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佐藤葬祭
佐藤葬祭のこれまでの歩み。

佐藤葬祭は佐藤峯三郎がはじめました。
理由は、釣堀に行っていたら、毎日のように来る人がいる。。
何の商売をしているんだろう?毎日釣堀にこれるんだからいい商売だなあとおもって
話をすると「葬儀屋さん」だったのです。そこで峯三郎はその人から番頭さんごとその店を
譲ってもらい。葬儀屋をはじめたのでした。

幸い大工の習いもして手先も器用だった峯三郎は、棺を作ったり、白木の位牌に彫刻を入れたり皆さんに役に少し立ったようで。順調に商売を続けました。

しかし、ときはそのまま戦争へと続くのでした
戦争中のことは語り継ぐ人がいないので一体どうしていたかわかりません
親父もも生まれは昭和十九年戦争も終わるころでした、8人兄弟の末っ子として生まれ
佐藤葬祭の跡取となりました



うちの親父は町の葬儀屋として、自宅仕事の多かった時代を仕事をしてきました
そのころの葬儀屋さんは、自宅に葬式のための階段を特急でこしらえたり、大工仕事のような仕事のほう多かったです、小さいころから峯三郎の下で棺を作ったりと今でもうちの倉庫の奥には本物の大工さん顔負けなくらいいろいろな種類のノミやカンナがあります。そんなこんなで物をこしらえるのが他の人よりチョットばっかり上手だったようで、重宝な葬儀屋だとぼちぼちの仕事をこなしていました。

町の人からは「あきちゃん、あきちゃん」とよばれ親父もそれなりに役に立ったよううで、体が思うように動かなくなった今でも、「あきちゃんは調子はどうだい?」と聞かれますし、古い知り合いの方が親父を訪ねて店に来たりします。

そうやってそんなに金持ちにもなれませんが順調に葬儀屋を営んでいた佐藤葬祭でしたが、私が中学のころから親父が糖尿病を患いまして。入退院を繰り返すようになりました。

思えばこの頃から小さいながらも今親父が死んだら私がが店をやるんだろうなと思いました。中学も終われば高校から働いたっていいんだし、どうにかなるだろうとまあ状況が許す限り学校には行かせてもらって。いよいよとなったらどうにかしようと思っていました。

その間に親父の体は、だんだん悪くなり。糖尿病から人工透析になりました、やっぱり店主がそんな状況なら店も仕事が入ってこなくなるようになります。私が大学在学中にお店の運営がじょうずに行かなくなるようになって、弟はまだ高校生、妹も大学に在学中、学費も払わなくちゃいけない、家のローンもも払わなくちゃいけない、やらなきゃいけないことが二十かそこらの小僧に責任としてやってくるのでありました。それまでも手伝いにはでていましたが、まあこれも年貢の納め時だろうとおもい、大学を辞めて、葬儀屋の道に進みました。

その頃にはうちの仕事には海老原さんと永田さんという方がきていただいて(今でも来ていただいているんですが)この人たちは、よくまあ仕事が出来る人で、やれ上野の寛永寺だ千日谷だ宝仙寺とそんな仕事もしっかりこなしてしまう、業界でもトップクラスに仕事に厳しくよく出来る人たちで、この人たちから怒られ怒鳴られ、厳しくも優しい愛のむちをたっぷりうけて仕事を教わりました。

今では珍しい職人みたいな教わり方ですが、今となっては本当にありがたいことです。

知らないって言うのは怖いもんで、この人たちの「そんなんできて当たり前だ!」というのをその通りに新人の僕は受け取りまして、本当に泣きながら、へこたれながら、半べそかきながらでも逃げ場もないので(笑)必死に身につけていきました。この頃が本当にたいへんだったおかげで少しましな仕事が出来るようになれたとおもいます。

いろいろありまして現在にいたるわけですが、わかったことは地道にお客さんためになるような仕事を少しずつ積み重ねていかなければいけないということ、たくさんの人に助けられて信頼されてうちみたいな小さな店が70年もやってこれたのですから・・・

これからも、精進しますのでよろしくどうぞ見守ってやってください。

佐藤信顕 平成15年4月某日

追伸:仕事内容はHPでできるだけだしていきますので、気になった方は見てやってください

他にも毎日の中で 佐藤葬祭が考えている事・・・

その壱 お客様の権利
その弐、 少しだけお伝えしたい事
その参 小さな小さな積み重ね
その四 自己紹介
その五 葬儀屋と言うお仕事
その六 佐藤葬祭のこれまでの歩み
その七 お見積もり作成手順
その八 葬儀後の心無い営業は何とかしたい
その九 季節のおたより
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