八木重吉部屋

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聖霊

聖書が聖霊を生かすのではない
聖霊が聖書をいかすのだ
まず聖霊を信ぜん
聖書に解がたきところあらば
まず聖霊にきかん
聖書のみに依る信仰あやうし!
われ今にしてこれをしる、おそきかな、



キリスト

キリストが十字架にかかって死んで
蘇って天に昇ったので
私も救われるのだと聖書に書いてある
キリストに代わって苦しんだので
私は信じさえすればいいと書いてある
私はキリストがすきだ
いちばん好きだ
キリストの云った事は本当だとおもう b
キリストには何もかも分かっていたとおもう
キリストは神の子だったにちがいない
キリストは天に昇ってからも
絶えず此の世に働きかけているとおもう
ポーロの言葉 使徒の言葉
すぐれたる信徒の言葉
それ等は
キリストが云わせたのだと信ずる
そう云うことの出来ぬほど
キリストが無能な者だとはおもわれぬ
再びキリストが来る
キリスト自身がそう云っている
キリストが嘘を云う筈がない
そのとき
私自身は完全に悪るい人間だけれど
ただキリストを信じている故にのみ
天国に入れてもらえると信ずる


ねがい

きれいな気持ちで
花のような気持ちでいよう
報いをもとめまい
いちばんうつくしくなっていよう
世に 花咲かば
神あるを しれよ

世に 無心 なるものあらば
神あるをしれよ

神のこえは
ほそく かすかなりとか



祈り

ゆきなれた路の
なつかしくて耐えられぬように
わたしの祈りのみちをつくりたい

てんにいます
おんちちをよびて
おんちちうえさま
おんちちうえさまとなえまつる
われはみなをてありよぶばかりのものに


太陽

お前はしずんでゆく
何んにも心残りもみえぬ
何んの誇るところもみえぬ
ただ空をうつくしくみせている




くものある日
くもは かなしい
くもの ない日
そらは さびしい


万 象

人は人であり
草は草であり
松は松であり
椎は椎であり
おのおの栄えあるすがたをみせる
進歩というような言葉にだまされない
懸命に、無意識になるほど懸命に、
各々自らを生きている
木と草と人と栄えを異にする、
木と草はうごかず 人間はうごく、
しかし うごかぬところへ行くために
うごくのだ、
木と草には天国のおもかげがある
もううごかなくてもいいという
そのことだけでも天国のおもかげをあら
わしているといえる、



神の道

自分が
この着物さえも脱いで
乞食のようになって
神の道にしたがわなくのよいのか
かんがえの末は必ずここへくる

この聖書のことばを
うちがわからみいりたいものだ
ひとつひとつのことばを
わたしのからだの手や足や
鼻や耳やそして眼のようにかんじたいものだ
ことばのうちがわへはいりこみたい


仕事

信ずること
キリストの名を呼ぶこと
人をゆるし出きるかぎり愛すること
それを私の一番よい仕事としたい

基督になぜぐんぐん惹かれるか
基督自身の気持ちが貫けているからだ

きりすとを おもいたい
いっぽんの木のように
おもいたい
ながれのようにおもいたい

イエスの名を呼ぶと
イエスの像を心に描くこと
イエスについて人に述べること
出きるかぎり人がゆるし人にやさしくし
素直おな瞳をもちつづけること
そういうことを趣味にしたい
結局いつもそこえ考えが落ちてゆくようにしたい
ものの尺度がそこへ落ちてゆく様にしたい
イエスに近づく為に最后の一銭を支払うことが
出来るようになりたい


キリスト

病気して
いろいろ自分の体が不安でたまらなくなると
どうしても恐ろしくて寝つかれない
しかししまいに
キリストが枕元にたって
じっと私をみていて下さるとおもうたので
やっと落ち付いて眠りについた

このさびしさを誰に告ぐべきか
神に告ぐべし


信仰

人が何と言ってもかまわぬ
どの本に何と書いてあってもかまわぬ
聖書にどう書いてあってさえもかまわぬ
自分はもっと上をつかもう
信仰以外から信仰を解くまい


十字架

十字架を説明しようとしまい
十字架のなかへとびこもう
十字架の窓から世界を見よう




うつくしいこころがある
恐れなきこころがある
とかす力である
そだつるふしぎである


ばった

ばった よ
一本の 茅をたてにとって実をかくした
その安心をわたしにわけてくれないか 

ゆうぐれの陽のなかを
三人の児が
ななめの畑をのぼってゆく
みていれば なきたい



いよ
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