
バイク免許取得の思い
チャンス到来
上さんの巻き込み
教習所選び
いざ教習
大型免許への挑戦
公道デビュー
大型バイクへの乗り換え
事故
息子のバイク免許取得
よかったこと
バイク免許取得の思い
1969年、まだ大学生の頃、親のすねをカジリ、自動車の免許を取ったものの、乗る車も無く、約1万円で原チヤのスーパーカブの中古を手に入れ乗っていました。
本当は55ccのカブでしたが、お店の方が、登録をうまく処理し、50ccとして,白ナンバーをつけたものでした。スピードはMaxで70kぐらいは十分に出たと思います。轍にはまって、ハンドルのコントロールが出来ずあせった事や、側溝に落ちて、危うく電柱に衝突しそうになったこともありましたが、今となっては、若かりし頃の思い出です。
次のバイクとの出会いは、北海道の利尻島でした。学生時代に北海道をうろうろしていました。このときは家を出てから戻るまでに2ヶ月かかりました。
北海道ではバイクに乗った連中も多くいましたので、知り合いになった人のバイクを(確か、CB400だったと思います)借りて、初めてクラッチ付のバイクに(もちろん無免許です)乗り、利尻島の鴛泊港から姫沼の入り口までのガードレールも何もない,海岸線を恐る恐る乗りました。
これには、おまけもついています。途中喫茶店でバイトをしている仲間の前を通りかかったところ、こちらのお兄さんはしっかりバイク屋さんで、ウイリーなんかしてしまう人でした。その彼女が後ろに乗せてくれと言うので、初挑戦のバイクでしたが、タンデムで走行となりました。
無事事故もなく、港に戻ってきたところ、めったに居ない島の駐在さんが目の前に!!!!
ここで、エンストや転倒でもしようものなら、えらいコッチャと下りのカーブを必死で運転し、無事到着。
意外とバイクは簡単に乗れるものだなと思い、そのうちという思いで、終わりました。
社会人になってからも、クラッチ付の原チヤを物色したり、2輪への思いは続いていました(結局買っていませんが)
30台前半の頃と思いますが、近所の教習所をうろうろしましたが、結局その時は免許は取らずに終わりました。(何しろ、聞いた教習所では2輪教習は2人一組でしか実施しないとの理不尽な要求でした)
1988年から5年間アメリカで生活していた時にも、もちろんアメリカで簡単に2輪免許を取得して(車が非常に簡単にとれますので)日本の免許に書き換えてやろうかとの思いは、当然のことですがありました。
残念ながら、イリノイでは2輪に乗っている人も少なく、試験所で試験を受けるにも自分のバイクが必要となりそうなので、あきらめました。
実は知り合いでカリフォルニアに駐在中に2輪免許を取得し、国際免許で日本でBMWの1100ccのバイクを乗っていた人がいました
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チャンス到来
2輪免許への思いを抱いて20数年、実現しないままに過ごしていました。会社の休暇制度で、45歳で4週間の連続休暇が取得できる制度があり、ついに私にもめぐっていきました。
この時は、すでにこの休暇を利用した方の話を聞いても、夫婦で海外旅行をしたとか、ありきたりのものとなっていられる方が多かったと思います。
世間並みも考えましたが、やはりこれが最後のチャンスとバイク免許の取得の計画を着々と練りました。
バイク雑誌の購入、教習所の選定、費用、期間.......
合宿免許も色々問い合わせをしました。
2週間で免許を取り、残り2週間をツーリングをという計画を立て、休暇の取得届を提出しました。
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上さんの巻き込み
もちろんこの時、上さんの巻き込みは、すでに決定したことでした。
アマチュア無線然り、夫婦で別の趣味を持つと、お互いの趣味の理解が出来ず、話題にも事欠く事態も懸念されます。
お互いの趣味の理解や、共通の趣味を持つことは私の信条でもあり、今回もためらわず、巻き込み作戦を展開しました。
徐々に徐々にその気にさせていくのは、それなりに大変でしたし、お金もかかることでした。
結果としては、免許取得後、一人でもバイクで遠くまで出かけるようになり、以前とはまったく行動範囲も変わり、それなりに病みつきになっているようです。
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教習所選び
少し遠くですが、2輪専門の教習所を富士市に発見、どうせ2輪の勉強をするのだから、専門の教習所のほうが、しっかり教えてもらえるとの思いと、上さんの教習のことを考え、そこに決定。
後日談ですが、この教習所選びが結果として、大型免許の取得につながりました。(当時は、まだ教習所での大型免許の取得は実施されていませんでした)
休みを利用しての取得のため、教習所までの通学の時間はあまり気にはなりませんでした。私たちで約1時間かかりましたが、もっと遠くから来ておられた方もあった様です。
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いざ教習
さて、上さんの説得も終わり、初期の計画(後半2週間をツーリング)をするためには、上さんの免許取得の期間(リスク込みで)を考えて、休みに入る前に開始する必要がありました。
中型から始めようとしましたが、結果は難しく、小型からの教習開始となりました。当時の教習課程では、小型は7時限でしたが、追加15時限の合計22時限で免許の取得にこぎつけました。(3倍+です。年を考えればマアマアカナ)
中免への審査は当時4時限の過程でしたが、小型をゴマカシごまかし取ってきたため、これまた12時限オーバの合計13時限(こちらも3倍+です)を費やし、(おそらく教官のあきらめかと思いますが)ようやく卒業でき、中免を手に入れることが出来ました。
教習中は、ビデオで教習の状況を取ってアドバイスしたり、しょっちゅう二人で行くもので、教習所でも有名になってしまいました。
さて、私めの教習ですが、上さんの入校に遅れること数週間、中免は第1時限から外周をスイスイと走り出し、順調にスタートしました。規定の10時限を3時限オーバーの13時限で、無事卒業できました。
さてこれからが、当初の予定を狂わせた結果となります。
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大型免許への挑戦
この教習所は(まだ当時は大型免許の教習所での取得は出来ませんでした)全国で3校しかない、出張検定(教習所に試験官が来て試験が受けられるというものです)を実施している教習所でした。
そのため、大型の教習を受けている方が多くおられました。そんな、刺激の中での毎日の教習でした。同じ頃、大型を目指す女性の方も多くおられました。
卒業検定が無事終了すると、大型の体験教習が無料で設定されていました(教習所の策略です)、卒研を受かった直後ですので、大型に乗ってみても、何となく簡単に乗れそうな気になるもんです。以外に簡単そうに思わせるのが教習所の策略そのものであったと思いますが.....
そのとき、大型の教習をしていた、女性と一著に走っていて、信号待ちで話をした時に、もちろん大型やるんでしょと言われたのはそれなりのショックであり、今考えると、十分最終決心のきっかけになったと思われます。
沼津の試験所で中免の取得手続きをした足で、教習所に向かい、大型免許の教習の申し込みをしてしまいました。
ここで、当初の4週間の計画は大幅変更、休みのすべてを免許取得の費やす結果となりました。
規定の教習時限は7時限でしたが、結果として、21時限オーバの合計28時限(卒研後の自主教習も含めてですが、4倍です。上さんのことを言ってられません)、ようやく教習を終え、一回しかない出張検定に望むことになりました。
出張検定は月1回、人数枠もありました。またこのチャンスは1回しか認められていませんでした。(つまり、一発勝負です)
当日は朝から、教習所は解放されており、受験生で、バイクを出したり、練習したりに開放されていました。各自30分程度を交代で練習し、試験官の到来を待ちました。
最悪の事態発生!!!!朝は晴れていたのですが、試験の頃になると雨、なんと言うことでしょうか。あらかじめ、試験の時のこと(雨の対応など)を教官から教えてもらってはいましたが、やはり、雨は最悪の条件です。
試験の開始前にも、雨であるので無理をしないで、雨の状況に合わせた乗り方をするように注意がありました。
急制動もギリギリのスピードに抑え規定をクリアするテクニックで無事こなし、結果としては、合格することが出来ました。(教習車についているスピード表示等のヒステリシスを利用し、一旦規定のスピードまで上げて、ランプの点灯を確認し、制動開始位置の前からアクセルと戻し、指定場所から制動をかけると言うテクニックです。/これをやるにはかなりの余裕がないと出来ませんが)
やはり、試験は緊張するもので、特に後が無い(次は静岡の試験所での受験しか残っていない)ので、余計でした。試験を終わった直後は、頭の中はマッシロ、ひょっとしてコースを間違えて、しまったのではないかと、最後まで心配でした。
結果は、当日の受験生全員合格! バンザイ 万歳 ばんざい !!!
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公道デビュー
さて、大型免許をとたとはいえ、大型で最初から公道レビューも恐ろしい話でした。上さんはボルティー、私はビラーゴ250でのスタートとなりました。
特に上さんは車のこともバイクのこともまったくのシロウトの世界で、かつ、日本の道を自分で走ったことがほとんど経験の無い人でしたので、さらに大変でした。
4輪の免許はアメリカに渡る88年の半年ほど前に取得(このときも3倍くらいかかったかな)半年ほど、近所走った程度でした。もちろん道路がメチャ広く車の量も全然違う、アメリカではバリバリに運転していましたが。
ビラーゴ250はシート高も低く、背の低い女性に会ったバイクとの誌評もあり、将来は上さんのバイクにしようという算段はありました。ただし、アメリカンスタイルで、ホイルベースが長い為、取り扱いは大型バイク並みの取り扱いにくさが欠点でした。ボルティーはそれなりのバイクでしたが、それなりでした。
運転の不慣れもあったと思いますが、鎌倉へ行った帰り、お天気は最悪の中、西湘バイパスを悪天の中それなりのスピードで走って帰った後、ボルティーはエンジン焼きつきで入院する羽目になってしましました。(おそらくギヤがを上げそこなって低いギヤーの高回転での連続走行が原因では無いかと推測しています)
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大型バイクへの乗り換え
もう、それなりの年だし、バイクでスピードを競う年でも無いし、アメリカンバイクでのんびりツーリングが出来ればいいなと考えていました。近所のYSPにビラーゴの1100がかなり長いありだ売れない状態で置いてありました。
上さんには、ビラーゴの方がボルティーより足つきもいいし、乗りやすいよと、それに、ボルティーは一度エンジンのオーバーフォールをしているし、大型に乗り換える時の下取りを、など色々ゴタクをならべ、ボルティーを下取りに出すべく工作を開始しました。
まづ、ビラーゴに乗せて見ることから開始。ボルティーの足ツンツンで立ちゴケしている人にとっては最高の足つきのはずで、安心感は抜群のはずです。
ただ、ハンドルまでの距離や、ブレーキ/
クラッチまでの距離、ホイルベースの長さの違いによるハンドリングなど、色々ありましたが、乗れそうな見込みがついたので、ボルティーを下取りに出し、ビラーゴの1100を購入することに決定しました。
価格交渉は、彼のYSPにある長期店頭在庫品の見積りをもらい、最初のバイクを2台まとめて買ったバイク屋さんを交渉開始、店長では価格の決心が出来ず、本社の決済を受け、それより若干安い価格で交渉成立。
ついに、大型バイクへの転進となりました。
この時点で、タイトルにある、ビラーゴ250+ビラーゴ1100による夫婦でアメリカン状態が完成しました。
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事故
私は今の所、立ちゴケ1回で、何とかすごしています。急ブレーキをかけて、後輪がロックし滑り出す経験は何回と無くありますが、教習所での転倒の経験を生かし、すぐにブレーキを解除するクセがついたおかげで今の所無事です。
上さんは立ちゴケ1回、私のバイクへの追突1回と、車との接触事故1回です。
車との接触事故の時は、バイクがこわれ走行不能となったため、バイク屋さんに現場まで引き取りにきてもらい、上さんも病院通いの羽目になってしまいました。交差点での事故には皆さん十分注意しましょう。
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息子のバイク免許取得
下の息子がいつの間にか、バイクの免許(中免)を取っていました。親が親ですから何もいえませんが、むしろ2輪の教習も受けないで、原チヤを乗り回すよりよっぽど安心ですが。
子供がバイクに乗りたい相談の話によく聞きますが、どうせ乗るなら、しっかりした教習所で勉強し、2輪の免許をとって乗ることを進めています。
原チヤ(2輪無免許と同じ状態で運転しているのでとても怖いです)のみの免許は一番怖いと思います。
一度正月休みに東京のアパートからバイクで家に帰ってきたことがありましたが、今のところ一緒に走る機会はまだ実現していません。
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よかったこと
2輪免許を取得して、世界が広がった。今まで、出かけることも無かった所へ出かけるようになった。地域のイベントへの関心も高まった。ストレス解消にも大いに貢献。上さんの行動範囲が広がった。夫婦共通の趣味がまたひとつ増えた。良い教習所と出会えた。
ヤマハのキャンペーンに当選した。マジェスティが一台もらえた。
ホームページが開設できた。バイク仲間を増やすことが出来た。(会社の無線部メンバーに2輪免許をとらせて、ツーリングクラブに変身させる計画進行中)
これからもっともっと色々広がっていくと思います........
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