祖父が死んだのは今から六年前のことだ 覚悟はしていたもののやはり大きな
事件となった
かけがいのない人の死は十六年前の祖母の死以来のことだ 祖父祖母ともに私
を可愛がってくれた
特に祖母は私を溺愛した 大学の時に倒れてからは病院暮らしが五年続いた
祖母は不思議な話や怪談が大好きで私は今でも彼女に聞かされた話をいくつも
覚えている
人は死んだらどうなるかという私の質問にそれはわからないだから自分が死ん
で死後の世界があったら
必ずおまえに「しるし」を送ると言った その言葉はきまぐれではない 私と
祖母はその語何度となく この約束を確認しあったのだ 大学を卒業して祖父のコネで福井県の海産会社
に入ると病院の祖母よりも祖父との色々の話が弾むようになっていった 商売人としての祖父のキャリアは抜群で新潟で北海道から鮭を仕入れて九州にまで売り歩いた男だ 新潟の塩干魚の中継地点として全国に名をはせた一時期を作ったのである 商売人の心得を時折帰郷すると私は時間を惜しんで祖父に質問した
祖父は自分の子供は皆、公的な大企業に入れた 孫が自分の後を継ぐようにな
ってきっとうれしかったに違いない あれこれと細かい売り買い 相場など教えてくれた 二人で株価の行く末や経済見通しなど夢中になって話したものだ
そんな五月に祖母が死んだ 病院のベッドでナースボタンを手に眠るように亡
くなっていたそうだ
長い不自由からの解放 それでも、この何年も離れて暮らしていたことを私は
くやんだ 葬式の時に
私がその二月ほど前に仕事を休んで帰郷し一日祖母と話しをしていったことが話題にな
ってやはり絆が強いと感心された 別に予感があったわけではないが あの一日の語らいがなかったら私は相当苦しんだと思う
祖母の「しるし」はついになかった
私は祖母が忘れられなかった しるしがなかった以上祖母は私の記憶の中にあ
るだけの存在になったのか
それから、色々な本を読んだ 高橋巌著の「神秘学講義」によれば死者と生者
はつながっていて死者は 彼らの住む世界で色々なメッセージを送っていると言う マーフィー博士の本
にも沢山の実例入りで それが紹介されていた 私は半分は自己満足でいいと思って夜寝る時の死者へ
の語りかけをするようになった 死者からの返答はさりげなく自分の考えとしてわき出てくると言う 結局はそれとわからないということなのか、、、それでも十年の歳月は私の精神構造を確実に変えた もはや祖母は遠い新潟の冷たい墓の中の人ではない
そして祖父が死んだ 大きな喪失感 やはり分かれる苦しみは果てしない ど
うして自分をおいていってしまうのか
通夜の席で従兄弟達と酒を飲みながら思い出話をする 私は祖母との果たされ
なかった約束の話をした
結局は死んだらしまいなのかも知れない あれほど堅い約束だったのだから、
、、
そう言えばと従姉妹の一人が口をはさんだ 私が遅れて東京から通夜の席に駆
けつけたとき 祭壇の飾り付けはとっくに終わっていたのだが 私が手をあわせると一番上の大きな
白い花がゆっさゆっさと
揺れて不思議だった、、、ゆっさゆっさと言う言い方に妙な真実味を感じた
俺も見た 私も見たと次から次へと声があがる その場にいた従兄弟の全員が
それを見ていたのだ
十年間配達されなかった手紙 祖母のしるしは祖父の死によって私のところに
もたらされたのだ
私は本当に声もなかった
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