黒田鉄山先生の名前を知ったのは甲野善紀氏の本でしきりとその技を讃えられていたのを読んだからだ まさに(現代の名人)という程の紹介の仕方であった
初めてその技に触れたのは今より五年前 私が37歳の時だった
公開練習会に仲のよい先輩達と参加する 弁当つきで一日一万円の参加費だった
大宮市の武道館に早起きしていく 五十人くらいの参加者だった
最初の挨拶で黒田先生が 自分が小さい頃より運動が苦手で小学校の運動会が来ると熱が出ないものかと思ったほどだと自己紹介した 自分は全く向いていない 家伝の武術も(彼で十一代目)子供に伝えるだけにしようと思い他人に教えるつもりもなかった 三十歳を過ぎた頃から他人にあなたの動きが速いと言われ気がついてみると人より(速い)と気がついた、、、
それから彼の動きを見た ちょっとうつむくようにして体を沈めたかと思うとパッと横に飛んだ 次の瞬間 元の場所に戻る
速い、、、呆れる位に、、、一同度肝を抜かれる思いだった 今までも見たことのないスピードだ
白土三平の劇画に出てくる忍者の動き(瞬間移動)にイメージがピッタリと会う
スポーツの敏捷な動きとは確かに性質を異にしている動きなのがよくわかった 彼は言う、、、
スポーツ的な筋肉に頼る動きは気配が必ず出るものだ 動こうと思って地面を蹴ろうと筋肉が強ばる瞬間にその(起こり)をとらえられて切られてしまうと、、、どんなにがんばってもそんな動きは人間の目には知覚できるものだ 武術の動きとは本来そんな動きではない
そんな説明があって 全員で立った姿勢から次の瞬間両足を左右に開き沈む動作をやってみる ほらね ほらあなたも、、、と全員が駄目を出される
沈む前に一度足で床を蹴ってるから ほんの少し頭が浮くんですと先生が説明がある そんなものかと蹴らないで沈みこもうと悪戦苦闘するがうまくいかない
筋肉を使ってはいけない それはスポーツ的な動きであって 若い時でしかできないものだ 又練習をやめれば急速に落ちるものだ それでは私が若いあなた方にかなうわけないだろう、、、
そう言って彼は袴の裾をまくって見せて又驚いた ふくらはぎの筋肉がほとんどなくなって棒のような足になっている 長年使わなかったら落ちてしまったのだという説明
ここまで来るともう一体どうしたら彼の目指す動きになるのかさっぱりわからなくなった
落下だと黒田先生は言った その瞬間 体中の筋肉を弛緩させ落下する 動きの起こりを消すにはそれしかないのだと、、、陸上で踏み切るのとバナナの皮ですべって転ぶのとでは同じ倒れ込みでも格段にバナナの方が予測しにくい 彼の言っているのはそれと似ているようだ
故にあなたはスポーツ的な動きをやめなければならない、、、
彼の剣術の型を見る 相手の切ってきた所を受け流し 横に飛びながら胴を払う パッと相手の腹に木刀が触れた瞬間に1.5m位横に彼が瞬間移動しているのだ
これが何度見ても消えて見える つまり映画のコマ飛びに見える 彼は言う 手品と同じで何度目をこらしても見えない物は見えない、、、 それと理屈は同じで自分は全身を使って見えない手品をしているようなものだと
皆さん速くやろうとすればするほどよけいな力が入ってかえって見えやすくなっていますね、、、
速くやる必要はない 全身の力みを捨てて一致した動きができればゆっくりでも動きは消えるものだ
確かにそれまでも私の見てきた経験でも(うまい人)の動きは端で見ていると遅いものだ ところが自分が彼の前に立ってみるとどんなに彼の動きにあわせようと必死になってもそれができないのだ
その理由がその時までよくわからなかったが何となく理解できた ゆっくり動いても相手の動きを追い越してしまう程 彼の動きは質が高いのだ
普通の人が三動作かかるところを私は一動作で終了している これではどんなに速く動いたってかないっこないでしょうと彼は言った
もうその頃になると一般の参加者は頭に血が上っていたようだった とにかく 目の前に生きた手本があるのだからその速さは認めないわけにいかない カルチャーショックのようなものを感じながら必死に先生の動きをまねようとしている
居合でも 説明を受けながらゆっくりと何度も見せて貰っても先生の動きをなぞることができない
坐って刀を抜いて又納めてすわる 単純な何動作なはずが真似できない 動きをまねることにはかなり自信のある面々もお手上げであった
動いているようでぶつぶつと途切れているのが人間の動き 人の目はその細かな途切れをとらえておぼえるのだ 一定の速さで流れるような動きができる場合人は決して動きを見て取れないし打ち込むこともできない
よく見てて下さい 憶えられないでしょうから、、、笑いながら何度も見せてくれる 確かに何度見ても彼の手順(右足が前だったか 左足が前だったかなど)を真似ることはできなかった
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