| HPヘ戻る | 神の翼 |
| 人間とは一体何だろう 不思議に思うことが多い 偶然に見つけたのだが ある新興教団のかつての幹部の 我いかにして教祖と決別したか、、、の記をネットで見つけて読んで驚いた 彼の正直と思える告白には教祖にあったときから淡々と綴られている 会ったその日にその霊言の内容の凄さに打たれてこの人こそ仏陀の生まれ変わりと確信したのだそうで その後 教祖と行動をともにし 教祖の命に従って思っても見なかった人と結婚したのだそうだ その後はもう月並みとしかいえない 愚痴ばかり 結局教祖の予言はさっぱり当たらず わがまま勝手ばかりが目立ちはじめ 教団は堕落し金集めに奔走し、、、私はイヤになったのでやめる。という内容で今までこんな文章告白をどれほど読んだか知れない陳腐なものに感じた 私に言わせれば 彼が 生身の人間を神仏の生まれ変わりだなどと信じる 信じてしまったということが 愚かなのだ 人間が神仏になることなどないことは 横丁のばあさんでも建具屋の親父でも誰もが知っていることである 奇跡を信じることと 奇跡が自分の周りに起こるのだと考えることはまるで違うのは誰もが知っている 普通なら絶対起こるはずのないことを奇跡と呼ぶ チャネリング 霊言 お筆先 預言など調べれば世の中にいくらでもある現象で 特殊な精神構造を持った人がある時から自分でも考えてもみなかったような言葉や教えを心の中から拾い出す その中で 誰それの生まれ変わりだの XX神が乗り移っただのと言って人にそれを伝え 人がもてはやす 本人はウソを言っているつもりはないだろう かといって 自分の考えても見なかった素晴らしい言葉が口をついてでれば まず一番最初に自分が自分の信者になってしまうことがほとんどのようだ でも 彼は生身の人間であるので 当然のことながら親しくつきあえば いくらでもボロが出てしまう 不思議なのはどうしてこんな 常識的なことが 教祖本人やその周りにわからなくなってしまうかだろう いくらでも検証できるはずなのに、、、 いつも感じることだが こういった類の人たちは自分を教団の犠牲にしたことで何かが天からいいものが降ってくると無節操に信じているのではないかということ 教祖がいくらパワフルであっても そこにいくら奉公したところで本人が自分の足で歩いて修行しなければ何も得ることなどないのだ 本を読めば素晴らしいことがいくらでも書いてある そんな本や教えは無数といってもいいくらいあふれかえっている 毎月何十と出版されているだろう 本を読んだところで同じ 感心感動するのは誰でもできる 立派な教祖のそばにいてかしづいていればご利益があってしかるべき こちらも何かエラくなると思うのは勝手だが そんなことをしても人はどこへもいけないのだ 楽してなんとか近道を、、、どっかにいいことないかコネコちゃんという感じで自分を放棄してしまっている その後もネット検索を続けていくと あきれたことに この教祖を離れた人は又別の教団を作って ある女性の霊験を信仰のよりどころにして活動しているとのこと 彼は自分の居心地のいい間は互いの矛盾には目をつぶり 教団が発展して自分の意にならないことが多くなると 面白くなくなって 相手を容赦なく批判して去った でもかつての居心地のよさが忘れられずに同じ行為を繰り返した そんな風に傍から見られても仕方がないだろう ここまでくると 業という言葉が頭をよぎる 検索はまだ続く 彼が誹謗し離れたその教団の教祖は実はかつてある新興宗教の信者だったそうで その教団の2代目が書いた本を私も読んだことがあった Hという有名SF作家の激賞の序があったように思う 文章にはまさに驚天動地の内容があり とても若年の筆とは思えない 神の化身間違いなし、、、とかそんな感じだったと思うのだが 今調べてみると その後このSF作家は教団と訣別 そしてあの本は自分が書いたものだと公表しているらしい 開いた口がふさがらない、、、なんと言う不誠実な人たちだろう そんな思いがわく 不誠実といえば 昔 好んで読んだライアルワトソンという科学者の超常現象ものの本に 100匹サルのエピソードがある その後本人によってウソだったと発表された ほかにも彼の有名なエピソードの中も沢山ウソがあるらしい カールセーガンの悪霊を語るという本に色々書いてあるが一読をおすすめしたい 100匹サルの話を彼は他人の本の序にも書いている 社会的に許される行為ではないと思う 100匹サルを自分の本の枕に使った日本の教団 霊能力者も多かったと思う 娯楽で読む分には 目くじら立てるほどでもないのかも知れないが人の人生の指針となるような内容のものなら問題があるのではないかと思う そういう内容の本は真面目に書かれていると多くの人は(少なくとも私は)信じているはずだ でも そんなことはない、、、らしい 多くのものは人間的に大いに問題があり そしてそれを自分で検証することもせず 組織にしがみついて生きようとする教祖と幹部の人たちの集まりによって生み出されているようだ 自分に都合がよければウソでもお告げでも未来予知でもなんでもありなのだ 人間、、、人間そのものにも問題があるようだ 私の回りを見ても どうにも不可解な経験がある 常識もある 好人物なのになぜか こういうものに何度でも飛びついてしまう人が確実にいる マルチ商法まがいのビジネス講習会に来る人の顔は同じ人が多いそうで これもそう 単純な理屈や検証をしてみれば損をするばかりだとすぐに気がつきそうだが それができない 株や商品や為替の先物取引などで家財産を失う人もそうだ 立派な人が魔に見入られたように破滅の渕に向かっていく 騙されやすい、、、などと気楽な言葉を使うのがためらわれるほど そういう人がはまっていくのを見ていると恐ろしいエネルギーが本人の中に渦巻いている そういう因子が彼の運命のDNAの中に確実に埋め込まれているのではないかと思うほどだ 一度この状態になると回りが水をかけて冷やそうとしても 難しい 案外とこういう人たちが集まって地獄の鬼のように争い合っていいポジションを狙って死闘を繰り広げているのが 前述のような団体なのかも知れない そんなことを思うと我々の普段の経済活動もよほど注意をしないととんでもない犠牲を他者に強いているかもしれないなあと思う でも そういう悪の存在に気づいていて なおやめようとしない人間は 自分のエゴで他人を犠牲にしようとする人間は死後に大変な世界が待っているような気がする 生まれつきそういう行為を繰り返してしまうような何かを自分の中に宿した人であっても 人は自由意志でいくらでも運命を変えるチャンスを持っていると思う でもグルにあっても 宇宙人のメッセージを受け取ってもあなた自身は何もかわらない 運命を変えるにはそれだけの作業を可能にする力をつけることだ 誰かさん経由で神仏に会うよりもまずは自分が自分自身に会わないとトレーニングメニューはできない |