表紙の言葉と裏話

 ひょんなことから「ダイシャクシギ」No.56の表紙イラストを描くことになった。
以下に転載した巻頭言に合わせて描いたつもり......。
 もちろん、私流のヒネリ(かくし味)も少し加えて。
              かくし味の秘密は、巻頭言の後に↓


 傷跡をいやすことから 辻 淳夫

 三月二十二日、藤前干潟は、晴れて「自由の身」となった。
同日開かれた国の港湾審議会で、改訂名古屋港港湾計画が上程され、
「以下の規定計画を削除するー西部地区(西一区)廃棄物処理用地
一〇〇ヘクタール」が了承されたからだ。これで安心して恒久的な
保全策へ進むことができると、一九六四年からの歴史を秘めた短い
一文を感慨を持って見つめた。

 しかし、同時にこの短い表現に、藤前は早く忘れたい行政関係者
の思いも見える。地元の反発でこの改訂には入らなかったが、藤前
の代替としての広域処分場が、協議が整えば追加されると付記され、
環境庁に厳しく批判された「人工干潟」を成功させたい(運輸省談)
と二ヶ所の海浜造成計画もあった。伊勢湾の瀕死の様子を見れば、
もう海の埋立を考えるのをやめて、最終処分場のいらない仕組みに
変えようと発想してほしいのだが、藤前埋立の断念を「英断」と受
け入れがたい心の傷があるのかも知れない。

 一方、藤前干潟でも、干潟中央にある一五〇mX三〇〇mの深さ
マイナス五メートルの深み(浚渫跡地)からと思われる貧酸素水に
よって、周辺のアナジャコや、ゴカイが死ぬ被害が二年続きで起こ
った。伊勢湾と藤前干潟は、過去の埋立や浚渫で、すでに大きく傷
ついているのである。

 いずれの傷を癒すことも容易ではないが、そこから始めなければ
ならないし、希望は充分にある。何より、干潟がのこされてあり、
それを心から喜び、そこから変わろうとしている人々と社会がある。
 「明日への環境賞」の受賞は、その証だと喜んでいる。


 ということで、トリ(何となくチュウシャクシギかなぁと思わせるけれど
よく見るとそうでもない、という、実際にはいないシギらしきトリ)の、
影の形が、実は藤前干潟を南側から見た形になっています......。
                   ちょっとクロいジョークか。

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