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実戦奇問遁甲術

2006年3月ミクシーの日記掲載分

3月1日
法則 そしてそれがなるべく この世界に何にでもあてはまる法則を長いこと考えて一つの答えとして導き出されたことは順番の存在、、、というか物事は時宜に応じて循環しているということです 季節でも冬が去れば春が来て夏暑くなり秋そして冬。作物の実りも。生命の誕生から死滅までも順番というか順序のような者があります。
そしてそれが順序よくいっているときは人の心は安定します。
この順序が狂ってしまうとき、たとえば親よりもその子が先に亡くなってしまったり、夏なのに冷たい風が吹いたりしたら 人は動揺します。調和が乱されている。どこかにひずみが生まれたためにおかしなことが起こったのではないかと想像をめぐらせるのです。そしてそういったことがこれ以上起こらないように色々と対策をたてはじめるわけです。

2日
世界のあらゆるものは循環する。つまり変化する。そしてその一定の法則において物事が移り変わっていくのはこれはなんでもないこと自然なことのように感じるのですが それ以外の順序で物事が起こると事件となりそんな予期せぬ出来事は人々の生活や精神に影響をあたえます
人々は不安に思うのです。調和の乱れは次々に凶事を呼ぶ場合もあります。ですのでその原因についてあれこれ考えます。どこかに何かひずみのようなものがあったのではないかと思い巡らせます。原因を見つけて無理のない調和に満ちた循環の世界に戻そうとします。
では、(ひずみ)とは一体何なのでしょう。ひずみを見つけるのはどうしたらいいのでしょう。又それを取り除くにはどんな方法があるのでしょうか。
事件に戻りますと犯人の女性、護送される彼女の顔は何度もテレビに出ました。上着で隠すのを本人が拒否したそうです。カメラの中で彼女が自分の顔を隠さずに何か遠くの物を探すようにしていました。大変意味深い行動のように思えます。何か意味があるのではと思いますがここでは事象を追います。
彼女の顔を見ますと頬骨がかなり飛び出ています。これが横に飛び出ている女性は男を尻にしくタイプだなどとよく言われます。目はちょっとくぼんだようないわゆる金ツボまなこのように見えました。物事に執着するタイプです

3日
彼女の顔の相を見てみますと かなり男勝りというか強い意志の持ち主だと思います。でもそれはこういう事件の後ですと短所のように感じられますが そうとも言えない。社会で成功している中小企業の社長タイプの人にはこの相の人がとても多いです。頑張り屋で努力家、しつこいくらいに物事をあきらめない、、、。ですから彼女の持って生まれた性格というものは決して悪い者ではない。本当に悪い相というものはこんなものではないのです。
ある面では彼女に新しい生活を求めて故国を後にさせたのは彼女のこの人一倍がんばる上昇志向のせいだと思います そしてその性格自体は決して悪いものではない むしろよいものでしょう ところが どこかで歯車が狂ってその性格が彼女に無理をさせた 彼女を決定的な凶事に追い込んだかも知れません 
その人を利するはずの性格がどうしてか害するものに変化している、、、これは(ひずみが起こった)と考えてよいと思います
物事にある二つの意味の一つが暴走してバランスを崩してしまっているわけです 

4日
何事も 二つの面がある 長所と短所が、、、などというと無責任な感じがいたしますが長所であってもそれが行き過ぎた場合やバランスを崩した形をとったりしたときは人を不幸にするようです。(中庸を尊ぶ)という東洋哲学にありますが ほどほどにする 回りの配慮の中で物事の成り立ちを計るといった
感じになるのでしょうか 真理というものはこれまたその時々に変化しているようです
今回の事件では彼女のがんばる性格が逆目に出て彼女をここまで追い込んだようなそんな気が私にはいたします
つまりここに一つのひずみが生じたのです
彼女は日本に来てから夫の両親と暮らしていて別居しています
夫の両親との生活がうまくいかなかったのでしょう でもこれもよくあることです そして新築の家に引越しをした このことで彼女の心の負担はかなり軽減されたのではと思いますがそうではなかったようです 
私はこの引越しで彼女の被害妄想のようなものがむしろ強まっていったのではないかと推測いたします  

5日
もし彼女が夫の両親と同居を続けて 地方の村か町の共同体の中である程度自分を埋没させていたら ここまで凶暴なことはできなかったのではないでしょうか 大勢の人間を前にして反抗的な態度をとるのは成人にとって意外に大変なものです
ところが彼女は転居をした 彼女の新しい家は 新興住宅地のようなところだったのではないか その家では夫と子供はある程度は自分のコントロールが効いた  そして幼稚園 子供とその母親たち 複雑な人生経験を持つ彼女にとって彼らは幼い 無力な人間に感じられたかも知れません そんな回りの人間たちを前にして異常な精神状態が彼女を次第に他人に対して攻撃的なポジションをとらせていった、、、その原因は転居別居といった環境の変化があったのではないかと思います 転居先の希薄な人間関係がここで一つの(ひずみ)を彼女に与えたのではないか、、、

6日
転居によって彼女の心の負担は減ることがなく逆に孤独感が強まったのではなどと推測します 環境を変えたのが裏目に出てしまったわけです そう思うとその数年前に結婚のために日本にやってきたことも彼女にとってはよい選択ではなかったかも知れません
新聞によれば日本に来るときも元々彼女は中国人の結婚相手を探していたそうです ところがそれはかなわなかった 今の結婚相手は随分年上で経済的には裕福かも知れませんが決して強い恋愛感情を抱いた結婚ではなかったかも知れません
彼女のような性格の人なら小さな華僑の商売人のお嫁さんにでもなって毎日忙しく立ち働くような環境が私にはあっていたように思います 私など毎日何も起こらない平穏無事な日々が続く生活が何よりも贅沢のような気がするものですが、、、
彼女の結婚が失敗であったか どうか考えてみますとこれは相性が悪かったなどと一概に決めつけることができないように思います 

7日
やはり日本に来たことがよくなかったのでしょうか 吉凶禍福は動より生じるという諺がありますが人は環境が変わることによって大きく自分も変わるということがよく言われます 子どもの頃転校した先や進学先で大きく自分のイメージが変わって行ったという経験を持っている方も多いと思いますが彼女の場合も嫁ぎ先の日本でもし彼女の個性がのばせるような環境があれば少なくとも彼女のことを理解して親身に相談できる人物がいればあのような凶行を起こすことはなかったと思います 中国の故郷ではとても彼女は自分が本来の能力を発揮できないと考えていたのでしょう だから環境を変えたかった 彼女は韓国語 英語 日本語が話せたそうです 相当の勉強家 努力家のようです

語学に堪能で将来は自分なりにその方面で力を発揮したいと希望していた女性が全く違った環境の嫁ぎ先で幼稚園の子供を抱えて閉塞させられる そして自分の人格を否定されたようにも感じる、、、ここまで思いを致しますとある方のことが思い浮かびます 私たちが想像するよりも病状は大変なのかもしれません ご快癒を願いたいと思います

8日
日本にやってきたこと そして両親との別居によって転居したこと この二つの大きな行動が彼女にとっては裏目に出たと言えるかも知れません でも もし日本に来て希望の環境が得られないと思ったなら 離婚するなり 帰郷するなりという選択肢があった 又別居先での幼稚園の送迎が負担になるのだったら 通園をやめればよかった 考えてみれば望んだ結果が得られなくてもまだまだいくらでも選択肢はあったのです 行動した結果がすべて吉と出る などということはありえないことでそれは大人なら誰でもよく知っていることです。
ですからある意味彼女のこの大きな二つの転居は(ひずみが生じた)とまではいえないようにも思います 少なくとも彼女自身の不満はいくらでも解決の糸口が見つけられる程度のものだったと思うのです この段階では、、、。
それではどこで彼女は凶行への一線を越えたのでしょうか
想像できることは 最後の一月ほどの間に彼女の神経をズタズタにするような癇癪にさわるような行動をとった子がいたのではないかということです 
それが凶行の引き金になったように思うのです

9日
犯人の女性を決定的に追い込んでしまうような人間関係のもつれがその時できていたと推測されます でも もし あの日
夜に彼女がむかしの友人と会う約束をしていたら 次の週に故国から誰かが尋ねてくる連絡があったら凶行は延期されたかなかったようにも思います 直近の人間関係のトラブルは大変に重大な引き金とはなってはいますがこれさえもあのような狂気の犯行の根本原因とはそれだけではないと思うのです
ここで便宜的に三つのサイクルを考えてみます サイクルというのは電子メーターの正弦波のような運気の上下の波動のようなものを想像してみてください
一つは一番短い波動 幼稚園で人間関係で追い詰められたことこれは週月単位くらいで主に気分的なものによってに変動していくものではないかと思います
二つ目は別居して本来あるべき人間関係が希薄になってしまったこと これは解決するのには再転居なり全く新しい人間関係を構築する必要がありますので年単位の変動が必要です ですので一つ目のよりはかなり波長は長いものになります
三つ目は結婚のために日本にきた 日本人になったことでこれは二つ目よりももっと長いサイクルで運気をとらえなければならないことでしょう 

10日
彼女が日本人になったことは この行動を修正するなり変えてしまうのは年単位どころかもっと長い解決時間が必要になると思います 実際 子供まで生まれているので完全に後戻りするということも非常にむつかしい このサイクルは大きな船のように 舵をきったからといってすぐに航路を変えられるようなものではない 逆に言えばそれだけ大きな重い決断だったのです 一番小さなサイクルを考えれば 多分に感情というか気分的なもので紛らすことも可能なのです 次の日 なんらかの出会いや愉快なことがあれば人間は気分が変わります 昨日夫婦喧嘩していたのが次の日笑いあっているなどよくあることです
毎日の感情の起伏のようなものだと考えれば近いものがあるでしょう

11日
そして2番目は年単位のサイクル 住居移転によってできた大きな波です 3番目は先ほどの日本にきて結婚した波 これは普通の人にはない大きな波動の運気の波といえるでしょう
とりあえずこの三つの波を想像してみたいと思います
どうして三つの波というふうに分けたのかと申しますと又話は長くなるのですが この三つの波はお互い波長が違うので干渉しあうことがあまりないとお考えいただきたいと思います
小さな波の毎日の細かな感情の起伏はいい時もあれば悪いときもある ちょっとしたことで変わってしまいます ところが引越しをしたことでできた環境、決まってしまった幼稚園のことなどはやはり其のことに対する自分の考え方や感じ方が毎日の気分のようにコロコロと変わっていくものではないと思うのです
まして日本人になったことは本人にとってもっと重たいというか大きな問題で簡単な結論などでない 一生そのことを自分の中に問いかけて生きていく、、、というような深い何かなのではと思います
ここまで来ますと運命とか宿命などという言葉が頭をよぎるのです

12日
三つの違う長さの波長を持った正弦波のようなものを頭に描きながら考えて見たいとおもいます
波はどれも上下します 上はプラスの領域でよい影響を与えます たとえば一番大きな波でしたら 日本人になったことによって生活が豊かになったこと 夢をかなえたことなどの利点があったことなどでしょう 波が上にいっているときなどは彼女はそれなりに自分の行動にたいする満足感があったのではと思います でもこの波が下に行った場合は反対で故国を去って自分が孤独になったり疎外されているという感情が彼女を苦しめたと思います
次の波も同じようにプラスの時は新しい家を手に入れた 親と別居したことの開放感が大きなメリットとして実感できたでしょう
でも 波が下に行ったときは人間関係がますます希薄になり彼女を独善的、攻撃的な人間にし 被害妄想をつのらせることになります
行動の結果には必ず二つの面、いい面と悪い面がつきまとうものです
そしてそれが野球のイニングの攻守のように入れ替わって私たちを強くしたり弱くしたりしているようです 私たちはどちらの面でもそれが極端になった場合は自分自身のバランスがくずれたと考えて慎重にならなければいけません

13日
正弦波などと申しましたがこの上下に触れる波の波長は一定ではありません バイオリズムの波のようにはいきません 人により皆違う 一定の繰り返しでもありません 
でも もし短い波でひどく気分が悪い日なども(よくありますよね)他の波が上の方にいるときであれば 人は平静を保つことが出来ます 幼稚園で不快なことがあっても 日本での豊かな暮らしに満足感がその日あれば 我慢できるわけです
生きていればいいことも悪いこともあるのは誰もが知っていることです 誰もがそうやって複雑な思いをかみ締めて生きています ひどく落ち込んでいてもどこかに救いがあるものだ とか 大きな悩みを抱えていても見知らぬ人の親切にすくわれたような気持ちになったりするときもあるし 物は考えようだ 明日は明日の風が吹く、、、などとよかった人生経験をおもいだしたりしてバランスをとったりすることもできます
それを人生の妙味などとも言う人もいます 
ところが 三本の波が全部真下にきた日が出現したりしますと
大変なことになります

14日
三つの波がいっせいに下にきてしまったらどんな気分になるかと想像してみます
毎日の細かい感情の波で人間関係でつまづき 中波で解決できないこんぐらかったトラブルに悩み 大波で過去のことがすべて失敗に思えてしょうがない、、、こうなると生きること自体が無意味に思えてくる ヤケになってとんでもないことをしでかしてしまったりする しかし今自分はこういう状況にあるのだと認識できるのならまだ凶も半分くらいでしょうか 全然平気です
こわいのは本人の自覚がない場合 これが一番危険です 最悪の状態がそのままロックされてそこから抜けられなくなってしまいます 飛行機に乗っていて落ちそうになっているモニター画面は真っ赤になってcautionの字が出てサイレンもなっているのに本人は全く気がつかない、、、たとえて言えばそんな状態でしょうか
人間の体の中でも意識できる部位は意外に少ないものです
精神もそれと同じようで自分の潜在意識が出す危険のシグナルにきづかない場合は大変多いと思うのです
自分のことを一番知っているのは自分だ、、、と言い切れるかどうか疑問に思えることも多々あるわけです

15日
彼女の今回の事件にしても回りの誰かが冷静に彼女自身を観察していたらいくつかの危険な信号が本人から発せられていたはずだと思うのです。あるいは愛情のある気持ちで長い時間つきあってくれる他人がいたらこのような恐ろしいことにはならなかったとも思います そう考えると我々は昔の人にくらべて孤独になっているように思います たしかにわずらわしい人間関係や日々の無意味な慣習をとことん嫌い、排除していって今の我々の毎日があるのですが どうしてか非常に孤独というか肉親や親しい隣人、親友との付き合いが希薄なものになっていきました 
自分以外が等しく他人のように思えてしまう そして自分自身もなんだか他人のような感じを持ってしまう お互いの生の実感が薄れていくように感じてしまいます
話が少しそれましたが奇問遁甲のテクニカルなあれこれに進む前にまずどうしても頭の整理が必要になると思います
つまり、術を使う人間が自分や他人に対して真摯な態度や愛情を持たないと所詮は血液型占い程度の底の浅いものにしか使うことができないのではと思うのです

16日
話を元に戻しましょう 三つの波があります 短いものこれは毎日と週単位 そして中くらいのもの これは年単位で解決するようなもの そしてそれ以上の大きな運命的な何かとも言える波 落ち込んでいてもどこかに救いがあるようにこの三つの波はお互いがどちらかが下にいった場合は人の気分を支えてくれる 相互補完の作用があるようです よく精神的にバランスのいい人がいます いつも朗らかで感情が極端に走らない 私などは芸術家肌などと自分では勝手に言っていますがムラ気がひどく落ち込みだすとどこまでもとまりません 損な性格だと思います 自分で自分を傷つけるほど気分のばらつきや感情の起伏があるのはやはりよくないことだと思います
さて、もう一度彼女の顔を思い出します 勝気というか 頑張り家 家庭では主導権をとりたがる カカア天下の顔です 努力もするけど同じ位我が強い でもこれは多分に遺伝によるものだとも思うのです 彼女の両親の血 気質を多くうけついでこのような性格がなりたっているのではと思います 
これは彼女自身が希望して受け継いだものでは全くない 人間は生まれてきた以上親から受け継いだものを捨てるわけにはいかないのです と同時に育った環境から受けた影響も一生大きく作用していきます

17日
人が生まれてきてその時にさずかった肉体的な特徴や遺伝などは一生変えることができないものです それは気質性格も同じではとこの頃感じます 私なども若いときは自分が親と同じであるなどという理屈が暴論に思えて仕方がなかったのですが
老いを迎えるようになって自分の姿を鏡で見るとぞっとするほど親に似ていると感じることがあります そして自分の両親や叔父叔母たちにたまにあうとゾッとするほど亡くなった先代の祖父祖母に似てきている なんだか血の濃さのようなものを強く感じます 故郷を離れて暮らしてはやウン十年 彼らと私との間には接点などというものは理屈では感じられない あるはずないと思いながらもたまに会って同じ時間を過ごすと他人でない何か共通の感情のようなものを味わうことができます
ですから肉体的なものを通してなのかもしれませんが感情というか心の動きもやはりどこか似ているように思います
でもこれは幼いときに同じ土地で暮らしていたという事実も深く関わっているのでしょう

18日
人間が生まれて思春期を迎えるころから様々な運命というか進路が目の前にあらわれてその中の一本を選んで歩き又次の?差路で一本選びという風にして人生の時間がすぎていくのですが
それぞれの変化の奥にある動かないもの 不動のものはやはり親から受け継いだ肉体と気質 そして生まれ育った環境と思います
以前読んだことがあるのですが プロ野球のスカウトが二人の新人でそのうちの一人を選ばなければいけないと迷ったときは出身地が城下町の方を選ぶと書いてありました そういう場所に育った方がしっかりした子が多いのでしょう
野村監督などは耳のとがった方を使うと書いてあったように思い出します 耳のとがった人は感覚が鋭い勝負向きです これでアイアイのように耳のはった人は納得がいかないと他人の意見には従わない強い性格です ぺったり頭についた人は従順な人が多いのです
その人の特質のようなもの 一生変わらないものは生まれてから小学生くらいまでにかなり形成されるように思います
あの事件の犯人の女性の育った環境はどうだったのでしょうか
教育熱心な家だったのかも知れませんが 愛情よりも社会的な地位で人を評価しがちな環境だったように私は推測してしまうのです

19日
生まれと育ちによる人格というものは今まで申し上げました三つの運気の波とはもう一つ深い不動の影響をすべての人にあたえるものですがこれも又一つの波ととらえることができると思います 東洋的な思想ではこの波の振幅は小さい方がよいと考えられてきました 淡々と人生を送る平穏無事な生活が上とされたのですが 私なども自分の子供にはそういった気持ちで人生を大過なく渡って欲しいと願っています
この波の振幅が大きい人は他人の中にあって目立ち華やかな人生を送るかも知れませんが意志が強いかも知れませんが普段の感情のゆれも大きいでしょう そして希望と絶望を何度も味わうような日々を送ることになるかも知れません 画家のゴッホのようにいかに天才でも毎日天国と地獄を行ったりきたりするほど感情の揺れが大きかったりすれば本人の人生は幸せといえるかどうか考えさせられます 孤独や苦しみは人を鍛えるかも知れませんが私のような凡人などはあまり近づきたくないと思います ベートーヴェンもそんな感じでしょうか
例の犯人の女性は強い性格でこの波の振幅も大きかったろうと思います この波が大きいとひずみも大きく出ます

20日
波はこれで四つとなりました これは一般的な占い 何かの神秘的な法則を元にして将来や過去のことを知るという行為とは少し違うと思います 誰もが人や自分に対して誠実に接していれば自然と感じ取ることができるものではないかと思うのです
たしかに コツというか多少の分析的な手法があるかもしれません たとえば大過去 中過去 小過去 現在といった4つの棚のようなものを頭の中に想像して自分の身近な誰かの過去を考えてみる 4つの棚にあるものを何かの形にイメージしたりするのも非常に効果的であるかも知れません そして そのイメージの一つ一つには いい面と悪い面が考えられる それは何なのか 今の彼はそのどちらの方がより強く出ているのだろうかなどと考えてみる
大事なのは3−4つの波を頭に描くこと そしてその波にも上下がありますからその現在点を横線で結ぶように考えてみることだと思います
こういうことに慣れてくるとたとえば一枚のホロスコープや血液型など一つのテーマだけで人を知ろうとする行為がいかに底が浅いものか実感できます
なぜなら人はその人なりにいつも変化しているからです

21日
四つの波は人の肉体や心や魂などの歴史の地層のようなものかも知れません 地層ですから誰でも少しがけのところへ行けばどんな色の層があるのか簡単に見分けられます 同じ人間のことですから だいたい似通っています 注意深い人間観察の癖がつけばその人がどんな特性の地層を持った人なのかある程度なら割りと簡単に判断できます
ですから占いや神秘的な行など全く無関心な人でも人間に対する深い洞察力を持った人は沢山います 知恵のある人の目から見れば彼がこの先どうなっていくだろうかなどあてるのはそう難しいことではないのです 
目の前にある事象や人の観察もできなくてテキストを見て一生懸命未来を知ろうとしても上達は望めないのではと思います 目の前にある最大のデータを把握できていないわけですから、、、
とにかく 他人や自分に対して無関心というか鈍い態度では先に進むことはできないはずなのです
ですから聖書に占いをすることを固く禁じているのもわかるような気もするのです キリストの愛の教えを実践する修行者は教えに打ち込むほどに自然と人のことが色々とわかるようになるはずで教えを実践する人はジプシーの怪しげな占いや古びた占星術のテキストの断片をかじったところでその人はどこへもいけない 修行者はそんなことをしている暇はどこにもないのです

22日
一つの事件を通して四つの波、、、というものを考えて見ました 新聞の記事やニュースで得られるだけの情報で簡単に組み立てたものですから 正確な物かどうか 全くあてにならないのですが 少なくとも こういうものではないかという推論を通して得体の知れない突然の凶事が自分なりに輪郭が作れたような気が致します 初めに申し上げたように大きな事件が波紋となって我々に影響を与えているわけで その意味で私たちも当事者と考えられる なんとかこれ以上悪いことがないようにしようと願う気持ちが物事を考えたり行動をさせたりするわけでこうやってああでもないこうでもないと思いをめぐらせているのもその一つだと思います
結局原因はなんだったのか ということを皆知りたがるわけです
小さい波で考えれば 幼稚園の集団通園がよくなかった 
子供を他人に託すなんて間違いだ という意見が出てきました
犯人の女性がかなりそのことで負担を感じて神経をいためていたのではとは想像するのことは容易です そのことで彼女は通園の子供に憎しみを爆発させたのですから
このことはいわば直接の引き金のような形になっていますから
一番の原因のようにも感じられます おそらく犯人もこの制度さえなかったらこんなことにはなりはしなかったと思っているのではないでしょうか

23日
私たち人間はこの毎日の感情の起伏や肉体の状態に大きく影響を受けてしまうようです ですから些細なことであっても心配事があるとひどく気分がおちつかなかったり それが解決してしまったらすっかり忘れて陽気になります 毎日がその繰り返しでとにかく雑事に神経をすり減らして遠くのものを見たり先のことを考える余裕が不足しているように思うのです
落ち着いた生活を送る、、、というのが難しいにしても毎日少しの時間でも静かに自分と向き合う必要があるのではないかと思います
落ち着きがなくなる 我を忘れる 感情を暴発させる 問題を起こしてしまう 長い後悔 自分が嫌いになる 周囲が赦せない、、、といった悪循環におちいらないように気をつけたいものです
今 どこでもTVゲームを子供たちが昼夜を問わずやっていますが 見ていると夢中になっている すごい集中力のように思いますが 興奮しているだけです 内容は目をおおいたくなるような残酷なものが多い 
こういうものを社会がやらせている 訓練しているといってよい 運気の小さな波は感情が密接に関係しているのですが この波がズタズタに切り裂かれているように感じます
ちょっとしたことで感情を爆発させたり 他人のことを考えずに無軌道な行動をとってしまう人間はこれから確実に増加するのではないかと思います
社会が作っているのです そんな人間を使って社会はこの先何をしようとしているのでしょうか

24日
中くらいの波、大きい波にも問題というか悪い面がクローズアップされました 
日本の生活に期待するあまり愛情のない結婚をしたせいだという考えもあります まあこれなど愛情、恋愛感情という本当に不確かで壊れやすいものを問題にしているのでむつかしい
人間すべて打算で動いているとも思えず程度の差はあれ古来婚姻制度というものは生きるための処世の手段だったとも考えられます 
夫婦の年の差が20歳もあったということで私など驚いたのですが やはり問題に感じてしまいます それほど違うのでしたら年上の男性の方が色々と気遣ってあげる必要があったと思われます 
前に申し上げた危機的な状況に妻が陥ったときに本人にかわって飛行機の操縦をしてあげればよかったと思います 
他には拝金主義というか外国人の出稼ぎ行為に対して嫌悪感を持つ 程度の悪いマスコミや昼のワイドショーなどがよくやります 為替の価値が違う為に日本の円を母国に持って帰ると大変な金額に化けてしまう そんな行為を見てアジア人蔑視を強める こういった風潮は根強いというか強まっているようです
色々なことが考えられるのでしょうが 私は彼女の人格やバックグラウンドを非難しても憂さ晴らしにはなるのかも知れませんが今後のこのような事件をふせぐ力にはならないように思うのです

25日
いくつかの原因のようなものが分析によって浮かび上がったとしても どう考えても それと幼い子供を刺殺するという凶行に結びつくと思うとやはり納得できないように感じます
人間は口では合理的なことばかり言っていますがしていることは矛盾だらけのように思います それでも自分の経験から考えても こんなことしても誰の何の為にもならないと後になって思い返してしまうような失敗を結構してしまうのです
魔がさした、、、などと表現されることもあるようです とんでもない失敗をしてしまって後で振り返ればそんな言葉が出てくるのもうなづけます
人間の運気をあらわすいくつかの柱がなにかの拍子で全部マイナスの下限に行ってしまった時、そんなときに最悪の状態で
運気がロックされてしまい 通常の感覚が失われてしまう
そんなことが起こらないように普段より 自分の運気のいくつかの波を冷静に観察しておく必要があると思うのです 自分の中のもう一つの自分を見つめるというよりも 自分の中から一歩飛び出た別の自分に客観的に見てもらうといった感じが私はよいように思います

26日
たとえば 毎日決まった時間に自分の決めた手順で普段の生活と関係ないことを行なう 5分程度の短いものでよいと思うのです 内容はいかにも淡々としてもので変に興奮や緊張をさそうものでない方がよいと思います 大事なのはやる時間を決めること 毎日やるようにこころがけることです 自分なりの簡単な祈りやきよめの儀式などもよいでしょう 単純な動作の短い行為ですからすぐに何も考えずに行なえるようになります
ところが慣れてくると時々 決められた手順を狂わせてしまったりするときがある いつものことができない日があったりします 大変に不思議に思い原因を考えたりします 毎日つづけることが大事で できなかった日にもどうしてしなかったのか
考えてみます できるのにどうしてかしなかった 
原因が思い当たる日もあるでしょう 二日酔いだったとか仕事に遅れそうだったとか そんな時も挫折せずにまた淡々と行を続けます ですからできること 簡単なことをするのが大事です 興奮しないこと 退屈な方がよいと思います 毎日パチンコに行ったりテレビを見たりするのは誰にもできますのであてはまりません
そういう行為の繰り返しをしていくと気づかないところで自分が色々と変わったことをしているのが感じられます
これなど面白いと思うのです 自分の知らない自分の存在に気がつくわけです どんな存在かというと別の顔を持った他人、、、というほどではないのですが それに気づくと自分という輪郭が少しずれて二重になったような感じがあります
そして少しずれた二つの輪郭の間から色々な情報が印象となって心の中に入り込んできたりします

27日
毎日の決まった時間の個人的な行をお勧めしたのですが 他にも簡単な体を動かすことも運気のバランスを見ることに大変有用だと思います これも毎日続けること ですから酒を飲んでいても 疲れていても 気持ちよくできるようなものがよいと思います
そんなことじゃいい加減だよとおっしゃるかも知れませんが
大事なものは技の上達よりも自分の身心なわけです 動き自体は下手でも進歩が遅くとも全然気にしないことです(こういう精神状態を受け入れることは意外と上達の極意であるようにも思います)
とにかくこれも淡々と続けます やっているともうなれっこになります それからです 意外に色々な情報がやってくるようになります 感じられなかったものが感じられるようになるということでしょう 以前から自分の周りにあった情報がやっと届けられるようになったのではないでしょうか
私は棒の素振りを続けておりますが 他には武道家で肥田式強健術を行なっている人は大変多いです
スポーツと違ってワサワサ動く必要がなく 筋肉をゆるめた状態で自分の体のぶれを感じてみる という静かなものです
自分を感じるにはこれくらいリラックスしたものでないとわかるわけない そう思うと頭も体もいかに普段我々は自身に無理を強いているか 反省させられます

28日
なぜこのようなことを書くかと申しますと 術というものはそれを与えられさえすれば全ての人が活用できるものではないからなのです それはこれから内容をご説明していきますので それを読んでいただければ エエッこんないい加減なものを元にしているのかと誰もがびっくりしてしまうと思います
科学の法則 数学の定理のような誰もが宇宙のどこでいつやっても同じ結果を得られるという仕組みのものでは全くありません すべては人の心が吉凶を感じる それがその時の結果であり答えになってしまう だから塞翁が馬の故事のようにその時凶でもいつの間にか吉になったりします 時間の中に存在する人間ならこのことは誰もが知っていることですが、、、
まあ 封印された秘術を知っている これこそが本物だなどといってお金儲けをしようとする人もしょっちゅう出てきますが
皆インチキか五十歩百歩であります つまりあやふやなものといわれる以上の法則的な精度を持ったものはないのです
そういったものですから 術(テキスト)に頼ることはできません テキストはあくまでヒント集のようなものでそれをデータを入力して精査する機械自体は各人の肉体や精神なのです
ですから同じデータを入力しても人によっては全く違った推論が導き出されることはよくあります
大事なことは 自分のことがわからない人は他人のことを知ることもできないということと 私たちは忙しすぎて自分のことを意外なくらい知らないということ そしてそれすら気がつかない人がこの世の中には大勢いらっしゃるということ 
そのあたりを一度しんみりと感じ取ってみるには行をやるのが一番と思うのです

29日
術というものが単なるヒントでしかないと申し上げました
結局判断するのは自分自身の中にあるコンピューターを使わなければならないのです 五感を使ってよく見よく聞きよく感じることができるようになるほど その人なりに精度は高くなります ですから占術など無関心でも洞察力のするどくて当てる人も沢山います 
前にも申し上げましたようにすべては主観というかほとんど心の満足感にかかっているのです こういうものは結果としてその人が幸福に感じたかどうかが一番の主眼になりますので科学のように計数的に割り切れません。
お金でも少ない給料でも豊かにのんびり暮らしている人は幸福ですし 何十億持っていても塀の中で頭をかかえていたのでは不幸です だからといって塀から出して安い給料で一生をその人が送れるというわけでもないのです。
その人 それぞれが各々別のその人の適正にあった幸福があると思わざるをえない。そしてそれすらも 極端な形になった場合ひずみが出ます。人によったらたいしたことないことでも別の人には命取りなひずみかもしれない それが一体どのあたりなのか よく考えてみる必要があると思います
又、人によっては諦めということになることでも本人には安らぎと受け取ることができるかも知れないのです
そういう意味では倫理的というか道徳的に自分自身が生活しないととんでもない判断ミスをしがちです
まあ簡単に言うと他人の幸福を素直に願う気持ちとでもいいのでしょうか もちろん自分自身にもですが、、、

30日
道徳的な生活などと申しますと聖人君子のような人間にならねばならないようですが私自身全然程遠いし そこまで行ける人間がそう多いとも思えません まあ 悪念のようなものから 毎日少しずつでも遠ざかっていければと願うようになればよいのではと思っています
悪念というと 取っ付きが悪いですが 要するに心にあるやましさや嘘 そういったものを抱えて生きているとそれが自然に負担になって心が金属疲労をおこしてきます 無感覚になったりますます傷をひろげるような考えを起こしたりします こういった心の負担も早めに解決するのが心身の健康にはよいようです 後ろめたさのようなものをかかえていると感じられるものが少ないと思います
普段の生活の中でも 身の回りを散らかしていたり 汚れをほったらかしにしていますと 自然と自分の目がそこを見ないようになっています やはり心が負担に感じてそうさせているのでしょう 無感覚になる あんなとこに物を置いてあぶないなあなどと思ってもほったらかしにしておくのはよくあることです そうなると 他の場所に行ってもやはりケガレや危険に対して注意が鈍くなります
それは普段自分が自分の心を疲労させているからです なんとなく見ない振りをする癖がついてしまっているわけですからカンは働きません

31日
ケガレをなくすことはもちろんよいことですが よし、わかったとばかりにワッセワッセと掃除にいそしんでも三日坊主になるかも知れません 水をさすようですが自然とそういうことに目がいき気がつくようになるという形が一番と思います
変に興奮したり緊張していては他のことがお留守になって差し引きゼロになりかねません ですので普段の短い静かな行の繰り返しの中で無理なくそういう形に自分自身を作っていければよいのではなどと考えます
感覚を広げるということが毎日の細かなお仕事をますます増やすことになるのではちょっと方向性が違うと感じるのです
変な言い方ですが(違うところで見、違うところを聞く)とでも言ったらいいのでしょうか そういう意味では神秘図形や水晶を身近に置くのも結構なことだと思うのです たしかにああいったものは 形や色が非常にイメージしやすい そして思い浮かべたときにスッキリした印象を残してくれます 乱雑にちらかった頭やギスギスした感情をちょっと離れることが出来る場合があります
商売の家のきよめの盛塩などもそうだと思います 塩や石や形の紙がそれ自体何らかのパワーがあるかどうか 正直誰にも
わからない でもそういったものが人間の気のようなものを生き生きとさせてくれるのはたしかではないかと私は思います