行くことは少ない。
では、次は<刻>です。
<刻>は、布字の通りやれば良いので、ある程度のレベルの方には難しいことではないでしょう。ここで「篆刻」の本(参考書)には、「印刀」はすなわち「筆」なので往復計2回で一本の線を刻すとか原則論が書いてあるのですが、この方法では、なかなか布字の通りには行かないです。野球に例えると、コントロールの良い投手は良いのですが、コントロールが悪い投手ですと暴投だらけで収拾がつかなくなってしまいます。
| 刀法 | 特に大事なところは「引き刀」「突き刀」どんな刀法で何回でも良いから、なるべく布字通り刻しましょう。もちろん上記にプラスして、「切刀法」をマスターすると、かなり応用が利きます。この「切刀法」は教わっている先生から伝授してもらってください。言葉での説明は難しいです。 それでも相手は自然の石ですので、石の目・質(最近の石は石質が良くないので鉄分が混じっていたりするし、パリパリはじけて印面が剥離するものもある)刀のコントーロールの乱れ(未熟さ、はたまた心の乱れですかね)で上記「欠け」ひどいときには「一画まるまる飛ばして」しまったりします。でも、その排除出来ない偶然性が又篆刻の醍醐味でしょう。 |
| 印刀 | 印刀ですがこれは「切れ」なければ駄目です。切れない刃物はコントロールが利きませんので思った様に彫れませんし、危険です。刃物を扱う人間は自分でその刃物を研げなければいけません。小生も師匠に研ぎを教わりましたし、自分でも篆刻を教えるとき研ぎ方を教えます。小生の故祖父がフランス料理のコックだったのですがまったく同じことを言ってました。 もっともこういう時代ですので技術革新ですごい印刀も現れ、特殊な鋼(多分スエーデン鋼のようなもの)でガラスも切れるものが有ります。最近の異物が多い印材を彫るには最適です。硬度が高いので砥ぎはダイヤモンド砥石を使用します。小生現在は、友人の篆刻家がその弟子限定で販売している「この鋼の印刀」を主に使用しています。 |
そして、ここで重要となるのは「補刀」です。ここが、「書」の他の分野と大きく異なる部分です。補刀を行う目的は大きく分けると次の2点となります。
| 1 | 彫り残しと、彫りの浅い部分の修正 |
| 2 | 肥痩、長短など点画の線自体の修正 |
当然1はやらなければいけない作業ですが、2はどうでしょうか。大体この2の目的の為の補刀には否定的で最小限にとどめようという事になりますが、これは真実なのでしょうか?
現在の展覧会においては刻した印そのものにお目にかかることはめったに有りませんが。目にする事がありましたら彫りの深さに注目しましょう。実作をなさった方にはお判りと存じますが、補刀を行うと結果的に彫りは深くなります、反対に補刀をあまりやらないと彫りは浅いのが通常です。世間で補刀などまったく行わないと思われている物故の大作家の印の彫りがかなり深いのを見たことがあります。
したがって「うまい」補刀は良く「下手な」補刀がいけないのだと思います。そして大体の方が「下手な」補刀になってしまうので最小限にとどめる事になるのです。
そして小生の作品も完成です。
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| 鐵石心 縦6.5×横6.4cm |
印稿より太く見えますが、PC上のスキャンした印稿の黒をバックとした朱色が若干細く見える現象、そして反対に印影は画面の後ろからの光により朱色が膨張して見える事とか、画像のドットの荒さによるにじみなどに原因があります。したがって実物の印影の線ははこれより若干細いです。それから補刀段階で「石」右部の辺縁を開放しました。
又、作品の大きさを表記いたしましたのは、見た目「正方形ではなく横辺が長い長方形」に見えますが、これは<印稿>で解説しました目の錯覚で本当は若干「横辺が短い」形であることを知っていただく為です。
実作が遅れて長い時間かかってしまいまして申し訳無く存じます。質問、反論等ございましたら、掲示板に書き込みいただければ幸いです。
又、小生に篆刻を習いたいという方はこちらをご参照下さい。
以上完
なお、掲示板に鈕と印面の関係についての質問があったのでこちらにお答えした。
鈕と印面の関係